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第二話 全ての元凶

 第二話です。


 相変わらず、リアリティに欠けますが、是非、ご拝読お願い致します。


 その日は腹立たしいほどの青空だった。


 父が映画を見に行こうと言ったのは突然の事だった。


「令が見たい、映画あるだろう、行こう」


 父が自分の見たいアニメ映画を見に行こうと言ったのには理由があるように思えた。


 令の通っている、小学校は神奈川県の鎌倉にある公立校だった。


 そして、父親は大手医療機器メーカーのアークの子会社を任されている、いわゆる社長だった。


 その為に令の自宅は裕福だったが、一部の家庭環境が複雑な同級生達からいじめの対象になり、クラスでは誰も友人がいないがために不登校になり、家でゲームを続けてばかりだった。


 そんな令に対して、父は勉強をしろと言うわけでもなく、今、一緒に映画を見ようと言うのだ。


 甘いと言えば、甘いが、令はそんな父が大好きだった。


「ついでに母さんと三人で食事だ、一家団らんという奴だよ」


「私はついでなんだ?」


「・・・・・・ごめんよ」


 父と母が笑い合う中で礼はゲームを続けていた。


 思えば、この瞬間。


 ありふれたこの瞬間。


 このような何でもない瞬間が一番の幸せであったのかもしれない。


 この時の令はそれを実感するには幼すぎた。


 そして、その幸せは突然に奪われるのだ。


 全て、奴のせいで。


 気が付くと、令は警視庁官舎の自分の部屋のベッドに寝転がっていた。


「気が付いたら、寝ていたか?」


 まだ、寝てから二時間は立っていなかったので、急いで新宿署に戻る支度をする。


 シャワーを浴びた後に新しいスーツに着替え、荷物を持って、官舎を飛び去るように出て行った。


 するとそこには、先ほどの首都新聞の記者が立っていた。


「神田巡査部長!」


 もはや、こいつはストーカーだな?


 何の正義感かは知らないが、いい迷惑だ。


 令は黙って、その場を離れようとするが、記者は追いかけてくる。


「待ってください、まだ――」


 すると、すぐに記者が「イッッ!」と声にならない声を挙げる。


 転んだか?


 その場を去ろうとしたが、それにしては異様なうめき声だったので、振り向くと、記者の足にはボウガンの矢が刺さっていた。


「痛い・・・・・・痛い・・・・・・痛い!」


 令は思わず、舌打ちをしてしまった。


「救急車呼びますね?」


 ストーカーまがいの目障りな奴が負傷したので、すぐに会社に向かいたかったが、警察官という職務上は素通りも出来ないので、救急車を呼ぶことにした。


 深夜だと言うのにセミの声が目障りな夏の夜だった。



「あの子、誰に襲われたの?」


 平岡亜里沙は不機嫌そうにレッドアイを飲み始める。


 八重洲にある高級バーで令は亜里沙とカクテルを飲み続けていた。


「分かりません。何の物音もなく、いきなりボーガンでグサですから?」


「プロの犯行か? まぁ、ウチは目星がついているけどね?」


 亜里沙は神妙な面持ちで手元に持つ、マティーニを眺める。


「首都新聞がここ最近、あんただけじゃなくて、政界方面で何か探り出そうとしていたらしいよ?」


「広瀬は社会部でしょう? 俺を追っていたのはガキを撃って、それを擁護した会社を非難する為に――」


「それ以前にあんたたちが関わった事件があるでしょう?」


 それを聞いた、令は頭を抱える。


「あれですか? 一刑事事件で会社が動かなくなった事件なら、調査報道の名目で首都新聞が追及を続けてもおかしくはないですね?」


「まだ、捜査中とは言え、主犯格のお坊ちゃんは逃がすのがシナリオ通りだろうけど、首都新聞の連中は真相とやらを暴いて、お坊ちゃんを逮捕する世論と流れを作るのが目的だと思われる。広瀬のお嬢ちゃんはそれを邪魔したい連中に警告の意味を込められての太ももズドンよ? お坊ちゃんはパパの名声とお金を使って、相当深い、黒社会との繋がりを築いているらしいからね?」


