ドォーン
「全くしょーがないなー」
そう言いながら雪はカタバミと扉の間に立ち塞がり、中国拳法のような構えをしだした。
「邪魔だ、どけ、さもなくば殺す。」
かなり怒っているカタバミさんであった。
躊躇せずに近づいてくるカタバミに、雪は頭辺りに蹴りを入れようとする。
「いったッ・・・」
足が頭の横で弾かれた。
「なるほど、さっきのナイフを複製するのは見てたけど、鏡みたいに物を映すだけじゃなく、まんまその威力すらも跳ね返すのか・・・」
(すごい能力だ・・・)
そう思った。ただそれ以上に気になったことがあった。
(なぜ雪は今能力を使わなかったのだろう。)
「邪魔だッ!」
カタバミは腰にさしていた銃を構え、その横に2枚の鏡を向かい合うように囲った。
すると横一列にズラっと銃が並んだ。
バァン
0.1秒の狂いも無く同時に全ての銃が発射された。
私と雪は床に伏せ、ギリギリの所でかわした。
「流石にこれじゃ避けられますか・・・」
すると、カタバミはさらに4枚の鏡を出した。
そしてまた2枚ずつ向かい合わせに配置し、縦、横、斜めの三方向に銃が現れた。
(でもこれじゃ、また避けれるんじゃ・・・)
甘かった。
銃の周りの鏡は時計回りに回転し始めた。
次第にそれは速くなり、やがては目では捉えられなくなった。
そして、鏡と同時に大量の銃の虚像も回転する。
まるで特大のガトリング砲のようだった。
(やばい・・・)
「霞!逃げるよ!」
急いで物陰に隠れた。
銃が乱射される。
耳が弾けそうなほどの爆音が鳴る。
次の瞬間脆いものや、逃げ惑う他の客は一瞬で塵となった。
(この建物コンクリートで出来ててよかったー。)
そう思いながら、建物の柱に隠れる。
しばらくすると・・・
カチッカチッ
柱の向こう側からそんな音が聞こえてきた。
(弾切れか?)
柱から少し顔を出す。
そこに広がる光景は、まさに地獄絵図だった。
ほとんどの物が蜂の巣にされ、広く真っ赤に染まった床、錆びた鉄の匂いと塵で淀みきった空気、その真ん中で銃をカチカチと出ないことを確認している女だった。
ところで、匂いというのは、匂いの元となる物体の一部が鼻に入って、それが取り込まれ、脳に電気信号が送られ、はじめて匂いを感知するらしい。
(つまり・・・さっきまでここを歩いていた客が塵にされて、一部が私の中に入って、それがこの錆びた鉄の匂いになっている。)
そう考えると、とても気持ちが悪くなった。
「あーあ弾が切れてしまいました。」
そう言いながら、カタバミは銃を捨てた。
「でも、これでトクサの所へ行けます。それでは。」
そう言って、カタバミは扉の方へ歩き始めた。
(ダメだ・・・多分この女、先生の所に行かせちゃダメだ・・・)
直感でそう感じた。
(どうにかして止めなくては・・・)
雪もそう感じたのか、柱の影から出て、手を炎に変えようとした。
しかし、私の方をチラッと見たあと、炎を消し、カタバミの方へ走った。
それを見た瞬間、悲しみや嬉しさより先にイラつきが来た。
(きっと雪は私がトラウマを呼び起こしてしまわないよう、わざわざ能力を抑えているのだ。私が雪の能力を縛っているのだ。)
そう考えると、余計にイラついた。
(もう、誰かのせいで縛られるなんて、誰かを縛るなんて懲り懲りだ。自分のせいで、誰かに迷惑かけたり、縛るなんてもう絶対に嫌だ。そして何より、自分自身を決めつけられることが嫌だ!)
「雪ー!!!」
「!?」
「そんなロウソクみたいな火でビビるなんて思ってんじゃねぇぞ!!!」
「・・・ぷっ、ははは」
雪は笑った。
「え?」
困惑した。
(なんか面白いとこあったかな?)
