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最終話 駆逐する鬼

 とうとう、最終回です。


 三週間お付き合いありがとうございました。


 リアリティに欠けると思いますが、ぜひ、ご評価お願い致します


 在原卓は東京の銀座でクラブに通った後に酒を飲んで、千鳥足になっていた。


 警察の聴取も予定調和で終わり、晴れて自分は自由の身だ。


 おまけに広瀬を売った金で、ここまでの大金が手に入るとわな?


 思わず、高笑いを浮かべたい気分の在原はタクシーを拾おうとしたが、そこにワゴン車が現れ、男達が降りてくると、在原をワゴン車の後部座席に押し込んだ。


「何だ! あんたたちは!」


「私たちが誰だか分かる?」


 そう言うと、小綺麗な女がこちらを向く。


「あんた、反権力を掲げる、首都新聞の警視庁キャップだったけど、その情報をアグニに売っていたんだってね?」


 それを聞いた、在原は凍り付く感覚を覚えた。


「誰が・・・・・・誰が、チクったぁぁぁぁぁ!」


「チクったとか、言いつけるだとか、学校じゃないんだから、私たちの独自の情報源よ」


「お前ら、警察か?」


「さぁねぇ? ただ、あんたから情報を取るように言われているからね?」


「言うワケないだろう! あんたたちみたいな国家のイヌ相手に!」


 そう言うと、女はタバコを在原の手に押し付けた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「その国家のイヌを飼いならしているご主人様の息子が所属する、マフィアまがいの組織から、大麻の販売ルートまで教えてもらって、学生にまで流通させていたらしいじゃないの?」


「あれはあいつらが――」


「反権力運動を掲げる一方で、何となく友達にくっついてきた受験と勉強とバカ話だけが青春の何も持たない学生が反権力運動に疑念を抱き始めるの見て、その心の隙間に入り込んで、大麻を売って、運動を辞めようとすれば、運動に参加したのだから普通の就職なんて出来ないと脅しを入れる。これだけでも、あんたを逮捕できるけど、上はそれを望んでいない」


 それを聞いた、在原は目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。


 始めは家のローンを返す必要があったからだった。


 記者生活の一方で株の売買で大きな損失を被り、家に帰れば、大して美人ではない妻とこれまた、不細工な子どもに邪険にされる日々だった。


 そんな生活に嫌気が差す中で、取材下で見つけたアグニのボスである、伊藤に取材を申し込んだら、大麻の売買のルートまでやっていると言われたのだ。


 それを何故、堂々と自分に打ち明けるのかと聞くと「捕まることは無いし、あんたがチクれば俺たちがあんたを殺す」と言われた。


 気が付けば、土下座して、泣きながら、命乞いをしていた。


 記者としては失格だが、元から在原は記者という職業にそれほど誇りをもっていなかった。


 ただ単に学歴に見合う、エリートの仕事に付いて、女にモテたかっただけだった。


 結果的には重役の娘が今の妻になったが、本来であれば、自分はもっと、美人にモテるべきなのだ。


 金さえあれば、女には困らない。


 自分のような小太りのブサイクは金で釣るしか、女にモテる方法は無いのだ。


 そんな、記者という職業にプライドを持たない、在原は伊藤の要求を飲み続け、学生に大麻を売り続け、最終的には部下の広瀬も邪魔になったので、情報を流したのだが、まさか、殺すとは思わなかったのだ。


 痛めつけて、それとなく、自分が広瀬に深入りしないように説得するつもりだったが、まさか病室に押し入って、警察官たちまで殺して、消すだなんて・・・・・・


 そんなはずじゃなかった。


 こんなはずじゃなかったんんだ!


 俺の人生はこんなはずじゃなかったんだ!


 そう在原が絶望感に打ちひしがれている時に、手の甲に再び燃えるような痛みが走る。


 女がタバコをまた、押し付けたのだ。


「熱い! 熱い・・・・・・」


「あんた、気に入らないな? そうやって、身勝手な論理で人殺すなんて?」


 違う、俺は殺していない!


 そう言いながらも、女はタバコを押し付け続ける。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「すぐには殺しはしないよ、こちらに都合が良くなるまではね?」


 在原はタバコを押し付けられ、殴られる続ける中で、ただ絶叫するしかなかった。


 その一方で深夜の東京のネオンは消されることは無かった。



 両親が殺され、葬儀が終わった後に令は祖母の元に引き取られる事になった。


 祖母は年金暮らしで世間知らずだったが、とても優しく、裕福ではなかったが、令を大事に育てていた。


 令を事件現場から離したのは、警視庁の警備部に所属する、若手のキャリアだった。


 政治家の警護の際に臨場していたらしいが、令の両親が殺される事件に遭遇して、とっさに令を抱えたらしい。


 そして、大事なことだが、令の両親を殺した少年グループはすぐに捕まったが、全員が少年だったので、少年法が適用され、全員が令が中学生になる頃には釈放されていた。


 この時の少年たち側の弁護士が人権擁護を掲げて、少年たちを仕事とはいえ、擁護をし続けたのが、令には耐えがたく、それ以降、令は人権擁護や弱者救済などという言葉と行動を嫌うようになった。


 圧倒的に理不尽な状況下で生き残るには力が必要なのだ。


 そうでなければ、人権擁護や弱者救済を掲げる、偽善者どもにいいように扱われて、終わってしまう。


 それは絶対に許されない。


 令はそう思いながら、中学と高校に通っていた。


 強くなりたいという思いから、柔道部に入って、段も昇段し続けていて、学業も高卒で警察官になろうと思って、学内ではトップテンに入る成績だった。


 しかし、友達はいなかった。


 湘南の県立高校だったが、全員が全員と仲良くしなければいけないかのような同調圧力を教師と同級生が醸し出し、神田が本を読んでいても『本なんか、読まずにみんなに加われ』と言って、無理やりに集まりに入れられるのが苦痛だった。


 そして、その孤立を好む姿勢を徹底していたら、横繋がりの同調圧力の絆という縛りで、他者をがんじがらめにしたい同級生と教師達から疎まれるようになっていた。


 唯一の救いは柔道部では関係が悪くなかったことなのだが、それは高校生で二段を持っていて、主将もしていたから、同じフィールドで力によって、自身の存在を認めさせたからに過ぎなかった。


 学業には勝負の場は無い。


 勉強は、柔道と違って、直接、肉弾戦をするわけではないので、その勝敗は分かりづらい。


 柔道は勝った時と負けた時の構図がはっきりとしているので、相手も言い訳が出来ないが、勉強は本来が勝負で語るものではなく、向かいたい将来への通行手形であると令は感じていたので、ある一定のラインに届けば、それで良かった。


 しかし、勉強だけが特技の連中はそれが許せなかった。


 なまじ、相手も潔いことは無かったのと、勉強は勝ち負けの定義が曖昧なので、いくらでも言い訳が出来る事が災いして、令はますますクラスで孤立する事となった。


 そして、ある平凡な一日になる日に事件は起きた。


 ある朝に学校へと登校すると、あるクラスメイトの女が泣いていた。


 名前は知らなかった。


 高校三年になるまで、自分を好いてくれた女だったが、その自信の無さげな表情と同学年の男子相手にまるで兄を見るような、弱さ全開で人を求めるその女の姿勢が気に入らなかった。


 その女が令に近寄ると「妊娠したの・・・・・・」と言って来た。


「あっそ?」


 令がそう言って、机に座ろうとすると、クラスメイト数人が囲んで「お前が妊娠させたんだろう?」や「無理やり、押し倒すなんて、ひどいよなぁ? 性犯罪者?」言いながら、ケラケラと笑っていた。


 すると席の前方では令を見ながら、ケラケラと笑っている男がいた。


 伊藤智輝だった。


 何かと、令に敵対をする目線を送っていたが、それを言動には出さずにその妊娠をしたという女にもご執心だった、クラス一の秀才だったが、暴走族に所属しているという話を聞いていた。


 なるほど、その腹の子どもの父親はこいつか?


