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ここには誰もいませんよ。  作者: ALP
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目覚め

目覚め。


誰かに呼ばれたような気がして私は目を覚ます。


崖から落ちて目覚めたときのように、また別の場所か。それとも元通りか。意外にも眼に映ったのは白色。白の映像が映ったとき、私はあれが夢では無かったのだと理解した。


私は白亜の寺院を目指して、月まで届くような距離を駆けてきた。時間という概念があるならばそれが昨日。勿論、感覚だが。


手で自分が横になっているベッドの布に触れて確かめてみる。質の良いシルクのベッドシーツだ。枕も同じ布で光を反射してミントキャンディの光沢のように輝いている。形も似ている。


ベッドから起きて窓を開けてみる。広大な自然が広がる。日差しが差し込み、庭にある池に私がいる白い寺院が映り込む。風が水面を揺らしている。映った寺院も揺れている。


「入るよ。」


「え!?」


窓からの景色に目を奪われていると、不意に声がした。


そして、間髪入れずに白金のドアの開く音。


私はここに何をしにきたか思い出したが、その目的は簡単に呆気なく達成された。私である林檎との再会。


でも、私の驚きはそれじゃなかった。


私の中にいるはずの私が私に声をかけてきた。それは分かる。しかし、今、その声が開いたドアから聞こえるのだ。


そう。私が驚いたのは私が目の前にいることだった。髪の色が黒であるところくらいしか私との違いは無かった。そんな私がここにいる。


「声も出ないって。顔に書いてある。」


私の声だ。私の理解は追いつかなかったけれど、どうでも良かった。私は私を見つけるや否や、私に向かっていき、抱きついた。


「林檎ぉ!良かったぁぁ!・・・良かった。良かった。良かったねえ。良かった・・・しか言えない人になっちゃったよ!本当に良かった・・・。」


私も私を強く抱きしめてくれた。双子の姉妹のような気がして心が温かくなった。彼女は私の涙をハンカチで拭ってくれた。


「馬鹿。どうして私が存在しているだなんて信じたの。あなたが理想とする世界を建造しようとしてたのに。何度も戻れる道を用意したのに。あなたはそれに見向きもしなかった。」


「難しいこと言わないでよぉ。ただでさえ混乱してるのにぃ。」


「そうだね。私もこのことに驚いているみたい。焦ってる。そうだ、食事を用意したからおいで。口に合うか分からないけれど。ああ、いや。合うに決まっているか。」


「私だからね。合うに決まってる。」


感情の落ち着く間もないまま、私は彼女に手を引かれて付いていく。私に手を引かれるのは、なんとも新鮮な体験だ。長い廊下に出る。左右に続いていることからこの白亜の寺院がどんなに大きなスケールであるかと驚かされる。


