モノリス
モノリス。
モノリスって知ってますか?ありていに言えばデカい石とか岩のこと。ちょっと雑すぎる説明か。岩の集合体だったり、単一だったりする大きな岩ってところ。形状は長方形が多いかな。摩訶不思議。
なんで急にそんなことをって?ふふん。
どうぞ。それではご覧下さい。じゃん。ええ。ま、それがここにあるんですよ。集合体タイプの方がびっしりと。一つの地形を成していると言ってもいいくらい。初めてみた。・・・ふむ。
モノリスは自然に対して圧倒的かつ破壊的に存在している。
これは自然が創り出したのか。人工的に作ったと言われても疑わないだろう。製作者不明の神秘的なその塊は観察を続けると不気味を超えておどろおどろしさが伝わってくる。
悪戯者が勝手に置いて人々を驚かせたなんて話も聞いたことがある。
「でも、これは本物だ。心に訴えかけてくる。いや、偽物?」
自分の宝物を誰も偽物だと疑わないのに、いざ鑑定となると不安になる感じ。
「どっちだよ。何をもって本物なのか偽物なのか。こいつが教えてくれるかも。よし、もっと見てみようか。」
じーーーー。
「いや、わからん!」
いくら見つめても反応はない。照れて動いてくれるかと思ったがそんなことはなかった。反対にその岩に見つめられているのはこちらかと錯覚するくらいオーラを纏っているような存在感がある。
もしかしたら、本当に微量の質量を持った何かを放出しているかも知れないと感じるくらい霊的な力を感じている。そんな目を背けたくなるようなモノリスの荘厳さに負けないように頑張る。
理解出来ないものには神々しさがある。私は観察を止めない。とりあえず触れてみる。ほう。黒くてすべすべしている。その黒は光の反射を許さない漆黒の色である。冷たくて気持ちがいい。撫でてみる。冷たくて気持ちがいい。見て、触れて、得られたのはやはりこれは、人為的なものではないということ。それだけ。
「何なんだろう。これは。宇宙人が作ったのかな。近くにいるかも。山菜の天ぷら。食べるかな。宇宙人は。」
「山菜の可能性が薄いやつから振る舞ってやれば。味覚が人間と異なっていればラッキーだ。食べてくれる。」
「可哀想だよ。私は自分が美味しいと思う方にします!」
「優しいな私は。流石、私だ。」
「へへへ。」
「いや、しかし、気になるなあ。」
腕を組んで気掛かりのポーズをとる。
「気になるねえ。赤色のきのこ。天ぷらにしてみようか。宇宙人ってさ。こういうの好きそうじゃない?」
「そっちかい。やめておきなよ。『宇宙人』だから同じ『人』。毒は有効かも知れない。それに決めつけは良くない。会ってから好みを聞こう。」
「林檎は物知りだなあ。」
「林檎並にはね。」
同じ『人』か。それなら友達にもなれるのかな。そんな日がいつか来るのだろうか。もう何年もいるのだから何かしらが起こってくれたらどんなに楽しいか。
この不思議な岩がきっかけを与えてくれそうだ。私は岩が語りかけてきているような気がしていた。でもメッセージの内容は伝わってこない。言語が違うのだろうか。
「よっ。それっ。」
モノリスの周辺にはそれらしい植物がある。それらをブチブチと引き抜く。長いやつとくるくるしたやつ。長いやつはフキかな。くるくるしたやつはゼンマイがこごみかな。それくらいしか名前は知らない。多分違うのも混じっている。そんな粗雑な採取の中、有象無象とは違うものを見つける。
「ほっ。なんだこれ。」
なんだこれ。引っこ抜いてから気が付いた。青い草?こんな草は初めてみた。
「うーん。ギリ食べれそう。」
「本当か?よく分からない草だぞ?」
よく分からないのも一応、籠に入れておこう。思い返すと鎌は必要なかったし、この辺りで鎌を使って刈り取る植物は大体が雑草だと気がついたのは必要分を採取してからだった。いつもより籠の中が鮮やかになっていた。私が集めた違和の数々によって。
自然と不自然の調和。自然がモノリスを強調する。文字通りの不自然に想像が膨らむ。誰かが封印されているとか魔力を増幅させるとか。そんな想像が展開されていく中、私にある閃きが生まれた。
「あっ。宇宙人はゼンマイのくるくるの部分好きそう!」
「それは何となく分かる。でも、それも偏見だと憤慨するかもね。宇宙人サイド。」