 直感的にそう感じた、令は何の理屈で自分が性犯罪者に仕立てあげられたかは知らないが、とにかく、警察沙汰にはならないと思っていた。


 しかし、そこから数日後に令は学校から呼び出され、事情聴取と言ってもいいような尋問が行われた。


「お前、分かってんの? 犯罪だよ?」


 教師がそう言うと、令は「犯罪なら、警察が動いているはずです」と冷静に言うと、教師は青筋を立てて「現に妊娠しているだろう!」と怒り出す。


「DNA検査でも何でもやりますよ。警察の鑑識が来れば、一発でしょう? それとも俺一人を処分するのと学校の名誉とやらを天秤にかければ後者を取りますか?」


 そう令がまくし立てると、教師は机を叩き「もう許さない! お前、絶対に退学にする!」と言った。


 そして、その後に教室に戻るとクラスメイトや伊藤達の陰湿な笑みが待っていた。


「終わったな?」


 そう言われた、令はそれには反応せずにとにかく次の対応を考えていた。


 とりあえず、祖母にその経緯を伝えると一緒に警察署に行って、教師との経緯を録音したデータも公開して、警察に対応を求めたが「被害届が出されていないから、捜査出来ないですよね?」と言われて、ジ・エンドだった。


 そして、泣く泣く、令が退学前に他の県立高校へと転校することを伝えて、事は収まったかのように思えたが、直前にその妊娠をした女の両親が一連の事態に不信感を抱いて、警察に被害届を出したのだ。


 これが決め手となって、警察による捜査が進んだ。


 鑑識にDNAを提供した結果、令の無実が証明されたのだ。


 それを聞いた、伊藤は顔面蒼白と言った表情だった。


 女の両親は一連の事件が起きてもかたくなに被害届を出さない娘を不審に思い、警察に被害届を出したそうだ。


 そして、嫌疑が晴れて、退学も撤回された令が教室に戻ると、伊藤を始め、クラスメイト達や学校の為の保身に走った教師たちはまるで、草食動物のように令を避けるように目線を逸らしていた。

 

 しかし、令の嫌疑と退学こそ晴れたものの伊藤の両親が弁護士を通して、被害者の女に対して示談を成立させ、学校側にも金を払い、事態を大きくせずに伊藤を犯罪者として扱わないように要請した。


 結局、被害者の女子生徒の家族が被害届を取り下げたので、伊藤は結果的に無罪放免。


 時間が立てば、伊藤は次第に元気を取り戻し、大学進学を語るようになり、学友も集まり始める一方で令は孤立していった。


 そして、女は泣きながら、令を見つめるが、それには答えずに令は柔道部以外では誰とも会話せずに残りの高校生活を送った。


 そして、ある日の帰り道に自宅に帰ると、家には珍客がいた。


 四〇代ぐらいの男だったが、警視庁の人間だと言うのだ。


 祖母がいい具合に詐欺に引っかかったと思って、すぐにタンスや自分の部屋を確認したが、何も獲られていなかった。


 本物かどうか怪しかったが、訪問の理由は「柔道のセンスを見て、是非、うちに来て欲しい」との事だった。


 そして、言われたのが「八島警備一課長が君を気にしている」とだけ言った。


 そうして、その場を離れた警察庁の人間が去った後に八島某が実在するかどうかを確認したら、実際にいたのだった。


 そして、高校三年の秋に神奈川県警入庁を志望していたが、それ等の一連の出来事もあったので、多摩の警察学校で警視庁の三類採用試験を受けた。


 そして、その帰り道にセダンが令の隣に横付けした。


「君は覚えていないだろうが、久しぶりだな?」


 そう言ったのが八島だった。


「あなたは・・・・・・」


「君のご両親が殺された事件の時に会って以来だよ」


 あの時のキャリアか・・・・・・


 神田がそう合点すると、セダンのドアが開く。


 まるで導かれるように神田はセダンの中に入る。


 そして、車が動く中で八島は「君の両親を殺した、少年たちは社会復帰をしているようだが、あまり上手くはいっていない。恐らく、闇社会に入る可能性もある」と口を開いた。


 それを聞いた、令は「今更、何の意味があるんです?」と聞いた。


「警察は業務が厳しいブラック企業だ。何かしらの原動力が無ければ耐えられない仕事だからね? 例え憎しみであろうと、君にエネルギーがあるかを確認したかったのさ?」


 そう言った、八島は「君は警察官になるとすれば、どうする?」と聞いてきた。


「まだ、合格していませんよ」


「確かにそうだ。だが、君には復讐をする気はあるかい?」


 それを聞いた、令はあの時の両親が殺された情景を思い出し、ひたすら陰湿な笑みを浮かべていた、少年達の表情を思い出していた。


「やります、俺はあいつらが犯罪にまた手を染めるなら、地獄を見せます」


 そう言った、八島は「まずは合否の発表が先だな?」とだけ言った。


 そうして、そこからしばらくすると警視庁への採用が決まり、祖母も大喜びし、学校中が令に対する憎しみを堪える中で、令は高校を卒業し、警視庁へと入庁するのであった。


 そして、その前に八島から「働き次第によっては君を夜間大学に通わせる。そうしたければ、良い成績を上げなさいと言われ、令は警察学校でひたすら奮闘した。


 そして、時が流れ、第四機動隊在籍時に早明大学の夜間学部に通い、卒業し、二十代での巡査部長昇進を果たし、刑事課に配属されたのだ。


 そこまでは良かった。


 少年事件でエキサイトしなければ・・・・・・


「神田さん、寝ているんですか?」


 気が付けば、明が令の顔を窺う。


 疲れが溜まって、ついデスクで寝ていたようだ。


「結局、あいつらは口を割りませんでしたね?」


「無駄骨だったよ」


「だから言ったのに?」


 そう言った後に二人の間に沈黙が漂う。


「さっき、聞きましたけど、神田さんは――」


「あぁ、俺は犯罪者を潰す為に警察官になった。俺自身の手で清算をしなければ行けないんだ」


 そう言った、令は伊藤のにやけ面を思い出して、腸が煮えくり返る思いを抱いていた。


 奴は一家離散こそしたが、大学を卒業した後、アグニに入り、金庫番を任されるようになって、今じゃあ、トップが抗争で死んだ後に、内部での権力闘争を制して、首領になったと聞いたが、田舎から花の都の東京で奴を潰す機会があるとはな?


 そして、社会復帰に失敗した鈴木まで子分にするとは?


