第一章 裏切りの冒険者たち2
第二話 裏切り者の宴
王都ルーゼリア――。
巨大な白亜の城が夜空に輝き、街の通りでは人々が踊り、酒を飲み、笑っていた。
祝祭の理由はただひとつ。
〈暁の牙〉のリーダー、カイン・レドフォードが“東方の魔物討伐”で功績を上げ、王国騎士団長に任命されたのだ。
金と栄誉。
それらを得た男は、いま、酒杯を掲げて笑っている。
「ははは! 乾杯だ! この俺、カイン・レドフォードがついに王の盾となった!」
「カイン様、万歳!」「英雄よ、永遠なれ!」
取り巻きの冒険者たちが賛美の声をあげる。
だがその奥、豪奢なテーブルの片隅で、二人の仲間――ミーナとドルガがこそこそと話していた。
「なあ……あのガキ、レオン。結局どうなったんだ?」
「さあね。あんな深層に落ちたんだ、死んでるに決まってるでしょ。そもそも、あれは“事故”だったんだから」
「……へっ、そういうことにしとくか」
ミーナはワイングラスを回し、冷たい笑みを浮かべた。
あの少年の純粋な瞳を思い出しても、胸のどこにも痛みはない。
“使えない者”が淘汰される。それが冒険者の世界の常識だった。
カインが近づき、二人の肩を叩く。
「おいおい、暗い顔すんなよ。レオンの奴には感謝してるぜ? 奴が囮になったおかげで俺たちは生き残れたんだ。
――いわば、英雄の礎ってやつさ」
「……ええ、そうね。あなたらしいわ」
笑い声が響く。
酒と音楽に満たされたその場で、誰一人として知らなかった。
――遠く離れた異界の地で、“死んだはずの少年”が、いま、王となっていたことを。
* * *
同じ頃、漆黒の空の下。
魔王城の玉座に座るレオン=リモナークは、静かにリモコンを弄んでいた。
「……支配スキャン、完了。
王国の防御結界、構造解析率――三十二パーセント」
宙に浮かぶ魔法陣のようなホログラムが、王都の立体地図を描き出す。
リモコンひとつで、城の防壁、兵の配置、魔力の流れさえも視覚化されていく。
『陛下、王国の魔導結界は聖女リリアの祈りによって強化されています。正面突破は非効率かと』
「……リリア、か」
レオンの表情が、わずかに揺れた。
彼女だけは――あの日、最後まで自分を庇おうとしてくれた。
その優しさが、いまも胸の奥に刺さっている。
「攻撃はまだだ。だが……“見せてやる”」
『見せる、とは?』
「絶望を、だよ」
レオンはリモコンの「ON」と「RESET」ボタンを同時に押した。
――ピピッ。
魔法陣が暴走する。
王都の夜空に、突如として黒い月が現れた。
空気が重く、光が歪み、人々が悲鳴を上げる。
「な、なんだ!?」「空が……黒い!?」
城の塔にいた魔導士が慌てて結界を張るが、まるで意味がない。
黒月から伸びた影の糸が、街中の灯火をひとつずつ吸い取っていく。
『陛下、これは……』
「ただの“お祝い”さ。
英雄カインの昇進祝いに――王都の夜を、永遠の闇に変えてやる」
闇の中で、無数の瞳が開いた。
リモコンの液晶に、新たな項目が追加される。
【世界設定編集モード:起動】
時間軸操作 → 夜の長さ:∞
光属性魔法 → 効力低下率:80%
『……これほどの力を、こんな容易く……』
「これは始まりにすぎないさ。
俺を捨てた世界に、痛みを教えてやる」
玉座の前で、ロイヤルデーモンが恭しく膝をついた。
闇がさらに濃くなり、世界の均衡が軋む音がする。
* * *
一方その頃、王都の大聖堂では、白衣の少女が祈っていた。
金髪が月光に照らされ、涙のように輝く。
「……誰? この闇……まるで、世界が泣いてる……」
聖女リリア・フィンレイ。
まだ、知らなかった。
その祈りの相手――闇をもたらした“王”が、かつて自分が救おうとした少年だったことを。
まだ、レオンが「魔王」ではなかった頃。
辺境の村〈リルナ〉には、小さな教会があった。
風に揺れる鐘の音と、花畑の香りがいつも漂う、穏やかな場所。
そこに――いつも、金色の髪の少女がいた。
「レオンくん、また本読んでるの?」
「うん。今日は“冒険者の記録書”だよ。世界の外には、竜の海とか、雲の上の城とかがあるんだって」
「ふふっ、レオンくんって本当に夢見るのが好きね」
少女の名は、リリア・フィンレイ。
孤児として教会に育てられ、誰よりも優しく、誰よりも強い心を持つ少女だった。
「リリアは、怖くないの?」
「何が?」
「外の世界だよ。魔物とか、戦争とか……」
「うーん、怖いけど……それでも行きたいな。だって、この世界を“光”で満たしたいから」
リリアはそう言って、手を差し伸べた。
その笑顔が、レオンにはまぶしくて――。
「じゃあ、俺がその光を守るよ」
「え?」
「リリアが世界を照らすなら、俺はその隣で、闇を切り裂く剣になる」
幼い約束。
たったそれだけの言葉が、彼にとっては生きる指針だった。
* * *
それから数年後。
村が魔物に襲われ、リリアは教会を守るために祈りの魔法を使い、奇跡的に村人を救った。
その奇跡が評判となり、彼女は王都の聖堂に招かれ、「聖女候補」として修行を始めた。
「……行っちゃうんだね、リリア」
レオンは丘の上で、夕陽を背に見送った。
少女は白いローブに身を包み、振り返る。
「レオンくんも、いつか冒険者になるんでしょ? その時は――また会おうね」
「うん。絶対に」
そのとき、風が吹き抜け、金の髪が舞った。
レオンはその光景を、ずっと心の奥に焼き付けていた。
* * *
――だが、再会は“仲間”としてだった。
「初めまして。新入りのレオンくんね? よろしく」
王都の冒険者ギルドで、再び出会ったリリアは少し大人びていて、
けれどもあの頃と同じ笑顔を見せてくれた。
「リリア……覚えてたんだ」
「もちろん。だって、レオンくんは私の――初めての“約束の人”だから」
その一言で、どれほど救われただろう。
あの時のレオンは、本気で信じていた。
この仲間たちとなら、どんな運命でも越えられると。
――だが、その信頼は裏切られた。
* * *
そして今、リモコンを握るレオンは、漆黒の玉座の上で呟く。
「……あの日、君は光を選んだ。
俺は闇を選んだ。
でも、いつかまた、交わることがあるのかな……」
ロイヤルデーモンが静かに問う。
『陛下、ためらいがございますか?』
「……いや。
ただ、俺が消し去ろうとしている世界の中に――
“あの笑顔”だけは、まだ焼き付いて離れないんだ」
レオンはリモコンを握りしめ、深く息を吐いた。
その瞳には、もう優しさも、迷いも――そして、ほんの少しの痛みもあった。




