5-5話 VS以前のカーマイン先生
「契機は単純だった。ソルディアが運営する行事の準備中、最近疲労が溜まっているのだと、雑談の合間でワタシがふと零した。」
その頃は今よりソルディアに所属する人が少なく、先生と兄の他は一人しかいなかったらしい。
兄がいる間は精霊が皆兄の方へと集まっていたとあらば、無理もない話だが。
「そこから疲れが取れる魔泉や薬草、はたまた温泉といった疲労の回復手段の話題になった。もう一人居たソルディアのメンバーが旅が趣味だと豪語していてな。いつか行ってみたい場所の一つとして、その泉をあげた」
あ、なんかちょっと見えてきた。兄の行動パターンを考えたら『えっ何それ楽しそう。折角だし行ってみようか』ってなりそう。
「それを聞いたリュミエルが言い出したんだ。『えっ何それ楽しそう。折角だし行ってみようか』と。」
「…………短絡的な愚兄が申し訳ありません。」
想像と一言一句変わらないなど、そんなことがあるのか。
「隣国にまで行くとあらば国からの許可もいる。我々のようにソルディアに属している者は尚更。申請の際に理由についてを細かく聞かれることとなる」
それは耳にした事がある。ソルディアに所属している者が他国へと向かうということは、つまり精霊をも引き連れていくことに他ならない。
万一そこでトラブルがありでもすれば、ルーンティナの根幹ともいえる要素がひとつ失われる可能性すらあるからだ。
「他国に行くなどと無茶をいうな。ならばその問題をクリアしろと告げはしたんだがな。そうしたらどんな手段を使ったのか、あのリュミエルがその週の週末限定で使用できる出国証を手にいれてきたんだ。それも二人分」
「いや、貴様の兄は一体何をやっているんだ。というか本当に真っ当な人間か?」
「私もちょっと自身がなくなってきましたね……偽装とかそういった犯罪に手を染める人ではなかったのですが」
何をしたんだリュミエル兄よ。いややっぱり説明しないでいいですこれ以上深淵を覗きたくない。
「国から交付された正式な許可証だ。一度出たというのに正当な未使用で終わらせれば、また別の問題が浮上する。」
「いえ、目的地に向かうための時間が足りないというのは正当な理由になるのでは?」
「ああ、週末などとわずかな時間で知恵の泉にいけるはずもない。そんな無茶をソルディアとして敢行できるわけも。」
それはそうだ。往復で二週間かかる場所にそんな週末の二日だか三日だかで行こうだなんて無茶。なぜ出国の許可が出たのかすら理解できない。
「そこでアイツがいきなり言い出した。『あ、ソルディアのメンバーで行くのは枚数的にも立場的にも厳しいでしょうか。でしたら他の友人と二人で行きますよ』と。」
「えっ可哀そう。」
反射的に声が漏れる。
ソルディアの才覚溢れる人ですら無理に近しい道程を一般生徒の友人を引きずり回すだなんて。
もしかしてその一般生徒の友人ってミラルドのお兄さんだろうか。数年前に少しだけ顔を合わせたことのある銀髪を思い出して脳内で土下座する。
「当然却下したがな。そうしたらアイツが今度は、『なら先生、一緒に行きましょうよ』『うん、そうだ。それがいい!先生の疲労回復にもつながるし』と言い出した。」
知恵の泉は知恵と名こそついているが、正確にはその者がもつ叡智を最大限活かせるような状態に調えるとしてその名がついている。ようは心身の疲労回復だ。
コスタルカの伝説に紐づいているとかなんとか……昔授業で習った気もするが覚えていない。後で復習しておかないと、ルイシアーノに唐突に話題に出されたらシャクだ。
「それで……行かれたんですか?」
少しばかり現実逃避をしていれば、今まさに考えていたルイシアーノ自身から恐る恐るといった調子で問いかけられる。
重々しい頷きと共に、ぐっとその手に握りこぶしが握られた。