 強固な上下関係が特徴の半グレの中にあって、下剋上を行う組織を作り上げた、伊藤とその配下に収まった、鈴木を一網打尽をすることが出来るのなら、これほど、神の存在を信じる出来事があるだろうかと思えた。


「神田さん、エキサイトしないでくださいね?」


「どうかな? 五発以上は殴る自信があるよ」


「やらせませんよ、僕が」


 そう言って、二人は缶コーヒーを飲み干した。

 

 ブラックの苦みが込み上げる、午前三時二三分だった。



―村岡のおっちゃんが殺されたか?―


 伊藤智輝は右手の親指を嚙みながら、テレグラムで鈴木に話を聞いていた。


―あぁ、心臓を一発で仕留められて、死んだらしい―


 そう言った、鈴木も狼狽していた。


―大事な資金源がな? 現職の閣僚だから、いろんな方面に顔が効いていたから、商売的に失うのは痛てぇな?―


―どうする、例の息子は?―


―あいつには親父の資金をじゃんじゃん出して、欲しかったけどなぁ? というか、それ以外では役に立たねぇし?―


―あいつんところの大学に野菜(大麻の隠語)売るんだろう?―


 鈴木のその文面を見た後に伊藤は舌打ちを返した。


―あいつは勉強だけが出来るバカな坊やだから、そんな販売ルートの開拓なんてこと出来るわけないだろう。とりあえずは俺が考えておくがな、それとな?―


 伊藤はニタリと笑いだす。


―神田消そうぜ?―


 それを送った、伊藤はひくひくと笑っていた。


 国務大臣である、村岡のパイプが無ければ、横浜が地盤の自分達がここまで、東京で勢力を拡大することは無かった。


 その為の地盤を作る為に、モテたいが故にアウトローに憧れる、村岡の息子の英俊をこちら側に引き込み、資金とコネクションを引き出すのは容易だった。


 しかし、当時のアグニ上層部は上下関係の名のもとに、自分の功績を認めずに資金運営だけを自分に任せて、遊び放題と来た。


 伊藤はトップが他団体との抗争で死亡した後に内部の権力闘争を勝ち抜き、ベンチャー企業のような下剋上の出来る組織に改変し、新人代謝を行える組織作りを行って、今では、この地位にまでアグニを押し上げた。


 職を転々としていた、鈴木も配下に置き、事あるごとに自分の周りの面倒事を片付けさせていた。


 理由としては、いずれ神田が自分達に相対してきた時に自身の両親を殺した張本人がいれば、何となく絵になるからだ。


 それに奴の怒りに満ちた、顔を見ることほど、楽しいことは無い。


―いいのか? 現役の警官だぜ?―


 そのことを知っているかは知らないが、当の鈴木にそう聞いてみる。


―あんな奴が警官なんて、世も末だが、俺が正義の鉄槌を下すのさ? お前だって、奴のせいで人生メチャメチャだろう?―


―あいつのママはスタイル良かったけどなぁ? 年増だが、忘れられねぇぜ?―


 そう見た後に伊藤は高笑いを浮かべた。


―まぁ、いい、頼んだぞ―


―あぁ、あの坊やは俺が殺してやるよ―


―ヨロ―


 そう鈴木とのテレグラムのやり取りを終えた後に伊藤はスマホをソファに放りだした。


「おい、ジュース」


 そう言って、ジュースを運んできたのは、妻の樹奈だった。


 俺が神田から救った、最愛の妻だ。


 樹奈は神田のことを愛していたが、奴は樹奈が妊娠しても表情には見せずに涼しい顔をしていたが、俺は知っている。


 内心では、奴は俺に対するジェラシーと悔しさでいっぱいのはずだ。


 その復讐の為に奴は警察官になって、俺を追い詰めようとしているのだ。


 そう考えるだけで、伊藤は何か、神田に対して勝ち誇った気分になるのを感じ取っていた。


 目の前の樹奈は俯きながら、氷の入ったコップにコーラを注ぐ。


「良い子だよ、お前は?」


 そう言って、伊藤は樹奈の頭を撫でるが、樹奈は無表情のままだった。


 そこに樹奈と自分の子どもである、翔也が現れる。


「お前、学校どうした?」


「関係ねぇだろう。ヤクザもん」


 小学校高学年になり、ませている事からの早い反抗期真っただ中の息子のその一言を聞いて、伊藤は何か理性がプツリとキレるのを感じた。


 すぐに翔也に対して、コーラのコップを投げつけると、すぐにタックルに入り、そこから、マウントを取り、延々と自分の息子を殴り続けた。


「誰のおかげで小学校行けていると思ってんだ! おらぁ!」


 そう言って、延々と翔也を殴り続けるが、その翔也は薄ら笑いを浮かべながら、伊藤に唾を吐く。


「殺す・・・・・・」


 そうして、伊藤は延々と自分の息子を殴りつけていた。


 鈍い音が響く中で、翔也の薄ら笑いと樹奈のすすり泣く声に外のセミの鳴き声が、部屋に響いていた。


 

 警視総監の長谷川大二郎は与党自明党幹事長の寺岡と赤坂の料亭で会談をしていた。


「村岡の件はどうなっている?」


 寺岡は脂ぎった眼鏡を直しながら、懐石料理に手を伸ばす。


「現在、捜査一課が初動捜査で扱っていますが、最終的には公安部総務課に捜査を移行させるつもりです」


 それを聞いた、寺岡は神妙な面持ちになり「村岡の息子は本当に反グレに加わっていて、村岡の親父が資金源になっていたそうだな?」と言い出した。


「公総の捜査結果ではそうなります」


 それを聞いた、寺岡は「別に逮捕していいよ?」と切り出した。


 それを聞いた、長谷川は「よろしいのですか? 村岡大臣は亡くなったとは言え、ご子息が反グレに加わって、資金まで与えていたとなれば、政権には大打撃になると思われますが?」と問いただした。


「副総理の飯田がねぇ、あいつ嫌いなんだよ。最近では前総理の福原とつるみ出して、議連作ったりとかで俺に歯向かい出して、大変だよ」


 そう言った、寺岡は「はっはっ!」と笑いだす。


 なんだ、この余裕しゃくしゃくの態度は?


 長谷川がそう疑念を抱くと、寺岡は「まぁ、飯田に恩を売る方法考えていたけど、これで万事OKだな? 次期総理を決める総裁選が楽しみだ」とだけ言って、扇子で自信を扇ぐ。

 

 そう言って、寺岡は側近の議員を引き連れて、席から立とうとする。


 つまりは、村岡の息子の逮捕は黙認するという事か?


「すぐに動きます」


「頼むよ、私に都合の良い方法でね?」


 そう言って、寺岡は秘書と側近の議員を引き連れて、部屋から出て行った。


「総監、これは――」


 秘書の警視が口を挟むがそれを制して、長谷川は「大ごとになるな?」とだけ言った。


 料亭の静かな雰囲気がこれから、起きるであろう日本を包む嵐の予感を漂わせていたように長谷川には感じ取れた。



 警視庁捜査一課が村岡の息子である英俊の逮捕に動いたのは、事件から十日ほど経ってからだった。


 付近にあった、カメラの画像解析と周辺にいた人々への聞き込みとガイシャのSNS解析などの結果として、状況証拠が揃い、村岡の息子とそのお友達達の逮捕へと踏み切ったのだが、さすがはそこは金持ち大学のボンボン達の集まりだから、保護者がすぐに敏腕の弁護士を用意するのは予想の範疇だった。


「君、アグニっていう、犯罪グループに関与しているでしょう? まぁ、それは後で別の奴が問い詰めるけど、俺達が追っている事件は別なんだよ?」


 取調官を務める、中嶋が新宿署の取調室でそう言うと、英俊は黙ったままだった。


「不同意性交等の罪で豚箱に放られるのは間違いない。君がいかに否認しようとも状況証拠や彼女の遺体から採取されたDNAは君と君のお友達達の物と一致した。これだけ状況証拠と科学的な証拠が揃っているんだ。言い逃れしようと思っているのか?」


