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第5話

「間違いないのか?」

 田辺は写真から目を放さず小笠原に問いかけた。

「間違いとは?」

 からかうように小笠原は答える。

「だから、本当にこの子を殺せと言っているのかと聞いている。」

 小笠原の対応に苛立ちを感じた田辺はそれが態度に出てしまった。写真にはランドセルを背負った女の子が写っていた。

「そうだ。こいつを殺してもらう。名前は佐藤早紀。歳は十一歳。小学生だな。この子の情報は知らないほうがよかったか?知ってしまうと殺すときに迷いがでるか?」

 困惑の表情をしている田辺を面白がるように小笠原は言う。

「まさかとは思うが殺す相手が子供だから辞めるとか言うわけじゃないよな。ここまで話したからには田辺君には仕事をしてもらわなければならない。もし、嫌だと言うのなら、それなりの覚悟をしてもらおう。」

 小笠原が念を押すように言ったため、田辺は身じろいでしまった。嫌だと言ったらどうなるのか。殺されるのか?それは間違いないだろう。だが、すでに自殺を決意している自分が殺されたからといってどうだというのだ。ただ、元妻と娘の安否は気にかかる。それに、この狙われている女の子。自分が殺さなくても他の誰かが殺すことになるのだろう。

「もし、嫌だと言ったら?どうせ俺は死ぬつもりなんだ。」

 田辺の言葉に力はなかった。

「元妻に娘の命は無いと思っていただこう。それに、田辺君も良い死に方はできないと思っていい。」

 予想していたとおりの答えが返ってくる。自分のためだけに人を殺そうと考えていた

ことを今後悔していた。相手が大人なら殺せる、田辺はそう思っていた。大人は殺せて子供は殺せない。なぜ?理由がわかないがそれをすることは田辺のほんの少しだけ残っていた理性が拒絶していた。そんなことをするなら今ここで自殺するほうが良いのではないか。そんなことを考えていた。

「とりあえず詳しい話を聞かせてくれないか。」

 田辺はどうして良いかわからなくなり、話だけでも聞いてみようと思った。

「うん。そうだな。まず。この子を誘拐してもらおう。その後しばらく監禁する。殺すタイミングはこちらで指示しよう。それまではこの子の見張りをしてもらう。ほかの細かいことはその都度指示する。」

 いきなり道端で殺せと指示がでるのかと思っていたが、そうではなかったため少しほっとした。だが、殺す時期が少し遅れたところであまり変わりないのではないかと思考が巡る。

「どうやって誘拐する?」

 田辺は問いかけた。

「誘拐の方法はこちらですでに計画済みだ。今日の夕方に行動に移す。その時指示するから心配するな。それまではここで待機だ。かなり時間があるからゆっくりと休んでくれ。」

 手で奥の部屋を示した。そこにはベッドに一人掛けのソファ、それにテレビも見えた。

「俺はこの部屋にいる。なにかあったら声をかけてくれ。昼飯は後で届くように手配する。」

 これ以上は話すことは無い。と、言わんばかりに口を噤む。

「なぜ今教えてくれない。なにか理由があるのか?」

 田辺は情報を小出しにする小笠原に苛立ちを感じた。

「言うか言わないかはこちらの自由だ。」

 小笠原は無表情でこちらを見つめそれだけを言うと、奥の部屋に入れと手で示した。田辺の苛立ちはさらに増す。右手に力が入る。目の前にある包丁で小笠原に襲い掛かりたい衝動に駆られた。

「わかった。」

 衝動を抑えたのは自分の理性なのか。元妻と娘のことが頭を過ぎったからか。それとも幼い子の写真が目に入ったからか。右手に入った力をゆっくりと抜いていく。田辺は席を立ち奥の部屋へと向かおうとする。

「忘れ物だ。」

 小笠原に背を向けたところで後ろから声をかけられた。振り返ってみると小笠原はテーブルの上の包丁と写真を指挿している。田辺の表情がゆがむ。田辺はゆっくりとした動作で包丁と写真を手に取ると小笠原には声をかけず奥の部屋へと向かった。部屋に入って田辺はその部屋の異常な箇所に気づく。これはなんだと言わんばかりに振り返り小笠原を睨みつけた。小笠原は動じることも無くただこちらを見ているだけだ。部屋の中のソファにベッド、テレビにおかしいところはない。気になったのは窓だ。窓には刑務所のように鉄格子がついていた。監禁するのには最適な場所だと言えるだろう。部屋に入るまで扉が開いて死角になっていたため気づかなかったが、扉にも中が見えるように窓がついていた。こんなところでは落ち着けるはずなどない。田辺は扉を開けたままにしておくことにした。鍵をかけられて閉じ込められるというのが嫌だったからだ。だが、この部屋に入っているのだからすでに閉じ込められたのと同じだ。田辺は自分が部屋に入ったこと確認した小笠原が鍵を掛けにくるのではないかと思っていたがそんなそぶりは見せない。田辺はまっさきにベッドへと向かった。実はバスの中ではほとんど眠ることができずにいた。少し緊張が解けたのか睡魔が襲ってきた。手に持った包丁をベッドの脇に置き、写真は枕元に置いた。ごろんと体をベッドに預ける。田辺はそのまま目を瞑り、またたくまに眠りに落ちていった。


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