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白いチョコに込めた想い

作者: 島弘

 俺は日本を離れ、海外でファンドマネージャーをやっている。

 とは言え只の雇われ、自分で会社を立ち上げた訳じゃない。

 それでも海の見える高層ビルの一角に、部屋と秘書を与えられている。


 勤める会社は株に不動産、金や為替(かわせ)、原油先物に穀物等、金融関係を多く扱っている。それは分散投資にてリスクを下げる為だ。


 そして俺は穀物の担当で、つい最近、会社に大きく貢献した。

 それは最近人気の「薬屋のふたりごと」と言う小説を読んでいて、イナゴの襲来に着目し、昆虫学者の話も聞いたからこその功績。

 そこに運が良いのか悪いのか? コロナウィルスが重なり大きな功績を手にした。


 だが良い事ばかりではない、イナゴ被害が大きくなる一方の状況に加えて、コロナの影響でエタノールの需要が高まり、トウモロコシも高止まりでは、穀物の相場だけで儲けを出す事が難しい。まだ上昇はするだろうが、リスクが大きすぎる。


 迷い悩んだ挙句に、小麦とトウモロコシ以外にも他も道を探したいと相談し、何とか豆類の許可を得た。

 豆類と言っても、穀物の豆だけではなく、珈琲やカカオ等も含め、いや半分は(だま)す様に言い(くる)めての事だ、これ位しないと海外で生きてはいけない。


 コロナウィルスの影響下にあって世界中で需要が落ち込んでいる、手がける品種を増やしても、迷い込むだけかも知れないが、考えるしかない。

 珈琲とカカオ、珈琲なら数年前のブルーマウンテン壊滅の影響で、相場が荒れた事もある。

 そしてカカオは新しい品種が、続々と出てきていて、生産量も増えている……裏では熱帯雨林が焼かれカカオ栽培がされているのが現状だ。


 カカオと言えばチョコレート、日本に居る時は二月十四日が好きにはなれなかった、ハッキリ言って嫌いだ、義理チョコしか貰った記憶しか無い。

 そうだ、今こそチョコレートで功績を上げて、()()()のハッピーバレンタインを迎えよう。


 的は絞れた、後はカカオの相場を予想するだけ……なのだが、それにはチョコレートの消費予想と、実際の売り上げの両方を予想し、その差分を見極めなくてはならない。

 バレンタインチョコとは、日本だけの風習、いや、ある企業の策略と思われがちだが、日本以外でもバラやチョコを贈る習慣はある。

 それに加え各国で日本の影響がどれ程有るかも考えなければならない。


 コロナウィルスの影響で不安に駆られた投資家は、値下げと予想するだろうが、チョコは外食より、むしろ家庭消費向けが多いだろう。

 そして日本アニメの影響から、近年は海外でもバレンタインにチョコは当たり前になりつつある。

 とすれば当然、予想と実売り上げに差異が生じる。


 現物か先物取引か? そして狙い期日を如何するか?

 ここは手間の割りに大きな利益の見込める先物で、二月十四日の数日後には売り上げ発表が有る、そして価格が動いた後を狙う、俺にとってのX日(Xデー)

 一つの考えが纏っ(まとま)た所で、迷う前にPCにて売買注文を入力し、即成立、約定となる。


 同じ室内の少し離れたデスクに居る秘書に、約定結果のみメールで送る。

 後は秘書が帳簿や書類、手数料に税金まで、全て処理してくれる。

 そう、俺は秘書のお陰で、相場の予想に集中でき、とても感謝している。

 そして、その秘書は異性としても、とても魅力的だ。俺に等振り向かないだろう予想出来るほどに。彼女を見ても「はぁ」っと溜息しか出せない自分が情けない。

 イケ面なら、とっくに食事にでも誘っているのだろうな。


 そして、ここが日本だったなら、友達の少ない俺は無限寿司を言い訳に誘えたかもしれない。

 なにせ日本はコロナウィルスの影響が少ないのか、複数人での会食を推奨していて、お一人様ではポイントが附与されないのだから、気になる異性を食事に誘い易いだろう。


 取引約定から数ヵ月後、カカオの相場は上がるも一つのニュースが飛び込んで来た。

 有名チョコ大手のゴバディが店舗閉鎖! ここに来ての悪いニュース、やはり俺はバレンタインに縁が無い人間なのかもしれない。

 無理を押して穀物以外に手を出し、投資額も裁量限界まで入れてしまった。

 これ以上何か有ったら、俺はリーマンブラザズーとか言われてしまうだろう。

 世界大恐慌を引き起こしたい訳じゃない、勘弁してくれと祈るばかりだ。



 ・秘書視点


 数ヶ月前、目にしたファンドマネージャーの約定状、バレンタインに向けてのカカオの取引、「やはり日本人なんだなぁ」と思ってしまう。


 私もファンドマネージャーの事を、その母国の事を知ろうと沢山の日本アニメを見て勉強したわ。

 その中でバレンタインのお話は私のお気に入り、今まで男性に告白する勇気も無く一人で過ごして来たけれど、アニメに出て来る少女の告白に、そしてハッピーエンドを何度も見た今は……もしかしたら……。

 渡せるかどうかは分らないけど、準備だけはしておこうと思ぅ。


 やっぱり本命には手作りチョコよね、そして純粋さを思わせる白?

