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ここには誰もいませんよ。  作者: ALP
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偽り

冬。


寒い。寒すぎる。チワワみたいに震えることしかできない。何故なら、私はバス停でバスを待っているからです。


待っている間に自己紹介を。私は林檎。創唯(そうい)林檎。創唯は珍しい苗字だとよく言われる。先祖は何をしていた人達なんだっけ。お婆ちゃんが教えてくれたけど、私は冷えたスイカに夢中になって齧り付いていたから忘れちゃった。


勿論、林檎は果物の林檎。アダムとイブが食べてはいけない禁断の果実。結局、食べちゃって、二人は楽園から追放されちゃった。私の名前は確かにその禁断の果実の名前だけれど、林檎の木には名誉という花言葉がある。それを気に入って親が名付けられたらしい。


今日は特に寒い。吐き出す息が白い。乾いた風が吹きつける。周りは寒さだらけだ。バス停で小刻みに震えながらバスを待つ。制服の中にジャージ。学校指定のコートにクリーム色のチェックのマフラー。白いモコモコの耳当て。同じくモコモコの手袋。それらを装備。それでも寒いものは寒い。


早く。早く。バス来い。


林檎の季節も過ぎ去ったニ月。寒がりの私にはつらい。果物のリンゴもシーズンオフだろうに私は学校に行く。


「やばお前。羊かよ。」


後ろから声がする。聞き覚えのある。この声は愛美だろう。うん。振り返ると大正解。


「おはよう。どうしたの。ここのバスに乗るなんて珍しい。」


「はい、おはよう。いや、林檎。今日から自由登校。私とお前は推薦決まってるだろ。それにお前の家集合って昨日約束したじゃん。どこかに行こうって言い出したのは林檎。」


・・・・・・!


「あっ!思い出した!早く言ってよ!恥ずっ!」


「言ったろ!見てみろ!私、制服着とらんやん!」


「まあ、落ち着いて。しゃーない。このまま行くかな。」


「はあ。急に落ち着きすぎだろ。」


愛美と高校のクラスは三年生までずっと一緒。照れ臭いけど親友だ。もう少しで離れることになろうとは信じられない。でも、別々の道を進むのだから仕方がない。


雪の様に降り積もったなんてことない日々。春が訪れて少しずつ融解していく。


それにしても行き先に迷う。愛美が自販機を見つけてホットミルクティーを買った。寒いと寒いとぼやく私の分も買ってくれた。


「ほれ。」


愛美が私に向かって自販機から取り出したミルクティーの缶を放り投げる。


「さんきゅう。」


それを受け取る。とても温かい。白い缶だ。このミルクティーは普通のより甘いやつだ。


缶を開けて一口飲む。愛美が好きそうな味がする。それがなんだか嬉しかった。


卒業が二人を別つ。願わくばずっとこのままで良いのだけれど、そうもいかない。それが気にくわなくて、私は愛美に言った。


「ねえ。」

『世界が終わるのに予兆なんてない。』




ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。


ザザザザザザ。『終わリ。』ザザザザザザザザザザザザ。ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。


ザザザザザザザザザザ。『願イ事を叶えテ。』ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。ザザザザザザ。


時間が止まったような感覚がした。そして、どこかで聞いたことのある言葉が突然、私に流れ込んでくる。耐えがたい雑音に頭が割れそうになる。頭を抑えて私はその場で身を屈めた。


ザザザザザザザザザザ。『考えテみテ。』ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。


見慣れない広い部屋のテラス。私は椅子に座っている。テーブルにはコップ、それに水が入った硝子瓶。そして、もう一人の私が対面にいる。それは、似ているとかじゃなくて、私。


ザザザザザザザザザザ。ザザザザザザザザ。


「私・・・!?」


ザザザザザザザザザザ。


「おかえり。」


ザザザザ。


「愛美は!?どこに!?」


ザザ。


「私しかいない。林檎。私は林檎。思い出して。」


ザ。


「あっ。」


消えるノイズ。彼女の言葉がトリガーを引いた。雷に打たれたような衝撃。私の記憶が本物と偽物に仕分けられていく。頭の中には本物と書かれた箱と偽物と書かれた箱が。本物だと信じていたものが後者に入った瞬間、私の脳は理解したが、心は理解することを拒んだ。


「あっ。あ。ああ。」


それだけは駄目だ。無常にもそれは価値のないものとして捨てられた。


「あ。・・・あ。・・・あ!?ああああ!!!!うわあああっ!!やめて下さい!やめて!ぁぁぁああああああっ!!!嫌だ!嫌だ!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!」


私は崩れ落ちて叫んだ。顔を手で覆う。


受け入れがたい現実がある。学生服を着てバスを待つ私。身が凍るような寒さ。あのミルクティーの味。温かさ。そして愛美。


これらの記憶は全て嘘。


「ぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁあ!!!」


私は私に怒りを金切声でぶつけた。


「どうして!こんなことができるの!!」


「君の幸せのため。」


「狂ってる!私の18年が!一瞬で奪われた!返してよぉ。返して。ねえ。ねえってばっ!!」


「君と同じだ。君らの基準で測定すれば、私は当然に狂っている。でも私は神。ただ狂っているだけじゃない。私が想像した世界を創造したんだ。それが終わりを迎えた。また別の世界を創る。君が住みたい世界を見つけるまで。返すよ、私が憎いなら。お願い。世界を切り替えてよ。幸せな日々を過ごして。」


「やだよ。やだ。林檎だって大切だよ!?私をどれだけ傷つけたとしても。やだ。やだ!やだ!私には選べない!林檎のいない世界!?嫌!そんなの!嫌!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁぁぁああ!」


癇癪を起こして寺院に叫びが反響する。全てを諦めて、私が舌を噛み切る刹那に新たな世界が林檎によって生まれる。また物語が始まる。再び偽りと忘却の物語が始まる。


歪んだ想いが交錯し、その歪みは収拾がつかない程になって。私と私との対立が私達を苦しめる。


偽り。


それは一方的な優しさ。

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