第4話
「ただいま。もう始めているのかい?」
佐藤隆はそう言いながリビングのドアを開けた。中では佐藤の一人娘の十一歳の誕生日パーティーが始まろうとしていた。今の時間は7時30分。急な仕事が入り、予定ではあと1時間は早く帰れたはずだったのだが、こんな時間になってしまった。
「おかえり、お父さん。これからだよ。待ってたんだから。早く早く!」
娘の早紀が佐藤に駆け寄ってくる。手にはクラッカーを2つ持っていて、それを佐藤の手の中に押し付けた。
「遅かったのね。」
嫁の好子が右手の肘をテーブルにつき、あごを手の甲に乗せてこちらを見ていた。呆れたような物言いだったが顔は笑っている。佐藤の帰りを心待ちにしていたのが良くわかり、申し訳なさと嬉しさが同時に佐藤を包み込む。
「いやぁ、悪い。急な仕事が入って。ちゃんと遅れるって連絡したんだから許してくれよ。」
言い訳をする佐藤に早紀は、だめ。と頬を膨らませた。好子は、しかたないんだから。と、笑みをこぼしている。
「早く座って。パーティーを始めますよ。」
そう言うと好子は立ち上がり冷蔵庫へと向かう。佐藤の分のビールを取りに行ったようだ。佐藤はそれを見送ると、一日の疲れが溜まったスーツを脱ぐ。タバコの臭いが染み付いているせいもあり、すぐに脱いでしまいたかった。室内着に着替えテーブルに戻ると佐藤の分の料理とビールが定位置に置かれている。
「待たせてごめんな。それじゃあ、始めよう。」
佐藤がそう言うと好子はテーブルにケーキを置いた。誕生日用のケーキで生クリームの上にイチゴが乗っている。真ん中にはチョコレートのプレートに、お誕生日おめでとう。早紀 十一歳。と書かれている。好子は十一本のロウソクを測ったかのように等間隔で挿していった。早紀はその様子を体中で喜びを表現するように飛び跳ねながら見ている。
「さあ、あなたが火を着けてあげて。」
好子が佐藤にライターを手渡す。佐藤は、おう。と言いゆっくりと火を付けていく。早紀は飛び跳ねるのを止め、とりつかれたかのように火を凝視していた。火が全て着くと好子は電気を消す。ロウソクの灯りがあたりをぼんやりと照らす。早紀が満面の笑みを浮かべているのが見えた。三人で誕生日の歌を歌い、早紀がロウソクの火に息を吹きつける。しかし、一息では全てが消えず四本残ってしまった。それを見た佐藤と好子は頑張れと、娘を応援する。早紀の次の息でロウソクは全て消えた。拍手の中好子は電気を着ける。佐藤は用意されていたクラッカーを鳴らした。
「それじゃあ、食べよう。」
佐藤の声で皆が料理に手を付け始める。料理はから揚げに、フライドポテト、チャーハンと全て早紀の好きなもので揃えられていた。家族三人の早紀の誕生日パーティーは盛大に始まった