「ああ。確かにアイツの言う通り、三日で往復出来た。……その前に何回死ぬかと思ったかは覚えていないが……」
手の震えからするに、これは余程兄にとんでもない目に合わせられたのだろう。
こんな時どう言葉をかけるのが正解なんだ!?ヤンデレ相手的に!いやヤンデレとかは今はおいて身内が迷惑をかけた相手に。
「今まで能力面のとんでもない話は数々聞いていたが……」
沈黙の帳というほど分厚いものではない、精々が蚊帳と呼ぶべきか。ほんの少しの沈黙にすら耐え切れなくなったのかルイシアーノがつぶやく。
祝福の配達人の話からして良いリアクションを取っていた彼だ。分かるよ。だからその口はもう何も紡がないで貝のように固く閉じてほしい。
「もしかして精神面もイかれているな?貴様の兄は。軽率な勢いで無茶をやらかす辺りはさすが兄弟といえなくもないが。」
「花精霊・感謝祭の時のこといってますもしかして?」
「当然だ。まあ、怪我をしていないだけリュミエル殿の方がまだ道理を理解しているようだが」
それを言われてしまえば返す言葉もない。他に適切な方法が思い浮かばなかったからと言って無茶をした自覚も、不用意だった自覚もあるもので。
とはいえ兄とそういう点で似ていると言われるのは非常に不服だ。口に出せない分眉間の間に力を入れて凄んだ表情をしてみせれば、鼻で笑って返された。
「本当に厄介な男だった。弟のキミに言うことではないかもしれないがね」
会話に割りいる声。
眼鏡のブリッジを上げながらこちらを見下ろしてくるアイスブルーの瞳に自然と背筋が縮こまる。
温度のない瞳に浮かんでいた色は紛れのない憐憫だった。これまでにも幾度となく向けられていたが、そのさめざめとした切れ長の瞳で向けられれば迫力も一味違う。
けれどもふと、その瞳に温度が宿る。加えて湿度も。
「そんなろくでもない男だ。放置していては学院に、或いはソルディアにいかなる不利益を与えるか分からない。故にワタシは彼を管理下におき、その行動を監督することにした」
「……ん?」
なんか流れが変わってきたぞ。主に話の端々から読み取れる文章の既視感という意味で。
ヒロインに元々彼がそのヤンデレの片鱗を見せる契機も、彼女が巻き込まれたトラブルだった。ならず者にヒロインが襲われた事件。
似たようなことが再び起きることがないように、巻き込まれることのないようにという名目で監視の目を強めていたが……。
見上げたそのアイスブルーは先ほどよりも熱感が上がっているように見える。
「だが、あれはそう易々とワタシの網にかかることはなかった。精霊の力を借りた幾度にも及ぶ追跡も容易くすり抜け、居住の確認のために設置した魔道具すらすべて解除された」
次第に舌の呂律が早まり、淡々としていた声の調子の中に恍惚とした抑揚が混ざる。
「うわっ……」
分かりやすくしかめ面を隣でしたルイシアーノ。分かるよ、私も今そんな顔を全力でしたい。というよりも多分している。
これは実質、過去の犯罪行為の自供なのでは?兄がことごとく退けているところをみるに未遂が末尾に就くかもしれないが。
だというのに目の前の教師はその事実を自覚することすらなく捲し立て続ける。完全に自分の世界へと入り込んでいるのだろう。
「終いには私の居室に侵入した上でそれらの魔道具をつき返したときのあの表情だ!
『カーマイン先生。俺のことを心配してくれるのはありがたいですが、こういったやり方はおいたが少々過ぎますよ?』という言葉とあの笑み……」
吐息混じりの感嘆に、ルイシアーノが半歩前に出る。さりげなく私とカーマイン先生の間に斜めに割り入れる姿勢だ。
私はというと、ルイスへの感謝の前にただひたすら頭を抱えていた。
拒絶はしないがそのやり方をたしなめる。どこからどう聞いても完全にカーマイン先生の攻略方法と一致してる。
何でヤンデレ攻略対象相手にヒロインムーブをやらかしてるんですかリュミエル兄!?