 中嶋は英俊を睨み据える。


「ちなみに弁護士に相談しようにも、どう言い逃れするつもりかな? 君のパパはもうこの世にはいない。君や組織にカンパしようとする財布代わりはいないわけだ」


「父は財布代わりじゃない!」


 そう英俊は反論するが、中嶋は「驚いたな? 親への愛情があるのか? なら何故、親不幸な強制性交致死等なんて罪を犯した? うん? 何でだ?」と畳みかける。


 それを聞いた、英俊は「弁護士が来るまで話ししない」とだけ言った。


「だから、言ったろう? これだけ状況証拠や科学的証拠があるんだ? 裁判員の心象も悪いだろうな? 君の家、家宅捜査したけど、野菜までやっていたらしいじゃないの? 執行猶予も付くか怪しいな?」


「あれは販売用で――」


 それを口にした英俊がしまったと言わんばかりの表情を浮かべた後に中嶋は「野菜があるのは認めるわけだな?」とだけ言った。


 すると、村岡の息子は嗚咽を吐き出しながら、泣きじゃくり始めた。


 大学生にもなって、なんて、情けない。


 そして、その後に広瀬殺しを別班で捜査していた、桑原に取調官が交代されて、聴取が始まった。


「聞きたいことがある。首都新聞の広瀬を殺した犯人は誰だ?」


「知らない! 僕は知らない!」


「ちなみに言っておくが、彼女の上司の在原という警視庁キャップも相模湾でコンクリ詰めにされて、発見されたそうだ? 広瀬を殺した犯人も俺たちは追わなきゃいけんのだがね? どうなんだ?」


 桑原の言葉のリンチを食らいながら、村岡の息子はひたすら泣きじゃくるだけだった。


「不同意性交致死等事件は解決かもしれませんが、問題は広瀬殺しにアグニが関与していたかどうかですね?」


 取調室のマジックミラー越しにそれらの光景を眺めていた明がそう言うと、令は「恐らく、組対暴力団対策課や薬物銃器対策課も絡んで来るだろうが、殺しは一課の専売特許だ。もっとも、俺達、所轄署がどこまでやれるかは分からんがな?」と言った。


「結構、怒られましたからね? 越権行為。もっとも、宮本一課長がもみ消してくれて、事無きを得ましたけど?」


 そう言って、令はコーヒーを飲み続ける。


「在原殺しもアグニですかね?」


「恐らく、バカボンは知らないだろうな? 利用されるだけ利用されたがあの容量じゃあ、伊藤も財布代わりとしてしか見ていないだろう。まぁ、搾れるだけ搾って、伊藤にたどり着くまでは行きたいがな?」


 そう言って、令は取調室を離れる。


「外回りですか?」


「この調子だと、広瀬を殺した犯人の口を割らせる事も出来るかもな?」


「自分はイキって失敗したのに?」


「まぁ、桑原主任なら、落とせるかもな?」


 そう言って、令はデスクへと戻った。


「弁当、冷えてますね?」


「仕事熱心って事だろう?」


 その弁当はお世辞にも美味そうとは言えなかったが、明はそれを食べると、どことなく何かしらの達成感を覚えるしかなかった。



 伊藤智輝は村岡の息子の英俊が逮捕されたと聞いて、茫然としていた。


「誰がチクったぁぁぁぁぁ!」


 そう言って、テレビのリモコンに酒の瓶やつまみの料理などに当たり散らし、部屋に散乱させる中で妻の樹奈はただ怯えた表情を浮かべながら、伊藤を眺めていた。


「もう、無理だよ。あんたは?」


 そう息子の翔太が嘲るように言い放つと、伊藤は翔太の胸倉を掴み「お前かぁ! チクったの!」と怒鳴りつける。


「そうしたいが、小学生の俺が平の警察官に密告して、あんたの財布が大々的に逮捕されると思うかい?」


 そう言いながら、翔太はケタケタと笑い続ける。


「お前ら! 逃げるぞ!」


 そう言って、伊藤は荷造りを始める。


 樹奈はすすり泣くだけで、何も動かない。


「俺は学校があるんで、パス」


 翔太がそう言うと、伊藤は翔太を思いっきり殴りつける。


「ふざけるなぁ! お前から足が着くんだよ!」


「はははははは! 死んじゃえよ、あんた?」


「お前、父親に対して、なんだその言い様は!」


「父親? ヤクザ者のくせに偉そうな事言うなよ。犯罪者が!」


 それを聞いた、伊藤はひたすら、翔太を殴り続けた。


「畜生! 畜生! 畜生!」


「はははははは! ザマァ!」


 伊藤の自宅の中はまさに暴力が渦巻く、地獄絵図のような状況となっていた。


 散乱した、つまみの食べ物の醤油臭さとアルコールの匂いが部屋に充満する中で、伊藤が翔太を殴り続ける、鈍い音だけと樹奈のすすり泣く音だけが響き始めていた。



 令は明を連れて、歌舞伎町の中にあるラーメン屋で食事していた。


「呑気なもんですね? かなり、仕事が大詰めになっているのにラーメンなんて?」


 明はそう言いながら、ラーメンの麺をレンゲに乗っけて、そのまま口に入れる。


 すすらないのは育ちの良さからなのかはしらないが、令はお構いなしに麺をすすり続けていた。


「美味いか?」


「濃いですね? 僕は塩ラーメンとかあご出汁が好きなんです」


「悪かったなぁ? お前には家系の良さが分からないか?」


 すると、店内に細身の中年の男が入ってきた。


 こいつ・・・・・・どこかで見たことがあるな?


 記憶を滾らせると、男が薄笑いしながら、こちらを眺める。


 鈴木か?


 俺の父を殺し、母をその手で犯した奴。


 鈴木がこちらにやってきて、ポケットに手を入れるのを見て、令は反射的にラーメンの丼を鈴木に投げつけた。


 するとスープと麺は勢いよく、鈴木の顔にかかり、鈴木は悶絶をしながら、トカレフをこちらに向ける。


 銃声がラーメン店に響き、場内は騒然とするが、令は倒れた鈴木の火傷した顔面を延々と殴り蹴り続けた。


「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな?」


 令は自分でも分かるほどに歪んだ表情を浮かべながら、鈴木を暴行し続けていた。


「クソ! だから、嫌だったんだ! 現職の警察官を殺すなんて!」


 鈴木はそう言いながら、皮膚がただれた顔を覆い隠すが、令はひたすら延々と鈴木に蹴りを入れ続ける。


「神田さん! それ以上やったら、死んじゃいますよ!」


 明が仲裁に入るが、令は暴行を止めない。


「すいません、警察呼んでくれますか?」


「あんたたちは・・・・・・」


 店主がそう言うと「新宿署の者です。現場保存もあるので、ご協力お願い致します」と言って、明はメンチョウ(警察手帳の隠語)を取り出す。


 明がそう段取りを進める中で、令は暴行を止めない。


「父親と母親が死んだ、苦しみを存分に味わえ!」


 そう言う、令に対して、鈴木は「お前の母ちゃんの身体はいつまでも忘れられねぇよ?」と言いながら、ひくひくと笑うが、令は鈴木の火傷した顔に醤油をぶちまける。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「神田さん!」


