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02婚約者が雇った探偵からの報告書を見つけた

 ある日、視察のような監視のつもりで彼の部屋へお邪魔しに行った時、我が家にあるライジオネルの書斎で偶然一枚の書簡を見つけてしまった。それは婚約者が雇った探偵からの報告書。


「探偵まで……?」


 セレスの活動記録、彼と会っているという事実が克明に記されていた。息をのんだ。ライジオネルはフュリスの秘密を誰かに話したことを疑い、セレスを調べていたのだ。


 その後、それを突きつけられた。我が家にある婚約者の部屋で。ライジオネルがこちらが読み終えるのを待って顔をあげる。書簡を読み終えると知ると、ゆっくりと問いかけてきた。


「君は、誰と会っていたんだい?」


 声は静かだった。静けさの裏に隠された怒りが痛いほどに伝わる。


「君は、僕との約束を破ったのか?妹の美しさを見せたのか?」


 何も答えられなかった。セレスの存在が今、ライジオネルの知るところとなってしまうなんて。守秘義務という魔法使いの最も重要なルールが、危機に瀕していた。


 書斎は凍りついた空気に満ちていて、彼はゆっくりと一枚の紙片を指でなぞる。セレスがフュリスに魔法をかけるために必要だと話していた、特殊な鉱物の名が記された覚書。


「これは、一体なんだい?」


 声はねっとりとした静かさだったが、背筋に冷たいものが走った。答えを待たず続ける。


「君が最近、見慣れない男と会っていると聞いてね。少し調べてみたんだ」


 視線が突き刺さる。ライジオネルの笑顔は完全に消え、そこにあったのは獲物を追い詰める捕食者のような冷酷な眼差し。これは男と会っていることを咎められているのではない。


「男は、どうやら魔法使いのようだ。しかも、変身魔法を専門に扱っているらしい」


 確信を得た言葉に息を飲む。セレスの専門分野まで調べていたのだと。


「奇妙な鉱物について語っていた。まさか……フュリスに何かするつもりじゃないだろうね?私のものに」


 ライジオネルの口調はもはや問いかけではなかった。すでに結論を出し、糾弾する言葉だ。ゾッとした。


「違います!フュリスを守るために」


 反論しようとすると、ライジオネルは冷笑を浮かべた。


「守る?誰から?僕からかい?それとも、魔法使いからかな?魔法使いは金のためなら何でもする。フュリスの美しさに気づき、君を利用して彼女を連れ去ろうとしているのかもしれない」


 また美しさ。ライジオネルの言葉は完璧なまでに論理的だった。善意を悪意へと捻じ曲げ、セレスを危険な人物に仕立て上げる。利用して連れ去ろうとしている人に言われる、その屈辱たるや。