 後は自分だけのオリジナル、何かを混ぜようにもファンドマネージャーがお酒を飲む所は見た事が無い、お酒以外の物を考えなきゃね。

 そして数日に渡りファンドマネージャーの言動や行動を観察した結果、「美味しい魚が食べたい」と小さな声で呟く(つぶや)のが聞こえて来た。コレネ!


 幸いココは海の近く、そして漁港に足を運べばどんな魚でも手に入る。

 後は動画サイト等で高級魚と調理法を探して研究ね。


 家に帰り「日本、高級魚」と入力し検索してみると「マグロ」と出て来たが、肉の様な赤い身? 魚って白い身の物だけじゃないのね。

 透明感の無いホワイトチョコに赤い身? どうにも合わない気がするわ。

 今度は「白身」と付け足して検索っと。ヤッタァ成功、見た目が可愛く小ぶりで綺麗な白身の魚。

 それから動画サイトを検索して調理法を探しても、日本語版しかない、断片的な単語しか分らないけど、何度も何度も見て、目に焼き付けたわ。


 そして土、日を利用しての買出しと調理、でも市場で探してもお目当ての魚は見つからない、仕方なく漁師の船に聞いて回る事に。

 きっと高級魚と言うだけあって取れる数が少ないのでしょうね。

 だけど何度も動画を見て勉強した魚、今更変えるわけにも行かないわ。


 ただ漁師の人は、原住民の言葉で話すから今一つ言葉が通じない、スマホの画像を見せて、やっとの思いで魚を見つけたと思ったら、今度は解らない言葉で怒鳴られる始末、仕方なく漁師にとっての大金、私にとっての端金を(なしたがね)握らせて、その魚を奪う様に持ち帰ったわ。何なんだろう頭にきちゃう。


 ホワイトチョコを湯煎(ゆせん)で溶かす傍ら(かたわ)で、魚を(さば)くも見ると行うでは全然違うのね、想像以上に硬く弾力の有る皮に苦戦して、内臓にまで包丁が刺さり、まな板が血の海に。

 まな板に乗る内臓を包丁の背で()き落し、綺麗な白身を切り分ける。

 そして魚が腐らない様に加熱調理をして、細かく切り刻む。


 本当は薄切りにして生で食べるみたいけど、チョコに混ぜる為に何処までも細かくしてしまうわ。そもそも私に薄く薄くなんて切れないし仕方ないよね。


 ホワイトチョコを湯煎から上げて、ヘラが重くなるギリギリまで冷まして白身魚を混ぜ合わせて、ハートの型に流し込み冷やすの。うふふ。


 ここで日本のアニメなら、自分の体液や体毛を入れる所なのだけど、そこまでは出来ないわ、自分の意思とは別に魚を調理している時、指でも切ってしまったなら……もしかしたら? なんてね、少し思ってみただけ。

 でも、そういう事を考える時間が、とても楽しくて幸せ。



 ・ファンドマネージャー視点


 カカオの価格は、この数ヶ月で一度上昇はしたもの、年を越しててからは良くない。

 毎日カカオの相場を気にしながら、本来の穀物の方で少しづつ利益は上げているが微々たる物だ。胃が痛い、そして頭も。


 そんな心臓を(つか)まれる様な思いで日々を過ごし、その日がやって来た。

 二月十五日、バレンタイン翌日の月曜日だ。

 いつもの様に出社して新聞、テレビ、インターネットで気に成る所を見ていく、毎日の日課だ、それこそ休みの日でも一日の半分以上は何をしていてもニュースを聞いている。


 一通りニュースに目を通した所で、秘書が珈琲を淹れてくれながら話し掛けてくる。


「もうすぐですね」

「ああ」


 あと数日もすればバレンタインで消費されたチョコの売り上げ発表が有るだろう。

 当然カカオの価格に影響を与える、だが現物と違い俺は先物での取引だ、今更、怖じ気づこうが何しようが変わらない、いや何も出来ない。

 ただ待つしかないのだ。


 俺の暗い表情を見てとったのか、秘書が珈琲と一緒に小さな包みを差し出してきた。


「心配しないで、これを差し上げますから、元気を出して下さいね」

「ありがとう、そんなに不安そうな顔をしていたか?」

「ええ、それはもう明日で世界が終わると思えるほどにね」


 包みを貰った俺は一瞬、何だろう? チョコ? と思うもココは日本じゃない習慣や風習が違う、珈琲にお茶請けと言うのも変だが、そういう物だろうか? それにしては包みのまま出すのも変だな? まぁ開けて見れば分るか。


「そうか、ところで開けても良いか?」

「えっとぅ……家に帰ってから開けて下さいね」


 日本でならまだしも、この国で贈り物を貰ったら直ぐに包装を破き開けて、お互いに喜び合う筈なのだが、日本人である俺に合わせての事だろうか?