 明が令を羽交い絞めにして、事を収めたが、すぐに新宿署の地域課の応援がやって来て、ラーメン屋は現場封鎖された。


 胸糞が悪い。


 鈴木が急に来たこともそうだが、ラーメン屋は恐らく出禁になるだろう。


 全て、こいつのせいだ。


 だが、よく考えてみれば、これでようやく復讐が出来る。


 そう考えると、令は疲れたように椅子に座る。


「ラーメンとライス大盛の追加は出来るかな?」


 店主は面を食らった表情を見せる。


「クソ野郎のせいでラーメン、ぶちまけた。頼むよ」


 そう言って、店主は厨房に入る。


「言っとくけど、出禁だよ」


「だから、余計に食いたいんだよ」


「そうか、残念だね、お客さん」


「あぁ、クソ野郎のせいだ」


 そう言って、令はラーメンを待っていた。


「寺岡、地域課とのやり取り頼むぞ」


「あなたのラーメン食べる精神が分からない」


 そう言われながらも、令は割り箸とレンゲを身構えて、ラーメンとライス大盛に備えていた。


 時刻は午前二時。


 自分の好きなラーメン屋を出禁になった悲しさと顔に大火傷を負った、鈴木への怒りが令には渦巻いていた。



「神田を襲ったのは誰の指示だ?」


 本部の桑原がニタリと笑いながら、顔に火傷を負った、鈴木に詰め寄る。


 鈴木の顔の火傷は軽症で、病院で軽く処置をしてもらった後に新宿署へ移送されて、こうして取り調べに応じているのだ。


 だが、病院曰く、火傷よりもその後の傷口に醤油をかけたのがかなり症状を悪化させたとのことだった。


 これは訴えられても文句ないかもな?


 もっとも、トカレフを持っていたのは向こうなので、こちらとしては正常な職務執行だと言い張るつもりだが?


 令は未だに腸が煮えくり返る想いを抱いていることを知覚していた。


「あんな奴が現職の警察官なんて・・・・・・」


「聞いているんだよ? どうせ伊藤の指示だろう?」


 それを聞いた、鈴木はハッとした表情を見せるが、桑原は「余計な事は考えるなよ?」と言って、机を叩く。


「あの時のガキにまさか、復讐をされるなんて・・・・・・」


「あぁ、まだ終わらんさ? 伊藤が残っている」


 そのやり取りを取調室のマジックミラー越しに聞いていた、令と明はコーヒーを啜っていた。


「俺のラーメン屋が・・・・・・」


「新しいところを探せばいいでしょう?」


「あそこ、すごい気に入っていたんだけどな?」


 二人がそのようなやり取りをする中で、鈴木は「あんたたちには義理も何もねぇ、智輝は仕事にあぶれた俺を雇用してくれたんだ。あいつのおかげで羽振りも良かったよ」とだけ言った。


「だが、最期の最期でこうなっちまって、伊藤はあんたに神田を殺せと言って、逮捕された。奴はあんたを結局、最後まで年上のお前を部下としてしか扱わなかった」


「そうだよ、だが、俺は――」


「そんな奴に義理立てする必要があるか? 俺だったら、見限るな?」


 それを聞いた、鈴木は沈黙を続ける。


「どう思う? 伊藤の事だから、どこかへ逃げるんじゃねぇか?」


「だろうな?」


 二人の間に沈黙が走る。


「司法取引とかあるか?」


 それを聞いた、桑原は「それは検察と組対の分野だな? お前の罪状は令に対する銃刀法違反だから、刑事警察の分野ではない」とだけ言った。


 すると、マジックミラー越しにそれを聞いていた組織犯罪対策部薬物銃器対策課の稲垣警部補が取調室の中にまるで割り込むかのように入り込む。


「聞こうか?」


「おい!」


「ただし、刑の減刑になるかはウチの総監次第だから、保証できないぞ?」


「あぁ、銃と大麻のルートを教えてやるから、頼むよ」


 それを聞いた、桑原は舌打ちをする。


「警察って本当に縦割りなのな?」


 桑原はドアを蹴破らん限りの勢いで出て行った。


 そして、後日、総監の許可を得た、薬物銃器対策課が通常の聴取とは別に行った司法取引によって、鈴木が銃と大麻の流通ルートへの伊藤の関与に言及した。


 これにより引き換えとして銃刀法違反の減刑が約束された。


 ちなみに自分に対する襲撃は傷害未遂を処罰する規定がないので、故意による何かしらの結果が伴わない為、無罪放免となる。


 その上で銃刀法違反は拳銃等の発射等で無期若しくは五年以上の懲役、または三千万円以下の罰金だが、司法取引の結果、これが軽減されるのだ。


 多分、こいつは金払うな?


 令は拳を握りしめている自分を感じていた。


「伊藤はフィリピンに逃げるそうだ」


 司法取引を終えた、稲垣は得意満面でそう言った。


「本当か?」


「あぁ、明日の朝早い便で中部国際空港から行くそうだ」


「対組織犯罪ってやつですか? 大を取る為に小を逃すなんて?」


「お前等、強行犯捜査の担当には出来ない芸当だな? ちなみに所轄の坊やが越権行為をしたから、見逃してやる代わりに貸し一つな? 俺たちは今から検察の先生方と会議さ?」


 稲垣がそう桑原を鼻で笑う。


 それを聞いた、桑原は顔を震わせながら、すぐに「愛知行くぞ! 今すぐだ! それから愛知県警にも伝えておけ!」と言った。


 そして、桑原が出てきたと同時に令は「桑原主任、俺も愛知に連れてってください」と名乗り出た。


「お前は中嶋班の傘下に入っているから、駄目だと言いたいが、お前の復讐を完遂させたい気分は分かるからな?」


「お願いします」


「一課長と管理官に無理言うかな? そこの坊やも連れていけ。幹事長殿への連絡要員として、同行させるなら、上も黙認さ?」


「ありがとうございます」


「早田のオヤジにも言っておけよ、一応、坊やの父ちゃんにも上に圧力かけてもらえ!」


 令は中嶋に一礼すると、すぐに明を引き連れて「署長室行くぞ」とだけ言った。


「オヤジが許可するかな? 愛知までの出張なんて?」


「管轄内で起きた事件だから、道理としては通るが、本部主導のヤマだからな? 常識で考えたら、通らないだろうな?」


「通すんでしょう? どうせ?」


「その通り、お前もパパに頼んで自明党ルートから本部とサッチョウに圧力かけてもらえ」


「嫌だなぁ? ここで親父の力使うの?」


 そう言いながらも二人は署長室へと向かって行った。


 非常識ながらも自身の復讐の完遂の為に様々な人々が動いてくれている。


 なら、徹底的にやり切るしかないだろう。


 令と明は署長室のドアをノックした。


「入れ」


 そう早田の神経質になった声が聞こえてきた。



 伊藤智樹は妻の樹奈と息子の翔太を引き連れて、名古屋の中部国際空港へと向かった。


 地方空港を使ったのは、首都圏の空港を使えば、警視庁の目に入ると思ったからだが、管轄違いだからだろうか?