「ハムが広瀬やったってことは無いでしょうね?」


「まぁ、公総(公安総務課の略)は実質的な何でも屋だから、命令されればそうするけど、あれは反社よ。やったのはさ?」


「ゼロとかは動いていないんですか?」


 ゼロとは警察庁警備局警備企画課に属する、公安部の秘匿部隊で表向きは各都道府県公安警察への指導、監督が主任務とされているが、、実体は令のような一介の警察官には分からないもので、噂では政府から直轄の特命を行うことが出来ると言われている、謎の存在だ。



「動いている。各マスコミやお坊ちゃんの周辺を洗っているらしいけど、近々、進展あると思うよ」


 その謎の存在が動き出していることをハムの当事者である、亜里沙から聞いて、背中に悪寒が走るのを覚えたが、平静を装うしかなかった。


 亜里沙はそう言って、タバコを取り出す。


「いいかな?」


「まぁ、俺も吸いますしね?」


 二人はそうして、タバコを取り出すと、火を点けて、吸いだす。


「神田?」


「何すか?」


「あんた、内心ではガキが起こした事件だから、政治家とか関係なくお坊ちゃん、ぼこぼこにしたいでしょう?」


「平岡さんはよく俺のことを知っている」


「マルBの事務所行かない?」


 マルB。


 警察内で暴力団を差す隠語だ。


「オヤジに怒られるな? 大体、強行犯捜査が主体の一課が組対の管轄に入るのは越権行為で、警察ではかなり咎められる行為だと思いますけど?」


「今回の事件では、反グレグループのアグニが絡んでいる可能性がある」


 亜里沙は令の言った懸念を無視して、話をしだした。


 令は不機嫌にならざるを得なかった。


 そもそも論として、アグニとは近年、関東圏で勢力を拡大している反グレグループだが、薬物や詐欺行為などをシノギとしており、ヤクザも警戒を強めている、存在だ。


 元々は横浜を根城にしていたが、ここ数年、東京都内にも進出を始め、他の団体や暴力団とも抗争を繰り広げているのは有名な話だった。


 自分が首都新聞に追われる理由となった、事件も裏にはアグニの存在があったという事前情報は組対の刑事から聞いてはいたのだが・・・・・・


「それでさ・・・・・・真木組に行かない?」


 関西最大のヤクザの黒陽会傘下の二次団体で新宿では一大勢力を築いている暴力団か?


 あそこの組長がアグニの若造どもを偉く嫌っていたという話は聞いていたが、今の時代は警察官がヤクザと接触するのはご法度中のご法度だ。


 危険な提案だな?


「平岡さん、俺をクビにするつもりですか?」


「まぁ、当然の反応よね? ヤクザも昔と違って、反警察感情が強まっているし、あなた一人で行くのは危険だしね?」


「・・・・・・俺、一人で行くんですか?」


「当然、真木組の組長とは面識あるでしょう?」


 真木組の組長である、真希康作とは事件捜査で何度か、面識がある。


 実際に真木組が経営するキャバクラ店で薬物中毒の元ヤクザが暴れた時はたまたま近くにいた、令がその元ヤクザをタコ殴りにして、真木組組長から感謝の声と同時に『坊主、こいつはなぁ、ワシ等が沈めるから、逮捕せんででええよ』と言われたが、そこは強引にでも逮捕に踏み込んで、そいつは今、刑務所だ。


