6 「魔女の予言とグリマルキン」
遅筆、更新が遅くてすみません。
ゆっくり丁寧に書いていくので、どうかお許しください。
よろしくお願いします。
カイルの話によると、グロッケン山に住んでいる魔女の名はエルステッドというらしい。
少しばかり性格に難があるけど、グレンゼの人達とは上手くやっているそうだ。
そしてグリマルキンはその魔女の飼い猫であることも、村の人達の話では確かだという。
詳しく聞いてみると魔女エルステッド……エルの飼い猫であるグリマルキンの特徴は、灰色のトラ柄をした小太りな猫、ということらしい。
それを聞いた私は、瞬時にぽっちゃりなアメリカンショートヘアを思い浮かべる。
そして襲われたというギムリの話では、キジトラだと説明していたカイルが後になって「灰色だった」と特徴を付け加えた。
もうそれ間違いなくその魔女の飼い猫じゃん、と思った私。
魔女エルの飼い猫グリマルキンと、ギムリを襲ったというグリマルキンはどう考えても同一の猫になるのは明白だ。
よそから来た、全く別の魔女の飼い猫でない限り……。
「魔女エルの家に行く、だって? 本気か?」
「だってそのグリマルキンは間違いなくエルさんの飼い猫なんでしょ? だったら飼い主に直接話を聞くのは当然のことじゃない?」
怪訝そうな表情で聞いてくるカイルの態度に、私もまた怪訝な表情になってしまう。
そもそもグリマルキンによる被害が遭ったというなら、知らぬ間柄でもないんだし。直接文句を言えばいい者を……。なぜかグレンゼの村人達は、そういったことをしていない様子だった。
見ればカイルはバツの悪そうな表情で、私から視線を逸らしてる。
私は素知らぬ顔で訊ねてみた。
「村の人達とエルさんとは、懇意にしているんですよね?」
「……」
だんまりと来たか。
元々口が軽いタイプじゃないみたいだけど、カイルのこの態度から十分想定出来る。
ーー魔女エルステッドとグレンゼ側とで、何かがあったに違いない。
でもそれはあくまで私が想定していることで、確証じゃないからなんとも言えないんだけど。
とにかくこのまま山の中をうろつくつもりは毛頭ないので、さっき言ったように私は魔女の家まで案内してもらうようお願いしてみた。
「とにかく、エルさんの家に案内してください、カイル。お願いします」
「……」
「仮にエルさんの身に何かあったとして、人間に危害を加えるようになったグリマルキンを放ってはおけません。グリマルキンは魔女の飼い猫とはいえ、れっきとした猫の魔物です。魔力があるし、猫本来の狩りの習性も残っているはず。万が一野生に戻ってしまえば、それこそ村の被害は甚大です。カイル、……魔女エルステッドの家まで案内してください」
私は事実を言った。
真っ直ぐとした瞳で、嘘偽りないことを証明する為に。
カイルもまた私の真剣な眼差しを見て納得してくれたのか、渋い表情をしながらも小さく頷く。
「……エルの家は、この先だ。ついて来い」
「ありがとうございます……っ!」
私達はギムリさんが襲われた場所から更に森の奥へーー、木々が生い茂った奥深くへと足を踏み入れた。
***
密集するように生えた松の木で陽の光がほとんど差し込まない中、ぼうぼうに生えた草むらを踏み鳴らすように歩いて行く。日中なのに陰っているせいだろう、虫の数が凄まじかった。
蚊が周囲を飛び回り、歩いた先からカサカサと何かが飛んだり跳ねたり走ったり……。基本的に虫が好きじゃない私は、さっきのカイルみたいに渋い顔になる。
「うぅ……っ、虫が……虫が……」
思わず口に出してしまった。
それを聞いたカイルが振り向きざま、鼻で笑いながら軽口を叩く。
「虫が嫌いで、よく田舎暮らしをしようとしたな。この程度の虫、まだ序の口だってのに」
「これでもまだ虫に対する耐性はあるつもりですけど! ただこれは、その……心の準備が出来てないだけで」
「心の準備とやらをしてから、引っ越して来るべきだったな」
「むぅ……」
意外に減らず口なのね、このカイルって人は。
最初は無愛想で冗談なんて口にしないタイプかと思ってたのに、私が一方的に話しかけていく内に慣れてくれたのかしら。いつの間にかこういった会話が出来るようになってるわ。あら不思議。もしかしてちょろい?
そんな風に私が思っていた矢先だった。
カイルが突然立ち止まって、片手で制する。止まれ、という合図だ。
私は表情を固くして、カイルの行く先を凝視する。
足元は雑草だらけで地面すら見えない場所だけど、その少し先は手入れされたように草が刈られた場所になっていた。そしてその場所に灰色の動物、成猫で小太りなアメリカンショートヘアが私達を威嚇している。
「フシャアアアア!!」
背中の毛は逆立ち、尻尾は猫というよりたぬきを思わせるほど太くなっている。
牙を剥き、宝石のようにキラキラとした瞳はただ一点を見つめていた。
ーー私を?
