ぼくのお父さんは悪役レスラーになった
ぼくのお父さんはプロレスラーです。
昔はカッコよかったのにと、みんなため息をつきながら言います。
タッグマッチで仲間がピンチになった時、必ず助けに入る最高のパートナーだったとみんな言います。
一度、タッグチャンピオンにもなりました。
でも、はじめての防衛戦の前の日に練習で転んで倒れてしまい、病院に運ばれました。
ぼくは、お父さんの試合を初めて生で見る予定だったので、とても残念でした。
お母さんもリングで花束を渡すのを楽しみにしていたので、残念だったと思います。
ぼくも、リングの上でいつものように肩車をしてもらう約束をしていました。
指切りをしたのに残念です。お父さんに会ったら、文句を言おうと思いました。
でも入院したお父さんに会うことは出来ませんでした。
毎日たくさんの薬を飲んでお父さんは頑張ってると、お母さんは言いました。
大変だと思いました。ぼくも、苦い薬は嫌いです。
そして病院から出てきたお父さんは、変わってしまいました。
髪の毛がなくなり、ツルツルです。
お父さんは、ツルツルになった頭を撫でて、カッコいいだろうと言いましたが、ぼくはそうは思いません。
それから、お父さんはタッグチャンピオンをやめて、悪役レスラーをはじめました。
みんなと同じ黒いパンツだけだったのに、黄色とムラサキの上着を着るようになりました。
何か嫌です。
前の方がカッコよかったと思いました。
そして、お父さんは酷いことをするようになりました。
みんなに酷いことをする人として、お父さんは有名になりました。
そんなことで有名になっても、ぼくは嬉しくありません。
新しいポスターでは、チャンピオンの上にお父さんがいます。とても、悪い顔をしています。
今までは、端っこにしか映らなかったので出世したと言われています。
ポスターを見ながら知らないおじさんが、悪役になって金を稼ぎたいんだろうと吐き捨てるように言ってました。
ぼくも今のお父さんは好きではありません。
なぜなら、椅子で相手をぶったりするからです。
掃除に使うモップも武器にします。
殴ったり、モップの部分を相手の顔に押し付けたりもします。
汚いと思います。
倒した相手の背中をモップ掛けすることで、お父さんは有名になりました。
みんなはブーイングをします。
お父さんは嬉しそうに笑っています。
ぼくも掃除の時間、友達にモップで体をこすられました。
嫌です。
本当に嫌です。
お母さんもテレビでお父さんの試合を見て、悲しそうな顔をしています。
お父さんはまた、相手レスラーの背中をモップ掛けしています。
解説者の人も、酷いことをすると言ってました。
お父さんが、みんなに酷いことをするから、お母さんは悲しいのだと思いました。
お母さんが悲しい顔をしているのに、テレビのお父さんは笑っています。
お母さんも、そんなに悲しいならテレビを見なければいいのにと思いました。
でも、チャンネルは変えません。
最後まで涙を流しながら、いつもお父さんを応援しています。
お母さんも、やっぱり変です。夫婦だからでしょうか。
ぼくは掃除の時間にモップを押し付けられたと、お母さんに話しました。
お母さんは、ギュっとしてくれたけど、何も言いませんでした。
お父さんはプロレスを、二週間ほど休みました。
コンディションを整えると言っていました。
よく分からないけど、偉くなったから休めるようになったとお父さんは説明してくれました。
休みならどこかへ連れてってとお願いしてみましたが、トレーニングの予約が入っているからと断られました。
お母さんと買い物から帰ってくると、お父さんもトレーニングから戻っていました。
お父さんは暗い部屋でうずくまっていました。
トレーニングで疲れてしまったのでしょうか。
お父さんがプロレスをまた始めるとき、試合を見に来ないかと言いました。
ぼくは嫌だと言いました。
お父さんはとても残念そうでした。
お母さんも、一緒にお父さんの試合を見に行こうと言いました。
ぼくは嫌だと言いました。
お母さんはとても悲しそうでした。
お父さんが最近テレビに映らなくなりました。
前座というものになったみたいです。
前座はテレビに映りません。
知らない上級生が、お父さんのことを前座だとバカにしています。
前座はだめなのでしょうか?
前座になってから、お父さんの腕が細くなりました。
試合に出かけることも、少なくなりました。
前座になって、若い選手を鍛えてるんだと言ってました。
お父さんはまた出世したみたいです。
家にいる日が増えたので、ぼくは嬉しいです。
お父さんが、病院で検査を受けることになりました。
前に転んで倒れたのがいけなかったのでしょうか。
昔の事なのにとぼくは思いました。
お母さんは、頑張ってと言ってお父さんを送り出しました。
検査をどう頑張るのでしょうか。
お父さんは、大丈夫と笑っていました。
当たり前です。
お父さんはプロレスラーなんだから。
最近、お父さんが疲れています。
若い選手を鍛えるのは大変なんだと笑っていました。
お父さんはメインイベントの時より、疲れています。
前座は立派な仕事だと思いました。
お父さんが試合をしなくなりました。
病院に入院しているそうです。
この間、お見舞いに行きました。
お花がいっぱい飾ってありました。
チャンピオンベルトも飾ってありました。
昔、防衛できなかったタッグのベルトみたいです。
千羽鶴もありました。あんなにたくさんの鶴を折るのは大変だとぼくは思いました。
お花にかこまれたお父さんは、痩せてとても小さく見えました。
ぼくを見つけると、ニコッと笑って力こぶを見せてくれました。
でも、力こぶは小さかったです。
ぼくは元気になったら、必ず試合を見に行くねと言いました。
お母さんは急に病室から飛び出していきました。
怒らせてしまったのでしょうか。
お父さんは、お母さんは怒ってないから大丈夫と、小さく笑いました。
そして、約束しようと小指を出しました。
ぼくは安心して、お父さんと指切りしました。
今度は破らないでねと念押ししました。
お父さんが天国に行きました。
ぼくのために、いっぱいお金を残してくれました。
悪役レスラーになって、儲かったみたいです。
テレビでお父さんの特集が組まれました。
色々な人がお父さんのことを褒めてくれます。
昔の試合がいっぱい流れました。
でも、ほとんどは悪役レスラーになってからの試合です。
もっとカッコいいお父さんの試合があるのにと思いました。
司会者やタレントの人も、お父さんのことを男だ、カッコいいと褒めてくれました。
昔お父さんのタッグパートナーだった、世界チャンピオンも最高のレスラーだと褒めてくれました。
悪役レスラーが最高なのは変だとぼくは思いました。
でも、声をそろえてみんながありがとうと言ってくれています。
悪役レスラーでも、お父さんはみんなに褒められています。
ぼくは嬉しくなりました。
最後は、お父さんの入場曲が流れました。
みんな、いっせいに立ち上がりました。
真剣な顔で、こぶしを振り上げて、お父さんの名前を叫んでます。
いつもはテレビに映らない、カメラを持った人や、白い画用紙を持った人たちもこぶしを振り上げて叫んでいます。仕事をさぼっていいのでしょうか。
でも、スタジオ全体がプロレス会場になったみたいでよかったです。
ぼくも、お父さんの入場曲は大好きです。
お父さんがいい人に戻ったみたいで、ぼくは嬉しいです。
でも、お父さんの試合を見に行く約束は守れませんでした。
指切りしたのに。
とても残念です。




