11-6話 夜明けと目覚め
瞼ははれぼったく、頭はいやに痛む。
今日がセレモニカ翌日の休日だったからよかったものの、そうでなければ午前の授業の担当教諭に休みの連絡を入れなければいけないところだった。
緩慢な動作で起き上がろうとした体は、温もりが濃い布団に容易に負けてそのまま潜り込んだ。
「……昨日は色々と最後にやらかした気がしますね……」
改めて思い起こせば別の意味で顔から火が出そうだ。ハイネ先輩には後ほど謝罪と口止めをしにいかねばならない。
リュミエルの方は……まあいいか。
迷惑はかけたけれども最終的に頑張って足掻けと背中を突き飛ばされた気分だ。兄らしいといえばらしいのだけれど。
今日はこのまま惰眠を貪ろう。そう決めて寝返りを打つ。頭もまぶたも違和感は変わらずあったけれど、思考の方はいやに冴えわたっていた。
「全く。昨日は本当にどうかしていました。」
恥いる心と同じだけ、でもそういうものなのだろうという納得もある。どんなものかしらと甘やかに歌うボーイソプラノではないけれども、きっと誰しもが想い惑うものなのだ。
少しだけ眠って起きて、そうしたら彼の元へと向かおう。きっと嫌がられるのでしょうけれど。その時の顔を夢想して、小さく笑みを形つくりながらも意識は再び眠りへと誘われた。
◆ ◇ ◆
「フレディ、お疲れ様です。ルイシアーノ様はいらっしゃいますか?」
「お、シグルト。昨日はお疲れさん。ルイシアーノ様ならまだ部屋で過ごされてるぜ。最近ばたばた忙しかった分、今日は読書に励みたいんだと。」
彼のいる寮に足を踏み入れて真っ先に向かうのは彼の元……ではなく、フレディのところ。
今何をしているかも把握しないで突撃したら、あの暴君のことだ。嫌味の一つや二つ飛んでくるに違いない。
判断力は損なわれていないから恋に狂ってはいないだろうか。否、そう過信するのはやめようと決めた。
「なら今日の紅茶は私が淹れますよ。フレディは休んでいてください。」
「ん?お前もセレモニカで疲れてるんじゃ……ま、いっか。そんな気分のこともあるよな。お言葉に甘えて、ちょっと羽でも伸ばしてくるわ。」
あとは任せたぞとあっさり茶器を取り出して私に押し付けた彼は、薄々今の私の心境を察したのかもしれない。目の腫れは冷やしてからきたけれど、要領の良い男だから。
誰もいなくなった部屋で紅茶の支度をする。お湯を注いだ魔法のポットは紅茶の風味が程よく染み出す頃合いに鳴り響くから、その前にカップを温めて、ミツドリの蜜をふたすくい。
「最近は、お茶を入れることも減っていましたからね。」
独り言ちながら、それでも体に染みついた動きを行なっていく。合間にお茶菓子の支度をすることも忘れない。
道を踏み外す可能性が誰にだってあるのだと温かな手の主は私に告げた。かつての記憶を取り戻した時にヤンデレ絶許と決意した以上、その可能性から目を逸らしてはいけないだろう。
かといって臆する必要もない。だって私はその可能性に気づけているのだから。
用意の終わったお茶とお菓子をトレイに載せ、向かう先は彼の部屋。ノックの音を二回立てれば、短く入れと返事が来る。
「遅いぞフレディ……シグルト?」
「おはようございます、ルイス様。まさか熱々の色付き水をお渡しするわけにも参りませんから、お待たせしてしまい申し訳ありません。」
殊更慇懃に金の目を丸くしている彼へと一礼をすれば、我に返った彼が不敵な笑みを口元に湛えた。
「はっ。相変わらずの鈍間加減と減らず口だな。何年経っても主人を立てるということを知らない奴だ。」
「そこは主人に似たのでしょうね。昔に比べれば大分まともになってきたとはいえ、皮肉な物言いと尊大な口調は変わらない人ですから。」
「ああ言えばこういうところも変わらんな。」
丁々発止のやり取りはかつての日を思い出させる。けれども当たり前のように正面に座りもう一つのカップを手に取る私と、それを許す彼の姿はかつてにはなかったもので。
「…………これで満足できるなら、安上がりでいいんですけどね。」
「は? まさか貴様、この紅茶で満足ができんと言い出すのか。クアンタール家の教育はどうなっているんだ。」
「ああいえ、さすがにフェルディーン家御用達の紅茶は絶品だと思っていますよ。そちらの話ではないです。」
なら何のことだと訝しむ彼に小さく笑みを形作る。恋に限らず人間とは貪欲なものだ。これだけではまだ足りないとも思うのだから。無論、ゲームのシグルトのような愚かな手段をとるつもりはないけれど。
「いえ、何でもありませんよ。」
「…………本当か?疑わしいな。」
「失礼ですね。ただルイシアーノ様は覚悟してくださいねというだけの話です。」
「貴様本当に何を企んでいる!?」
分かりやすく警戒して立ち上がる男に、堪えきれないとばかりに吹き出した。ユーリカをはじめとした他の人たちを傷つけないように、巻き込まないように手段は選びますが、それはそれ。
そう簡単に自覚したものを諦められるほど、私はどうやら繊細ではいられなかったようで。
相も変わらず警戒を解かない彼にもう一度にっこりと笑顔を返してから、甘みの濃い紅茶を一口喉に流し込んだ。