『何で、逮捕するんや?』


『それが、我々の仕事ですから』


『ニイチャンのあの容赦ない鉄拳制裁は警察官にするには惜しいからなぁ? クビになったら、ヤクザになりぃや?』


 当時の会話を思い出すだけでも虫唾が走った。


「あのオッサン、嫌いなんですけど?」


「嫌よ、嫌よも好きの内というじゃない?」


「・・・・・・行きませんよ、マルBなんて?」


「・・・・・・そのアグニの首領は知っているでしょう?」


「伊藤智輝ですか?」


 知っているも何も、そいつは俺の高校時代の同級生だった。


 そいつが仕掛けたある事件がキッカケで俺は高校を退学になりかけたが、後に嫌疑が晴れ、自分は高校を無事に卒業した。


 しかし、暴走族出身の伊藤も何気にあんなことを起こしながらも高校を卒業し、慶明大学に進学して、卒業したのはあまり気分の良い事ではなかった。


「伊藤って、あんたの両親を殺した、鈴木漣とも仲が良くて、頭が良くて悪い暴走族グループの集団を形成していたそうじゃない?」


 それを聞いた、令は「鈴木は鈴木で少年法の恩恵を得て、普通に社会生活を送り、伊藤は学生時代に弱者救済の偽善的な理由であんな事を起こして、のうのうと生きているどころか、今じゃあギャングですからね?」と吐き捨てるように言った。


「悪党が世の中を謳歌できる社会の縮図ね?」


「・・・・・・」


「あいつら、壊してみない?」


 亜里沙の提案は危険な物そのものだったが、自分の長年の苦しみの元凶である、この二人を追い落とすのであるならば、その誘いに乗ってもいいかもしれないと思った。


「まぁ、ボンボンの周辺を検挙する為にいろいろと動いていますけど、間を見てなら?」


「私は行けないけど、ちゃんと真木さんに挨拶するんだよ?」


 そう言って、亜里沙はポンポンと令の頭をはたく。


 思えば、伊藤もあの女にこんなことをしていたか?


 今の自分を作り上げた、元凶である哀れなあの女の存在を思い出しながら、神田はタバコを吸い続けていた。


 そして、令はレッドアイを飲み進めていった。


 

 父親と母親と映画を見た帰りに地元の駅前を歩いている時だった。


「面白かったか? 令!」


「うん・・・・・・」


「そうか、そうか、じゃあ、母さんのまずい飯をこれから食うぞ!」


「あなた、さっきから失礼じゃない?」


 そう言って、三人で手を繋ぎながら、歩いている時だった。


 白いワゴン車が自分達の手前で止まり、髪を金髪に染めた、鶏ガラのような少年たちが中から現れてきた。


 その体臭は獰猛な獣そのものを思わせるような異臭そのものだった。


「オジサン、オバサンさぁ?」


 周辺を高校生ぐらいの素行の悪そうな学生達が囲み始める。


「金出してくんない?」


「あんたら、良い具合に金持ってそうだよね? 幸せそうだし?」


「・・・・・・」


「あなた?」


「分かった、分かった、出せばいいんだろう?」


 そう言って、父が金を出そうとした時だった。


 少年はナイフで父親の心臓を刺した。


「うぅぅ!」


「おい、刺したの?」


「さすがにやべぇよ!」


 そう言いながらも少年たちは陰湿な笑みをこぼしていた。


「俺達さぁ、幸せそうな家族って嫌いなんだよね? 俺たちはクソみてぇな親なのにさ? 不平等じゃん?」


 そう言って、少年たちは母親に手をかけ始める。


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


「はっはっはっはっはっ!」


「死んじゃえよ、バーカ!」


 母の服が引き裂かれて、若い鶏ガラどもに犯されていく。


 目の前で大事なものが壊されていった、令はただ茫然とするしかなかった。


 止めろ・・・・・・止めてくれ!


 そう言って、令が不良少年に飛び掛かろうとした時だった。


 母親が犯され続ける中で、警察官がやってきたのだ。


「何やっているんだ! お前ら」


「やべ! 逃げろ!」


「ちぇっ! 結構な良い身体していたのによ?」


「年増だけどな?」


 そう言って、少年たちはさも学校でいたずらがバレたのかような軽いノリで警察官たちから逃げ出す。


「・・・・・・」


 無言のまま、令が母親に近づこうとした時だった。


 少年たちが残していった、ナイフが母の目に入り、母はそれを手に取ると、自身の首の頸動脈を切り裂いた。


「母さん!」


「おい、何やっているんだ!」


「応援と救急車だ!」


「戸部二から、県警本部!」


 そう現場の警察官達が怒号を飛ばす中で、背後から制服姿の若い警察官が礼を抱え上げる。


「出るぞ、あまりにも辛いだろう」


 待ってよ!

