1 「いざ、辺境のド田舎へ!」
ずっと書きたかったスローライフを投稿します。
作者の知識不足で、専門的な開拓関係のお話に期待出来ませんが、おもしろおかしく楽しく書いていこうと思います。
読み手も楽しくなってもらえれば、と思います。
よろしくお願いします。
生まれ育った王都から馬車を走らせて、およそ十日……。
行く先々にある宿に泊まりつつ、時には野宿をしたりと大変な道程だったけれど。ようやく辿り着いたグレンゼは、私の予想を上回って理想的な環境だった。
大自然! 近くには大きな山!
清流となる大きな川と、湖まである!
田んぼ! 畑! そして牧場!
グレンゼは村と呼ぶにはあまりに広大な土地を有しているけど、人口はわずか百五十人程度。
過疎化真っ只中な状態だ。それでも私は馬車の窓から顔を出して、緑で一杯の光景を少しでもたくさん拝みたくて堪らなかった。
そんな風に、私が外の光景を眺めようと更に身を乗り出していると、若い男の声がそれを制する。
「危ないなぁ。落ちても知らんで」
呆れた口調でそうこぼす彼に向かって、私はつまらなさそうに「はいはい」と小さく返事をする。気を取り直して、さっきの『関西弁』の若い男ーーリュカが手綱を操りながら声を掛けた。
「はぁ……。なんでこんなお役、引き受けてしもたんやろ」
「まだ言ってるの? そんなに嫌なら断れば良かったのに」
銀髪の猫っ毛を一つに束ねた毛先が右へ左へ、風でゆらゆら揺れていた。その後ろ姿と声音だけで十分にわかる。リュカがまた文句を言っているのだ。
とある事情でグレンゼに住むことになった私の護衛として、リュカが選出された。
それは国王の意向であり、彼はそれに従わざるを得なかっただけ。
リュカは自ら望んでこの田舎に来たわけじゃない、私と違って……。
そしてそんな愚痴を、私はこの十日間ーー毎日聞かされてきた。未練がましく、何度も何度も。
だけど彼はここまで来た。来てくれた。
その理由も、毎回変わらない。
「しゃあないでしょ。他に適任がおらへんって言われたんやから……。これ断ったら、僕の首が飛ぶだけで済む話とちゃうんやし……。ま、姫さんにはわからへん事情やろうけどね」
「あのねぇ、そうやって身分差別するのはやめてって言ったでしょ? いい加減うんざりなんですけど!」
「すんまへーん」
絶対に悪いと思ってない。これも毎日繰り返してることだ。
これ以上会話を続けても仕方ないと見切りをつけて、私は早々に外の景色を眺めることでリュカのことをシャットアウトした。
それをリュカが御者台からチラリと見て、また正面を向く。
全く……、あの細すぎる糸目で良く見渡せる。本当に見えてるのかって位に糸目なんだから。
「姫さんってグレンゼで呼ぶのはやめてよね。私はあくまで、この村の移住者として引っ越して来ただけなんだから」
その行動にどれ程の効果があるのか、と言いたげなリュカだけど。敢えてそれを口にしなかった。
私は了承と捉えてそれ以上は突っ込まない。ーーガタゴトと、馬車は揺れる。悪路を走りながら、私達はオズワルド国の忘れられた辺境の村グレンゼに、ようやく到着した。
***
私こと、アメリ・ルイーゼ・オズワルドは今年で十六歳になる。
誰もが羨む容姿でこの世に生を受けた。夜の闇のような艶めいた黒髪は、動く度なめらかになびく。それを髪留めでハーフアップにしているが、それでも毛先は腰に届く位まで伸ばした。私はこの黒髪に対して、並々ならぬ執着心を抱いている。黒髪こそ美の頂点と信じて疑わない。
だからこの美しいお気に入りの黒髪をショートにするなんて想像を絶するレベルだけど、そんなことをする必要性のない世界観で内心ホッとしていた。
身分の高い女性は、この国……『異世界・モアザンワーズ』では、全員ロングヘアにするのが主流なのだそうだ。
そして太陽の光を浴びても日に焼けることのない象牙色の肌、血色の良い唇。アイスブルーの大きい瞳は、見つめただけで多くの異性を虜にするレベル。ーー全て故意に創られた外見だ。
それから彼、リュカ・アイゼンシュタットはオズワルド国でも高名な騎士の家系、の放蕩息子らしい。
今回の私の移住生活に同行して、私の身の安全を確保する為の護衛として国王の勅命を受けたんだけど。これがまたやる気のない人で、口から出てくるのは文句や愚痴ばかり。
二言目には「しゃあない」と言ってすぐに諦めるところがある。
そしてなぜか『関西弁』を操る。「アイゼンシュタット家の人は、みんなそんな言葉遣いなの?」と訊ねると、「奇抜な言葉遣いやと、相手が面食らうやろ? その隙を突いて攻撃に転じる、言わば猫騙しみたいなもんや」と返ってきたので、そういうものなのか……と感心していたら「嘘やけど」と悪びれた様子もなく口にしたものだから、私は一気にこの男が信用出来なくなってしまった。
とにかく彼はどこか飄々としていて、どこからどこまでが嘘なのかわからない。
そんな人が、私の護衛役を引き受けるようになったのには、一応ちゃんとした理由があるらしい。
「はぁ……、一年だけ我慢すれば解放……。一年だけ我慢すれば、家督を継がんでええんや……。この先一生のことを考えれば、一年なんてあっという間や……」
「……また言ってる」
そう、リュカはいい加減で不真面目な上に、元々本人は騎士になんてなりたくなかったらしい。
だから「このお役目で一年間、アメリ姫の無事を見届けることが出来たなら、家督は他に譲ることとする」って言われて、引き受けたそうだ。
自分の自由と引き換えにされたのが、なんだか無性に納得いかないけれど。私のこの移住生活に一緒に来てくれるという騎士が、驚く程に名乗りを上げなかった。そして交換条件という一種のご褒美を添えた上で、彼に白羽の矢が飛んで来たというわけ。
私としても最初から王宮暮らしで一生を終えるつもりはなかったから、贅沢を言っていられない。
こんな奴でも、一応『腕は立つ』らしいし。
私だって我慢してるんだからね! ……と言いたいところだけど、そこはグッと堪える。
兎にも角にも、そういった事情に目を瞑り、私は目の前の光景を目にすることで気持ちを切り替えようとした。
そうーー今日からここ、オズワルド国にある辺境の村グレンゼで、私のスローライフが始まろうとしているんだから!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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