10-7話 刈り取れ悪穂
尊大な調子でルイシアーノが口を開く。
「オリエンタル商会は国内でも有数の商会だ。ここ数年……事件以降は評判が二分されているとはいえ、未だ多くの貴族が利用している。」
「ええ。侯爵家であるフェルディーン家も利用するほどの商会でありながら、平民にも開かれていますから、お世話になっている方は多いでしょう。」
「そうだ。よほど意図して排除しない限り、誰しもが利用することになる。つまり、逆に考えてみればどうだ?」
その言葉に首をかしげはしたものの、すぐにその言葉が意味するものを理解して顔をこわばらせた。
「……余程のことがない限り使わない。つまり商会の使用履歴がない家は、後ろめたい理由があると?」
「でも、他の商会の関係者だったり、恩がある方もいらっしゃるのではありませんか?オリエンタル商会を使わないのではなくて、特定の商会だけを使うような……。」
「それに、向こうが記憶ないんだったらバレないしいっか!って考える人たちかもしれないじゃないですか。」
ユーリカとミラルドは口々に意見を述べるが、私としては一理あると感じた。
「逆にそういった他商会の関係者がいるのなら選別は可能ですが……忘却魔法については一考の余地があります。実践許可が出るのが四年以降なので使ったことはありませんが、そこまで強力な魔法ではないんです。」
「ああ。仮に対象の記憶を綺麗に消したとしても、想起させるような出来事があれば何の拍子でほどけてもおかしくはない。」
「あ、なるほど!そしたら記憶がなくても下手に近づいたらあぶないですね。お名前やお顔で、バレちゃうかもしれませんから。」
二人ともまだ学院に入って間がない。理論自体も一年終わりに学ぶ内容だから知らなくて当然だ。
説明すれば合点がいったように首肯を返される。
「そういうことだ。加えて言えば、俺はハイネに対して嫌がらせをした輩は、事件関係者の身内ではないかと見当をつけている。」
「何故ですか?」
「忘却魔法を使った揉み消しなど、まともな倫理があるなら手段として選ばん。万一のリスクがあまりに高いからな。だが、既に成功体験者が身近にいるのならどうだ?」
「……まあ、心理的なハードルはぐっと下がりますね。」
道義的に問題があろうとバレずにいた例が身近にあるなら、安易に手を出す者がいてもおかしくない。腹立たしい話ではあるが。
「だろう?そして今回、学院でも似たような形で忘却魔法を掛けられた疑惑のある者が浮上した。」
「えっ!?一体どなたが……。」
疑問の声をあげたのはユーリカだったが、ルイスが視線を向けたのは私の方。何事かと体をこわばらせると、くつりと口元が上がった。
「貴様も話には聞いているだろう。一昨年ハイネとのトラブルで退学した、アザレア先輩の従者だ。」
「………はい?」
いや、確かに昨年のセレモニカの儀が終わってから存在については聞いたことがある。
「アザレア先輩に今回の件にあたって再度事情を確認してもらったところ、新たな事実が浮上した。かの従者が、ハイネのいじめの実行犯として動いていたとな。」
「はぁ!?」
「え?従者の方がですよね。一体どうして……。」
方々から上がる困惑の声を切り捨ててルイシアーノが説明を続ける。
「アザレア先輩も調べ直すまで、当人にもう一度話を聞くまで。彼女がハイネのいじめに加担していたとは思ってもみなかったらしい。
事実、本人もその記憶自体は薄らとしか残っていなかった。しかしその証拠を持って、ハイネに指摘されたことが退学の景気だったらしい。
これだけならばハイネに非はないが、あの貴族嫌いが事情を馬鹿正直にアザレア先輩に告げるはずもなく。画してここにソルディア内での対立が発生したわけだな。」
「で、ディスコミュニケーション……ッ!!」
単語を知らない面々からなんですかそれ?という視線が向けられたが、ついに耐え切れず崩れ落ちる。
言えよ!ハイネ先輩!いやもみ消された過去がある上で人に言うのは勇気がいるだろうが!
私の反応を華麗に無視したルイスは、仰々しく肩をすくめ、皮肉気な笑みを口にだけ浮かべる。瞳はてんで笑っていない。
「アザレア先輩もそれを知って大層お怒りでな。王家の従者の記憶を操って、さらにはどのような手段を使ったのか、主人と同じソルディアメンバーに対する嫌がらせの実行犯をさせていたわけだ。
故にこの事件は現在、ソルディアの特命任務として果たすべく王家より命が出ている。」
「すごい大ごとになってますし、もしかしてルイシアーノ様、裏で凄い仕事されてますね?」
あの殴り合いから一週間しか経っていない。突拍子もない喧嘩を発端にここまでの騒動になるなど、いったい誰が思っただろうか。
「言っておくが騎士団からの諫言という形で貴様の兄もこの事件については問題を上げているからな。貴様らの噂集めも、一役買ったわけだ。」
「やったー、うれしくなーい。いや解決できるのは嬉しいんですが。…………解決できるんです?これ。」
目下最大の問題はそこだ。
今のところ忘却魔法乱発マンが原因だということ以外、解決の方針が微塵も見えない。
「そのために必要な材料は集めているさ。
……で、だ。ここで貴様らに一つ相談がある。」
満面の笑みと猫撫で声。通常ルイスがやるはずもないその表情と声に、思わず身の毛がよだった。
「……何を企んでいらっしゃるんですか?ルイシアーノ様。」
「なに。たとえ卑しい出だろうと失礼な存在であろうと、栄誉あるソルディアに所属する者がそれ以外の愚か者に食い物にされるなど、偉大なる先人方に申し訳が立たない。何より俺が気にくわない。」
多分最後が本音だな。この俺様何様ルイス様め。
「故に、だ。特命任務としての調査の末、犯人どもの処遇を一任してもらえるよう。すでに便宜は取り計らって戴いている。
………俺としてはより盛大に、容赦なく。二度と愚かな者を出さぬように執り行いたいと思うが、貴様らの中に反対する者はいるか?」
親の顔よりも見た暴君ナイズだ。親の顔をもっと見ろと言われそうだが、あいにく私の母はすでに死別しており、従者としてフェルディーン家に入ってから父とは年に数回しか顔を合わせなくなっているので、言葉の通りかもしれない。
ルイシアーノのその言葉に互いに困惑した顔を浮かべるが、けれども反対の意は上がってこない。
「……それだけの悪いことをして、沢山の人を傷つけてる人を野放しにはしたくない、です。」
「ルイルイやみんながやった方がいいと思うんでしたら、ボクもお手伝いしますよ〜。」
「やり過ぎないようにだけご注意くださいね。……そんなことをやらかす輩が近くにいるのなら、性根を叩きのめすのに否やは言いませんが。」
三者三様の答えを聞いて、満足げな笑みを浮かべるルイスの表情はどう見ても乙女ゲームの攻略対象というよりは悪役王子とか魔王とかそちらのジャンルだ。
とは言え、ハイネ先輩のヤンデレ問題改善の大きな一歩。是非とも乗り越えていきたいものだ。
「よし、では今より作戦を開始する。『コードネーム:麦が実る時』。実った麦は刈り取らねばならん。それが悪穂ならば尚更、責任を持ってもらわねばな。……彼奴の性根を捻じ曲げた愚か者どもとまとめて、あの貴族嫌いの性根を叩き折るぞ!」
「あ、ハイネ先輩も叩き折る対象なんですね。」
ぶれないなこの暴君。