「結構生意気なとこあるじゃん、はは」
笑い涙を拭きながら雪は言った。
「ロウソクみたいな火なんて結構言ってくれるじゃん、いいよ!じゃあ本気見せてあげるよ。」
雪は背中から燃え上がり、白くて綺麗な髪は逆立ち、まるで太陽のように光り輝いた。
たちまち火の粉が雪の周りを祀るかのように回り。
炎のドレスを身にまとったようだった。
(ここまで熱気がくるっ・・・)
あの時を思い出した。確かにまだ怖い。失ってしまったものは大きすぎる、そして替えがきかない。
ただ今は、そんなことを忘れるほどに、そんなことどうでもいいと思ってしまうほどに、雪の炎が美しかった。
あまりの光と熱気に驚いたカタバミは足を止め、こちらを振り向き、防御体勢を取った。
そして、そのまま猛スピードで近づいて来た雪に鏡を向ける。
バリンッ
鏡が割れた。
「なっ!?・・・」
カタバミは驚いた。今まで鏡が割れることなどなかったからだ。
しかし、考える間もなく熱波とともに吹き飛ばされた。
同時刻、先生は結構苦戦していた。
とてつもないスピードで移動しながら戦う。
(こいつ・・・強いっ・・・能力で身体能力が生物の域を越してる俺とほとんど同じフィジカルしてやがる。何者だ?・・・)
「あんた何もんだ?」
「トクサです。」
「名前じゃねぇよドアホ。この身体能力、それにこの能力、そこら辺の賞金狙いの盗賊じゃないだろ・・・」
「まぁ、盗賊なんかではありませんよ。」
カキンッ
先生の鉄砲とトクサの剣がぶつかる。
「じゃあ何だ?」
「まぁ、言っても支障ないでしょう。神天会の幹部トクサとカタバミのトクサです。」
「神天会?あーなんかあったなそんなとこ。オカルト宗教集団の。」
「なんと言おうと勝手ですけれども、少なくともあなたは私達の神であると同時に最低最悪の悪魔でもあるんです。」
「ひっどい事言うなー」
ガキンッ
先生の鉄砲が少しトクサの剣を削る。
「なので一緒に来て頂きます。」
「嫌だね。」
「なら死んでいただきます。最悪あなたのその目さえあればいいのです。」
「嫌だって言ってんだろ!記憶力ニワトリか?お前。」
トクサが刀を先回りさせ、先生を後ろから追う。
先生は前から来る剣を飛び越え、近くのビルの中へ逃げる。
「というか、あんたの妹大丈夫かよ。うちの生徒は結構強いぞ?」
「大丈夫です。ご心配には及びません。何故なら最悪あの子は無敵になれるので。」
「と言うと?」
「見たでしょう?あの鏡。あの鏡を・・・」
ショピングモールに戻る。
「クソっ、痛いっ・・・」
カタバミは大火傷を負った。
「もうこれでこいつは動けない。さっさと先生助けてお金もらいに行こ。」
「待てっ!!!ぶっ殺してやる・・・絶対に・・・」
「やれるもんならやってみろよバーカ!」
雪は結構低俗な煽りをする。
「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる!」
そう叫びながら、カタバミは鏡を出した。
「雪、あいつまだ諦めてないよ?」
「いや、でも直接当たってたら皮膚が溶けるレベルの高温で焼いたし・・・」
そんなことを言っていると、カタバミは鏡を融合させた。
「へーあんなことできるんだね。」
カタバミはその鏡の上に乗った。
そして、鏡は球体上に丸まっていき、カタバミは鏡の中に隠れた。
「あーなるほどね。確かにそうしたら普通は手も足も出せないかもね。でもさっき鏡割れたし、それに中に入ったら攻撃も何も出来ないじゃん。馬鹿なのかなこの子。」
雪は結構言うタイプだなと思った。
すると、鏡の球体はそのまま転がり、私達の方へ来た。
「私をこの状態にしたのがあなた達の運の尽き!このまま踏み殺してやる!」
(確かに強い、攻撃は全て跳ね返す。それで、体力を奪い、そのまま踏み潰す。確かに強いが、こっちは1度鏡を割って突破している。ならなぜわざわざこんな方法を?)
