6-9話 盤上外のVS(三人称視点)
一方、ルイシアーノとハイネの練習場面へと視点は切り替わる。心配されていた二人の相性の悪さについてだが、予想通り場の空気は非常に重かった。
繰り返される歌と演舞、そしてその合間に互いに棘のある声が飛び交うのはこれで幾度目か。
「ルイシアーノ、半オクターブ高い。耳障りだ。」
ハイネの短い辛らつな言葉に舌打ちをする。
演舞中は身体強化全般に魔力を回すため、聴覚も同時に鋭敏となるとシグルトから聞いていたが。それにしたって言い方が気に食わない。
ルイシアーノのそうした胸中は態度で余すことなく伝わったのだろう。また空気が一層重くなる。
二人からは程遠い場所。剣呑な空気に遠く校舎付近にいる生徒たちは、光景を見ながら密やかに言葉を交わすほどに。
「それは失敬。何せ未熟者に目の前でぶんぶんと棒きれを振り回すなどという礼を失する行動をされる経験が中々ないものでして。正式に剣の鍛錬を指導している監督役がいる前でならまだしも。」
「……箱入りのお坊ちゃまらしい。」
口はなだらかに、それこそ従者に対してと同じように言い返してやれば、吐き捨てるように会話を切り上げられる。再び演舞と歌が紡がれる。
「おい、今のところ。着地のタイミングがずれているぞ。精霊と同調して身体を強化するのは良いが、それで舞の調子そのものが崩れてしまっては意味がない。」
「……。」
舞台を台無しにするつもりかとまでは言わなかったが、意図は伝わったらしい。湿度のある瞳に苛立ちが灯ったのを見てルイシアーノが鼻を鳴らした。
周囲をものともせずに言い合いながらも練習に取り組む二人だったが、ゲームの時とは明らかな差異がここにはあった。
即ち、ルイシアーノが幼少期に受けた経験の変質。そこから派生する“人を見る” “心を慮る”習性。
慮ったところで行動に反映をさせていないところがこの男だが、さておきそれらのやり取りをしながらも金の瞳は彼と、それから周囲を注視する。
思っていた以上にこちらは注目をされている様だ。向けられた視線の数々から、ルイシアーノはそう判断する。
もっとも、学院生活を過ごしている内に粗方理解していたことでもあったが。だからここで加えて知ることが出来たのは、外部の声を認知した時のハイネの反応。
◇ ◆ ◇
否を突きつけ合わずに通しでの練習が終わったことがあった。互いに間違いらしい間違いをしなかったこともあるが、相手の間違いを一々指摘するほど双方に余力が残っていなかったというのもある。
荒い息を吐き出しながら芝生へとしゃがみ込み、冷たい風を浴びながら汗を拭う。そうしていれば声がかかった。それはハイネの声でもルイシアーノの声でもなかった。
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
「いや、汗だっくだくじゃん。もしかしてセレモニカに向けての練習か?」
「……フレディか。わざわざこんな場所まで来る必要もなかろうに。」
一人はこの学院の生徒だろう、気弱そうな青年は、けれどもルイシアーノと同じ高位貴族のクラスに所属していることを示す金縁のタイをしていた。
もう一人はソルディア入りしたシグルトに代わりルイシアーノの侍従として急遽学院へと呼び出された男、フレディ。本来は寮でのルイシアーノの身の回りの世話をすることが仕事であり、学院の方へ足を運ぶ必要もないのだが。
「えー、飯とか掃除の手配、寮監とかその周りの人がやるんすもん。ルイス様が帰ってからお世話するだけとか暇で暇で。なら多少の嫌味を聞いてもこっちのがマシかなって。」
「本当に貴様、憎まれ口が上手くなったものだな。シグルトの影響か?」
「あっはっは、まああいつの影響もありますけど、一番は俺の素っすよ。」
「はっ、貴様は成人した後も引き続きうちに仕えるのだろう?本格的に直したほうがいいぞ。」
いやそうな顔をフレディがしている間も、ルイシアーノは意識をハイネから外すことはなかった。だからこそ、男が剣呑とした瞳をしていることも、それがルイシアーノにだけ向けられていることも理解していた。
「その辺はおいおいってことで。こちら差し入れのお茶と軽食です。よければソルディアの先輩の方とどうぞ。」
どうやらこれを持ってくる為だけにフレディは学院内へと潜り込んできたらしい。おそらくは隣のルイシアーノの級友に無理を言ったのだろうが。余計な貸しを作る羽目になったなと、離れていく二つの背中を見て主人は嘆息する。
こちらへと尚も鋭い目線を向けてくる男へと反転し、手の中の籠を突き出した。
「おい。貴様も飲め、ハイネ。」
「……。」
無言だが、籠の中の果実水の入った筒を手にしたのを見て口角をあげる。
「はっ、これまでに比べて随分と素直だな。なんだ?俺に使役されている哀れなフレディに同情でもしたのか?」
「……汝。」
一層鋭くなった視線に、だがルイスが感じるのは優越感だけだ。こうも機微を顕にしてくれるとは、分かりやすくて仕方ない。
「はっ。どこぞの子女が取り巻き付きで寄ってきた時には邪魔だと追い立てたくせに、フレディが来た時には帰るまで静観する時点で分かりやすいにも程がある。」
おそらくは邪魔だと言う言葉も、本人としては貴族学級に所属する生徒に向けたのだろう。下位のものを侍らせた状態で話しかけるなとでも言いたかったのか。ルイスはそう推測する。
シグルトも外野から声をかけてくる相手に対して辛辣な対応をしているのを見ていたようだが、本人への対応そのものは淡々としながら実直だった。
ただ致命的にコミュニケーションが取れないだけだと彼奴は判じていたようだが、そも貴族相手に対してのそれをハイネが放棄しているだけだったら?
「貴族間では随分と噂になっていたからな。昨年ソルディア入りを果たしたとされる成り上がりの話は。」
「…………、」
木刀を握りしめる力が強まるのを視界の端に捉える。あれが真剣ならばそのまま切り捨てられてもおかしくはない。理解はしていたが、それで臆するようなルイシアーノではなかった。
「くだらんな。どう外野が喚こうと貴様は精霊に選ばれたもの。奴らは精霊には選ばれなかったもの。それだけのものの言葉などを骨身に滲みさせるのが理解できんな。」
「……汝には分かるまい。」
分かるはずがない。言葉の代わりに鼻で笑い示せば苛立ちを煽られたのか、ハイネが激昂する。
「貴族などと崇められている輩共も、結局のところ税と民に寄生しているだけだ。甘い汁を啜っておきながらも醜く他を蔑む其方どもに何が分かる!」
「……。」
ルイシアーノは前世の記憶などと荒唐無稽なものは持っていない。
だが、今の発言が彼の生育環境と学院での生活、双方が根を同じくして発されたことはその聡明な思考で理解していた。
同時に、その慟哭は懐かしいものを思い出させられた。数年前の花精霊・感謝祭で起きたあの事件。此方へと向けられた悪意ある。けれども理由もある──。
「…………はぁ。まったく、理解し難いな。」
芝生の上に投げ捨てられた水筒と、激昂した男が残した足跡を見てルイシアーノはひとりごちる。
あの手の手合いに何を言ったところで無駄だ。早々に相互の理解を放棄する。
所詮は見たいものしか見やしないのだから。昔の了見が狭かった頃の自身のように。




