婚約者に散々冷遇され、揚げ句婚約破棄宣言をされました。わかりました…これは前世女軍曹の私が、躾をし直すという事でいいのですよね。
──ピシッピシッッと、まるで鞭を打ち鳴らすかのような音だ。
婚約者が扇子を手で打ち鳴らしている音が、ホテルの室内に鳴り響いている。
何故?何故こうなってしまったのだろう。
アルフォンスはひりつく空気の中、俯き床を見つめた。
♢
アルフォンス・ジルコニアは、ジルコニア家の五男だ。肩まである金髪に黄緑色の瞳の美麗な男性である。
2人掛けの椅子の隣で地べたに正座をし、俯き肩を震わせていた。
隣にはアルフォンスの浮気相手で茶髪に大きな青い瞳の、カリビア男爵の三女アリス・カリビアが、椅子に座りアルフォンスとアルフォンスの婚約者マルティナを見つめ、おどおどとしていた。
♢
♢
今日は1ヶ月ぶりに婚約者のマルティナ・デスモンド。デスモンド伯爵の一人娘に会う日であった。
アルフォンスとマルティナは家同士が取り決めた結婚で政略結婚だ。
結婚後はアルフォンスが入婿になり家格が上のデスモンド家に入る予定である。
この結婚は家同士が取り決めた事であり、余程の事がない限り覆らない事柄である。
アルフォンスは、その事を重々承知の上で、マルティナが従順なのをいいことにやりたい放題であった。
マルティナに対して婚約者として些末な態度を取り続けていたのだ。パーティーに出向いた時も、皆の前で冷たい態度をし、ろくにエスコートせず放置したり服装について細かく指摘したりした。
それにも関わらずマルティナは一瞬哀しそうな表情をするものの、健気にアルフォンスに尽くしていたのであった。
また、アルフォンスは待ち合わせの時はいつも遅刻する。
1ヶ月前も、待ち合わせに2時間程遅れて到着した。
その日、アルフォンスが、遅刻した理由はリボンを探していたからであった。
綺麗なパステル系の黄緑色のリボンを、色々な店を探しまわり、やっとマルティナの美しい銀色の髪に似合う納得のいくリボンを見つけ、思いのこもったリボンをマルティナにプレゼントしようと思っていたのだ。
が…しかし待ち合わせ場所に行くと、マルティナの美しい銀色の髪の毛には、ピンク色のリボンがまるでマルティナとの関係を邪魔するかのようにしっかりと結ばれていたのであった。
それを見た瞬間、非常にやるせない気持ちになった。
アルフォンスは会うやいなや「君には、そのような軽薄な色のリボンは似合わない。」と言い放ったのであった。
マルティナは一瞬哀しそうな表情をした。
美しい青色の瞳が揺れると、アルフォンスはゾクゾクとし、言い様のない恍惚とした感情に酔いしれることが出来るのであった。
♢
マルティナは周囲が心配するほど、執着気味に盲信的にアルフォンスに尽くしていた。
例えば、アルフォンスには、毎日手紙が届けられていた。
こちらからは返事は1度も出した事がなかったというのに、毎日マルティナの綺麗な字で手紙が届いた。
実は、密かにそれを読むのが毎日の楽しみな日課であった。
しかし、この1ヶ月は1度も手紙は届かなかった。
婚約してから、1ヶ月間会わなかったのも初めてだ。
今までは、どんなにそっけない態度を取っていても、手作りの菓子や、刺繍をいれたハンカチなど何かしら手作りの手土産を持参し理由をつけてマルティナは会いに来ていた。
だが、今回は1度も来ず一切音沙汰がなかった。
アルフォンスは、どうしたんだろうと少し心配になったが、マルティナは特に病気でもなく元気だという事を確認すると、1度も会いに来ず手紙を寄越しても来ないマルティナの態度に急に腹が立ったのであった。
自分がどんなに酷い態度を取ったとしてもめげずにせっせっと尽くしてくれる健気な美しい婚約者。
それなのに、何故?この一ヶ月間はどうしたというのだろう。
不安な気持ちもあったが、腹いせに青い瞳の手頃な女性と浮気をしたのであった。
そうすることで、マルティナの哀しげな表情が見れるだろう…自分の一番好きな女性の一番好きな表情をだ。
♢
ある日の事、アルフォンスの父からマルティナと会うように言われ、このホテルを指定された。
マルティナと久々に会う事になったのだ。
この一ヶ月間アルフォンスは、意地でも自分から会おうとしなかった。マルティナが会いたいと泣きついてくるのを待っていたのだ。
いつもなら、すぐに会いに来るのに、今回は面会するのに父親を使うという小癪なやり方をしてきたのだ。
今日はあからさまに嫌なことをしてやろう。
久し振りにマルティナの哀しげな表情を堪能するのだ。想像するとゾクゾクと興奮した。
♢
浮気相手のアリスと共に、待ち合わせの時間にわざと遅れて指定のホテルに到着した……が、マルティナの姿はそこにはなかった。
いつもであれば、待ち合わせの時間に決して遅れることのなかったマルティナがいなかったのだ。
アルフォンスは、カーッと頭に血がのぼった。
1ヶ月会いにも来ず、手紙も寄越してこない。そして、待ち合わせに遅れて来るというふざけたことをしてきたのだ。
当初は少し浮気相手とイチャイチャして、マルティナが目を潤ませながら、浮気相手と別れてくれと懇願する事で、最近の態度を許してやろうとしたが、それだけでは気持ちが収まらない。
決定的な事をしてやる!
