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第10話

 佐藤は家の玄関の前で立ち止った。もう少しすれば警察がこの家にくるだろう。だが、その前に妻に娘が誘拐されたことを報告しなければならない。家の中から灯りがもれている。あそこはリビングだな。娘の帰りが遅いので妻は心配しているのではないか。だが、いくら心配しているとしても誘拐されたとは夢にも思っていないだろう。どんなふうに話を切り出して良いか困った。どんな言い方をしても妻は混乱するだろうということは誰が考えてもわかることだ。ノブを掴みゆっくりとドアを引く。こんなにもドアが重たいと感じたことはない。玄関は真っ暗だった。まるで今の佐藤の心の中を表すかのように。一歩そこに踏み入れるとパッと辺りが眩しいほどの光に包まれる。無意識に目を瞑ってしまった。そうだ、センサーライトを付けていたんだっけ。自分でこれは便利だと言って買ってきたものだった。早紀も、夜には便利だよ。と喜んでいたことを思い出す。いつもならあるはずの早紀の靴の置き場所に視線を送り、靴がないことで現実に起こったことを確認させられる。リビングに入ると好子がイスに座りこちらに背を向ける格好でテレビを見ていた。毎週見ているバラエティ番組だ。この番組に出ている司会者は最近良くテレビで見かける。好子もこの司会者の雰囲気が好きだと言っていた。

「おかえり。今日は早かったわね。早紀より早いなんて珍しいわ。」

 顔をこちらに向けそう言った。早紀の帰りが遅いのは最近なってからはたまにあると好子は言っていたのを思い出した。最初はすごく心配していたようだが、頻度が多くなるにつれ、娘の成長だと納得するようになっていた。

「今日は早紀遅いわね。また友達と話しているのかしら。」

「早紀が誘拐された。」

 好子の言葉が言い終わると同時、間髪入れず佐藤は言った。口調が強い。言いくはない言葉だが先延ばしにすればするほど言いづらくなりそうで勢い任せになっていた。

「え?」

 好子が聞き返してくる。なにを言っているの?という表情だ。だがそこで佐藤は次の言葉がすぐには出てこなかった。佐藤はただ黙って悔しそうな、悲しそうな、そして真剣な表情になっていく。

「ほんとなの?」

 いつもとは違う佐藤の雰囲気に気付いたのだろう。好子は佐藤が冗談を言っているのではないことに気付いたようだ。

「誘拐された。それも俺の目の前でだ。」

 佐藤の顔は悔しさで一杯になっている。その言葉を言った直後、佐藤の目から涙が落ちた。今まで溜め込んでいたものがそれに全て込めているかのようだ。好子はそれを見て、事の重大さを確認したようだ。佐藤は好子の前で涙を見せたことなど前には1度しかない。

「もう少ししたら警察がここにくる。警察でも捜しているそうだ。ここでは犯人からの連絡待ちをすることになると思う。」

 好子は佐藤の言葉をただ黙って聞いている。聞きたいことなど山ほどあるはずである。好子はイスから立ち上がり佐藤の目の前まで来た。

「早紀は大丈夫なの?」

 それは俺も知りたい事だ!と口から出そうになった。目の前で早紀を誘拐され逃げられた自分に対して苛立ちがある。

「いや、それはわからない。」

 ぐっと腹のなかに溜まっている苛立ちを解放したい衝動に駆られたが、それを今好子に当てたくはないと理性がそれを抑えた。いや、こんなにも不安そうな顔をしている好子に当たるわけにはいかないと思ったのだ。

 ピコピコピコーン、ピコピコーン。

 陽気なメロディが家の中に響きわたる。呼び鈴の音だ。今の状況でこの音は邪魔だ。全てのものに対して不快感を覚える自分に佐藤は気づく。好子は佐藤の顔を見た。そして無言で佐藤を横切り玄関へと向かう。「警察です。佐藤さん中に入ってもいいですか?」と玄関のほうから声が聞こえる。そのあとに好子の「どうぞ」と言う声があとに続き、人が家の中に入ってくるのが解った。一人二人ではなさそうだ。

 リリリーン。リリリーン。

 体がビクッと反応する。この音は電話の呼び出し音だ。まさか犯人からか?電話の前へと急ぐ。呼び出し音に気付いたようで好子はリビングへと駆け込んできた。警察の人達も

その後に続いている。佐藤は振り返り皆を見た。好子は驚きの表情。警察の人達は焦っているかのようだ。

「はい。佐藤です。」

 佐藤は電話へと振り返り受話器をゆっくりと取り上げると、いつものように電話へ出た。


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