第15話
佐藤は車を運転していた。自宅を出てから二十分くらい経っていた。辺りは海と草原が見えるだけの直線を走っていて、遠くには漁村だろうか、家の明かりが見えていた。アクセルに力が入り、どうしてもスピードがでてしまう。対向車とたまに出会う程度の通行量で、なにもない直線。高速道路と間違ってしまうほどだ。ちらりと時計に目をやる。まだ約束の時間までは三十分ほどあった。ここから二十分くらいで目的地につくだろう。佐藤は目的地に行ったことがあった。そこは少しの土産物屋があるだけの場所で、日本の最北端というだけでとくになにもないところだという記憶が蘇る。一度家族三人で行ったこともあったが、早紀は、なにもないところだね、と行ってすぐに飽きて、帰りたそうにしていたのを思い出した。気付けば車は漁村に入っていた。もう少し、あと十分くらいだろう。気付けば時計ばかりちらちらと見ている自分に気付く。約束の時間までは余裕があるとわかっていてもどうしても気になってしまった。車に一人で乗っているともいろいろと考えごとをしてしまう。そしていま考えることと言えば早紀のことばかりになっていた。産まれてから今までの成長の過程が頭の中を何度も何度も繰り返し映し出されてくる。涙が出そうになる。誰が見ているわけでもないが、今涙を流してしまうと早紀がもう戻ってこなくなるような気がして、涙を必死にこらえていた。カーブを曲がるといきなり前が開けた。ここだ。心の中で佐藤は叫んだ。体の中に一瞬電気が走り抜けたかと錯覚する。左にウインカーを上げ、駐車場へと入って行き、車をゆっくりと動かす。左には三角形の最北端の碑がライトアップされていて暗闇の中に不気味に輝いていた。車をゆっくりと動かしながら誘拐犯がどこにいるのかと見回してみる。最北端の宗谷岬まで来い、とは言われていたが、どういうふうに接触してくるのかわからない。駐車場には車が十台もいないだろう。このなかに犯人がいるのか、まだ来ていないのか、それともどこか違うところにいるのだろうか。全ての車の前をゆっくりと通り確認していくがわからない。全ての車が怪しく見えてしまう。佐藤は最北端の碑が目の前に来るようにして車を止めると、車からゆっくりとした動作で降り、最北端の碑へと向かって歩き出した。ライトアップされている最北端の碑のところで待っていれば犯人も佐藤を安易に見つけられるだろうと思ったからだ。夜に見る最北端の碑というのはこれほどに不気味なものなのか、昼間には見たことがあるのだが夜は今回が初めてだった。青とも緑とも言える光が三方向から碑を浮かばせるようにライトアップしている。近づくにつれ、もっと他の色の光で明るくしたほうが良かったのではないかという思いが強くなる。これなら心霊の噂が出てもおかしくない。腕時計を見ると約束の時間まではあと十分ほどある。ここで待っていることにしようと佐藤は決めた。最北端の碑を背中にただ立っていると周囲の小さな物音がよく聞こえる。後ろからは波の音が、前からは木や草が風で揺れる音が聞こえた。その時だった。いきなり大きな音に佐藤の体が一瞬小さく硬くなる。音のした方へと顔を向けると、そこには一台のワンボックスがいた。大きな音だと思ったがそれは車のエンジンのかかる音であって、実際はびっくりするような大きな音ではない。辺りがあまりにも静かすぎたため、エンジンのかかる音でさえも必要以上に大きく感じられた。まさかあの車がそうなのか?ワンボックスから目が離れない。ワンボックスはゆっくりと動き出すと佐藤の方へと近づいてくる。なにかを探しながら進んでいるのかと思うほどのゆっくりとしたスピードで進むワンボックス。佐藤と佐藤の車の中間、佐藤の前方へとさしかかろうとしたとき、ワンボックスは探し物が見つかったかのようにピタッと停車した。佐藤の心臓が忙しくなるが、体はそれとは逆に動こうとはしてくれない。するとワンボックスから小さな音が聞こえた。それはドアノブ引く音だった。この距離ならばまず聞こえることはないような小さな音だが、ここの静けさのあまりその音も佐藤の耳にははっきりと聞こえた。そして後部座席のスライドドアがだるそうにゆっくりと開いていく。スライドドアのあった所に人影が見えてきた。