「難しいね。世の中。」
「捉え方次第だね。人によって受け取り方が違う。寛容に生きよう。」
何とも哲学的なご意見だった。
「・・・帰ろう。」
家に帰ってもあの岩が気になって仕方がなかった。今までの中で一番の異質で歪な経験なのだから無理もない。考えれば考えるほどに迷子になる。それはここにいる上で学んだこと。だから、私は会話をする。言葉を絶やす訳にはいかない。
「エプロン似合ってるね。流石、林檎。今日は何を作るのでしょう。」
「今日の料理は簡単レシピです!まず、山に行きましょう。草が生えているので持ち帰って揚げましょう。揚げる手前の状態がこちらになります。」
「完成が近いな。」
下準備は済ませたのであとは油の温度が最適になれば揚げられる。僅かな空いた時間にも私は思考を挟み込む。
今までもあそこにモノリスはあったのだろうか。それとも突如ニョキっと現れて偶然、私が見つけたのだろうか。何かが起こる若しくは起こったサインかもしれない。怖さもあるが、明らかな異質の到来に驚きと期待が勝る。
思えば、身の毛もよだつくらいに恐怖した記憶に心当たりがない。ないに越したことはない。けれど、たまには冒険をさせて頂きたい。感情が揺さぶられような。まあ、ないものねだりかな。
菜箸で油の温度が達したのを確認した後、油に山菜を入れると弾ける音がした。油が私の腕に跳ねる。
「熱っっっ!!うっわっ!あっつっ!!」
あまりの熱さに叫ぶ。
「揚げ物をつくるときは集中して!火事のもとだよ!」
「あっつ!あち!あち!私が火事だ!」
あ、今揺さぶられましたね、感情。違うんだ。こういうのじゃない。
「うう。」
うわの空で山菜や草を揚げるから油が跳ねて火傷した。私の中の全員が痛がる。分散されるわけではないし、痛みは等量だ。全部私が被る。
それからしばらくして、涙目になりながらもやり遂げた。一応、急な来客にも対応できるように多めに揚げたが、食べられない草も混じっていたのでちょうど一人前になった。勿論、来客はない。
テーブルに天ぷらとつゆを置き、椅子に着席。あとは口に運ぶだけの状態。香ばしい匂いが漂っているから、悪くはなさそうだ。私は手を合わせる。
「いただきます。召し上がれ。」
つゆに付けて、衣を纏った山菜を噛むとサクサクといい音した。キュッとした歯ごたえがあるのもある。じゅわっと甘みが広がり、少しの苦味を残した。草と土の味なのに嫌な感じがしない。
「凄いよね。これを最初に食べた人は。」
「ごぼうとかね。間違えて口に入ったんじゃないかな?」
「そうしたら二度と口にしないんじゃないかな?土の被った根っこを何度も食べたいか?」
「奇跡的に二回連続で口に入ったのかも。」
「とんでもない奇跡だな。二回目で気に入ったのかもね。」
「奇跡に感謝。」
手を合わせてご馳走様をした後、換気のために窓を開けると油の匂いで感じられなかったが、雨の匂いがすることに気が付いた。この時間には大体雨が降る。でも直ぐに止む。気温も一定で不快に感じた日はない。最初は予想であったが、連続してほぼ的中したから、予想よりも予報よりも信憑性がある。
・・・。
「あれ?」
しかし、いつまで経っても雨は上がらない。
晴れのはずだったが珍しく外した。残念。しかし、予定などないから痛くも痒くもない。火傷したから痛くはあったけれど。
明日もモノリスを見に行こう。
まだ昼だけれど、もう明日のことを考えている。私の心はすっかりあの不思議な岩に奪われていた。運命的な出会いに感謝したい。私に小さな楽しみが生まれた。
◇◇◇
結局、いつもより早起きして私はあの場所へ向かった。はやる気持ちを抑えられなかった。取り憑かれたようだった。
小さい頃の体育祭当日の朝のワクワクだろうか。いや、運動は嫌いだったはずだ。憂鬱だったろう。
好きな雑誌の発売日?誕生日?遠くもないし近くもない。答えが見つからない。今のこの感情が僅かに残る思い出よりも抜きん出ているからだ。
「はっ。はっ。」
息を切らせながら走るだなんていつぶりだろう。何かに焦るなんて懐かしい。焦燥と期待が同時に私に駆け巡る。山を駆け登る度に近づいていく度にそれが増幅するのを感じる。
