天界
天界。
人々の希望。
人は天界に到達するために生きている。
天界では飢餓はなく、病めることもなく、永遠の命を手にすると言われている。幸せの世界。背中に刺した鉄の羽根が完成したなら、私は天界を目指して飛び立つことができる。
両翼が揃うのが待ち遠しい。今はまだ片翼だけれど。きっと私も。
先に完成した右翼を前に撓らせて、手でその先端を愛おしく撫でる。私の自慢の翼の特徴は伸縮性にある。鉄を何重にも組み合わせて簾のようにして作った羽根。あと半年後迄には必ず完成に導かなければならない。焦りもあるけれど、反対に完成が待ち遠しい。
そして、みんなで飛び立つんだ。
それが人の一生。飛ぶ。馳せた想いがもうちょっとで本当になる。
「ねえ。聞いてる?おーい。」
「うわっ!」
ぴとっ。冷えたスポーツドリンクのペットボトルを額に押し当てられて私は驚いて声をあげた。
「玉子焼きを口に運んだまま動かなくなって。考え事?」
弁当箱に入ったウインナーを箸で持ち上げながら天梨が私に聞いてくる。ウインナーはわざわざタコの形に切ってある。器用なものだ。感心していたらタコは食べられてしまった。
「うん。早く空を飛びたいなぁって。」
私は咀嚼を経て、玉子焼きを飲み込んだ後に答えた。
「そんな当たり前の事言われても。あと半年もしたら飛べるでしょう。」
「嬉しくないの?私はもう今すぐにでも飛びたいよぉ。」
「羽根がまだでしょう。そんな状態で飛んだら落ちちゃうよ。それに、目的を忘れちゃだめ。天界に行かなきゃ。」
「怖い事言わないでよ。わかってるよ。それにしても。」
「なに。」
「綺麗な羽根だねぇ。」
紫と水色と赤を組み合わせて装飾されたステンドグラスの羽根。羽根は自分を表す鏡であり、それぞれの個性をアピールする大事なもの。
ちなみに私のは何というか、煌びやかさは確かにないけれど無骨な格好良さがある。それだけは伝えておきたい。
「ありがと。何度も聞いたけれど。ふふ。悪い気はしない。」
天梨の羽根の完成は近い。そのように私には見えるけれど、未だに色が気にいるまで何度も硝子の色を調整したり加工したりしていると聞いた。本人曰くまだまだ足りないとのこと。皆が自慢の翼を完璧に仕上げたいと思うのは当然だ。
「お待たせ。」
そこに机を寄せながらもう一人がやって来た。私、天梨、そして、この桜花。
昼休みはいつも三人で集まってご飯を食べているけれど、今日は桜花が遅れてやってきた。授業が終わると校内放送で名前を呼ばれていたのだから何かあったのだろう。それを聞くことにした。
「や。先生に呼び出されてたけど。何だった?授業態度が悪いって?せめて起きていろって言われた?」
「林檎じゃないんだから。学級委員だぞ桜花は。」
「いや、ちょっとね。二人とも耳貸して。」
桜花が翼が床に付かないように腕の上に乗せて、注意を払いながら椅子に座るとそう言った。
彼女の翼は桃色。桜の花弁を模した羽根の一枚一枚が翼を形成している。桜花は翼に満足がいったようだ。いつでも飛び立てるらしい。
「うん。」「洗って返してね。」
私と天梨は彼女に顔を近づけた。
「もっと。近づいて。」「うん。」
「よし。」
この距離ならと安心して桜花は手で口から声が漏れないようにしながら私達に話した。
「遠藤くんのことなんだけど。絶対に口外しないでね。」
「うん。とっても頭が良いんだよね。遠藤くんがどうしたの?」
「代表生徒として先に天界に行くらしいよ。」
「えっ!遠藤くんが!?」
「バカ林檎!声がデカイ!」
天梨によって私の口が抑えられる。そのままキープ。少し経って、私の声で一度裂かれた生徒達の声が戻ってきた。私はようやく発声を許された。
「ぶはぁ。凄いねえ。代表だなんて。みんなよりも早く天界に行けるなんて。よっぽどだよ。私達なんてまだ羽根も出来てないのに。」
「ま、成績の悪いお前達でも遅れていけるんだから。天界は平等ってことで。」
「ありがたいことだね。」
うんうんと天梨が深く頷く。
「冗談で言ったのに。否定しないのかよ。」
「出来ないんだよ。私と林檎は。」
「同意します。」
「・・・本当に有難いな。先生も大変だね。私達と同じ歳なのに。」
「そうだね。立場だけが違うから威張る人のが多いのに。芽衣ちゃん先生は優しいね。」
「「それな。」」
ザザザ。
『あー。あー。あっ、もうマイク入ってる?あー。ん?あー。あー。入ってるっぽいですね。生徒のみなさーん。こんにちわー。え?マイクの音。入ってるよね。あー。』
芽衣ちゃん先生の話をしていたら、校内放送用のスピーカーから噂のあの声が聴こえてきた。内容は昼休み後に全校生徒は体育館に集合とのことだった。