「気をつけろ、あいつ……お前を狙ってるぞ」
「えっ、どうして……?」
理由はさておき、グリマルキンの更に背後の方へ視線をやるとそこには小屋のようなものが建っていた。
絵本に出てきそうな丸みを帯びた可愛らしい造りの小屋を見て、恐らくあそこが魔女の家だと察する。
そうなるとこのグリマルキンは、門番よろしく私を踏み入れないように警告しているんだろうか?
私は深呼吸をしてから、キリリと表情を引き締める。
それから背筋を伸ばして、片手で制しているカイルの横を通り過ぎて、グリマルキンへと少しずつ近付いて行った。
「おい、危ないぞ!」
グリマルキンを刺激しないよう、小声で注意するカイルに私は「大丈夫」と返事をした。
猫の警戒範囲は決まっている。
ある一定の距離まで近付くと、そこが相手の射程距離だ。
そこに足を踏み入れれば攻撃される。
グリマルキンとはいえ、結局は猫の魔物ーーしょせんは可愛いアメショーのはず。
距離を計るようにゆっくりと近付いて、グリマルキンの様子を窺う。
ジリジリと私が近付くのを見て、相手の方が怖気付いてきたのか。向かって来るどころか、向こうも一歩二歩と後退していた。だけどそれも数歩だけのことだろう。
あまり距離を詰め過ぎると、こちらの安全は保証出来ない。
私は再び深呼吸をして、神経を集中させた。
魔猫グリマルキン、契約済みの魔物はきっと難しい。
だけど契約主以上の魔力であれば、あるいはーー。
「気高き魔性の猫グリマルキン、ーー我は願う、我は乞う。汝を我が魔力にて従わせん。なればこれは盟約とならん」
『……っ!?』
「我は望む、我は欲する。我が魔力を糧とし、我……アメリ・ルイーゼ・オズワルドの名の下に、新たに盟約の契りを交わさん。ーー調伏せよ!」
『ぎにゃああああ!』
私の体から、凄まじい程の魔力が解き放たれる。
まるで水中にいるように、黒髪は波打ちながら巻き上がり、足先は少しばかり宙に浮く。
魔力の渦で周囲の木々や草花がざわめき、異様な空気が流れたかと思うと、私を中心にわずかな風が撫でていった。
それはカイルの全身を撫でるように吹きつける。
へなへなと地面に伏せって横たわったグリマルキンを見て、私は「成功した」と安堵した。
そして私も大量の魔力を放ったせいで、精神力にわずかながら負荷がかかってへたり込む。
「一体何をしたんだ? これは一体……?」
私から放たれた異様な光景に驚いたカイルは、声を震わせながらも私を気遣って手を貸そうとしてくれている。
その手を取って立ち上がると、眠ったように静かになったグリマルキンの様子を見てから話して聞かせた。
「調伏……、つまりテイムしたの」
「テイム……? お前、テイマーだったのか?」
「正確には違うんだけどね。独学でテイムの勉強をしていたことがあって。魔力の高さには少し自信があったから、なんとかこれでグリマルキンを鎮められないかなぁって。まぁ成功したみたいでよかったわ」
本当はあらゆるテイムの勉強をしていた。
この世界には動物を手懐けるアニマルテイマーから、ドラゴンなどを手懐けるドラゴンテイマーといった職業が存在する。
それは特別な職種で、誰にでもなれるわけじゃない。
でも私は女神の恩恵により、あらゆる生物のテイムが可能となっている。
だけどこれは誰にも言えない私だけの秘密、決して明かしてはいけないーー秘め事。
技術職に詳しい人間が多い都心なら、この理由はかなり苦しくなるけれど。
辺境の田舎でこういったことに詳しい人間は、きっと数少ないことだろう。
私は「たまたま上手くいきました」感を出しながら、テヘヘと笑って誤魔化した。
だけど、田舎を馬鹿にしてはいけない。
厳密に言えば馬鹿にしていたわけじゃないんだけど、でも……適当に言い繕えると思っていた私にバチが当たった。
「ああああ! 私のミーア! なんってことしてくれたのよっ、この泥棒猫っ!」
金切り声を耳にした私とカイルが、声の持ち主の方へと視線を走らせる。
そこには赤髪のロングヘアがトレードマークと言わんばかりの、黒い衣装に身を包んだ少女が立っていた。
私を指差し、親の仇かと言うほど睨みつけてくる彼女こそ、この家の持ち主ーー魔女エルステッドその人だろう。
「やっぱりあたしの予言の通りだわ! あんたがここに来たのがその証拠よ! よくもあたしの可愛いミーアを拐かしてくれたわねっ!? あたしの愛しのスヴェン様を惑わす邪悪な存在め!」
私達のことを遠巻きにしながら叫ぶ、魔女エルステッド。
そして私は思う。
予言? 泥棒猫? 一体何のこと?
それにスヴェンって誰のことなのよ!?
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
後書きで補足を書くのはどうかとも思ったのですが、あらすじを読んでない方の為に……。
主人公アメリは現実世界から異世界転生した、タイトル通りの「ブラック企業に勤めて過労死した元・OL」です。
メタ発言などは、そこから起因しています。
今後、その辺りの描写をいたしますので、まずは「早くスローライフ始めて!」というご要望に少しでも早く応える為に、まずは物語を進めていきます。
次回もよろしくお願いします。