 

 今、ここで二人の前から離れたら・・・・・・


 僕は一生、一人じゃないか?


 令が声にならない叫び声を叫び続ける中で、両親の鮮血が垂れ流された、路上には気が付けば多くの警察官と野次馬が大挙していた。


「神田さん! 神田さん!」


 気が付くと、そこは新宿署の柔道場で令は布団で寝ていたのだ。


 また、あの夢を見たか?


 明に起こされる中で、令は男子トイレで歯磨きをすることにした。


「凄く、うなされていましたけど、大丈夫ですか?」


「あぁ、オジサンに手の甲を延々と舐められる夢を見た」


「どんな夢ですか?」


「悪夢には違いないだろう?」


「確かに」


 そう言って、令は歯を磨く為に男子トイレに入る。


「昨日はどこかへ行って、飲みに行ったんでしょう?」


「よく分かるな?」


「捜査中なんだから、気を抜かないでくださいよ。兄が僕に延々と事件はどうなっているのかを聞いてくるから、政界が絡んでくる事件だとは踏んでいますけど?」


「まぁ、上の言われるままに仕事するさ?」


 そう言って、令と明は会議室へと向かっていた。


 出来レースで主犯格を捕えない捜査か?


 反吐が出る。


 令は捜査中にどうやって抜け出して、真木組の事務所に行こうかと思案していた。


 朝早い時間でもセミの鳴き声が新宿には響いていた。



 広瀬杏美は大学病院の病室のベッドで上司の在原の面会を受けていた。


「焦りすぎたな?」


「まさか、政権側がこんな手まで使って来るなんて、思いませんでしたよ?」


 そう言って、広瀬はペロッと舌を出すが、在原の顔は硬いままだった。


「どうかな? ただでさえ、支持率が低迷している内閣が閣僚一人を追い詰めたからって、社会部の記者一人を襲撃するなんて、暴挙に出るとは思えんがな?」


 そう言われた、広瀬は「じゃあ、他に誰がやったと言うんです!」と大声を出す。


「ここは病院だぞ」


「知りませんよ、私たちだって、命がけなんですから!」


 そう言った、広瀬だが、辺りの白けた目線を見て、さらに怒りを覚えていた。


 いつもそうだ。


 社会に間違っていることを間違っていると正々堂々と言えば、この患者たちのように私は白けた目線で常に見られる、学生時代を歩んできた。


 正しいことを正しいと思って、発言して、何が悪いのだ?


 そうして、学生時代からデモ活動などを行い、その功績が認められて、首都新聞に入社したのだ。


 私は権力のイヌでしかない、警察でも届かない正義を体現する為に新聞社にいるのだ。


 それをこの人たちは・・・・・・


 広瀬がそう唇を噛み締めている時だった。


「チワース! 面会でぇぇぇぇぇす!」


 そう言って、茶髪の男とピンク色の髪をした、いわゆるチャラ男のような二人が病室に現れた。


「ここは病院ですよ!」


 看護師が注意したその時だった。


 ピンク色の髪の男が黒い物体をこちらに突き付ける。


「ひっ!」


 看護師はそれを見ると、動けなくなってしまった。


「何だ! お前ら! ウチに用があるのか!」


 在原がそう言うと、ピンク色の髪の男が黒い物体、いわゆる拳銃の銃床で在原を殴りつける。


「うっぅぅ! 広瀬!」


 在原は銃床で殴り続けられながら、呻く。


「広瀬ちゃんって言うんだ?」


 そう言って、茶髪の男はナイフを取り出す。


「因果応報ってね?」


 因果応報?


 何なの? こいつら?


 何で・・・・・・何で、私が殺されなきゃいけないの!


 私は正しいことをしているのに!