「というか、雪さっきどうやって鏡割ったの?」
「え?分かんない。でも多分熱に耐えられなかったんじゃない?」
「私も最初はそう考えた、けど多分それ違うと思うんだ。確かに能力だからっていうので説明はつくけど、割れた鏡を見ると、どれも破片すら溶けてないんだよ。だから、現実的に考えると熱に弱いって線は薄いかなって・・・」
雪はなるほどっと言って何故なのか考え始めた。
「でも、ほんと、仮説だから。能力によって物理とかとは関係ないのかもしれないし。」
私は予防線を貼った。
「別に間違えててもいいよ。だって間違えててもどっちも死ぬだけでしょ?なら色んなこと試してみないと。死ぬ時は一緒だよ?」
そう言いながら微笑む雪にはメンヘラの素質が見えた。
「死ねー!!!」
そう言いながら突っ込んでくるカタバミボールを避けながら、私達は作戦会議をした。
「まず、なぜ鏡が割れたのか。足で蹴った時は割れなかったのに、なんで炎だと割れたのか、1番の違いは能力を使ってるってことだけど、そんなに簡単なことならあんなに鏡に防御を信用しきっているのはおかしいと思う。だからこれは除外。」
「なーほど。」
「次は威力、ただ、正直先生と戦って無事なのに、雪の攻撃を食らって壊れるのは変だと思う。確かにすごい威力だったけど、多分一点で考えたら、先生の銃と同じか少し上くらいだと思うんだ。だからこれも除外。」
「悔しいけど、そうだね・・・くっ・・・」
「最後、これが一番可能性高いと思う。光だ。」
「光?」
「そう、光。鏡って光を反射して、まるで鏡の中にあるように見えるでしょ?だから、あの時太陽みたいな光に至近距離で当たったから物を写せなくなって、普通の鏡として攻撃が通ったんじゃないかな?」
「なーほど?」
「まぁ、あくまで仮説だけどね。」
「でも試してみないと始まらない。」
「「やるか。」」
「って思ったけど、多分さっきみたいな光は出せないよ?」
「え?」
「さっきのは私が出来る最大限の炎だから、もう疲れてさっき程の光は出ないよ。」
「まじ?」
「まじ。」
話が変わってきた。
さっきまではそのまま突っ込めばいいと考えていたものの、今は同じ光が出せないときた。
(そうか・・・きっと女はこれを読んで、鏡の殻に籠るという選択を取ったんだ。)
「いいこと思いついた。」
私は雪の耳にヒソヒソ声で作戦を話した。
「霞、天才!」
「じゃあ、5分稼いで。」
「おけ!」
(霞がホースと氷を用意するまで時間を稼がないと・・・きっと、鏡の球体は中から外を見ることが出来ない。だから、さっきから音の出る方へガムシャラに転がってる。となれば・・・)
雪は火災報知器に自分の炎を当てた。
チリリリリリリ
騒がしくなる火災報知器。
同時にスプリンクラーから水が雨のように出てくる。
(これでもう、あんたは音でどこに何があるのか分からない。)
「ぶっ殺してやる・・・」
よりガムシャラに動く鏡。
(さてと、その間に、)
「あった!」
雪が探していたのは水道の元栓だった。
「雪ー!」
「おかえりー」
「ホース見つけた!氷も作った!」
「オーケー、じゃあはじめようか。」
まず、雪は水道の元栓にホースを繋げた。
その間に霞はスプリンクラーによって少し溜まった水を濡れた鏡の球体ごと凍らし、鏡の動きを止めた。
「何だ!?」
急に止まったため、カタバミはとても驚いている。
「水は凍らせやすくて助かるわ。」
「霞ー、氷は?」
「出来てるよ。」
霞が取り出したのは氷で出来た逆ピラミッド状レンズだった。
「何これ?」
「んー分かりやすく言うと、これを通すといろんな方向からの光が上手く集まるの。」
「ほえー」
(前の世界の知識が今役立つとは・・・ソーラーパネルでは固定したまま効率よく光を一点に集める必要がある。だから、この形のレンズを開発し、どの方向からでも効率よく光を集中させれるようにした・・・らしい。見よう見まねで作ってみたがほんとにこれ使えるのか?)