何故だろう。目前のこの大きな存在を見ると安心する。私はモノリスのある場所へと足繁く通うようになる。山菜を採りにいくことを名目にして、今日も向かう。最近は同じ料理を口に運ぶことが増えた。飽きなどとっくに来ているけれど他に労力を使うことを避けていた。
「そんなに気になる?あれが。恐れているようにも見える。一切の他を切り捨ててまでそれに夢中。共依存というよりは、まるで一方的に・・・。」
「意地悪。」
繰り返す日々。私はそれに毎日話しかけるのが日課になっていた。
「お待たせ。」
「元気?」
「痩せた?」
「また来るね。」
突然現れた異質は連続の中で日常へと取り込まれていた。けれども、毎日が新鮮だった。私が私に言った恐れという言葉は的を射ている。常識として取り込まれた日常がある日、また壊れることに恐れていた。あれほど望んでいた大きな変化に怖くなっていた。小さな変化を守りたくなったんだ。だから急ぐ。モノリスは今日もあると信じて。
今日も駆け足でたどり着く。
そこに着いたなら。すぐにわかる。あるかないかだ。私を包んでいた高揚は頂点へと達したとき、それが離れていったのを理解した。外はこんなにも寒いかったのか。それに呼吸が苦しい。まだ息が整わない。
「はあ。はあ。はあ。」
ない。
ない。
ない!
そこにあったはずの黒い岩の集合体が。場所を間違えた?いや、そんなはずはない。昨日取らなかった赤いきのこが毒毒しく私に主張しているのだから。モノリスは消えたか移動したか。それ以外にはなさそうだ。
せめて移動であって欲しい。それくらいなら対して驚かないから。消失は悲しい。ただでさえ何もないのだから。
いつもの周辺ルートや山を降りた場所も探してみた。あそこになければあるはずなんてないというのに。私は必死に探していた。
それでもない。見つけられない。
あれは夢だったのだろうか。
いや、そんなことはないはず。あの岩があったであろう場所には昨日みた赤いきのこと青い草が生えている。地面も無数の穴が空いている。確かに埋め込まれていたんだ。痕跡を残しつつ、モノリスだけが存在を消したということだ。
今日は髪にリボンをつけてみた。黒いリボン。同じくらい黒くはないけれど、親しみ易い印象を抱いて欲しかったのかもね。私のことなのに、私には分からない行動だった。でも無駄だったようだ。彼が呼応することなんて一度もなかった。それなのに私は。
心に穴が空いてしまったようだ。
見てくれる『モノ』はいない。私はまたひとりぼっちの『モノ』に戻ってしまう。
私は悟った。今日がその、ある日だったのかと。
「これで良かったんだ。たぶん。」
振り絞って出てきた言葉はそんなものだった。価値などまるでない空虚な私の言葉に私は苛立った。
「本当に良かったの。脅威が、怪異が去ったといいたげな顔。私を騙そうとしている。」
「敵わないなあ。林檎には。」
「林檎だからね。私と私の腐れ縁。」
「流石、私。」
明るい赤みがかった茶色に黒のリボンのコントラスト。可愛らしく着飾った私。私はそれを見て欲しかった。言葉が返ってこなくても良かったのだ。感情を殺してみても誤魔化せない。
「ああ、だめだね。ただ物珍しいものが現れて、ただ興味を持った。変化が起こる予兆を喜んだんじゃなくて、現れたそれに夢中になる。」
「胸が締め付けられるようだね。」
「とっくの昔に壊れていたんだね。私は。普遍という退屈な罰。楽しいこともあるけど、震え悶えるくらいの演劇が観たい。それくらいには私も、人並みに。正常に壊れていたんだよ。不思議な岩に恋するくらいにはね。」
私を壊すには満ち足り過ぎた時間が経過していたということだ。延々と続く日常は私の精神をいつの間にか侵食して壊したのだろう。いつからだろう。今日と明日くらいしか時間を把握しなくなったのは。心は潮の塩害で錆だらけになっていたようだ。
私としたことがまた期待してしまった。消えた理由なんて分からない。また、日常が勝ってしまったのだろう。焦りの対象は普通へと収束する日常であったということに他ならない。
これを私は写真みたいな毎日と表現した。写真に映る私に未来を変える権利は付与されていないらしい。私しかいないのに。私だけの世界なのに。世界が恨めしくなった。
次の私の言葉は出てこなかった。