 中国から正規に発行させてもらった、パスポートを使って、出国をするのだが、ここでチャイニーズマフィアとの取引をした際の土産が役立つとは思わなかった。


 愛知県警からは何も言われずにここまで来れたのは僥倖だったが、伊藤達、家族は何事もなく、中部空港へと迎えた。


 このまま、無事にフィリピンで余生を過ごせればいい。


 金はたんまりとあるのだがら、その後のことは後で考えればいいのだ。


 そう考えていると、目の前にいかつい男達が現れた。


 真木組の組員達だ。


「頭は陰謀が全て失敗して、高跳びかいな?」


 そう、真木がひくひくと笑いながら、近寄ってくる。


「何だ、お前ら・・・・・・」


 伊藤は逃げる準備を始めた。


「逃げたら、殺すと言いたいが、先にお前に用がある奴がいるそうやで?」


 真木があごをしゃくった先には、スーツ姿の男達が数十人。


 その中には一番、このタイミングでは避けたい人物がいた。


 神田だ・・・・・・


 一番、忌むべき男を見た瞬間に伊藤は大急ぎで空港内を走り出した。


「令君!」


 樹奈は自分の本来の思い人である、神田を見て、駆け寄ったが、神田は「どけ! お前に用はない!」と言って、跳ね除けた。


「待ちやがれ、伊藤!」


 そう言って、スーツ姿の男たちが伊藤を追いかけ始める。


 時刻は午前、八時前。


 中部国際空港内で警視庁捜査一課と組織犯罪対策部五課による伊藤への追跡劇が始まった。


10


 令は空港内を走りながら、警棒を取り出した。


 今、追っている、伊藤は学生時代は暴走族でストリートファイトをしていたので、柔道の有段者である自分でも油断は出来ないだろう。


 かといって、拳銃をこの場で撃つのは、多くの民間人がいる中では目立つし、尚且つ、今までの事例と違って、今回の伊藤ははっきり言って、丸腰だ。


 空港での高跳びを考えれば、グロック17のような高価な銃でなければ、金属探知機に引っかかるだろうし、奴の性格を考えれば、追い込まれた状況で銃器を持っていれば、ここで発砲するだろう。


 間違いない。


 奴は丸腰だ。


 なら、格闘戦で仕留めるしかない。


 そう思った、令は中部空港内を走り続ける。


「待ちやがれぇぇぇぇぇぇ!」


 本部の捜査一課の刑事が怒号そのものである、声を挙げながら、伊藤を追い詰める。


 すると、伊藤は足を止めた。


 そして、こちらに陰湿な笑みを浮かべる。


 こいつ、何をするつもりだ。


 すると、近くにいた、親子連れから、子どもをひったくると抱えて、首に手をやった。


「来るなぁぁぁぁぁ!」


 男の子と思われる、子どもの首をチョークスリーパーの様子で抱えると、伊藤はニタニタと笑い続ける。


「来たら、この子どもの首の骨折るぞぉぉぉぉぉ!」


 すると、伊藤はニタニタともはや追い詰められ、狂った末に陥った心情を現した表情を浮かべながら、子ども越しに神田を眺める。


「神田ぁ? 俺はなぁ、お前の大好きだった、樹奈を嫁さんにして、小学生の子どもまでいんだぜ? 金もたらふくある。貧乏な公務員のお前とは違うんだよ」


 別にあんな自己肯定感の低い、不幸な女なんか、お前にはいくらでもくれてやるよ。


 そう言いたかったが、人質を取られている手前、相手を刺激するわけにはいかなかったので、何も言わなかったが、辺りを見回すと、周囲を捜査一課に組対暴力団対策課や薬物銃器対策課の刑事や愛知県警の警察官達が包囲しているのを確認した。


「神田ぁ? 羨ましいだろう? 俺はなぁ? 家族はお前のせいで失ったが、学もあって、お前には無い、成功を手にしたんだよ?」


 伊藤はニタニタと笑い続けていて、気づかない・・・・・・


 いや、見て見ぬふりをしているのだろう。


 着実に警察官達に包囲され、伊藤のゲームは完全に終わりを迎え始めていた。


「神田ぁ? お前は俺よりも下なんだよ!」


 そう言って、伊藤がけたけたと笑い始めた瞬間だった。


 銃声と共に伊藤の額には赤い穴が空き、そこからどす黒い血液が流れると、そのまま倒れ込んだ。


「うっ、うわぁぁ!」


 男の子は悲鳴を上げるが、そのまま愛知県警の警察官に抱え上げられる。


 多少は違うかもしれないけど、あの子の心境はかつての事件に遭遇した自分のように思えたが、明確な違いは彼には両親が健在であるという事だ。


「昇!」


「大丈夫か!」


 両親が駆け寄り、警察官が昇と言われた男の子を介抱する。


 容疑者死亡。


 状況が状況とは言え、最悪の結末だ。


 撃ったのは・・・・・・桑原主任か?


「主任、何故、撃ったんです?」


 リボルバーのSAKURAを構えたままの中嶋に神田はそう問い詰める。


「人質が取られていただろう?」


「こんな事したら、警察の捜査上の不備が問われます。それを分かっていて――」


「どうでもいいが、お友達が話をしたいそうだ?」


 桑原がそう言うと、真木組の面々がこちらにやってきた。


「おかげで商売敵が消えてくれて、助かったわ?」


「あんたたちの為に動いたわけじゃない」


「それは知っているんやがな。だが、気になることがあるんや?」


「何だ?」


「お前は事前に俺たちから、伊藤がここからフィリピンに逃げることは知っていたやろう? それを何故、本部に黙っていたんや? まさかとは思うが・・・・・・」


「ご明察の通りだよ」


 それを聞いた、真木は不敵な笑みを浮かべた後に「楽しみやな? 不手際が生じたら、お前はヤクザになるんやで」とだけ言った。


「俺は今から、憂鬱だよ」


「そうかい、じゃあ、ワシらは会長のところに報告に行くから、後片付けを頼むで?」


 そう言って、真木は手をひらひらと振って、その場を離れた。


 そう言えば、関西最大の暴力団の黒陽会は今や名古屋の組長が会長で名古屋派が主流派だったな?


 その会長に伊藤が死んだことを報告するんだろう。


 後始末は警察に任せやがって・・・・・・


 もっとも、一番手っ取り早いのは連中の抗争に伊藤が巻き込まれた事にすれば、中嶋の伊藤射殺は何とでもなるが、そこは連中も抜かりはないだろう。


 恐らく、監視カメラの映像からも連中はたまたまそこにいただけという事になる。


 やはり、桑原主任の責任は免れないか・・・・・・


 すると、そこに一人の女が現れた。


 伊藤の妻だった。


 顔は覚えていた。


 しかし、名前は知らなかった。


 自尊心の無い、不幸な女。


 男に媚びる事しか知らないから、伊藤みたいな輩にいいように弄ばれるんだ。


 令は伊藤の妻に対して、目線を向けなかった。


「令君・・・・・・ずっと、待っていたんだよ?」


 そう言って、伊藤の妻は令に抱き着こうとするが、令はそれを避けた。


 伊藤の妻は唖然とした表情を浮かべた。


「令君・・・・・・」


「俺は出来の良い女が好きなんだ。男に媚びる事しか知らない、お前は永遠に利用されるだけさ?」


 そう言って、令は伊藤の妻の元を去った。


 大きな泣き声が聞こえ始めたが、それに対して、振り返ることはしなかった。


 すると、そこに小学生ぐらいの少年が腕組をしながら、こちらを見ていた。


「あんた、中々に的を得ていて、非情な人だよ?」


「君は・・・・・・」


「あんたに言いたいことを代弁してもらった、お子様だよ。親に対してさ?」


 あの二人の息子か・・・・・・


 俺の退学騒ぎの元になった、その子が・・・・・・


 令は頭を抱えそうになったが、そこに明がやってきた。


「よろしいですか?」


「すまない、どうした」


「オヤジが現状報告をしろと、言っているそうです」


「どっちの? お前の?」


「署長ですよ。とにかく、俺たちはお役御免です。調書取ったら、すぐに新宿に戻れとのことです」


 そうして、明と共に混乱した中部国際空港を去ろうとした。


「まだ、終わりじゃない」


 令には明確にそう感じるものがあった。


 そんな中でも、中部国際空港の混乱は収まることは無かった。


 平岡警部補はいるのだろうか?


