車輪の記憶
汽車は走っていた
わたしひとりを乗せて
擦り寄るようにあつまった住宅街がきえていく
田園のカカシも
深海のシーラカンスも
鉄のにおいがしそうな まだらに錆びた看板も
わたしは
くぐもった窓から
流れ込んでは はける景色を
みていた
まるでサーカス小屋に迷い込んだ動物のように
総てがままならない まどかな瞳で
古びた汽車の
緩慢な老体にもたれかかって
かれがためいきを吐くかぎり
わたしは旅をした
ひるまの喧騒も
よるの静寂も切り裂いて
どれくらい走っただろう
車輪のすべりが鈍くなった
何処かなごりおしそうに
足を引きずって歩くように
わたしは
きしまないていどに車体に寄りかかると
森羅万象のなかでかすかに寝息を立てた
かれの生きた
五百万分の一の睡り
汽車はまた走っていた
わたしひとりを乗せて