表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

03卑怯な言葉は家族を人質に取っていた

 婚約者がコソコソ会っていたからではない、妹が美しさを無くさないため、その一点のみ。


 セレスは手をそっと握り、温かさが落ち着かせてくれる。魔法使いはライジオネルから視線を外さず、静かに力強く宣言。


「私がここにいるのは彼女の意思を尊重し、フュリス様を守るためです。依頼主を守る義務があります」


 婚約者の男は嘲笑を浮かべた。


「義務?義務は資格を維持することだろう。所属するギルドの長に君の不審な行動を報告し、資格を剥奪させることなど家名をもってすれば造作もないこと。君は、それでも彼女の味方を?」


 どちらが悪党か、というセリフだ。

 ライジオネルの言葉はセレスの核心を突いていた。魔法使いにとって資格は生活の基盤であり、何よりも大切なもの。それを失うことはすべてを失うことに等しい。


 セレスの手を握り返し、顔を向けた。瞳には知らない強い意志があるとわかる。この人を婚約者の歪んだ思いに、沈ませてはならない


「私は依頼を最後まで全うします」


 脅迫を正面から受け止め、こちらへ告げた。信頼とフュリスを守るという揺るぎない決意を物語っている。その時、書斎のドアが再びノックされ今度は、父が顔をのぞかせた。


「ライジオネル様、本日はご足労いただきありがとうございます。ですが、あまり遅くなってはご両親がご心配になられるでしょう」


 父はライジオネルの顔に浮かぶ、不穏な空気を察したようだった。これ以上屋敷に留まらせないための、巧妙な牽制。ライジオネルは悔しそうに唇を噛みしめると、婚約者とセレスを交互に見て最後に冷たい視線を向けた。


「ふぅん。今日はこの辺にしておこう。だが、覚えておきたまえ。君の選択が君自身を、大切な家族を不幸にするかもしれない、ということを」


 言い残し、書斎を後にして去った後もしばらく言葉を交わすことができなかった。どれほどの危険を冒して庇ってくれたのか、痛いほどに理解するばかり。


「本当に……ごめんなさい。私のせいで」


 震える声で謝るとふわりと手を優しく包み込んだ。


「君のせいじゃない。これは彼が起こしたことだ」


 慰められた日の夜、セレスが自分の身を犠牲にして守ってくれたこと、その揺るぎない信頼に胸が締め付けられるような温かい感情を抱き、決意した。

 今度はセレスを守る番だと。資格を守り、企みから守るためにライジオネルと直接対峙する覚悟を決め、翌日、手紙を送った。


「お話したいことがあります。ライジオネル様のご都合の良い日時と場所をお知らせください」


 手紙を読んだ相手がどんな顔をするか想像できた。きっと裏切ることを期待し、心の中でほくそ笑んでいるだろうが企みは止めてみせる。

 返事は翌日すぐに届いた。自らの屋敷での昼食を提案して自分の縄張りで迎え撃つという、挑戦状のようなもの。


 約束の日、一人でライジオネルの屋敷に向かった。豪華な応接間に通されるとライジオネルはすでにそこにいた。微笑みかけ、手ずから紅茶を淹れるほど。


「君が来てくれて嬉しいよ。昨日は、少し言いすぎたようだ。君がフュリスを心配する気持ちは僕も理解している」


 ライジオネルの言葉は何事もなかったかのように穏やか。言葉の裏に隠された意図を読み取れば、油断させようとしているのだろう。呆れる。相槌を打つことなく、本題を切り出す。


「セレス様は王国から正式に認められた魔法使い。彼には守秘義務があります。ライジオネル様が彼の資格を剥奪させることはできませんよ」


 ライジオネルは静かに紅茶を一口飲んだあと、不敵な笑みを浮かべた。


「信用しているようだね。だが、僕は違う。信用するのは僕自身と、僕の家名。君が彼をかばうのなら君の家を家族を守ることができなくなる」


 卑怯な言葉は家族を人質に取っていた。ライジオネルの家からの後ろ盾を必要としていることを知っている。真っ直ぐに見つめ、静かに言う。


「フュリスは大切な妹です。セレス様は妹を救おうとしてくださっている。それが、たとえ誰に何を言われようと気持ちは変わりません」


 顔から完全に笑顔が消えた。決意が本物だと悟ったようだ。


「ふぅー。君は僕を失望させた」


 声は氷のように冷たいまま、彼は立ち上がると窓の外に目をやった。


「フュリスを救いたい。彼女がいつか僕の妻として、幸せに暮らせるように」


 言葉には吐き気を催した。独占欲を愛だと信じ込んでいる。歪んだ愛がフュリスを不幸にしているのだ。婚約者の前で妹を妻にしたいと伝えるなんて、身の毛がよだつ。


「ライジオネル様。フュリスはあなたの所有物ではありません。あなたの婚約者でもないし、あなたの妻にもなりません」


 ライジオネルはゆっくりと振り返った顔には怒りも憎しみもなく、ただ、無感情な表情だけが浮かぶ。


「君はいずれ後悔する」


 ライジオネルは言い残すと、応接間を後にした。最後の言葉に震えたけれど後悔はしていない。フュリスを守るために、セレスの信頼に応えるために立ち向かうことを選んだ。

 対決を終え、重い足取りで屋敷に戻り、応接間の扉を開けると父と母が心配そうな顔で待っていた。


「ライジオネル様とは、どのようなお話を?」


 父は努めて冷静な声で尋ねたが瞳は不安に揺れていた。今日起きたことの全てを話して、執拗な追及、セレスという魔法使いの存在、フュリスに魔法をかける計画。すべてを正直に打ち明けた。


「ライジオネル様はセレス様の資格を剥奪させようとまで企んでいます。すべてはフュリスの美しさのため、フュリスを自分のものにするために。将来、妻にすると。いえ、もう自分のものに……頭の中ではしています」


 話を聞き終えた両親は顔色を失っていた。特に母はライジオネルという、今まで信頼していた人物の裏切りに大きな衝撃を受けている。

 のんきな優しい人たちの苦しむ顔を見たくなかったけれど。


「そんな……まさか、ライジオネル様がそこまで……妹を、私の娘を」


 母は震える声でつぶやいた。父は黙ってこちらを見つめていたが、深く息を吐き出す。


「ライジオネル様の家は我々にとって重要な後ろ盾。だが危険に晒してまで、関係を維持する必要はない」


 父の言葉は心を温かくなる。家のためではなく、家族のために決断を下してくれるという。


「セレス様は信頼できる方なのか?」


 父の問いに迷うことなく頷いた。


「はい。フュリスの幸せを心から願ってくれています。信じてくれました。ライジオネル様が私とセレス様を疑っても、私たちを守ろうとしてくれました。やり遂げると」


 父と母は静かに頷いた。目を見て真実だと信じてくれたのだ。


「わかった。セレス様には客人として滞在してもらい、フュリスに魔法をかけてもらいなさい」


 父に安堵の息を漏らしたが母は不安そうな顔で尋ねた。


「でも、ライジオネル様が黙っているとは思えません。何か、手立てはないのでしょうか?」


 母の問いに父は静かに答えた。それは、気になるところだ。


「ライジオネル家が我々の娘を危険に晒そうとしていることを、公にすればいい。セレス様の資格を剥奪させようと企んでいることも含めて」


 驚き、震えた。ライジオネルの家との関係を完全に断ち切ることを意味している。毅然とした顔で見つめ、言った。


「我々は家族だ。家族を守るために、私はできること全てをやる」


 その後、自室でセレスに手紙を送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
5才児を既に妻だとしてるの普通に気持ち悪いな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