5-2話 契約の時、きたれり
中へと入ればクラスごとに誘導をされ、列へと並ぶ。広い広い吹き抜けのあるホール。
その中央には天井を突き抜けてなお余りある巨大な大樹が聳えており、その葉一枚一枚がほんのりと輝きを放つ。
光の強さこそ淡いものだが、魔力を持っているものなら誰しもが気圧されるほどの巨大な魔力が、渦となって存在していた。
人の数は思ったよりは少ない。前世で言うならば普通の三十人クラスが四つある程度の中規模の学校くらいか。五学年生制だから通常の高校よりは人数も多いだろうが、ホールの広さもあってかひしめいているとは感じない。
寮やクラスはあらかじめ決まっている辺り、私の中にある魔法の全寮制学校というイメージとは少し違っていた。
「──諸君、入学おめでとう。この映えあるポーラリスティア魔法学院へと新たなる生徒たちが現れたことを嬉しく思う。」
白く長い髭を蓄えた、いかにも魔法学院の学院長と思わしき老人の挨拶がはじまる。
いつも思うがこういうお偉いさんの言葉はどうしてこうも眠くなるのか。うとうとと睡魔が襲うのを耐えながら周囲を見遣る。
思った以上に皆眠気を頑張って耐えている印象だ。ここで眠るかどうかが精霊の心証につながるかもしれないと思っているのだろうか。真偽はつかない。
「……以上で挨拶を終了する。さて、新たに入学した生徒諸君にとっても、我が国にとっても、重要な一大行事をこれより執り行おう。」
その言葉に大なり小なり周囲が気色ばむのが感じられる。いよいよ、精霊の儀のはじまりだ。
杖を掲げた学院長は、厳かに呪文を唱える。
「創世を司どりし偉大なる精霊たちよ。貴君らの目となり・足となり・力となるものを見出したまえ。」
学長の言葉とともに、木々に蓄えられていた光が一層の輝きを増す。それと共に魔力も。
魔力に耐性のない者には毒ともいえるその力の奔流。実際、新入生の中には何人か額を抑えたり俯くものが現れるほどだ。
そこまでではなくとも、さすがに圧倒してしまう。この一つ一つの光そのものが精霊であり、これだけの精霊の中でも見出されるものは一年に一人いるかいないか。
ひとつ、ふたつ。光が大樹から剥がれ落ちてその周囲を廻りだす。それはやがていくつもの塊となり、渦となり、奔流となる。
オーロラ色の奔流は、けれどもその輝きの一つ、薄紅色の花弁を思わせる輝きがふと離れた。
珊瑚を思わせる煌めきが舞い降りたるは、南の海。それを思わせる髪を持つ男の元。
「ふん、当然だな。」
至極当たり前のように鼻息を鳴らすのは、予想通りの俺様何様ルイス様だ。
周囲の人々から歓声の混ざった悲鳴が上がる。黄色い悲鳴も、苦悶に満ちたうめき声もその中には混じっていて。
けれどもその喧騒など意にも解さぬまま。精霊の輝きは吸い込まれるようにしてルイシアーノの胸へと入り込み、とぷんと音を立てて溶けてしまった。
「あ、契約したらあんな風になるんですね。呼び出されない限り現れないとかあるんでしょうか。」
「いや、そんな話してる場合か!?ここで精霊と契約を出来なければ、また一年近く機会は巡ってこないんだぞ!」
あいにく高位貴族であるルイスとは学級が違うもので、近場にいた同じクラスの生徒へと声をかけたらそれどころじゃないと声を荒げられた。
それもそうか、通常一年に二人精霊に選ばれる者が現れることなどそうそうない。とはいえ私としては選ばれたいわけでもないので別に。
思わず本音を口に出しそうになったところで、再びどこかから歓声があがった。周囲を見回せば、男女問わず多くの人が口を開き、こちらへと視線を向けている。
……そこでようやく目の前を見れば、そこには黄緑の新緑のような輝き。
「あ。」
「……。」
精霊は何も口にはしない。当然だ。彼らに発話器官はない。それでもその輝きは、真っ直ぐとこちらを向いているのが感じられた。鮮烈な力。
手を伸ばせば光はこちらへと近づいてきて、流れるように吸い込まれて消えた。感慨すら与えないそのなめらかな動きにミツドリの羽ばたきすら聞こえた気がした。
「あ、あぁー……。選ばれ、ました、ね。」
先ほど声をかけた同級生の方を見やれば、負けず劣らずあんぐりと口を開けている。
そう。ゲームのことを思い出したら私が選ばれるのは自然なんだが、そうでない人からしたら驚きだろう。
精霊に選ばれない生徒がいる年もある中、一年に二人も選ばれたのだ。遠目にルイシアーノの反応を伺えば、彼もこちらの様子に気がついたのだろう。噛み合うように視線が重なる。
軽く肩をすくめて鼻を鳴らすその姿はいつもの傲岸不遜そのもので、けれども表情は満足げだった。俺が選ばれるのなら貴様も選ばれるのは当然だろう、とでもいいたげな。
何目線だよといいたい気持ちもあるが、私もまたその満足げな視線を見てようやく、じわじわと実感が湧いてきた。
残る光は弧を描きながらも次第に天へと昇っていく。精霊の儀の終わりの刻。どうやら此度選ばれたのは二人だけらしい。ゲーム通りだとも言えるが。
学院長の厳かな声が響く。
「……精霊は見出された。新たなる光を、太陽の輝きを。両名、名を。」
ホール中の視線が私たち二人に注がれる。とはいえここは主人である彼から述べるのが定石だろう。
「ルイシアーノ=フェルディーンだ。」
「シグルト=クアンタールです。」
めいめいに言葉を述べれば、再びどよめきが起きる。今度起きたのはすぐそばの周囲ではない。教師や三年以上の上級生のいる場所で、だ。
「もしかして……あれか、“あの”リュミエルの弟か、あの一年生。」
「なるほど、道理で……」
しみじみと聞こえてきた声に、思わずチベットスナギツネのような顔になった。向かいのルイスもきっと同じ顔をしているはずだ。
いや確かに卒業生だから話題になるのは覚悟してましたが。まさか初手からリュミエルの話、来るんですね!?