高級そうな硝子のシャンデリアが等間隔にある。ここは電気が付くのだろう。


長い廊下の先に。案内された場所はさっき私がいた部屋とは比べ物にならない広いパーティールーム。どのテーブルに座るのかと考えていると、私は言った。


「外が見える方がいいでしょう。こんな広いところでポツンといるよりも、奥にテラスがあるからそっちにしよう。私ならそうする。」


「そうだね。なんでも分かっちゃうんだね。」


「そうでもないよ。私は何も分からなかった。林檎のこと、私自身のこと。理解していればこうはならなかった。」


「林檎?」


林檎がどこか悲しげに見えた。


テラス席には硝子瓶に入った水とコップが二つ置かれていた。先程みた景色とは反対の方向から外を一望する。やはりこの城以外に建造物は何もない。


「とりあえず水飲んで。はい。」


瓶から水をコップに注ぐと、それを私によこしてくれた。受け取って、ごくごくごくと一気に飲み干す。


「ぷはっ。うまっ!なんかこの水美味し過ぎない?ミネラルというか、いやミネラルしか知らないけど。硬度ってやつ?」


「じゃあもう一杯。」


また彼女から水を受け取る。それもすぐに飲み干す。


「まだいる?いらないね。」


「丁度だね。流石。ふう。」


「さて。私から話すね。食事よりも早く話しが聞きたいようだし。」


「うん。それも正解。お願い。気になって食事なんて出来ないよ。」


「儀式をやったよね。」


「少し前の話?うん。やったね。蔓を結ぶやつだよね。」


「あれなんだけどね。実は私を呼び出す儀式なの。」


「うん?」


「私を呼び出して願いを叶えてもらう。人間ってのは、凄いよね。私と交信する正しい手法を長い年月の中で何代にも亘って、失敗しては繰り返し、諦めないでついには見つけちゃうんだから。」


「ほお?」


「でも願いが良くなかったね。結局人間は人間。その願いのせいで人間は消し飛んだの。儀式は相対的なの。願う者と叶える者。こちらも無下には出来ないから叶えてあげた。」


「私が手を下したわけじゃないよ。望みを叶えるだけ。内容は知らない。結果には気分が悪くなったけれど。どうせ、くだらない願いだっただろうね。」


「え。もしかして。私?いや、林檎?いや、あなたは。神さま?」


「そうだよ。神である。えへん。」


自分に冗談を言う人はいるだろうか。いないと思う。私の口から語られるということ。それが意味すること。少なくとも私は私の発言を否定することが出来なかったのだ。


さっき水を飲んだのに、もう喉が渇いてきた。


「心の準備はいい?」


林檎の面持ちから真剣さが窺える。


「いいよ、って。それ絶対にもうちょっと前に言うべき台詞。遅い遅い。」


目前に絶対なる神がいる。良いはずがなかったけれど、切り出される話の内容が気になって仕方がないので嘘をついた。本当は震えるくらいに狼狽している。それでも私のイエスの意思表示によって、重々しい林檎の口が開く。


「・・・私は不本意ながら人間を滅ぼしてしまった。信仰が失われた。信仰は君がいる世界で私が実体となるために必要なもの。あそこでは神は人間という器を媒介にして存在するしかないの。信仰なき今、自分は人間になれない。別個で新たな人間を創り出す必要があった。」


「・・・君なら意味、分かるでしょう?」


「それが私なんだね。」


「驚いたかい。私は知っていて、君は知らない。この事実に直面したのは君だけだから、たった今、君の感情は私の感情とは別のものを抱いているかもしれないね。」


「驚いたよ。続きを教えて。」


私の言葉に林檎が嬉しそうにする。


「ま、そうだよね。気になるよね。流石、私。それでは、続けて君の話をしよう。林檎。君には人間の経験などないが、人類が営んでいた環境にいることで人間らしさ、知識を吸収した。同時に人間特有の孤独を理解してしまい、そこで、自分の中に別の自分を作りだした。第二の私として私が生まれた。私はここから君と会話をしていた。いや、正確には通信していたんだ。」


「実体には成れないけれど確かに林檎は私の中にいたんだね。」


「そうです。そうです。ずっと私はいたの。」


「・・・ええと。どうだった?私との会話は。私はいっつも楽しかった。」


「楽しかったさ。自分が神であることを忘れるくらいには。絆を感じるくらいには。私は君が望むであろう世界を創ることにした。喜んでくれると思って。けれど上手くいかなかった。長い孤独の中で君は私との精神性が乖離していっていたんだよ。

 試しにモノリスを。偶々だけど、建造中のこっちの世界を。見せてみたけれど。君には二面性があって、現状を壊したくないと考えるんだ。期待や試練を与えてみても結果は同じ。

 いつから?いつから私という存在が存在するということに気がついていたの?」


林檎が私のコップに水を注いでくれた。その僅かな時間は私の視点のストーリーを纏めるちょうど良い時間となった。


「最初は私の中の妄想。でもね、私がもう一人いるという幸せ、理想も最初から持っていた。だから、いつからって聞かれたら最初から。それがじわじわと現実味を帯びてきて。確信したのはあの儀式だね。だって。起きたら儀式の準備が出来ているんだもの。あれは、私でも気づくよ。」


