好敵手
トクサとカタバミの幼少期は悲惨なものだった。
最初はよかった。
両親は働き者で、あまり、面倒を見てくれなかったが、逆に言えばそれしか不満はなかった。
だがトクサが4、5歳位の時両親は宗教にハマり、毎日よく分からない壺や、本を買ってきた。
きっと高額な物だったのだろう。
数年で家計は回らなくなり、両親はより働きに出るようになった。
そして、トクサは幼いながらにこの両親は信用出来ないと、できる限りこの親には頼らずに生きていこう、そう考えるようになった。
妹が産まれ、こいつだけは守ると誓った。
しかし、物事はそう上手くは進まなかった。
「お前も働け。」
そう言われ、ナイフを手渡される。
親を頼る頼らない以前に、頼られてしまった。
殺しは弱い悪魔が強い悪魔に復讐したい時によく使われた。
そして当時から大人と同じ位の力を持っていたトクサは殺しに持ってこいの悪魔だった。
そして何より、殺しはかける時間に対して得られる報酬が多い、親としてはこれほどいい仕事は無かっただろう。
この時トクサは7歳だった。
初めて悪魔を殺す。
最期に命乞いをされた。
それを無視して心臓を貰ったナイフで貫く。
手と服に飛び散った血の匂いがとれず、その日は一晩中泣いた。
そしてこの経験は幼少期のトクサの心を壊すのには十分だった。
そこからは早かった。
1年後には殺すことになんの躊躇も無くなっていた。
そこから数年はどん底でこれ以上落ちることはないだろうと思いながら過ぎていった。
だが、ここでトクサの人生を大きく変える出来事が起きる。
「・・・何つった?」
「だから、カタバミは水商売に出すことにした。」
真顔でそう言う父。
「あの子、顔はいいからきっと稼ぐわよ!」
笑いながら言う母。
「あいつはまだ7歳だぞ!?イカレてるのか!?」
トクサは必死に抵抗したが、カタバミは連れていかれた。
その日帰ってきたカタバミの目に生気はなく、慰めようと手を差し伸べると・・・
「ひっ・・・」
と手を振り払われた。
何をされたのかは分からない。
ただ、心の中にあるのは親に対する怒りのみになった。
親が仕事から帰ってきた深夜。
「カタバミは辞めてやってくれ・・・頼む・・・俺が代わりにもっと働くから・・・頼む・・・」
土下座しながら頼む。
正直いって殺したかった。今すぐにでも殺したかった。ただ、殺してしまえば自分達の待っている道は破滅のみだと分かっていた。
「わかった。お前が2人分の金を出せるならいいだろう。」
父が言う。
「ありがとう・・・」
そこからはガムシャラに殺した。
頼まれれば殺した。
依頼金が安くても殺した。
自分でも気づかないうちに心は壊れていった。
しかし、頑張っても頑張っても、殺しても殺しても、カタバミが笑うことはなかった。
髪はボサボサになり、無表情なのに常に目からは涙が溢れていた。
(・・・むしろ前より酷くなっていないか?)
