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クグンダ立候補する

 クグンダは受付業務中、ギルマスに呼ばれて席を立った。対応している冒険者が途切れた瞬間を見計らい、声をかけてきたようだ。


 後ろのスタッフルームへ行くと「代表がお呼びだ」と言われた。


 クグンダは目を丸くする。


「代表? もしかしてギルド本部の代表?」


「そうだ。お前に用があるんだと」


「え? ギルマスじゃなく俺にですか?」


「ああ」


「何で?」


「さあ……俺にも分からん」


 不審がるクグンダとギルマスは同じ表情をしている。ギルマスにも心当たりがないようだ。


 王都の隣にあるこの町だが、冒険者ギルド本部の代表など滅多にお目にかからない。機会があるのは会合に呼ばれるギルマスぐらいで、サブギルマスなど顔を覚えてもいないだろう。


「そもそも代表が何の用でこの町に来たんですか?」


「さあ。俺も突然の訪問に驚いた所だ。直接訊いてくれ」


「はあ……」


 二人は揃って応接室へ入った。

 ギルド本部の代表はソファに座っていて、にこやかに手を上げた。


「すまんな、突然」


「いいえ」


 冒険者ギルドには、ここのギルマスのように体格が良い男が多い。腕力自慢の冒険者を束ねるからだが、中にはクグンダのように中肉中背の者もいる。代表はそちら側の人間だった。


「聖人様からクグンダ宛てに荷物を預かって来たんだ。お土産だと」


「聖人様……カイトから?」


「そうだ。ニタカだと」


「ニタカ?!」


 クグンダは話を聞いて納得した。

 ケビンが叙爵し、中部地区の田舎の領地を与えられたのは聞いていた。当然カイトもそれについて行ったが、若い二人がいきなり領主になって大丈夫かと心配していた。

 でもそれは杞憂だったらしい。どうやらとんでもない手腕を発揮しているようだ。


 噂を聞きつけた冒険者ギルドも放っておくのはマズイと判断し、支部を置かせてくれと頼みに行ったのだという。


「いや~、最初の使者の人選を誤って拒否された時はどうなる事かと思った。あの馬鹿、本当に何を聞いていたんだろうな? 聖人様だとちゃんと説明したのになぁ。若いから侮ったのかなぁ」


「はあ……」 


「遠くにいるロクミグを呼び寄せた甲斐があった。何とかなって良かった」


 思い出しながら話をした代表はホッと胸を撫で下ろしている。


 クグンダは渡された袋を見詰めた。


「カイトの領地でもニタカが採れるんですか?」


「そうらしい。というか栽培に成功したそうだ。定期的に収穫出来るようにしたんだと」


「えッ! ニタカをですか?」


「ああ。他にも珍しい素材をジョーウェル商会に流しているそうだ。あんな田舎にはそこしかないからな。……というか出店したばかりだと聞いた。辺境伯が領主の後見人だから、それがきっかけで」


「後見人……あの辺境伯ですか」


 クグンダは有名な商会の豪腕経営者を思い浮かべた。

 まともに顔を見たのは瘴気嵐を祓ってくれた時だ。それまでは接点がなく、雲の上の人だった。冒険者としても凄腕で、S級なのは有名な話。


「甥だそうだ」


「は?」 


「伯爵位を賜った聖人様の相棒が」


 クグンダとギルマスは揃って目を剥いた。


「え? ケビンが?」

「辺境伯の甥?」


「知らなかったのか。そうだよな。まさか辺境伯の甥が平民になって冒険者をしてるなんて、普通は思わないよな……」


 クグンダは金髪の色男を思い出す。

 確かに貴族の風体だった。昇級試験の時に、太刀筋を見た冒険者も騎士団に所属していただろうと言っていた。


「そうだったのか。ケビンが……」


「でもあの商会にばかり良品の素材を独占されるのは惜しい。冒険者ギルドにも流して貰わねば」


 ぶつぶつ漏らす代表は王都でその話を聞きつけたのだろうか? 

