7-2話 嵐もまたおなじく
一度おさらいをしよう。
精霊と契約をして祝福の徴を与えられるのがソルディアの一員として認められた証拠だという話は学外でも有名な話。
だが、契約した精霊については実のところ、その名前や能力などをはじめとした個々の詳細を示唆されることはゲームの中を含めてほとんどない。
その理由は単純明快。
精霊にとってそもそも己の銘をそう簡単に人の子に教えるなどあり得ないからだ。
精霊が高次的な存在であるこの世界では、己と契約した精霊の本質は与えられた徴から推測することになる。
たとえばルイシアーノはそもそもの出生自体に花精霊・感謝祭が関わっていることもあって、花精霊との縁が結ばれていることは想像に難くない。
事実彼も花精霊の香りについて尋ねれば、ソルディアに入る以前よりその香りを察知していたらしきことを言っていた。
私自身はというと、最近できるようになった発動で空を飛べるような心地になるほど身体が軽くなるから、風由来の精霊ではないかと当たりを付けていた。
精霊の銘を識るにはそれだけの信頼を精霊から勝ち得て名を賜るか、或いは情報の断片を拾い集めて探るしかない。
ソルディアに所属し、己の精霊を得た者の多くは半生をかけてその名を勝ち得、魔導士として大成している。
兄?恐らくは前者だと思う。
ソルディアに入学して最初の長期休暇で帰ってきた時にあっさりと自らの精霊の銘を教えてきた男だ。
当時はまだ私も幼く、カッコいい名前だとはしゃいでいたけれども。銘を聞いたと耳にした周囲は例を見ない事態に慄いていたという。
話が逸れた。
つまり《黎明を告げし謳》というのは兄が入学した時に契約した精霊の銘。その精霊からの任務ということは、兄がどう足掻いても関わってくるということだ。
「いやいやいや。無理無理無理。あのヤバ兄貴が関わってくる案件とか普通にロクな問題じゃないと思いますし私なんてよくて囮程度の役割しかできないのでね!?!?」
「囮だなんて。いくらリュミエル先輩が天真爛漫自由人だとしても、弟さんを囮になどとされないでしょう。」
いやするんですよそれが。数年前に経験済です。さすがに口にするのは憚られたもので、きゅっと口を閉じれば何かを察したようにルイシアーノが嘆息した。
「落ち着いたらどうだ。仮に貴様の兄の精霊が関わっていようと、兄そのものが来るかどうかは確かではないだろう」
「ところがどっこい!来たよ!!」
「うわっ!!」「あら」「ぎゃあ!!!」
思わず口元から飛び出そうになった心臓を留めるように両掌で顔を覆う。
声の方を振り返れば、相変らずの飄々とした笑みをたたえた男の姿。
金色の髪に翠色の瞳は二年前と何も変わらず。ただ以前よりも背が伸びた気がする。身につけるは魔法騎士団の者のみが身にまとう資格のある聖銀の鎧。
我が兄、リュミエルの姿がそこにはあった。
いつからそこにいたんですか。気配全くなかったんですけれど。
輝かしい笑みを浮かべている男に尋ねたところで無駄なのは分かっているので、うんざりとした顔をしていれば付近にいたルイシアーノと視線が合った。
先ほど大声を上げてしまった恥辱からか苦虫をかみつぶしている。私自身も類似の反応をしていたので揶揄することは出来ないが。
「……噂では厭というほど聞いてはいたが、いざ出くわすと成程、破天荒だな」
「でしょう?」
学院内に気が付けば侵入して、開幕どっきりを仕掛けてくる兄だ。
さて、私とアザレア先輩とルイス。三者三様の声をあげてしまったが、反応の少なかった残りの二者は単に声を上げなかっただけで同じくらい驚いているはずだ。
そのうち兄とほとんど面識がないハイネ先輩は珍しく動揺を表にして、瞳を瞬かせている。
声を上げなかったもう一方、ソルディアの担当教諭であり兄に並大抵ならぬ思い入れを抱いているカーマイン先生の方へと視線を恐る恐る向ける。
最初は茫然と、隣にいるハイネ先輩とそう変わらない表情だったが、次第にそれが気色ばむ。
「リュミエル!いや、キミが学院に来るとは思っても見なかったぞ!
4日と2時間18分39秒前に透見の使い魔を放ったがキミの宿舎に辿り着いたところから足取りが分かっていないんだ。今回は呪術避けや防護用の術もかけたというのに一体どうやって察知と対処を行ったのだ!?」
「うわ……」
ドン引きなルイスの声が聞こえる。初対面時の印象もあって既に食傷気味なのだろう。気持ちは痛いほどわかる。
その近くの二人にも視線を移せば……ハイネ先輩はルイスとそっくりな顔をしているが、アザレア先輩はいつも通り笑みを絶やさない。
「あらあら、お二人は相変わらずですわね。」
なんて話しているあたり通常運転なのかもしれない。いやだなそんな通常運転。
「いやあ、回避や防護の術はデバフへの対応策になりますからね。種類さえわかれば対策もしやすいんですよ。」
当の兄本人もカーマイン先生の勢いに押されることなくいつもの笑顔で対応している。
想像はしていたけれど本当に先生のあの熱狂具合を気にしていないな、我が兄。
それはそれとして見ているこっちは気が気ではない。ヤンデレが身内に興奮しているこの光景。
どこか既視感があると思ったらあれだ、アイドル会場で興奮してアイドルの両手を握って話しかけてるオタク。警備員はハラハラしつつ時間になってないしアイドルも笑顔を保ってるから対応に悩んでるやつ。
実際に前世でそんな光景を見たことはないのでこれは偏見によるイメージだが。
そのまま興奮でさらに先生が半歩リュミエルへと近づこうとする。さすがに止めるべきかと重心を前へ傾けた瞬間。金属音が擦れた。
チャキッ。
銀色に煌めく刃が先生と兄の間に割り入る。あのまま踏み入っていれば切断はされずとも怪我をしておかしくなかっただろう。
そしてその剣を握る男性もまた、銀の輝きと冷たいアメジストを目の前の教諭へと向けた。
「…………カーマイン教諭。
相変わらず一生徒に入れ込んでおられるようだが、リュミエルは既に学院を離れた身。もう少し自重されてはいかがだ?」
「…………おや、どこの誰かと思えば。アーノルド、相変わらずリュミエルの腰巾着をやっているのか?」
「お、メッド。遅かったな〜。学院への来訪手続きは終わったのか?」
冷え冷えとした空間にのんきな兄の声。
極寒の会話に混ざらないでほしい。温度差で風邪をひきそうだ。
メッドさんがこちらに目礼を向けはしたが、すぐさま眼前のカーマイン先生へと警戒の視線を戻す。冷静に考えれば兄の友人である彼が先生に警戒するのは当たり前だ。
学校卒業後もお二人が親交を持っているのはミラルドから聞いていたけれど、同じ鎧を着ているということは進路も同じだったのか。仲良いな。
若干の現実逃避をしていれば、わき腹を突いてくる感触。見ればルイシアーノの金の目がかち合った。
……え?私が?止めろと?無理では?
目線だけで何を言っているか理解して首を横に振るが、今度はその隣にいるハイネ先輩までこちらをじっと見つめてきた。普段お前らも負けず劣らず仲が悪いだろ。どうしてそういうところは気が合うんだ。
「……はあ。それでリュミエル兄。一体どんな任務なんですか。」
しばしの押し問答の末、根負けして声を兄へとかけた。もうどんな任務でもいいからさっさと話してさっさと帰ってほしい。