親を問い詰めに行こうとした矢先。
聞こえた。
「トクサの奴本当に2人分の金を出してるよ。ははは」
父の声だ。
「カタバミにももっと頑張ってもらわなくちゃ・・・」
母の声も聞こえる。
(・・・もっと?・・・)
「あぁ、トクサの奴これでカタバミを救ったとでも思ってるのかな?辞めさせるわけが無いのにな。馬鹿な子だよ。ははは、でもこれでもっとトミ神様に御奉仕出来る・・・これでいつか・・・救ってくださる・・・この世界を・・・」
(神様は何故こんなにも信仰されているのに、一向に助けてくれないのだろう。神とは民衆を助けてくれるものじゃないの?こんなの疫病神じゃないか・・・誓いを守れなかった俺も・・・)
気づけば両親は滅多刺しになって死んでいた。
能力にも目覚め、死んだ両親を原型が無くなるほど切り刻んだ。
(やっぱり、神はいないんだな・・・)
屍のようになったカタバミを連れて、様々な所へ行った。
餓死寸前の所。
「大丈夫?君たち?」
どこかの教会の前で声をかけられた。
それは神天会という宗教の教会らしい。
「待っててね、今ご飯とお風呂用意するから。」
(宗教に壊されて、宗教に救われたか・・・)
「君たちどこから来たの?」
飯を貪っていると、神父にそう聞かれた。
「西の方・・・」
「親は?」
「・・・殺した。」
「・・・辛かったね。」
神父は捨てられた猫を見るような目で見てきた。
「そういうのはいい。」
「もし良ければ、ここの宗教の門下生になってみない?そうなれば今みたいに温かいご飯と、寮が与えられる。」
「門下生?」
「そう。修行して、神様に尽くすの。」
「死んでも嫌だね・・・」
「でも、このままじゃ君たち本当に死んじゃうよ?」
そう言うと、神父はカタバミの方に目をやった。
自分が死ぬ分にはどうでもよかった。
ただ、カタバミには幸せになって欲しかった。
「・・・わかった。」
そうして、俺達は神天会に入った。
神天会は時の神様を崇拝している宗教だった。
殺しをしていた俺は、異例の強さを誇り、どんどんと昇格していった。
ただ、カタバミはいつまで経っても一日中ベットの上で死んだように天井を見つめていた。
「久しぶに出かけるか!」
カタバミにそう提案した。
カタバミは黙って着いてきた。
美味しい物を食べさせ、可愛い服を買い、髪を切らせて、街を歩いた。
ただ、カタバミは一向に笑わなかった。
ネックレスをプレゼントしようと買い与える。
すると、飛んできたカラスに取られてしまった。
カラスを追いかけているうちに、街の高い所まで来た。
「丘にできた街だと聞いていたが、結構高いもんだな。」
カラスにナイフを飛ばし、ネックレスを奪い取る。
時刻は夕方。
段々と灯る家の光は窓から漏れ、対比するように空は暗くなってゆく。
数分もすれば暗くなり、無数の家から漏れる光が綺麗に輝いていた。
(星空が地面にあるみたいだ・・・)
そんなことを考えながら横を見る。
「綺麗だな。」
カタバミが目を輝かせて見ていた。
言葉にならなかった・・・涙が溢れた。
「これが、これが好きか!?これがいいか?」
首を縦に振るカタバミ。
「絶対にもっとすごいやつ見せてやる。兄ちゃんがお前を絶対に守ってやる!」
そこから1時間程は見ていただろうか。
寮に帰るとカタバミは疲れたのかすぐに寝てしまった。
その寝顔は落ち着いたような、満足したような、そんな寝顔だった。
その後はカタバミは段々と喋るようになり、修行にも参加するようになった。
鏡の能力も身につけ、立派な女性になった。
(カタバミが笑っていてくれるなら、他には何もいらない。)
そう考えていた。
友など思考の中に入ってすらいなかった。
・・・だからこそ。
この、今目の前にいる男に対するこの感情が分からなかった。
今回のターゲット、連行にしたがわないため殺す。その事に躊躇はない。なんなら、殺したい。
ただ、他のやつに殺して欲しくない。負けて欲しくない。
そして、一緒に酒を飲んでみたい。