 だとしたら、バックアップをお願いしないと。


 黒幕は今度こそ、手強いのだから・・・・・・


 空港内には規制線が敷かれ、野次馬が集まりだしていた。


11


 その後に伊藤の死亡が確認はされたが、鈴木の証言と家宅捜索の結果、首都新聞の広瀬殺しを首謀した件は発覚した。


 これにより、刑事部捜査一課と組織犯罪対策部暴力団対策課に薬物銃器対策課の合同捜査班はアグニの壊滅に成功。


 逮捕された残党のメンバーの証言によれば、村岡の息子の英俊の不同意性交致死事件をもみ消す為に本人から依頼され、大金をせしめて、犯行に移したとのことだった。


 そして、総務大臣の村岡自体はこの事を知っていて、警察内部の協力者に事態を上手く物事をごまかして貰う算段だったが、村岡自身が暗殺された為、この警察内部の協力者の存在は未だに分からずじまいだった。


 村岡の息子に聞こうにも本人はまるで何も手が付かず、放心状態で、聴取で机を叩こうが、無反応だった。


 そして、村岡の息子の友人達である大学生たちも強制性交致死等と大麻取り締まり法違反で逮捕され、このニュースは世間に大々的に報じられ、現職の暗殺されたとはいえ、国務大臣が反グレ組織に資金を流し、その息子もメンバーだったことから、現内閣の支持率は低迷。


 結果的に総理が次期総裁選への不出馬を決め、次期衆院選でも苦戦が免れない状況となった。


 その上で村岡総務大臣暗殺事件の捜査は難航していた。


 狙撃犯を追うにも、周辺の狙撃に使われたと思われるビルには薬きょう一つも落ちておらずに、監視カメラにもそれらしい、マル被の姿も無し。


 公安総務課を投入して、警視庁は捜査を進めているが、一向に捜査に進展は見られなかった。


「まぁ、総理が辞めても与党の支持率は高いから、議席を少し減らすだけで終わると思うんだけどね?」


 平岡亜里沙と新宿の小料理屋で食事をしていた。


「良いんすか? 忙しいでしょう?」


「捜査には息抜きも必要だよ、坊や?」


 そう言いながら、亜里沙はコーラを飲み干す。


「結局、在原と村岡のパパを殺害した犯人が分からずじまいなんですよね?」


「まぁ、お痛が過ぎたのよ」


「平岡さん、まさかとは思いますけど、ハムがやったわけじゃないですよね?」


「さぁ? 仮にそうだとしても一介のデカのあなたに言うと思う?」


 そのようなやり取りをしながらもハムカツが運ばれてきた。


「事件の解決に乾杯」


「まだ、解決していませんよ」


 そういう令はハムカツに手を出さなかった。


「・・・・・・暴くんだ? 裏切り者を?」


「一人で行きます。もしかしたら、相手の事だから、俺は逮捕されるかもしれない」


「一応はバックアップ入れられるかもしれないけど、ちゃんとしょぴけよ」


「平岡さんに頼めば一生、庁内S(警視庁内での職員同士のスパイ)で飼われるでしょうね?」


 そう言って、二人は笑い合う。


「行ってこい。ちゃんと骨拾ってやるから」


 そう言って、亜里沙はハムカツをがぶりと頬張る。


 衣のサクサクとした音が響く中で、令はコーラを飲み始めた。


 そして、亜里沙はUSBを静かに令に渡す。


「平岡さん?」


「何だい、坊や?」


「正直に言って、村岡と在原を殺した理由は何です?」


「だからぁ? そんなことしないって?」


「じゃあ、誰です? 北朝鮮?」


「昔、サッチョウ長官の狙撃事件があったからね? まぁ、結局は真相は闇の中だけど? やるとしたら、答えは簡単よ?」


 亜里沙は手で銃を作り、こちらに向ける。


「時の権力者にとって、邪魔だったんじゃない?」


 そう言って、亜里沙は「パーン!」とだけ言う。


「ありがとうございます」


「何に?」


「十分、答えになっています」


「出血大サービスだぞ、神田君。それよか、あいつはしょぴけよ?」


 そう言いながら、二人は枝豆に手を出す。


「えぇ、分かっていますよ。裏切り者は必ず逮捕します」


 あの人は俺が逮捕するんだ・・・・・・


 令は一向にハムカツに手が付けられなかった。


12


 捜査本部が立ち上がっている、新宿署では裏付け捜査が進んでいた。 


 そんな中で新宿署の屋上で令は桑原を呼びつけていた。


「どうした? お前からなんて?」


 桑原はそう言いながら、都庁を眺め始める。


「主任、飛ばされるらしいですね?」


 桑原は本来逮捕しなければいけなかった、伊藤を射殺した事の責任を取らされて、次回の人事異動で左遷させられるらしい。


 本人曰く、刑事ではもういられないかもしれないと言っていた。


「散々だよ」


「事件は解決しそうですね?」


「あぁ、俺は飛ばされそうで、嫁からは離婚させられそうだがな?」


 そう言いながら、桑原は都庁を眺め続ける。


「一応、聞きますけど、伊藤を殺した理由は何ですか?」


 令がそう聞くと、桑原は怪訝そうな顔をする。


「他に手があるかよ?」


「あの状況なら、生きて逮捕させるのが普通です」


「まるで、俺がまともじゃないみたいな言い方だな?」


 桑原がそう言うと、令は「鈴木って、桑原主任と神奈川の同じ町の出身なんですよね?」とだけ聞いてみる。


「何? それ?」


「調べれば分かることです。少しおかしいと思ったので、調べさせてもらいました」


 それを聞いた、桑原は「お前、さっきから、俺に何を言っているんだ?」と聞いてきた。


「しかも、小学校から中学まで、主任はいじめを受けていたんですよね? 鈴木に?」


 それを聞いた、桑原は顔を歪めて、「何のつもりだ?」と聞いてきた。


「FXで多額の借金を負っていたらしいですね? 主任は?」


 それを聞いた、桑原の顔からは血の気が引き始めていた。


「そこを警察内にいるアグニの別の内通者に付かれて、久々に会った、鈴木からこれを公表されれば、昇進に響くと言われて、内通者になったと思われます。そして、伊藤を殺したのは伊藤の口から内通者である自分の名前を出させない為の口封じだった。鈴木ともこれを共謀して、最初から伊藤を殺すことを計画していた。違いますか?」


 それを聞いた、桑原は「ふざけるな! お前は何だ! さっきから!」と言って、その場を離れようとする。


 すると、そこに明がやって来て、SAKURAを構えて、桑原に向けてきた。


「お前・・・・・・」


「お金にだらしのない警察官は汚職に走るのは世の常ですからね? 多額の借金がある事が露見すれば、あなたの昇進は止まる。捜査一課の主任刑事の人生の汚点がまさか、こんなところで、足を引っ張るとは思いませんでしたね?」


