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01やめてください!妹に話しかけないでください!

 静謐な屋敷の一室に不釣り合いなほど荒々しい足音が響く。婚約者であるライジオネルは、妹のフュリスが閉じこもる部屋のドアの前で立ち止まり、扉を苛立たしげに見つめた。


「彼女はまだ他人と慣れ親しんでいないようですね。心配ありません、私が話す練習相手になります」


 ライジオネルの言葉はフュリスの将来を案じているかのようだったが、表情からは微塵も慈悲の心が感じられない。この人はフュリスを心配しているのではなく、美しすぎる幼児を独占しようとしているだけだとわかっていた。


「妹はまだ五歳です。義兄になるのだから、今から慣れさせておかなければならないと仰ってもそれはあまりに一方的です」


 こちらの反論にライジオネルはにこやかに、冷たい瞳で答える。


「大丈夫ですよ、私は怖い人間ではありません。それに、いずれは彼女も外の世界に出て色々な人と関わらなければならないでしょう。その手助けをするのは人道的支援となりますからね」


 ライジオネルはフュリスに会うために、高価な人形を何体も持ってきた。婚約者に渡す贈り物よりもはるかに多い数を。異常だ。明らかに何を目的としているのか透けて見える。


「フュリス、お人形だよ。一緒に遊びましょう。たくさん買ってきたから」


 男の声が部屋の外から聞こえるだけで、フュリスは震えだす。震える姿さえも誰が見ても心を奪われるほど美しい。美しさゆえにずっと幼い頃に誘拐され、人間不信に陥ってしまった。


 婚約者のライジオネルはそんなフュリスの美しさに魅せられた一人。妹が受けた心の傷を知りながら自分の欲望しか考えていない。浅ましい。


「妹は怖がっています。やめてください!」


 冷たく言い放つとライジオネルの表情から笑顔が消える。


「義兄になるのだから、今から慣れさせておかないといけないだろう?消極的なのは姉として如何なものかと思うよ」


 威圧的な雰囲気をまとい、ライジオネルは見据えた。


「妹が美しいのはわかりますが、もうやめてくださいっ」


 精一杯の力で訴えたが彼の顔に反省の色はなく。


「美しいものは見せるべきもの。彼女は私のものであるべきだ。私が彼女を皆に見せれば、きっと怯えなんて消えて無くなるさ」


 などと言って、再びフュリスの部屋のドアに手をかけたので彼の腕を掴み、全力で止めに入る。


「やめてください!いくら婚約者でも妹の部屋に、許可なく入るのは許されないことです!」


 声が屋敷中に響き渡る。


 その日、ライジオネルは結局、フュリスに会うことはできなかった。だが、彼は決して諦めないだろう。妹を彼から守るため覚悟を決める。

 魔法使いに頼んで、フュリスが普通に見える魔法をかけてもらおう。そうすれば、もう誰も彼女の美しさに惑わされることはないはず。五歳の妹も安心する。


 だが、決断はある悲劇を招くことになり、魔法使いと運命的な出会いを果たすことになるとはこの時、思いもしなかった。


 ライジオネルが去った後も屋敷には重苦しい空気が残っていた。フュリスの部屋からかすかな、すすり泣きが聞こえてくる。ドアにそっと耳を当てた。


「お兄ちゃん、もう行っちゃった……?」


 震えるフュリスの声に胸を締め付けられた。


「もうこの家にはいないから安心して、ね」


 このままでは心はいつか壊れてしまう。ライジオネルの執着で永遠に、暗闇の中に閉じ込められてしまうだろう。守るための唯一の道。

 普通に見える魔法をかける、魔法を専門とする魔法使いは国でも数えるほどしかいない。彼らには厳格な規則がある。


 魔法使いの資格と守秘義務。二つのルールが行動を律している。信頼できる魔法使いを探すため、父の書斎にこもった。古びた書物や魔術書を何時間もかけて読み漁り、ついに一人の魔法使いにたどり着く。


 彼の名はセレス。数日後、セレスが滞在しているという街の小さな宿屋を訪れた。

 セレスは想像していた厳めしい魔術師とは違い、穏やかな顔立ちをした青年でこちらの話に静かに耳を傾けてくれる。時折、真剣な眼差しで目を見つめた。


「妹君の美しさが彼女を不幸にしているのですね。婚約者殿は……美しさに魅せられ、心を囚われたと」


 セレスは言葉を一つ一つ、噛みしめるように確認した。若く見える魔法使いが本当に望む魔法をかけられるのか不安になったが、瞳の奥に宿る深い知識と真摯な思いやりを感じ、意を決して告げる。


「お願いします。妹に普通に見える魔法をかけてください。もう、誰も彼女の美しさに惑わされないように」


 セレスはこくりと静かに頷いた。


「承知いたしました。魔法には私とあなた、ご家族の協力が必要です。何より守秘義務があります。この件は誰にも話してはなりません。漏洩すれば、罰が下されることになりますので」


 言葉は重かった。魔法がどれほど大きな代償を伴うのかを理解したが。それでも、フュリスを守るためなら、どんなリスクでも負う覚悟だ。


「はい、全てお引き受けします」


 セレスと固い握手を交わした。その瞬間、掌から微かに温かい光が放たれたような気がする。こうして、妹を守るための秘密の計画が始まった。その秘密の計画がさらに大きな危険に晒すことになるということを、危険は意外な形で忍び寄ってくることを知らずに。


 フュリスへ普通に見える魔法をかける準備は想像以上に、困難を極めた。魔法はただ呪文を唱えればいいというものではなく、セレス曰く、フュリスの心が安定していなければ魔法は効果を発揮しないという。


 まずフュリスの心の傷を少しでも癒すことから始めた。妹を無理に外に出そうとはせず、代わりに安心できる姉の部屋で、小さな魔法を披露する。

 手のひらからキラキラと光る蝶を飛ばしたり、小さな花を咲かせたり。最初は怖がっていた妹も次第に、目を輝かせて魔法の世界に見入るようになった。


「お兄ちゃん、お花!」


 フュリスが小さな声で笑ったとき、胸が熱くなった。この笑顔をもうずっと見ていなかったし、セレスの魔法は単なる見世物ではなく心を優しく解きほぐす、温かい光に見える。


 セレスと過ごす時間が増えるにつれて、普通の魔法使いではないことを知っていく。魔法だけでなく、植物や鉱物、人心についても深い知識を持つ。いつも穏やかで話に真摯に耳を傾けてくれた。


「ライジオネル様は本当にフュリスのことが好きなのかもしれません」


 ある日、見かねてぽつりとそうこぼすとセレスはゆるりと静かに首を振った。


「それは愛ではありませんよ。自分の所有物として美しいものを手に入れたい、ただそれだけの欲望です。愛は相手の幸せを願うものですからね」


 魔法使いの言葉は心を深く揺さぶった。ずっと、ライジオネルの執着をどう理解すればいいのかわからずにいたけれど、複雑な感情に明確な答えを与えられる。


 一方、婚約者がライジオネルから遠ざけようとしていることに勘づき始めていた。浅ましいなと拳を握る。彼はこちらの贈り物の数を増やし、頻繁に屋敷を訪れるようになった。

 婚約者を利用して、肩書を全面にやれば好き勝手できると思い込む始末。


「フュリスは君に似て美しい。だからこそ、私が守ってやらねばいけない」


 ライジオネルが優しく微笑みかける瞳には、以前にも増して冷たい光がある。

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