8-8話 湖面と通信
「まずは目的達成条件の確認をしましょう。」
今回の目的は一つ。何者かの妨害を制止してこの地の精霊行事を無事に執り行ってもらうこと。
そのことを伝えれば否やはないのだろう。二人の短い頷きが返ってくる。
「逆に言えば、私たちだけであの黒狗の討伐をする必要はありません。あの毒を湖に流すことを防ぎつつ、外からの……兄たちの応援が来れる状態にすれば、後はどうにでもなるはずです。」
「まあ、元はと言えばあの愉快犯が持ってきた任務だからな。本人が手伝わない道理はない。」
「シグリ……シリアちゃんのお兄様なら何とか出来そうですもんねぇ。」
分かる。兄なら黒狗の一匹や二匹、百匹くらいまでならどうにかしてくれそうだ。
「ということで、ルイス様は一瞬で構いません。黒狗の足止めをしてください。その隙にミラルドは身体強化を自分にかけてあの木箱を回収いただけますか?」
一先ずの目の前の勝利条件。
「貴様は何をするんだ、シグルト。」
「?」
訝しむルイシアーノと首を傾げたミラルドに手短に返す。
「先ほど屋敷の魔力構造を視ました。上手くいけばあの湖を使って上に連絡が取れるかと。」
「……いいだろう。ならば其方は任せたぞ。」
短く首を縦に振って、ルイシアーノが重心を前に向ける。ミラルドも小さく深呼吸をしてから口の中で強化呪文を唱えた。
「さん、に、いち……今です!」
大声と共に二人が飛び出す。
「なっ!?」
「何だこいつら!?」
いかにも令嬢令息然といった姿の人々が突如物陰から現れたことで虚をついたらしい。
硬直した男たちとは真逆で、唸り声を上げて臨戦態勢となった黒狗へ、ルイシアーノが呪文を放った。
「暗がりで目を光らせるもの、牙持つもの、飢えたもの。 汝の牙はこぼれ落ち、汝の瞳は硝子とならん!」
魔獣へと生理的変質──デバフを与える呪文。影響がどれほどあるかはこちらの魔力との対抗次第だが、精霊の加護を受けているルイシアーノの術だ。完全に無効化されることはあり得ない。
『グルルルルッ!?ガッ、グァッ!!』
効果は無事発動したようだ。違和感を感じたであろう黒狗はけたたましく吠える。至近距離で吠え声を浴びた男たちは咄嗟に耳を手で押さえる。
「くそっ、落ち着くんだ!おい、……っ、あっ!?」
「あ、ばれちゃいました。これ、お借りしますねぇ。」
その隙をついてミラルドが木箱を手にして駆け出した。返す予定はないので借りるとは違う気もするが、一々それを口にする余裕もない。
混乱へと陥っている人々をよそに、私が真っ先に駆け出した場所は彼らの奥に広がる湖。そのほとりへと膝をつけて呪文を唱えた。
「水面は鏡、鏡は道、我が声通りて谺となさん!」
──この世界では通信用の魔法具は数が非常に限られている。
声や画像などの情報を特定の場所に飛ばすとなると、安定かつ均一的な魔力の使用と、込められた魔力の相性が重要となる為だ。
使用のたびに魔力を流す構造上、使用者の魔力相性が良くなければ活用できず、たとえ作成しても汎用化は出来ないわけだ。
誰でも使えるように精霊石を活用して作成されたものを国家が所有していると耳にしたことがあるくらいだった。
だが、一方向に。既に魔力の流れが定まっているものへと音声を流すのならばより話は容易くなる。
この湖は上にある湖の魔力調整用に作成された見立てのもの。既に上の湖とリンクした状態になっている。
加えて私は先ほどの探索呪文でこの屋敷と──この湖の魔力系線を把握していた。
既に構築されていた魔力の流れは理解している。あとは鍵となりうる呪文と魔力を流せばよい。さすればこの地の声は地上にある、湖本体へと届くようになる。
精霊との同調で得た魔力を注いで、力の限り大声を出した。
「『地下の湖に異常あり!毒混入未遂を侵した侵入者二名!至急魔法騎士団の応援を求む!』」
こんな声が湖から響いたら何事かと思うだろう。公爵家ならば、地下の湖のことも知っており、異常が起きたとすぐに判ぜるはずだ。
これでお膳立てはしたぞリュミエル兄!
胸中で叫べばミラルドの声が聞こえる。
「わわっ、わ、駄目ですよぉ。毒を流したら危ないですもん。」
「煩い、いいからその箱を寄越せ!」
向こうもある程度は魔法を使えたようだ。同じく身体強化を使用して箱を奪い取ろうとしている。
「ミラルド!」
手のひらを突き出して精霊へと伺い請う。織りなすのは自らの魔力ではなく、精霊の力そのもの。発動された魔力は鋭い暴風となってミラルドへ襲い掛かろうとしていた男を突き飛ばす。
「グッ……!この力、まさか精霊の!?」
「おい、貴様も今のうちにこちらに来い!」
「は、はぁい!」
ルイシアーノの声に慌ててミラルドが駆け出していく。
「おい、シグルト!貴様もだ!」
「あ、はい!」
それからすぐに聞こえたルイスの声にはっとして足を動かす。一拍遅れて先程まで私が立っていた場所に、黒狗の鋭い爪が振りかぶられた。
「チッ……貴様の兄がいつ来るかもわかったものではないな。ひとまずこの場を離れるぞ!」
「はぁい!」
「承知しました、ではしんがりは私が!」
ここに来るまでの階段は狭く、だからこそ逆に一方向からの攻撃さえいなせば逃げられると踏んだのだろう。
この階段は長い。兄ならば登り切る前に何らかのリアクションくらいしてくれるはずだ。動きはじめた黒狗から逃げるように、私たちは連なって階段を登っていった。