「当初、あんたは断ったが、家族にこの事をばらすと言われた時点で、あんたは協力せざるを得なくなった。だが、鈴木がアグニを乗っ取れば、多少の利権もあんたに手に入る。あんたは永遠に下僕だがな?」


 令は太陽の熱の中で汗を拭いながら、桑原に向き直る。


「しかし、家族には良き父親でいたかったのだろうが、あんたの罪は大きい」


「組織犯罪対策部の捜査内容や一課の捜査情報の漏洩、大麻の横流し等々、あなたは立派な犯罪者だ。俺たちが裁く」


 令と明がそう言って、詰め寄ると、桑原は急にポケットからトカレフを取り出して、こちらに発砲してきた。


「寺岡! 身を隠せ!」


 そう言って 令と明は二手に別れた。


 令はSAKURAを取り出す。


「そうだよ! 俺はあんな奴らと決別する為に俺は警察官になったが、最終的には奴ら自体に良いように利用されざるを得なかった、哀れな中年さ!」


「それでも、あなたはデカとしては優秀だった! なのに、何で、警察官としての自分に誇りが持てなかったんだ!」


「俺の嫁さんはなぁ? 警察学校の校長の娘なんだよ? 借金なんてのがバレたら、俺はもう終わりだ!」


 そう言いながら、桑原は延々と射撃を続ける。


 完全に平常心を失っている。


「なぁ、神田ぁ? お前、散々俺に世話になったろう? 見逃してくれよ!」


「それは出来ないな? それ以前に何故、諸悪の根源の鈴木を殺さない!」


「そうしようとしたさ! だが、今じゃあ、俺はあいつとはズブズブなんだよ! もう終わりだ!」


 そう言ってから、しばらくの間があった。


 すると、一発の銃声が桑原の側から響いた。


 まさか・・・・・・


 令は明と共に桑原の元に駆け寄ると、桑原は自分の頭を撃ち抜いて、自殺をしていた。


「情けねぇ・・・・・・」


「警察官の自殺行為で一番多い、拳銃による自殺ね?」


 そう言って、平岡亜里沙警部補も近くにやって来る。


「来ていたなら、加勢すればいいのに?」


「あなたたちが桑原警部補を射殺したなら、庁内Sに仕立てようとしたのよ」


「まったく・・・・・・」


 すると、屋上に多くの警察官がやって来た。


 恐らく、銃声を聞いて、やって来たのだろう。


「お前ら! 何だ、これは!」


 制服警察官がそう言うと「桑原警部補が自殺しました。理由はいずれ分かるかと?」と神田は告げた。


「管理官とオヤジを呼んでください」


 そう言って、令と明と亜里沙は現場保存を始めた。


 残暑の厳しい、午前中の出来事だった。


13


 その後、桑原が行っていた、汚職は全て暴かれた。


 桑原は警察内の情報をアグニに売り、大麻の横流しも行っていたそうだった。


 警視庁はこの事を重く受け止め、謝罪会見を開いたが、現職のしかも、本部捜査一課の刑事が反グレに情報と大麻の横流しをしていた事実は世間に大きな衝撃を与えた。


 一見、関係が無いと思われる情報までも渡されていたが、そこは悪知恵が働き、商才のある連中には宝のヤマだったのだろう。


 桑原は汚職警察官として、容疑者死亡のまま、書類送検された。


 そして、首都新聞の警視庁キャップの在原の一連の不祥事についても、首都新聞が一切会見をしない中で大手マスコミはここぞとばかりに報じて、実体は全てに近い形で暴かれ始めていた。


 鈴木に取調官がそれら一連の出来事を問い詰めると、警察官を嘲笑しながら、全てを供述し、村岡の息子の英俊は泣きながら、全て自供した。


 しかし、肝心の在原殺しの犯人は分からずじまいで、警視庁捜査一課はアグニと敵対する暴力団の関係者が行った犯罪として、捜査を続けるとの方針がニュースで取りざたされていた。


 そして、公安総務課も村岡総務大臣狙撃事件の犯人を追っているが、未だに捜査は進展をしていなかった。


「令君はお手柄だったね?」


 目の前で座る、宮澤は温厚そうな表情でパスタをくるくると回し始める。


「えぇ、おかげさまで」


「アークには転職するつもりは無いんだね?」


「残念ながら、僕は警察官を辞めるつもりはありません」


「・・・・・・僕は君のことを諦めないよ。君のお父さんに顔向け出来ないからね?」


 そう言って、宮澤と会食を続けていると、電話が鳴った。


 臨場の知らせだ。


「はい」


〈神田か? 一連の事件が終わって、ほっと一息付いているところですまないが、ラブホで変死体が発見されたそうだ〉


 新宿署の刑事課長の山崎からの電話だった。


「最悪ですね? まさか、非番の俺に電話が来るという事は?」


〈すまない、赤石が今度は盲腸だ〉


 あいつは相変わらず、俺に面倒ばかりかける・・・・・・


〈現在、地域課の連中が現場保存しているが、すぐに来い。食事は五分で胃に流せ〉


 そう言って、課長からの電話は切れた。


 前回と違って、すまないの一つも無いのか?


「事件かい?」


「えぇ、いい迷惑です」


 そう言って、令が臨場の準備を始めると、宮澤は「警察なんか辞めて、うちの会社に来るんだぞ?」と言って、こちらを向く。


「自分の好きな職業捨てる奴がいますか?」


 そう言って、令はレストランの会計を済ませて、出て行った。


 タクシーを呼び寄せると、そこに一人の女が隣にやって来た。


 亜里沙だった。


「クッサ! イタリアンってニンニク多いよね?」


「さっきから、宮澤さんとの会食を見ていましたね?」


「まぁ、そうだけど? ラブホの事件、半グレが絡んでいるらしいんだよね?」


 また、暴力団対策課と絡むか・・・・・・


「今度はどこです?」


「刑罰会っていう、やばい奴らで、公安もマークしている。アグニ以上に武装してるらしいよ? アサルトライフルとか?」


 それを聞いていた、令は「ラブホの死体次第だけど、公安としても潰したい連中なのよ?」と亜里沙が話すのを横目に眺めていた。


 それを聞いた、令は「情報は渡してくれますね?」とだけ言った。


「モチのロンだけど、私は来年には内調への出向が決まっているからねぇ? まぁ、引継ぎはするけど?」


 気が付けば、タクシーは現場のラブホテルに着いた。


「じゃあ、頼むわ」


 本部に戻る前にまたやっかいな事件が起きた。


 しかも、今度はさらに武装したヤバい半グレが相手か?


 復讐を貫徹しても、また一難か?


「神田さん、ご苦労様です」


 明がやって来る。


「今回はイタリアンなんですね?」


「お前は犬か?」


 そう言いながら、現場に向かうと規制線の地域課の小浜にメンチョウを見せる。


「神田さん、今日はイタリアンなんですね?」


 思わず、小浜を殴り倒したい衝動に襲われていた。


「おう、令、やばい事件だよ」


 中嶋に会釈して、現場のラブホ内に入る。


 時刻は午前一時五七分。


 今の令にとって、秋の夜長と言っては長すぎる夜が始まろうとしていた。


終わり。  



 ご拝読、ありがとうございました。


 次回作はお正月予定ですが、少し休んでから、執筆再開したいと思います。


 皆様のご繁栄をお祈りいたします。

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