6-3話 セレモニカの儀
「セレモニカの儀は精霊の移り変わりを助けるものだ。冬の精霊を眠りに落とし、春の精霊を呼び起こす。」
入学して間もない私たちがいるから説明をしてくれるカーマイン先生だが儀式については既に聞き覚えがあった。学院内の行事ではあるが、この国そのものにとっても大切なもの。
四つの属性を持つ精霊たちは、同時に四つの四季をも司っている。春は地、夏は火、秋は風、冬は水。各々の精霊たちはその四季にあわせて最も活性化する。否、正しくは精霊の活性化に合わせて四季が存在するという方が正しい。
正しい手順で儀式が行われないとルーンティナに春は訪れない。
否、精霊たちの隆盛に合わせて緩慢な変化は訪れるが四季と呼べるものではなくなる。草花をはじめとした新たな生命の趨勢は衰え、大規模な飢饉にも繋がりかねない。
そんな国事に関わる行事を高々学院の一部生徒が左右するのも問題な気もするが、精霊や大樹がかの儀式に不可欠である以上は仕方がない。逆に言えば、重大な国事に関わるからこそ、ソルディアがこうまで盤石な地位を築いているのだろう。
「その為に必要な物としては……」
淡々と説明をされる言葉は、どれも今を生きる私にとっては耳になじみのある、けれども前世の私にとっては新鮮な言葉の数々。
告げられる魔法薬や魔法陣は学院にあらかじめ準備されているので用意する必要はない。
私たちがすべきことは自らと契約している精霊を媒介とすることで、冬と春、二柱の精霊に呼びかけをなすこと。
「春の精霊は陽気な、或いは穏やかな旋律を好む。学院の有志には合唱団を募ることになるが、ソルディアの面々は参加必須だ。精霊とつながりがあるものがいれば、歌の媒介としての効果も格段に上がる。……あまりに音痴なようでは逆効果だが」
最後の一言が余計な気もするが、さておきその話は初めて聞いた。
目をしばたかせていれば、こちらの様子を見てアザレア先輩がくすくすと笑いはじめた。
「うふふ、正しい儀式のやり方を聞くのは初めてだったかしら?リュミエル先輩ってば『え?普通に春の精霊と冬の精霊におはようとお休みを言ってあげればいいんじゃないか?』とか言い出してたみたいですし」
あっ、なんか聞き覚えがあるそれ。思わず目をそらす。
目をそらした向こう側にいたハイネ先輩までもが「いったい何を言ってるんだ?」と言いたげに半目になっているから、彼は入れ違いで卒業していったうちの兄の所業を知らないのかもしれない。
願わくばそのまま無垢なままでいてほしいので、余計な説明をすることは控えた。いや、ヤンデレ予備軍に無垢も何もないのだろうけれど。
「媒介としての曲は冬の曲と春の曲、二つに分かれることになるが……フェルディーン。キミは春のパートを担当しなさい」
「え、ルイシアーノ様は指名なのですか?」
意外だと瞳をしばたかせる。彼の歌のセンスはそう悪いものではなかったから参加に否やを言うつもりはない。
だが、ルイスが春の担当と聞くと違和感がある。
ゲームの中ではどうだったっけか。ヒロインと別パートを担当していたとしか描写されていなかったし、私の認識もそこから来ているのだけれど。
「ああ。フェルディーン家の嫡男ということは例の“緑の加護”があるだろう。ならば春のパートを担当する方が適任だ」
その言葉に首をかしげるが、確かに花精霊の香りをすぐに嗅ぎ当てたらしいことといい、契約した精霊のあの淡い桃色の光を思い出すといい、言われてみればそうなのかもしれない。
え。ってことはヒロインは冬パートを担当していた?花の様な笑顔を浮かべるあの子が?いやでも確かに儚い解釈も一致するといえば一致する。
本人不在だというのに新たな魅力を開拓してしまった……。最高かよ……。
「とまぁ。そうするとバランスを鑑みた場合はクアンタールが冬の……」
「いや、それはやめた方が良いと思うがな。先生。」
手を挙げて顧問の言葉を遮ったのは我らが暴君、ルイシアーノ。
初対面の印象が最低値だから難しいとはいえ先生相手。せめて敬語を使えと胸中で文句を言う。胸中でだけ。視線はつつと横へと自然と逃げていく。
「どうした。フェルディーン。何か問題でも?」
「問題なら大ありだ。
こいつはとんっっ……
……でもない音痴だぞ」
「…………悪ぅござんしたね音痴で」
地を這うような低音でルイシアーノにだけ囁くが、猫かぶりの努力など知ったことかと鼻で笑ってくる。
「なんだ?ありがたくも精霊の機嫌を損ねうるような愚かしい真似を貴様がしないようにという主君の気遣いを無碍にするつもりか?」
実際貴様の歌声はひどいものだと指摘されれば、ぐうの音も出ない。
一つ言い訳をさせてもらえれば、そもそも私が男性パートを歌うということそのものに無理があるのだ。
考えてみてほしい。確かに性別認識変換魔法をかけられているとはいえ、そもそも私は女。
その状態で男性パートを歌うとなれば、身の丈に合わない低音を出すことになる。自分の音程に合っていない声を無理に出せばそれはどれだけ音が外れてしまっても仕方がないでしょう?
「音痴というかリズム感が致命的にない。いや音程もひどいものだが。フェルディーン家では催しの際に使用人が有志で出し物をするのだが、その時の斉唱でのこいつは本当にひどかったぞ」
胸中の言い訳を的確に刺してきたルイスの言葉に思わず奥歯を噛みしめる。ちきしょう、あとで覚えてろよと内心で三下のごとく捨て台詞を吐き出した。