(何なのだろうか・・・この男は・・・)
「何だろうな、この感情は!俺はお前のことを殺したい!ただ、仲間として一緒に喋ってみたい!」
差し伸ばされた手に掴まり、上の階に登る。
よりガスの匂いは濃くなる。
「それ好敵手って奴じゃないか?」
先生はニヤニヤしながら答える。
「好敵手・・・か・・・」
「やるか?」
「やる。」
先生とトクサは一旦離れ、構える。
トクサはナイフを一斉に先生に向けて飛ばす。
先生はそれを避け、階段に逃げる。
トクサは剣に乗り、追いかける。
「登れ登れー!」
そう叫びながら登る先生を見て、トクサは殺し合いだというのに、楽しくなっていた。
よく狙い、撃つ。
それを避け、登る先生。
7階まで来た。
「次は屋上か。」
先生は上の屋上へ繋がる扉を見る。
「あぁ、決着つけるか・・・」
「おう!」
向かい合う。
剣に乗り、突進するトクサ。
深く息を吸い込み、突進する先生。
キンッ
どちらも立ち止まる。
「グハッ・・・」
先生の血の槍がトクサの横腹を貫いていた。
プシャアアアア
トクサの剣が先生の首を半分程斬っていた。
グチャッ
先生は首を元に戻し、治す。
トクサは腹の血の槍を抜く。
「間一髪だったな・・・」
先に口を開いたのは先生だ。
「惜しかった・・・な・・・」
口から血を流すトクサ。
すると、トクサはロングコートのポッケからライターを取り出す。
「あっ・・・」
何が起こるのか察する先生。
「そろそろガス充満してきたかな?」
そう言いながら、トクサはライターをつける。
ガスに引火し、爆発する。
周りの窓が全て割れる。
爆音と共に、体に強い衝撃を感じる。
(流石に死んじゃったかな?カタバミ・・・もうすぐそっちに・・・)
目を開ける。
空が見える。
横を見ると、先生が倒れている。
(ここは・・・屋上?)
「危ねぇー、死ぬところだったー」
先生はそう言いながら笑う。
「何故・・・俺は生きて・・・」
「俺が助けた。」
「何故?」
「好敵手に勝手に死なれちゃ困る。せめて俺が殺す。」
「そう来たか・・・」
2人でしばらく笑いあった。
「ほら、早く決着つけるぞ。」
「これで何回目だ?」
「さあ?」
距離をあける。
先生は爆発でかなりダメージがあるようだった。
そして、トクサもそろそろ失血で気を失いかけていた。
(これで、本当に最後になるな・・・)
「行くぞ・・・」
「待って、」
先生が手を前に出す。
「なんだ?」
「時間稼ぎ、」
「何の?」
トクサは半笑いで聞く。
「これの。」
すると、先生の背中から赤い羽のようなものが生えた。
「すげぇ・・・」
驚いていると・・・
「じゃっ!」
そう言って先生は屋上から飛び降りた。
「あっ・・・待てっ!」
トクサも剣に乗って追う。
屋上から飛ぶ。
下を見る。
(・・・いない?)
先生の姿はどこにもなかった。
バァン
胸を貫かれた。
後ろを振り向く。
そこには、爆風で割れた窓から室内に入った先生がいた。
「飛び降りる振りしてして後ろに回ったってことかー?」
トクサは大声で先生にタネを聞く。
「せーいかーい!」
「ズルいな・・・」
トクサは呆れたような、ただ嬉しそうな顔をした。
「最期にその眼帯の中!見せてくれよ!」
「いいよ、」
そう言うと、先生は眼帯を外した。
「ふふっ・・・すげぇな、」
眼帯を外した先生の片目は青白い炎で燃えている。
「半分鬼のまま正気を保ってる適応者、その本来の力は神にも並ぶと言われている。どんな奴かと思っていたけど・・・こんなズルい男だとはなぁー!」
「うるせぇな!ズルくて悪かったなぁ!」
笑い合い、そんな他愛のない話をする。
すると、突然トクサが笑うのを辞めた。
「じゃあな、白波。結構楽しかったよ。」
そう言うと、トクサの乗っていた剣は下に落ちていった。
重さに耐えきれなくなり、指先から伸びていた血の槍は折れ、トクサも下へ落ちた。
「じゃあな・・・トクサ。」
その時の先生の表情は誰も知らない。先生自身も。