第二章 聖女と創造主5
第五話 崩れゆく世界
最初に異変が起きたのは、名もなき村だった。
* * *
農夫のダリオは、いつも通り畑を耕していた。
鍬を振り下ろし、土を返し、空を見上げる。
「……今日は、やけに空が近いな」
そう思った次の瞬間。
――空が、割れた。
「……え?」
雲でも雷でもない。
空そのものに、ひび割れが走ったのだ。
そこから、光と闇が滲み出す。
触れれば壊れてしまいそうな、現実の裂け目。
「おい……冗談だろ……」
大地が震え、畑の作物が一斉に枯れ始める。
昨日まで青々としていた麦が、灰のように崩れ落ちた。
「な、何が起きてるんだ……!」
ダリオは家に向かって走る。
だが、次の瞬間――
村が、半分だけ“消えた”。
燃えたわけでも、崩れたわけでもない。
ただ、“存在しなかった”かのように。
「……ぁ……」
声が、出なかった。
* * *
別の場所――交易都市メルディア。
市場は混乱に包まれていた。
「時間が……戻った!?」
「いや、進んだ!? さっき死んだ奴が歩いてるぞ!」
同じ人間が、二人いる。
老人が、突然若返る。
子どもが、一瞬で白髪になる。
時間軸が、ズレていた。
「世界が……おかしい……」
誰かが呟く。
「神様が怒ってるんだ……」
「違う……神様同士が……喧嘩してるんだ……」
その言葉は、妙に的確だった。
* * *
王都ルーゼリア。
恐怖耐性を一度奪われ、修復された人々は、
再び別の“異変”に晒されていた。
「痛くない……のに……苦しい……」
「感情が……薄れていく……」
怒りも、悲しみも、喜びも。
すべてが均されていく。
それは聖女の奇跡の副作用だった。
「……助けたいだけなのに……」
大聖堂の高台で、リリアは街を見下ろしていた。
彼女の力は“癒やす”ためのもの。
だが、世界全体に干渉すればするほど、
人間らしさそのものを削ってしまう。
「レオン……あなたのやり方も、
私のやり方も……正しくないの……?」
* * *
一方、魔王城。
ロイヤルデーモンが、静かに報告する。
『陛下。
各地で局地的崩壊が発生。
世界安定度――臨界値に接近しています』
レオンは、無言でモニターを見つめていた。
消えた村。
壊れた時間。
感情を失う人々。
「……そうか」
彼の表情は、驚くほど静かだった。
「これが……“神と魔王が同時に存在する世界”の限界か」
『陛下……ご決断を。
このままでは――』
「分かってる」
レオンは、リモコンを握りしめる。
――復讐のために始めた力。
――守るために手にした支配。
だが、その代償を払うのは、
いつも“選ばなかった人間”だった。
「……だからこそ」
彼は、低く呟く。
「中途半端は、やめる」
リモコンの画面が、深紅に染まった。
【WORLD EDIT MODE】
次段階――
全面管理権限 解放準備
同時に、聖女のリモコンにも警告が走る。
【警告】
対抗権限の拡張を検知
世界存続確率:低下
リリアは、胸を押さえた。
「……来る……
本当に……世界が壊れる……」
神でも魔王でもない、
名もなき人々の悲鳴が、
確かに――二人の耳に届いていた。
だが、もう――
止まれないところまで、来てしまっていた。