そうだ!婚約破棄宣言をしてやろうか!
椅子に座っていたアルフォンスは両手に、グッと力を込めた。
♢
1時間程経過しただろうか。
ドアがノックされマルティナが部屋に入ってきた。
久し振りのマルティナの姿を見て、アルフォンスは驚き目を見開いた。
普段のマルティナのドレスは青や緑系統、黄緑が多かった。
必ずどこかに刺繍やレースなど黄緑や金色が使われていたが、今回は全く一つもそれらの色が使われていなかった。
今日のマルティナは美しいシルバーのシンプルなドレスに銀色の髪は一つに束ねられていた。
背筋をピンと伸ばしヒールの音をカツカツとさせながら、アルフォンスの正面の席に静かに座った。
席に座った後、テーブルに肘をつきじっと2人を見つめる。
普段の可愛らしいマルティナとはあまりにも異なり、一瞬怯んだが、婚約破棄宣言は絶対するんだ!!と心の中で叫んだのであった。
♢
隣に座っていた浮気相手のアリスも、マルティナの颯爽とした美しさに見とれてしまったが、ハッと我に返りアルフォンスが選んだのは自分だと言わんばかりにアルフォンスに寄り添うように座りなおした。
アルフォンスも腕をアリスの肩にまわし、椅子にのけぞるように座る。
そしてマルティナを指差し大きな声で怒鳴ったのであった。
「マルティナ!悪いが君とは婚約破棄をさせてもらう!
俺は…、俺はこのアリス・カリビアと結婚する!」
この中で一番驚いていたのはアリスだったが、アルフォンスはそんな事お構いなしにアリスをグッと自分の方に抱き寄せた。
俺を1ヶ月間もの間放置していた報いだ!
反省をするのだ。そして、アリスよりも深く綺麗な青色の瞳で懇願するのだ。
考え直して、と。
婚約破棄宣言を見事に言い切り、満足げな顔で美しい青い瞳をチラリと覗き見た。
しかし、マルティナはアルフォンスの思い描いていた哀しげな表情とは程遠い、場が張り詰めるような厳しく冷たい瞳をしていた。アルフォンスはビクッとした。
マルティナは、おもむろに鞄から、一つの書状と扇子を取り出す。
書状はアルフォンスに差し出された。
書状を受け取り、読み進めるうちに黄緑色の瞳が大きく見開かれ信じられないという風に、持っていた書状を落としそうな位ワナワナと震え出した。
書状は、父のジルコニア伯爵からだった。
要点をまとめると、本日をもってアルフォンスの身柄はデスモンド家に属す事とする。
全ての権限はマルティナに一任するとの事だ。
もし、マルティナの意向に沿わない場合の処遇の決定も、全てマルティナ次第ということが記載してあったのだ。
マルティナの判断で、伯爵家を追い出し市井に落としても良いとまで記載してあったのだ。
あまりにも無茶苦茶な提示に「なっ!!!」と、声が出そうになったが、マルティナが取り出した金色の扇子が、ビシッビシィーッと物凄い音をたてると、背筋が凍り声も何も出なかった。
打ちならしている扇子は、扇子とは思えない程重く恐ろしい音を出している。
そして、伯爵家のご令嬢とは思えない程とても鋭い眼光でアルフォンスを見るのだ。
青色の瞳がとても冷たく感じる。
「座れ。」
はあ?と反論……したかったが、そんな事をしたら今すぐに消されそうだ。変な汗が出てきた。
圧迫感のある雰囲気に従わずにはいられなかった。
「正座だ。」
ビシッと扇子で椅子の横に座るように指示をされる。
なりふり構わず「はいっ!」と返事をし、椅子から立ち上がり床に地べたで正座をし、うつむき肩を震わせるしかなかった。
アリスはおろおろとしていたが、「あなたは、今日の所は帰りたまえ。」と、冷たい声で指示が飛ぶ。
勢い良く返事をしそそくさと退室しようとした。
「カリビア家には追って書簡を出すので心してまちたまえ。」
アリスはギクリとなったが深々とお辞儀をしてその場を素早く立ち去った。
