12-3話 将射る前にすべきこと
思えば、こうして自覚してから彼と二人きりになるのはあの日、共にお茶を飲んだ時ぶりだろうか。
「ルイス様、天栗鼠の分布はどの辺りかはお分かりで?」
「いや、奴らは太陽の昇り具合で住まいをころころと変えるからな。一から探る必要がある。シグルト、貴様は聴覚強化で特有のあの鳴き声が聞こえたら教えろ。俺は魔力感知でおおよその群れの位置を探る。」
「畏まりました。」
……ではあるのだが、こういったやるべきことが明確な場面だと私もルイスもそちらに集中しがちだ。
色気のいの字も見えない会話をしながら、あたりに意識を巡らせる。
「ところでルイス様。」
「何だ。無駄口を叩いて天栗鼠の位置を逃しでもしたら承知はしないぞ。」
でも、無駄口を叩くなとは言わないんですよね。彼なりの許しが出たと思って言葉を遠慮なく続ける。
「今回、ミラルドに押されたとはいえ本当に嫌だったら固辞されていたでしょう。それでも参加を決められたと言うことは、何か気になることがおありだったので?」
「まだるっこしい。婉曲的に聞かないではっきり聞け。貴様とどれくらいの付き合いだと思っているんだ。」
「そろそろ六年になりますか。では遠慮なく。ユーリカのことをどう思われてるんでしょう。」
「はぁ!?何故急にそういった話になる!」
「いやぁ、やっぱり気になるじゃないですか。今回の依頼もなんだかんだ彼女が困ってるから手を貸したのかな、とか。」
「……以前母上に女子会がどうのと仰られたことがあったが、なんだ。妙な感化でもされたか?」
「いやですね。直接的には関係ありませんが、ルイス様もお年頃なんだなとふと気になりまして。」
心の底から不審さ満点ですと言う顔をされる。
向こう側から聞こえてきた熊の唸り声に進行方向を変えながら、ゆるりと笑みを浮かべた。
私の発言も嘘は言っていない。実際従者としても主人の恋模様は気になるものだし、自らの思いを自覚したのだから、彼の好みや今の想い人に探りを入れるのは当然じゃないか?
「で、どうなんです?奥様や他の方には内緒にしておきますし。」
無論、直接自分で聞くことに躊躇いがなかったわけではないが、遠い距離感の相手に素直にこの捻くれ者が口を開くわけもなく。その点で頼みになりそうなフレディは全力で嫌がりそうだし。
結局、自分で聞くのが一番手っ取り早そうだったのだ。
「貴様の内緒にしておくは信用がならんと言うのもあるが、そもそもそんな浮わついた事に興味もないな。……九時の方向、凡そ四百メートル先。天栗鼠の集団だ。」
「おや、そうなんです?お年頃なんですし、それくらい関心があっても良いじゃないですか。──そこからさらに四十度ほど右手にずれたところにいる子が一番距離は遠そうですね。」
「貴様と一緒にするな。この女好きめ。風下は向こうだな。回ったら仕掛けるぞ。」
「りょうか……いやちょっと待ってください?ルイシアーノ様私の性別ご存知ですよね??」
着いていこうとする足を止めて彼の腕を掴む。マーモットの群れからはまだ距離もあるし、陽の傾きが大きく変わらない間はそうそう動くこともない。
それよりも今の彼の発言の方が聞き捨てならなかった。女好きってなんのことだ。
「はっ、性別如何以前に貴様が女とあらば誰にでも良い顔をすることは事実だろうが。女好きと言って何が悪い。」
「確かに可愛い子は目の保養ですし幸せになってほしいとは思っていますがね??薄々思ってましたがルイシアーノ様私を女だと思っていませんね?」
「認識自体はしているからこそ貴様を母上たちの買い物について行かせたに決まっているだろう。下らん話をしていないで行くぞ。」
私が掴んでいる腕を振り払うでもなく歩き出す俺様何様ルイス様。ちきしょう話はまだ終わってないんだぞ勝手に終わらせるな。
簡易魔法石を一つ取り出して魔力と共に術式を込める。ついでに舌打ちも忘れない。
「御照覧あれ かの光を……そういう意味ではなくて。私も女なんですから、女性は目の保養でありこそすれ恋愛対象ではありませんからね?」
「なんだ。以前はアザレア先輩アザレア先輩言って、今はユーリカユーリカ煩いやつが言ったところで説得力も何もないが。」
「あんな美人さんや可愛い子がいて愛でない方が失礼でしょう!?!?」
「貴様さっきの言葉と矛盾まではいかずとも非常に違和感がある発言をしでかしている自覚を持て。あと声のボリュームを下げろ。」
──可笑しい。彼の状況を探ろうとしただけなのに気がついたらいつものようなやり取りになっている。標的を視認できる距離まで来れば、どちらからともなく声を抑え、ルイシアーノが私から魔法石を受け取った。投げ上げたその魔法石は程よく獣のそばまで飛んだと思えば、眩い光を放つ。
天栗鼠は太陽光を好むが、一気に多量の光を浴びると衝撃で気絶する特性がある。崩れ落ちたその小さな体へと駆け寄り、手早く血液を採取した。
「……うん、必要量は取れましたね。戻りましょう、ルイス様。」
一方で光を大量に浴びた天栗鼠は非常に凶暴になる。目覚めた時もこの場に残っていれば、まず大怪我は避けられない。
「ああ。……嗚呼、それとだ。シグルト。」
「?何でしょう。」
回収したサンプリングが割れないように梱包している時に聞こえた声に振り返る。此方には背中しか見せていない男の金の瞳が見えないのは僅かばかり惜しいなと思ってしまった。
「先ほどの問いだ。ユーリカについては以前話したのとそう変わらん。見どころのある平民だが、まだ粗は大きい。とはいえ本人の魔法への意欲は以前耳にしたからな。そのために必要なら、多少なら骨を折っても構わんと思ったまでだ。」
「以前、ですか。」
セレモニカの儀の後、二人で言葉を交わし合っていたことを思い出す。あの時の二人の表情も。
ルイシアーノが嘘をついているとは思わない。事実それ以上の理由はきっと彼にはないのだろう。あくまでも、彼自身が意識している限りではだが。
「……ゲームみたいに好感度がこの世界でも見れたら便利なんですけれどね。」
「なんだ藪から棒に。というかゲームではそんなものも見れるのか。」
末恐ろしいなと顔を歪める男は、きっと私がどういった理由でそれを口にしたのか、思いもしていないのだろう。今の彼にとって、私はその立ち位置だ。
だから。
「……ルイシアーノ様。じゃあ戻るまでにもう一つ質問しても?」
「普段以上に口が回るな。なんだ、珍しく気が昂りでもしてるのか?」
「そういうことにしていただいても構いませんよ。と、いうことで。好きな女の子のタイプとか聞かせてください。」
「はぁ!?」
とうとう森の中だというのに大声を上げるルイシアーノに、私も声を上げて笑う。
本気で頭がどうかしたのかと顰め面をする彼の反応を楽しみながら、一歩足を踏み出した。




