花籠大学と大東亜大学が同じ場所でコンパした話
1.
滝沢明は花籠大学英語会に籍を置く政治経済学部の2年生である。
花籠大学は私学の最難関で、大企業への就職率が高く、首相を何人も輩出している。
国会議員などの政治家も多く、マスコミにも伝統的に強い。
黒江馬に本部校舎があり、学生数1万を超えるマンモス大学である。
4年生の送別会は、1、2年のときに所属していたホームミーティングで行うのが恒例となっている。
寒さが厳しくなりかけてきた、12月の夕方から三島ホームミーティングの送別会が挙行された。
これが1年生が初めて幹事をする機会でもある。
1年生は中古線沿線の吉古寺駅前でコンパをすることにした。
三島ホームミーティグは中古線沿線に住む学生で構成されているからである。
コンパの場所はいつもの黒江馬ではないが、普通の木造建築の2階であった。
4年生が就職の報告をし、1、2年がそれぞれ世話になったお礼を言う。
順当に都銀などに就職が決まったようである。
5年生もいる。
その人は里村という名前の文学部の学生であり、女性向け生理用品の大手に決まったという。
皆が「ワナール」と聞くと、「研直美」と答えて、笑いを誘った。
研直美がミニチャームのCMをやっていたからである。
その会は、2年が1年にホームミーティングを引き継ぐ日でもある。
無事にコンパは終わり、最後に校歌を歌った。
ひとりひとりが、自分の右手を振りながら合唱する。
「はな〜かご、はな〜かご、海の王者、はなかご」
そこまではいつもと変わらないコンパの光景であった。
2.
ところが思わぬ事態が発生した。
隣の座敷に、「はなかご!はなかご!」と真似をする連中がいたのである。
滝沢は不穏な気配を感じた。
仕切りの襖の上の空間から、ビールの栓が大量に投げ込まれた。
「うるせい!」という怒声もした。
玄関を入るとき、「大東亜大学雄弁会」と書かれた紙が、「花籠大学英語会」の横に下がっていたのを思い出した。
花籠大学にも雄弁会があり、あちこちの選挙の応援演説に駆り出されているし、花籠大学雄弁会からは首相も出ている。
大東亜大学の雄弁会に応援演説を頼む政治家は、ごく少数であろう。
そもそも大東亜大学からはほとんど政治家は出ていない。
そのことが余計刺激を与えたようだ。
滝沢が後で調べたら、吉古寺駅から私鉄で数駅行った場所に大東亜大学がある。
1年が初めて幹事をしたので、中古線沿線の吉古寺駅前に予約をとったのがまずかったらしい。
大東亜大学は元自衛隊幹部を教授に迎え、軍事訓練をさせているという噂もある、右翼系の5流大学である。
確かに花籠大学の校歌を隣で歌われては面白くなかろう。
ビールの栓だけでなく、直接襖を開けて文句を言いに入ってきたものがいた。
背が高く腕っぷしも強そうである。
酒に酔い、顔が赤いだけでなく、目に狂気を帯びていた。
その男は、いきなり花籠大学の1年の胸ぐらを掴んで殴った。
1年は顔面を強打されて、後ろに倒み、テーブルから皿やビール瓶が転げ落ちた。
殴られては、花籠大学も黙っていない。
とうとう、殴り合いになった。
人数は同じくらいだが、腕力は大東亜大学の連中のほうが強く、軍事演習をやっているというのも嘘ではなさそうだ。
花籠大学にも高校時代柔道をやっていた、初段程度のものもいるのだが、柔道の技で倒すと、ムキになって向かってくる。
大東亜大学のほうが喧嘩慣れしているのだろう。
花籠大学の学生が、次々に殴り倒されていった。
最初に部屋に押し入った大東亜大学の学生が、いい気になって「トドメだ」といい、滝沢の顔を思い切り殴ろうとした時のことである。
「やめて!高田さん」と大東亜大学の女子学生が叫んだ。
高田と呼ばれた男が、その声を聞いて振り返った。
「なぜ止めるんだよ。小林さん?」
「その人は、わたしの従兄弟なのよ」
「え?本当かい」
「そうなの。もう喧嘩はやめて」
高田は殴るのをやめた。
それだけでなく、高田は他の学生にも「それ以上、殴るな」といった。
喧嘩はそれで終わり、大東亜大学の学生は、警察が来る前に逃げ去った。
3.
滝沢は歳の近い従姉妹が、大東亜大学にいたのを思い出した。
小林由紀子は、滝沢の母の兄の長女に当たる。
怪我をして家に帰ると、母親に「どうしたのか」と聞かれた。
吉古寺でコンパをしていたら、大東亜大学の雄弁会と殴り合いになったと教えた。
母親は怒って、警察に訴えると息巻いたが、由紀子がそこにいて、喧嘩を止めてくれたと話したらやめた。
その晩、母親の兄から電話があり、大東亜大学が殴ったことを謝った。
母親も由紀子が止めてくれたと謝意を述べた。
怪我がひどいので、一応、医者に見てもらい、応急手当をしてもらったあと、そのまま入院となった。
後日、高田と小林由紀子が見舞いにきた。
高田が滝沢に声をかけた。
「滝沢くん。済まなかったね。痛くないか」
「それほどの怪我ではありませんよ。それより、よく来てくれましたね」
「実はその・・・」
「どうしました?」
「おれも男らしくはっきり言おう。おれは小林さんが好きなのさ」
滝沢は驚き、由紀子の方を向いた。
「由紀子ちゃんは、高田さんをどう思っているの?」
「前から告白しようと思っていたの。あなたには痛い思いをさせたけど、これで高田さんが告白してくれたわ。ごめんなさい。そしてありがとう」
由紀子は小遣いをはたいて買ったであろう、果物の詰め合わせを持ってきてくれた。
2人が帰ったあとで食べたオレンジはまだ傷にしみたが、なんとも言えない甘い味がした。
数年後。
高田は自衛隊に入隊して、由紀子と結婚した。
滝沢は結婚式には呼ばれなかったが、両親は呼ばれた。
彼は写真を後で見たが、二人は幸せそうである。
滝沢は縁結びをしたような嬉しい気持ちになった。