それが精一杯だった。逆らったら駄目な相手だと心が警鐘を鳴らしているのだ……。
♢♢
ここからはマルティナsideのお話になります。
♢♢
〈1ヶ月前〉
感情の糸がプツンと切れたマルティナは、糸が切れた凧のようにふらふらと町中を歩いていた。
つい先程まで、婚約者のアルフォンスと一緒にいたのだが、今日のアルフォンスのマルティナに対する振る舞いはいつも通り……嫌、更に酷いものであった。
待ち合わせのレストランにはいつも通り遅れてきた。今日は2時間位遅れてきた。
そして開口一番にピンク色のリボンについて嫌みたっぷりに文句を付けてきたのだ。
ピンク色のリボンは、最近元気ないと親友が心配し明るい色の可愛らしいリボンをプレゼントしてくれたのだ。
その気遣いが嬉しくて、可愛らしいピンク色に癒されたのもあり、最近はずっとこのリボンを身に付けていた。
ただアルフォンスに会う時は、緑系統以外の物を身に付けることを至極嫌がっていた為、ピンクのリボンに黄緑の糸で刺繍をし身に付けていた。
そんなに気を遣うこともないと思ったのだが、出来るだけ婚約者の希望を叶えたかったので、わざわざ刺繍を施したのであったのだが、アルフォンスは気付かなかったのだろう…。
ピンク色のリボンを見るや否や、待ち合わせに遅れてきた事を謝りもせず「君にはこんな軽薄な色は似合わない!」と、嫌みたっぷりに言い、当然のように親友がくれたリボンを、マルティナから剥ぎ取ったのだ。
そして、たまたまなのか、アルフォンスが持っていた黄緑色のリボンをアルフォンスの手ずからご丁寧にしっかりと結んだのできたのであった。
黄緑色は愛しい色であったのだが、いつしか憂鬱な色にも感じるのだ。
黄緑色のリボンを着けられてから、私は何を話してどんな表情をしてたのだろう。
今まで様々な傍若無人な態度を取られても耐えてきたのだ……。
金髪の黄緑色の瞳を持つ美麗な男性を、例え政略結婚だとしても、愛して女性的らしく甲斐甲斐しく尽くしたかったのだ。
何故だか妄信的に愛情を捧げていたのだ。
多分、それがいけなかったのだろう。アルフォンスをどんどんつけ上がらせてしまったのだ。
フラフラとした足取りで、意識とは関係のないところで、いつの間にかとある店に吸い寄せられるように入っていった。
大衆居酒屋というものであろうか?
がやがやと騒々しく普段なら絶対に行かないような場所、なんなら始めて来たような所だった。
しかし、店内に入ってみると何故か懐かしく心地が良かった。周囲から注目を浴びたが手慣れた感じでカウンター席へと行く。
いつも?は?………当然!ビールだ!
そして揚げた芋!これに勝るものはない!!!
体の欲するものを欲望のまま貪り食べ、ビールをコクゴクと流しこむように飲んだ。
ガンッッとジョッキをテーブルに置く。
これ、これだ!!ビールジョッキをで3杯程飲み終える頃には、完璧に思い出していた!
─前世女軍曹であった時の記憶を─
青色の瞳にくすぶっていた炎がメラメラと燃え出した。
私は…。私は女軍曹だったのだ。
こことは少し違う世界の軍隊に所属する女軍曹であった。
孤児で女性という事もあり入隊したばかりの頃はいじめや嫌がらせ等数々経験したが人並外れた体力、知力があった為、メキメキと頭角をあらわし20代半ばで軍曹にまで上り詰めた。
周囲からは鬼軍曹と恐れられていたが部下からの信頼は厚かったと思う。
ある時、戦地で敵の奇襲に遭遇し、部下を庇い20代半ばという短い命を終えたのであった。
庇った部下はそういえば黄緑色の瞳の、軍人にはそぐわないほどの美しい男性だったのも思い出した。
短い人生ではあったが、軍人として全力を出し精一杯駆け抜けた為、それほど悔いの残らない人生ではあったが、一つだけ悔いの残った事があった。
それは恋愛だ!