 国内の流通の要であるジョーウェル商会で取り扱う品物を、定期的にチェックしているのかもしれない。珍しい品物が流れる時は、大体、あの商会から始まるからだ。


「さすがカイト……」


 クグンダは小柄な少年が、出会った当初から貴重な薬草や木の実などを採取してきたのを思い出して懐かしくなった。

 討伐の腕が上がった今なら、手に入れられる素材の種類も増えているだろう。


 しみじみと感心するクグンダは、ふと頭を上げた。


「そこのギルマスはもう決まったのですか?」


「あの馬鹿の予定だったが白紙になった。ギルマスに昇格するのは良いが、田舎町なのが不満だったんだろうな。王都から離れたくなかったのかもしれん」


「立候補を受け付けてますか?」


 思わずクグンダが前のめりで意気込むと、ギルマスが慌てた。


「何を言うんだ! クグンダが居なくなったら、ここが困るじゃないか!」


「ここは世話焼き気質のA級サタラヤウさんが、ギルマスの仕事をしてくれるから大丈夫でしょう」


「あれは事務仕事なんか出来ないじゃねえか!」


「そりゃそうです。あの人は職員じゃありませんから!」


「クグンダがいないと訳が分からなくなるだろう?!」


「そんな筈ないでしょう! いえ、そもそもそんなのおかしいです! 分からないと言うのなら、これを機にギルマスの書類仕事も増やしましょうね!」


「い、いや、それは……っ!」


「代表、カイトの町のギルマスに立候補したいです!」


 わたわたするギルマスを無視してクグンダは代表に顔を向けた。

 代表は目を丸くしていたが、くつくつと笑い出した。


「いやぁ、仲が良くて何よりだ」


 にっこり笑った代表は「私の仕事は仲裁が多くてね」と語り出した。


「喧嘩ばかりしてるギルドもあるんだよ? ギルマスとサブの相性が悪くて。その度に人事異動を考えて……あぁ、面倒臭い」


「はあ……」


「上手くいってるギルドの人事を変更するつもりはないよ」


「でも……」


「それに、さっきまでロクミグを同じ理由で説得してたんだ。勘弁して欲しい」


「ロクミグ? 本部の方ですか?」


 クグンダはロクミグを知らなかった。


「元々本部にいたんだが、不正が発覚した田舎町に急遽派遣したんだ。ロクミグくらい剛胆な者じゃないと務まらなかったからな。

 そこで聖人様と出会ったようだ。あれから三年。あそこも落ち着いたし、ロクミグをこのまま田舎町に置いておくのは勿体ない。そろそろ王都に呼び戻そうかと思っていたら、本人が聖人様の町でギルマスをやりたいと言い出した」


「それで? 却下されたのですか?」


「ああ。かなり食い下がられたが、ロクミグは本部に戻らせたいんだ。だからやらかしたあの馬鹿をナナリーにサブとして派遣して、いまサブのハサチュをギルマスに上げようと思っている。

 あの馬鹿はハサチュが苦手だから、いい罰になるだろう。田舎なのも嫌がるだろうが、このまま王都に置いておいても罰にならないからな。……聖人様を怒らせたと聞いた時はどうなる事かと思った。久々に焦ったぞ……」


 ぶつぶつと独り言のように喋る代表を、クグンダもギルマスも止めなかった。知らない名前も出てきたが、黙って聞き流す。


 代表はふと顔を上げて、クグンダを見てにっこりと笑った。


「なぁに、あの町は逃げないよ。寂れた田舎町が活気づいて人も増えていたし、そんな楽しそうな町なら仕事抜きで訪れた方が楽しくないかい?」


「それはそうですが……」


「物凄い勢いで変わっていたけど、まだまだこれから面白くなりそうだったよ。まとめて休みを取って遊びに行っておいで」


「はあ……」


「じゃあね」


 代表はにこやかな笑顔を絶やさず、颯爽と帰って行った。


 クグンダの訴えはあっさり却下されたが、不思議と不満はない。代表のあの語り口と笑顔は、潤滑油となっているのだろう。

 これが代表の手腕なのか。自分には真似出来ない。凄い人だ。


 上手く丸め込まれたのは分かっていたか、クグンダは溜め息一つで切り替える事にした。


「さあてギルマス。書類仕事を頑張りましょうね!」


「い、いや? クグンダが今まで通りいてくれるんなら何も問題は……」


「大アリです」


 クグンダはギルマスの首根っこを掴んで引き摺った。執務室まで行き、強制的に椅子に座らせる。


「今日頑張ればニタカが食べられます。拒否するなら他の職員と食べてしまいます。さあ、どうしますか?」


「……………………頑張ります」


「よろしい」


 クグンダは自分の業務の一部をギルマスに返した。元々ギルマスがやる書類仕事だったが、赴任直後に慣れないからと受け持ったものだ。それがずるずるときてしまっていた。甘やかすと為にならない。


 クグンダは数日かけて教えた。

 他の冒険者のように討伐に行きたがるギルマスを椅子に縛り付けておくのは至難の業だったが、何とか成功した。


 カイトとケビンに会いに行く。

 クグンダはまとまった休みを取れるよう、仕事を調整したのだった。

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― 新着の感想 ―
ありがとうございます!! 本編大好きなので、小噺とても嬉しいです! あの後こうなってたのかー、と。 また他のお話もあれば拝読させていただきたいで。
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