9 「謎の完璧イケメンの正体は、流れの旅する剣士な風来坊スヴェン」
9月分の更新となります。
さっきまで意地悪極まりなかったエルステッドは、唐突に現れた黒髪長髪イケメンにベタベタして甘え始めている。時々私への罵詈雑言を添えて。
カイルはゴッツおじいさんらしき人に歩み寄って、事情を聞こうとしてるみたいだけど、私も聞きたいです。
私一人がぽつんと突っ立っていると、イケメンが私のことを品定めするようにジロジロ見て来た。
本気で何が何だかわからないけど。
ひとまず礼儀正しく名乗っておかなくては。
彼が何者で、カイルがこの人の名前を様付けして呼ぶ理由、グレンゼ村にとってどういう立ち位置の人間なのか。
それがわかるまで、敵対行動を取るわけには行かないわ。
怪しまれないように。
場慣れしてると思われないようにいきなり笑顔にならず、私は戸惑いながら会釈した。
アメリ・ルイーゼ・オズワルドとして生まれてから、そういった演技をし続ける人生だったから。
一応、知らないふりっていう演技は得意と思ってる。
「あの、えっと……、初めまして。私は今日このグレンゼ村に越して来た、アメリ・ルイーゼ・オズワルドと申します」
王族であることを隠すのは、もうやめだ。
すでに村人全員(多分全員、田舎の情報伝達能力を侮ってはいけない)、私がオズワルド国王の娘であることは知れ渡っているはず。
ここで下手に隠して、後で知られた方が面倒だ。
ちら、と彼の表情を窺い見る。
さっきまでスンとした表情だったのが、含みのある笑みに変わっていた。
わざわざ「オズワルド国の姫です」って名乗らなくても、私の身分がわかった様子。
「ほう、これは驚いた」
感心してないで、そっちも名乗りなさいよ。
内心ではイライラ、ハラハラしてたけど、そういった感情を決して顔に出さないように。
彼はまとわりつくエルステッドを軽くあしらいながら、私の方へと向き直ってやっと名乗った。
「これは失礼した。俺はスヴェンという、ただの風来坊だ」
風来坊って名乗る人、初めて見たああ。
「まぁ、流れの……旅の剣士と思ってくれたらいい。しがない旅人だ」
風来坊で、流れの人間で、旅人で、剣士とか役職欲張りすぎじゃない?
なんて心の中で突っ込んでても仕方ないわ。
話を先へ進めないと。
「私達、実はグレンゼ村の人に頼まれてーー」
何度となくした説明をした。
エルステッドにうねうねとまとわりつかれることに慣れているのか、気にすることなく私の話を黙って聞くスヴェン。ん? スヴェン?
あぁ、この人がさっきエルステッドが言ってた……。
説明しながら、じぃっとスヴェンの容姿を観察しながら私は思う。
ないない。
外見しかまだよく知らない相手だけどさ。
確かにイケメン枠確定よ?
多分私のこれまでの人生で一度もお目にかかったことがないレベルの、綺麗なイケメン。
整った顔に、たくましさをプラス。きっと会う女性全てにキャーキャー言われてきた人生だろう。
高身長で、戦闘も得意そうながっしりとした体型、どこからどう見ても、どんな角度から見ても完璧すぎる。
そして何より私が憧れて止まないサラつやで美しい黒髪。
天から何物も与えられたような、天然素材。
……私なんかとは違う、天性の恵まれた人間。
私が無理やり手に入れたものを、何もしなくても生まれながらに手に入れたーー。
(いけ好かないなー)
エルステッドの話では、私がこの人を取る?
いやいや、あり得ないし。
「ーーというわけで、ここまで来たんですけど。どうやら話が少し違うみたいですね」
「違わなくはないが。そうか、村人にそこまで不安にさせてしまっていたか。それはすまないことをしたな」
あ、じゃあやっぱ大半はガセネタつかまされてたってことね?
あらかた話の辻褄は合っているのか、ゴッツさんが口を挟む。
本人は分かってないみたいだけど。
つぶやいただけの声も、私が多少声を張り上げるレベルには大きい。
「まぁ確かにワシは暴走したというグリマルキンを何とかする為に、ここまで来たんだがな。そこでちょうどスヴェン様に会って、事情を聞いて協力していたんじゃよ」
「だったらせめて、村人達の不安を取り除く為に一度山を下りて説明してくれても良かったのではないでしょうか」
私がそう言うと、スヴェンとゴッツさんが二人顔を見合わせて無言になった。
え、なになに? 何か問題とかあるわけ?
でも緊急事態ってわけでもなさそうな、変わらずスンとした表情でスヴェンがさらりと言った。
「グロッケン山にドラゴンが棲みついたことを説明したら、余計不安にさせてしまうだろう」
「ド、ドラゴンンンン!?」
この世界で最強の生物ドラゴンですって!?
そんなこと話したら、村中……いえ、国中が大パニックになるに決まってるじゃないいいい!
あ、なるほど、そういうことね。
そりゃ話せないわ。