恋がしたかった。
軍人として必死に生きてきた為、職場はほぼ男性であったが、男性をそういう目で見たことがなかった。自分自身も女性らしく着飾ったり女性らしいことは1度たりともしたことがなかったが、とてつもない憧れはあった。
前世の後悔や無念がアルフォンスをあれほど執着的に献身的に愛してしまったのだろう。
ガンッ
ビールジョッキをテーブルに荒々しく置き、大衆居酒屋をあとにした。
♢
その日から、あらゆる事に全力で取り組んだ。
私を溺愛してくれている両親に相談し、デスモンド伯爵家としてジルコニア伯爵家に穏便に圧力をかけてくれた。
家格が上という事と、アルフォンスの今までの行いに二つ返事でジルコニア伯爵は全ての権限を、私に一任するという書状を作成してくれた。
家同士で調整している時に、アルフォンスが浮気をしたことも大きかった。
今まではしおらしく慎ましく女性らしくと前世の念に縛られていたが、それを解き放った瞬間から、無双状態になった。
卑怯でも何でも利用する。
自分自身も磨き高みを目指すのだ。
新たに経営していた商会も結婚後はアルフォンスを中心として運営していく予定だったので、大体の基盤を整えてアルフォンスに渡そうと考えていたが、自ら積極的に介入する事にした。
身体も絞ろう。運動不足だ。体がたるむと心もたるむ。走るのだ、絞るのだ。
貪欲に勉強もし直した。
なにか迷うことがあれば筋トレだ。
手紙は書かない。菓子も刺繍も暫くお預けだ。
時が来るまで会いに行かない。煩悩を取り除くのだ。腕立てだ、腹筋だ。
──そうして、久し振りに婚約者殿に会う日となった。
♢
♢
ビシッビシッと鞭打つように扇子を打ち鳴らす。
この音は、年期が入っている。そこらの若蔵には出せん音だ。
アルフォンスはうつ向いて震えている。
無理もないな。この扇子の音、鞭の音に似ている。
鞭は軍曹時代拷問にも使用していた。鞭の音を轟かせるだけで敵の兵士は泡吹いて倒れたもんだ。
フフフッ。
♢
躾だ。仕切り直さなければならない。
軍曹時代、時折生意気な若いのが入ってきていたが1度ビシッとシメるとえらく従順に素直になるものなのだ。それと同じだ。
ヒールの音をカツカツとさせて、婚約者殿のそばで止まり前屈みになり、耳元に顔を近づけ低い声で伝える。
「けじめだよ。婚約者殿。」
何事もね、と言いゴトリとテーブルの上にナイフを置いた。
「これで仕切り直そう。髪を切るんだ。」
金色の綺麗な髪が揺れた。ブルブルと震えている。アルフォンスのシンボルの輝くハニーブロンドの髪の毛は、切るには惜しい程だ。
ブルブルと震え躊躇している婚約者に、私は構わずに束ねていた銀色の髪を振りほどき、ナイフで髪を肩まで切り落とした。
戦場ではこのようにして髪を切っていたのだ、問題ない。
長く美しい銀色の髪が次々と短く切り落とされ、床にバサバサと落ちる。
その有り様を見つめアルフォンスは悲しげな表情をした。
一通り切り落としたところで、アルフォンスが立ち上がりブルブルと震えながらも私のナイフを取り、自分の金色の髪を切ったのであった。
そしてボソリと呟いた。「俺の髪を切った方のが心が痛まないな。」
髪を切り落としていくうちに長年の訳のわからない気持ちが絶ちきられ整理されたようだ。
ただ、そのまま伯爵家に帰宅したので、両親達には驚かれガミガミと酷く叱られたが……。
お互いの気持ちは、ピタリと通じたのであった。
私も悪かったのだ。
ただひたすらに何でもかんでも尽くしすぎたのだ。駄目なことは駄目。嫌なことは嫌と伝えなければいけなかったのだ。
これからは、全く違う良き関係が築けれるであろう。
少しびくつかれているが、まぁそれ位が丁度良いと思う。
鬼軍曹から鬼嫁になってやろうと思うのだ。
♢♢
♢♢
後日談となるが、男爵家の3女アリスにも私の軍曹時代の躾を軽く令嬢版で施した所、非常に懐かれた。
「お姉様」と言われるくらいには慕われるようになったのであった。
──終わり──
お読み頂き誠にありがとうございます!
今回の作品はどうでしたでしょうか?
ざまあは弱め?ですよね。
しかし、なかなかどうして鳳雷石風味にできたような気が致します。変態味ありました?
もし、少しでも良いなと思われましたら、☆評価ポチりと…。→★~★★★★★ お願いします!
ブックマーク、感想もありがたいです。
皆様の応援でご飯三杯は食べれます!
★色々な短編集を【鳳雷石の煌めき短編集】でシリーズ化してます。★
どうぞよろしくお願い致します。