注いで貰った水を一口飲む。


「ふ。あからさま過ぎたね。私も君に看過されたのかもしれない。優しさを知れた。同時にそれは甘さかも知れないけど。」


「そんな林檎だから。私の願いは・・・ずっと林檎といること。」


「うん。やっぱりね。君というやつは。」


「私がどうかした?」


「何でも叶えてあげる気だった。同じ過ちを繰り返すとしてもね。なのに、君の願いはとても小さかった。今、君といたあの世界は君が死に、誰もいない。私の願いは君に人類の気づいた環境に置くことだ。私は君と同じくらいに幸せを望んでいる。」


「それだけのために、こんな大きなものを?」


「そう。でも、どうやら私と君の理想は違ったようだ。そこで私は君に妥協案を提案したいんだ。」


「よかった。林檎が穏健派で。」


「そうでもないさ。」


思いもよらない私のやや否定の言葉。


「どういうこと?」


「私はこれから。君の願いが私の願いに変わるように運命のサンプルを見せる。無慈悲で冷酷な夢。幸せだ。君がその世界を続けたい。そう言うならこの世界はその世界へと変化して、そのまま。」


「なんで。私はずっと林檎と居られればそれでいいよ。淡い期待でいいじゃん。いつか他の人に会えたらいいなって。それに望みが違うなら叶えなければ、そのままでいいじゃん。」


「私は神だ。私のレゾンデートルは願いを叶えること。君のじゃない。私の願いを叶えることが私が私たる所以なんだ。神とはそういう存在なんだ。理解できないと思うけど。」


「わ、から、ないよ。」


「まさかここまで来ちゃうなんてね。もうちょっとで完成したのに。たまに私は君の中にいなかったでしょう。それは私が壊した人類のいる世界を創るため。それは私が神として望んだこと。最初は世界が完成したら君の存在を消すつもりだった。

けれど、それはもう私には出来ない。そんなことをしたくない。君と過ごすことでこの感情を手に入れた。誰かを幸せにしたいというね。私が創るのは君にとっての最大幸福の世界。人が人と関わりあって、生まれ、何かを成し遂げた気になって。死んでいく。個体は変わってもその繰り返し。その循環に一瞬でも君が入れるように。それは私が林檎として望んだこと。」


「いらないよ。私の幸せは。揺らぐはずがない。それは林檎が一番知っているはず。」


「ごめんね。私は林檎の幸せを選びたいから。君を今から絶望させる。意味は後で分かるよ。そして私に失望する。何度も。・・・早く私を拒絶して。この製造途中の世界を終わらせてね。林檎。」


「待ってよ。・・・私はそんなの!望んでなんかっ!」


私は椅子から立ち上がって、あれ、どうしたんだっけ。また、あの歪みだ。くらくらする。やっと会えたのに。


ええと。・・・誰に?だっけ。


「馬鹿。神さまへの願いがずっと私と居たい?ずっと一人だったのに?そんな可哀想な願い。叶えられないよ。もっと大きな願いにしてよ。・・・違う願いにしてよ 。バカ。」


誰もいないパーティールームのテラス席で林檎は言った。テーブルにある硝子瓶から水をコップに注ぐと私はそれをごくごくごくと飲み干した。


「私からの心の籠った醜悪なプレゼント。林檎。どうか、受け取って。」


君の人生は初めて輝き出す。そして最後には輝きを失う。人間って面白いらしいよ。一先ず、そこで目覚めなさいな。そこが良かったら私にお願いして。私からのお願い。


「また一人だ。あーあ。・・・ん?一神か。おかしいな。最初から人は一人なのに。」


ここには私以外、誰もいない。

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