アーティファクトの翼Ⅳ
『かつて誰かが願った願い事。』
『それは天界を創れというものでした。私は創りました。天界はある。人間にとってはとても長い期間を経て、それが人間の共通認識となりました。』
『しかしながら、神の創った天界は人間には行けない場所でした。人々は翼を手に入れたならその地へ行けると信じていました。』
『人々は皆が天界を目指しました。』
『神は一人だけ人間を救出しました。サンプルとして。』
『死んだ 人間の中から たった一人だけ。』
『その一人は新たなる人類の原始となりました。』
「林檎。」
私を呼ぶ声がした。長い間、眠っていたようだった。目を開けると森林の葉の隙間から漏れ出た夕暮れの朱色の光が私を照らしていた。
眩し過ぎて目を背けたくなる一方で余りにもそれが綺麗だったので見ていたいという感情もあった。今回は光景が勝った。大自然なんて見飽きるくらいには見ているはずなのに何故だか久しぶりの気がした。
目を奪われて呼ぶ声への返事を忘れていた。
「なに。いてて。」
何してたんだっけ。
身体は擦り傷だらけで痛々しい。腰は特に痛みが酷い。どうやら腰を打ったらしい。そうだ。私は崖から落ちたんだっけ。腰を摩りながら段々と取り戻してきた動の感覚を頼りに起き上がろうとした。
探しても聞き覚えのある声の主は見当たらないけれど、確かに私に言った。
「ゆっくりでいいから。一緒に立ち上がろうよ。」
「うん。」
「私が言えたことじゃないけど。」
「大丈夫、私が口にしてるから。」
全てが終わった刻に笑えるように私はここにいる。
舞台は元の場所。なんとか帰宅。
その後した議論に私と林檎は疲れ果てて、一旦休憩としてベッドに横たわった。
二人は案を出し合った。私が提案し、私が問題点を指摘する。疲れたら眠る。砂時計の砂は落ち続けているというのに天才的な発想は中々出てこない。私と林檎は項垂れていた。そしてぼやいた。
「人智を越えた意見はないの。とっくに人智を越えているんでしょ、神様。」
「私は最初から一貫している。それに人智を越えた意見って。君には理解不能になるじゃないか。君は人間なのだから。」
「時間は有限だし、議論も平行線。そりゃ神様も焦っただろうねぇ。あと十年しかないんだから。」
「それまでに結論を出さなければいけない。私の至った結論は、天界を目指さない『普通』の『常識』ある人類の世界。君は嫌がるかも知れないけれど、それしかないように思っている。」
「やだね。やだやだ。十年で林檎は消えて私は本当に一人になる。」
「繁栄を望めない破滅的な世界が私が死ぬまで継続する。だから、意味ある世界を創らなければいけないんだ。私は無駄死には嫌なんでね。」
私はごろんと体制を変えて枕に顔を埋めた。足をパタパタ動かして考えてみる。
つま先でドスドスとベッドを叩いてみる。
何も浮かばない。足が疲れただけだった。
「・・・これ、答えなくない!?」
「そうだって!言ってるじゃん!」
「神様でも難しいかあ。願ってみようか。むむむ。・・・ん?儀式は?・・・儀式は!?願いを叶える唯一の方法なんでしょ!?」
顔を起こして閃きを伝えてみる。私なりの最適解は神頼みだった。
「私が叶えるんだぞ。私の思考の範囲内で。しかも、結果は私にも分からない。スイッチは持っているがどんな風に作動してどんな具体的な結果になるかなんて私にも分からん。それに同じ人間の願いが何度も叶うなんて思うなよ?私の匙加減だ。あと運。神への理想が過ぎるんだよ、人類は。まったく。」
「はあ。」
神のみぞ知るは嘘だ。神様にも知らないことはあるらしい。再び枕に顔を埋めて今日の議論は終わりとなった。
私の中にいるこの神様はとっくに諦めちゃっているのだろう。私を新しい世界に送り出せば、林檎の心残りは無くなる。この神は私にとって何が最善かをずっと考えてきたんだ。それが林檎の悩みになった。私としてはこのまま十年でも構わないというのに。十年後は考えたくもないけど。
でも、それだったら、私に色んな世界の可能性を見せてくれたのは何故なのか。林檎が考える理想の世界に私を住まわせればいいのではないだろうか。尊重してくれているのは分かる。けれど、そのせいで未だ世界は変わっていない。私なら彼女の思考をどう予想する?
「ずっと一緒にいたいんだ。バカ林檎。それが叶わないから、君が存在するだけを望んだんだ。」
私は私に他ならないくらいに私だった。