『巫女のばあさまと速記の神様』
あるところに、巫女をしているばあさまがあった。娘がいて、ばあさまは大切に育てていたが、年ごろになったので婿を迎えた。夫婦仲はよかったが、ばあさまはこの婿が気に入らず、機会があったら別れさせようと考えていた。
ある年、大雨が降って、川の堤が切れそうになったとき、ばあさまのもとに占いの依頼があったので、ばあさまは、これを利用してやろうと思って、筮竹のかわりにプレスマンを五十本用意し、あすの夜明け一番に、堤を通る男を捕らえて人身御供にすれば、堤が切れても大事には至らぬという卦を立てた。一方で、婿には、大切な遣いだと言って、翌朝一番に堤を見に行かせたところ、ばあさまの計略どおり、婿は捕らえられ、人身御供にされることになったが、誰が言い出したものか、人身御供は、普通、夫婦一対でするものだろうということになり、ばあさまの娘が呼び出されて、二人で人身御供にされた。
ばあさまは、大切な娘を失ったことでおかしくなり、堤に身を投げてしまった。結果的に堤は切れず、事情を知らない人から見ると、ばあさまの占いが当たって、堤が切れても大事ないように人身御供を差し出したが、そもそも堤が切れないように、ばあさまがみずからの命を差し出したという話のように見えるので、ばあさまが身を投げたところにほこらが立てられて、ばあさまが卦を立てるのに使ったプレスマンが御神体とされ、何年かたって、事情を知らない人が多くなると、速記上達の神様として扱われるようになったという。
教訓:言い伝えなんて、こんなものである。