 中身が気になった俺は、包みを軽く振りながら聞いてみる。


「そ、そうか、でも気になるな、何が入ってるんだ?」

「開けてからのお楽しみね、今言えるのは……白い物と言うことね」


 白い物? って事はチョコじゃなさそうか? いやホワイトチョコって事もありえるだろうか? そうだと良いなと思い少し口元が緩む。

 もしそうなら白だと告げられたことだし、「告白」 と言えるのか? いやいや違う俺がまだ日本語で物を考えてるからこその、駄洒落や語呂合わせと言う物だろう。

 まぁ楽しみが出来た分、今日は胃を痛めずに乗り切れそうだ。


「ありがとう元気が出たよ」

「それなら良かったわ」


 笑顔で重ねて御礼を言うと、秘書も笑顔で答えてくれる。

 美人で仕事は出来るが少し冷めた感じの秘書……だが笑った彼女がとても可愛く輝いて見えた。


 その日は早めに家に帰り、真っ先に秘書から貰った包みを開けた。

 包みの中にはアルミホイルで何かが包まれていて、それを剥すとラップに包まれたハート型の白いチョコレートが入っていた。

 感動のあまり大声で「ヤッター!」と叫んでしまう。

 チョコの包み方から多分手作りだろう、しかもハート型だ、そう受け取って良いのだろうか? 俺の勘違いだったら恥ずかしいが、明日、何て言おうか? 今夜は眠れそうも無いな。俺の人生も捨てたもんじゃない。



 ・秘書視点(時は遡り今朝の事)


 月曜日の朝、出かける時に手作りのチョコを持って出る。

 渡せる自信は無いけど、一応準備だけはしたのだもの、頑張ろう!

 出社して軽く挨拶を交わした後は、お互い無言で仕事をしている、でもここ数日ファンドマネージャーの顔色が悪い、数ヶ月前に報告の有ったカカオの動向が気に成るようで、凄く沈んでいる様に思えるわ。


 何とか元気付けてあげたい、そう思っていると何時の間にかチョコの包みを手にしていたの。

 心臓がドキドキしているわ、渡したいけど無理、でも、でも……、チョコは無理でも珈琲くらいなら。

 珈琲を淹れながら二、三言葉を交わすも、包みの事を考えていてよく覚えてない。

 珈琲カップをトレイに乗せて、ここまで持ってきてしまったチョコをトレイの下に隠し持ち、ファンドマネージャーに珈琲を差し出したわ。


 珈琲を置きながら元気の無い顔を間近に見た私は、勇気を振り絞りチョコの包みを添え優しく声を掛けるの。


「心配しないで、これを差し上げますから、元気を出して下さいね」

「ありがとう、そんなに不安そうな顔をしていたか?」


 渡せた! 渡してしまったわ、心臓がドキドキしているし、もう後戻りできないよね。

 お礼の言葉と一緒に質問を投げかけられて、慌てて返事をするの。


「ええ、それはもう明日が地球滅亡と思えるほどにね」

「そうか、ところで開けても良いか?」


 え? ここで今開けられたら恥ずかしい、無理無理!


「えっとぅ……家に帰ってから開けて下さいね」

「そ、そうか、でも気になるな、何が入ってるんだ?」


 はぅ、危なかったわ。っと「何が?」と聞かれても、どうしよう?


「開けてからのお楽しみね、今言えるのは……白い物と言うことね」

「ありがとう元気が出たよ」

「それなら良かったわ」


 何とか渡せたの、ここで開けられる事も回避できて良くやったわ私。

 でも、その日はファンドマネージャーが席を離れる度に、チョコを回収しようかと何度も迷い落ち着かなかったわ。

 家に帰ってからも、今頃開けたかな? 喜んでもらえたかな? 食べてくれたかな? そして明日どんな顔をしたら良いの? ずっと色々な事を考え、そわそわして眠れないわ。

 日本で白は「貴方の色に染まります」と言う意味合いが有ると聞いた事があるの。

 日本のアニメを参考にした、白いハートのチョコ、私の気持ち伝わるよね?


 気持ちが伝わり喜んでもらえたら、また作ってあげたいなぁ、フグ入りの真っ白なチョコレート。

お読みくださり有り難う御座います。

我、私、こそは、読み専と思われる方は評価の程お願い申し上げます。

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