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僕と彼女の「好き」の話

作者: 来々

 僕の彼女は無表情だ。

 もう付き合って2年になるけれど、僕はまだ、彼女の笑顔も、泣き顔も、怒り顔も見た事がない。

 僕の彼女は無口だ。

 電話でも、デートでも、彼女から僕に話しかけて来る事はない。おまけにメールはいつも一行なんだ。

 そんな彼女は、僕を好きと言ってくれた事もない。僕は何度も、彼女に愛を語っているのに、返事はいつもそっけない。

 彼女は僕の事を、本当に好きなのかな?


 ある晴れた休日。僕と彼女は、行きつけの喫茶店に来ていた。

 その喫茶店は、40歳くらいのおばさんが一人で経営してる。いつ行っても空いてるし、味だって特別に驚く事もない。強いていえばコーヒーが苦いくらい。でも内装とか、流れている音楽とに独特な雰囲気があって、それが僕達にはとても魅力的なんだ。

 その喫茶店で、僕はいつもホットミルクとバタークッキーを注文する。

 ホントならコーヒーが飲みたいけれど、僕は舌が子供みたいで、まだ苦いコーヒーは飲めないんだ。

 でも彼女は大人だから、その苦いコーヒーを、少し顔を綻ばせながら美味しそうに飲む。

 脚を組んで、ハードカバーの分厚い本を片手に、少しだけ微笑みながら、コーヒーを飲む彼女。その時の彼女は凄くクールで、その姿を見るのが、僕の一番好きな時間だ。

 でもそれと同時に、その顔の綻びに、僕はいつも嫉妬させられる。

 僕がどんなに努力しても変えられない、彼女の氷のような表情を、たった一杯のコーヒーが溶かしてしまうのが許せないのだ。

 そんな事が頭に浮かぶと、いつも考えてしまう。

 彼女は、僕の事を本当に好きなのかな?

 いつもなら、その疑問は心の深いところにしまっておく。もし、彼女が望んだ答えをくれなかったら。

 怖くてとても聞けないんだ。 でも、その日は違った。自分でも驚くほど自然に、いつも思っていた疑問が口から出てきた。

 言ってすぐにしまったと思った。彼女に聞こえてなかったとか、自分に都合の良いことばかり頭に浮かんだけれど、彼女にはしっかり聞こえていたようだ。

 何だか驚いているような怒っているような、とにかく見たことがない表情をしている彼女。僕がその表情を読み取れずにいると、彼女は少し乱暴に本を閉じ、コーヒーを一口飲んで、真っ直ぐに僕を見つめた。

 「……その質問に答える意味はあるの?」

 彼女がそう言ったとき、僕の心のどこかが、発破解体されたみたいに崩れてガラクタになった気がした。

 「……そう、なんだ。僕が君の事、……好きな、だけなんだ。……僕の事、好きじゃないんだ」

 本当に爆発したかのように、言葉と涙が溢れ出て止まらなかった。

 彼女は、そんな僕を見て対応に困っているようだった。何度か言葉を言おうとしていたけれど、そのたびに僕の言葉がそれを遮った。

 「もう……いいから。今までホントにごめんね……」

 そう言って、レジに千円を置いてお店を飛び出した。

 僕は走った。そうしないといけないような気がした。息は切れ切れになるし、足だって当然のように痛みを発してる。

 あぁ、何をやってるんだろうな、僕は。

 

 そう思った瞬間、世界が真っ黒になった。







 

 私の彼氏は表情がコロコロと変わる。

 彼の笑顔、泣き顔、起こった表情でさえ、子供のように素直で、私はそんな彼の顔を見ているのが、何より好きだ。

 私の彼氏はお喋りだだ。

 付き合って2年。電話でも、デートでも、彼の話す話題は未だに尽きることはない。その話に耳を傾けるのも、私の楽しみの一つ。 

 そんな彼氏は、何度も私に愛を語ってくれる。幼いけれど、素直な言葉で、私を喜ばせてくれる。 

 でも彼の言葉を聞くたびに、私の心には少しだけ影が落ちる。

 どうして「私も好きよ」って言えないのだろう。私はこんなに彼が好きなのに、声に出せない。表情にも出せない。


 だから、彼の表情まで無くなってしまったんだ。私のせいで。もう何日も好きって言ってくれない。表情にも出ない。瞳をずっと閉じたままだ。

 私のせいで、私のせいで。






 億劫に思いながら目を開けたら、目の前に彼女の顔があった。耳に入ってくるのはピッピッという機械音。鼻には病院独特のいやな匂いが感じられた。

 「どうして、泣いているの?」

 僕は彼女に尋ねた。だって、今まで見たこともないような表情をしていたから。

 「いい?一度しか言わないから、よく聞きなさい」

 彼女は僕をぎゅっと抱きしめて言った。声は震えていたけれど、

 「私は、貴方の事が大好きよ」

 しっかりと芯があって、凛とした彼女の声だった。

 「私は恥ずかしがりだから、なかなか口に出せなくって。貴方が好きって言ってくれるたびに嬉しくて、私もよって言えない自分が大嫌いだった。」

 彼女は僕をさらに強く抱きしめた。

 「貴方が好きよ、だから、ねえ。もう、何処にも行かないでよ……」

 僕もぎゅっとし返した。彼女は声を上げて泣いてる。僕だって涙があふれ出た。


 「僕も、大好きだよ」

 嬉しくって、涙が止まらなかったんだ。




 


 彼女は相変わらず無表情だ。

 あの時と同じ様に喫茶店に座って、ハードカバーの本を読んで。

 でも変わった事もいっぱいある。

 例えば、おばちゃんの白髪が増えたこととか、

 僕がコーヒーを飲めるようになったこととか、

 彼女と僕が同じ姓になったこととか、



 「ねえ、お父さん?お母さんが読んでるご本、難しくってわかんない」


 喫茶店に来る人数が、一人増えたこととか、ね。

 はじめましてとお久しぶりです。来々と申します。

 今回は空気感を大事にしてみました。ものすごく久しぶりの投稿でしたし、テーマはありきたりかも知れませんが、ちょっとだけ暖かい気持ちになって頂けたら幸いです。

 では、次回こそがんばらせて頂きます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして kradです、読んでいてこんな風にすっきりとした文章が書けるといいなと思いましたこれからも頑張って下さい
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