止まった鏡の球体にレンズを近づけ、溶けないように私が触りながら雪が指先から放つ光をレンズに当てた。
すると、光が一点に集中し、それを鏡に当てながら叩くと鏡にホース1本ギリギリ通る位の穴が空いた。
「何っ!?・・・」
穴から見える鏡の中は真っ暗な空洞でその真ん中でカタバミが絶望した顔でこちらを見ていた。
(構造複雑だったから成功してよかったー、失敗してたらほんとに病んでたー)
「おぉ、やっぱり光だったか!」
雪は自分の手柄のようにドヤ顔で話した。
「「よし、お楽しみタイムだ」」
穴に水道と繋いだホースで、中に水を入れる。
「ちょっ、やめっ、」
きっと中から穴を必死に手で塞いでいるのだろう。
しかし無慈悲にもどんどんと穴の中に水が吸い込まれていく。
十数分くらいたっただろうか。
「頼む・・・やめてくれ、凍えて死にそうなんだ・・・」
そういえば周りが氷だから夏でも水が、とんでもなく冷たくなるのか・・・
「そろそろ水入れるの辞めてやるか。」
「そうだね。」
ホースを抜いた。
すると、中から声が聞こえた。
「馬鹿めッ!そのホースが抜ければこの穴は塞げる!甘かったな!」
みるみると鏡の穴が塞がっていく。
「馬鹿なことを・・・」
雪はため息を吐いた。
「残念だったなッ!私はこのままトクサの所まで・・・」
「そろそろ気づけ、お前はもう既に詰んでいる。」
「はっ!?笑わせるな、ここまで来て、ハッタリか?」
ハッタリはお前だろと言いたいが、その前に種明かしだ。
「その中は暗いから分からないかもしれないけど、既に起爆剤は入ってる。」
「起爆剤?」
「あぁ、1本の髪の毛だよ」
「は?頭でもおかしくなったのか?」
「いや、最後まで聞けよその髪の毛は雪のだよ。それも今日の残りの力を全て詰め込んだ1本。さっきの本気の力には及ばなくても、その中の水全部蒸発させることくらいなら出来るさ。」
「だから何なんだよ!?言えよ!」
カタバミの発言から焦りが伺える。
「焦るなって、つまりな?その髪の毛を今燃やせば水は蒸発して体積が増える、そうなれば容器が耐えきれなくなり爆発する。すなわち、お前は今爆弾の中にいる。」
これを言いたかった。
「助けてくれ、悪かった謝るよ・・・だから・・・」
「いや、助けるつもりだったよ?でも、完全に蓋しちゃったのはお前じゃん。」
「助けて・・・」
私は鏡の上からさらに氷を重ね、絶対に開けないようにした。
そして、命乞いは無視して私と雪はそこからそそくさと離れた。
(爆発に巻き込まれるのはごめんだね。)
「爆発までー、さーん、にー・・・」
雪が楽しそうにカウントダウンを始める。
「助けてぇ・・・トクサァ・・・」
カタバミの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「いーち、ドォーン!!」
鏡の中の髪の毛は一気に燃え、中の水が蒸発した。
きっと球体の半分位まで入っていたであろう水が1700倍の体積となる。
鏡は耐えきれずに、爆発する。
かなり離れた場所から爆発させたが、そこにまで血なまぐさい爆風は届いた。
その後カタバミがいたであろう場所に戻ってみたが、そこには何も無かった。
カタバミは爆発で飛び散ったのか、それともそれ以前に水と一緒に蒸発してしまったか、それは分からない。
戦った場所も、跡形もなく更地になっている。
ただ勝ったという事実だけが残った。
ドォーン
その音は遠くのビルの中にいたトクサと先生の耳にもハッキリと聞こえた。
「おぉ、派手にやったねぇ」
「まさか・・・カタバミ・・」
「こっちも決着つけようか。」
トクサは怒りと悲しみの目で先生を睨みながら言う。
「あぁ、殺してやるよ。」