「君は婚約を破棄してでも、結託してフュリスを連れ去るつもりかい?」


 胸を突き刺す。守秘義務というセレスの最も大切なルールを利用し、追いつめる。もし秘密を明かせば罰則を受けることになる。

 しかし、黙っていれば彼に疑われたまま、フュリスを危険に晒すことになる。何も答えられなくてただ、唇を噛みしめることしかできなかった。


 その時、書斎のドアがノックされた。


「ご主人様、お客様がお見えです」


 使用人の声が張り詰めた空気を破り、ライジオネルはこちらから目を離さず、ゆっくりと口を開いた。


「通しなさい」


 ドアが開くとそこに立っていたのは、セレス。顔を見るなり、状況を瞬時に察したようだった彼の顔からはいつもの穏やかさが消え、緊張が走る。


「魔法使い……何の用だ?」


 男はセレスに冷たい視線を向けた。セレスは並び立ち、横に立つと静かに言った。


「私が、家の依頼を受けた魔法使いです。彼女と妹君を守るために参りました」


 ライジオネルの顔に怒りが浮かんだが、セレスは臆することなく真っ直ぐにライジオネルの瞳を見つめ返す。

 二人の男の視線が激しくぶつかり合うのはフュリスを巡る、最初の戦いの火蓋が切られた瞬間。


 予期せぬ登場にライジオネルの顔から完全に笑みが消え、彼は書斎の重い空気を纏い、冷たい視線をセレスへと向けた。


「ほう、随分と堂々たる物言いだ。君のような男が、何の権限で僕の許可を得ない依頼を受けたと言うんだ?」


 侮蔑と敵意が混じっていた。セレスの存在そのものを、婚約者とフュリスの間に立ち塞がる邪魔者として見なしている声音。


 挑発に動じることなく静かに答え「私は、王国から正式に認可を受けた魔法使いです。依頼主である彼女の意思を尊重し、フュリス様の心を守るため、ここにいます」と言い切る。


「守る?誰から?」


 彼はクッと嘲笑を浮かべ、こちらの顔を見た瞳は疑いの目で射抜いている。


「君は僕からフュリスを奪い、男と共謀しているのではないか?」


 ライジオネルの言葉は鋭い刃のようだ。心の奥底にある不安を正確に突き、関係を歪んだものとして描こうとしていた。その時、セレスが一歩前に。


「それは違います」


 書斎の空気を切り裂くように響く。


「彼女は妹君の幸せを心から願っている。だからこそ、彼女は私に依頼したのです。私は守秘義務があります。依頼内容を他言することはできません」


 顔に怒りが浮かんだ婚約者は守秘義務という、前に立ちはだかる絶対的な壁を知る。それは、どれだけ権力を持っていようとも決して破ることのできない、魔法使いとしての誓約。


「守秘義務だと?ならば、君はフュリスに何をしようとしているのか僕に明かす義務もないわけだな。はは」


 皮肉たっぷりに言った目はセレスの言葉の裏にある、秘密の繋がりを探っていた。


「その通りです」


 臆することなく、真っ直ぐにライジオネルの瞳を見つめ返した魔法使いの瞳には、わずかな動揺すら見られない。揺るぎない態度が逆に怒りを煽る。


「面白い。ならば、その守秘義務とやらを僕がどうにかしてやろう」


 言い放ち、セレスから視線を外すと書斎の引き出しを開けた。そこには、数冊の古びた書物が収められている。その中から一冊を取り出し、セレスに突きつけた。


「魔法使いの資格剥奪に関する書物だ。君の所属するギルドの規則書に記されている。意味がわかるな?」


 ライジオネルの言葉にセレスの表情に初めて緊張が走るのは、魔法使いの制度まで調べていたことに驚きを隠せないらしい。


「君の守秘義務を破る方法はいくらでもある。例えば、君をギルドに報告し、資格を剥奪させることだって可能だ。そうなれば、君はただの人間となり、フュリスに会うことすらできなくなる」


 単なる脅しではないそれは、権力と財力をもってすれば実行可能なことなのだろう。恐ろしさに震える。冷酷な計画に息をのむことしかできなかった。


 妹をめぐる戦いは個人的な感情の対立ではなく権力と魔法、プライドをかけた危険な知恵比べへと発展するとは思いもよらず、二人を深く動揺させていく。

 脅しではなく、魔法使いの資格制度というセレスにとって最も大切な土台を揺るがそうとしていたことに、そこまでするかと絶望する。


「これを持って僕が屋敷を出れば、フュリスと会うことはできない。提出すればおしまい。君もだよ ?婚約者であり、妹フュリスの保護者だよな。君が僕を無視し男と会っていると知れば、ただでは済まないということになる。浮気?不貞?もう綺麗なまま嫁げやしない。さて、君は自分の家族と魔法使いだったという経歴の付く男の、どちらを選ぶんだい?」


 心理的に追い詰めようとしていた。セレスの関係を単なる依頼関係から、道ならぬ恋愛関係へと歪め、妹への関与を取り払おうとしている。

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うわぁゴミだあ
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