 そう思った、次の瞬間には広瀬は首の頸動脈を切られ、薄れゆく意識の中で自身の鮮血だけが最期の景色となった。


 

「事件ですか?」


 地域課のパトカーをタクシー代わりに使っていたら、新宿の病院で患者が殺されたという一報が入ってきた。


 令と明は本部の刑事と組んで、捜査活動を行っていたが、その刑事たち自分たちに小遣いを渡して、単独行動をとり始めたので、仕方なく、二人で独自行動をしようということでパトカーをタクシー代わりにしていたのだ。


 本部の刑事は単独でネタを掴み始めた時は時々、所轄の刑事を追い払うこともあるが、それをされたのが癪に障ったので、令は明を誘って、こちらも時間潰しではなくて、独自行動を取ろうかと思っていたのだが・・・・・・


〈至急、至急、警視庁から、各局、警視庁から各局〉


 その場にいる全員が警察無線に耳を傾ける。


〈新宿署管内の大学病院内で男二人が発砲しナイフを振り回している。尚、警邏の警察官四名が殉職したとのこと。ガイシャの名前は広瀬杏美二七歳。三日前にボウガンで足を貫かれて、入院をしていた首都新聞記者とのこと、近場にいるPC(パトカーの意味)は現場への臨場を願いたい〉


「広瀬って・・・・・首都新聞の社会部の記者ですよね?」


「あぁ、前にも話したが俺を付け狙う、ストーカーだ」


 明にも首都新聞の広瀬が自分やその周りを嗅ぎつけているという趣旨の話はしていたので、明も広瀬のことは聞いていた。


 その明が絶句した、表情を見せる。


「報復か?」


「政権がやるわけないでしょう? 常識的に考えてくださいよ?」


「あれだけ、派手に正義とやらを貫いているのだから、どこかしら方面からかはやられるとは思っていたがな?」


 令がそう言うと、運転する巡査が「よりによって、ウチの管轄ですか? 寒」とだけ言った。


「拳銃は持っているか?」


「そちらは?」


「借りるかもな?」


「持っていないんですね?」


 しばしの沈黙が車内に漂う。


「借りるぞ」


「拳銃携帯命令が出ていないんでしょう? 僕らが行きますよ」


 そう言いながらもパトカーは現場である、病院へとサイレンを鳴らしながら、緊急走行をしていた。


「応援来ますかね?」


「まぁ、応援待った方がいいわな?」


 人一人が死んでいる中で、呑気な会話をしているが、これが警察という組織なのだと令は感じながら、緊急走行をするパトカー内部で腕をコキリとならせていた。


「神田さん、素手は無理っす」


「もう、徹底的に武闘派なんだから?」


「いいから、運転しろ」


 そう言う中でも、車内は現場に近づくにつれて、緊張感が漂い始めた。


 時刻は午後一時四分。


 まだ、セミの音はうるさかった。



 大学病院の敷地内に入ると、そこには多くの警察車両が詰めており、病院内からは多くの患者や家族達が雪崩のように外へと逃げていた。


「状況は?」


 令たちが到着すると、地域課の警部補が「立てこもりではねぇな? 容疑者は広瀬殺した後に投降したらしいし」とだけ言った。


「マジで?」


 令と同行していた、地域課の巡査がそう言うが、それを対して警部補は「仮にも人が死んでいて、そういう軽いノリはねぇだろう?」と苦言を呈す。


「失礼いたしました」


「まぁ、良い。SITや銃対の出番かと思ったが、何とか確保できて良かったよ。広瀬とかいう嬢ちゃんが殺されたのは残念だがな? まぁ、それよか現職の警察官四名を殺された・・・・・・連中は殺しのプロだな?」とだけ言った。


 そう言って、地域課の警部補が去ると、すぐに本部捜査一課の面々がやってきた。


 今回は中嶋班ではなくて、中嶋と対立関係にある、桑原班だった。


「お前ら、早いな?」


「ご苦労様です」


 令と明は中嶋の世話にはなっているが、一応は桑原にも普通に対応できた。


「で、マル被は?」


「すでに確保したとのことです」


「じゃあ、マスコミの目に触れないように慎重に運ぶか。もっとも、それ決めるのは上の方だけどな?」


 そう言って、桑原はあごをさする。


 ここ最近は深夜まで仕事していたから、髭が伸びているのだろう。


 そう思っている、令もあごひげが気になったが、考えてみれば、亜里沙との会食もあったので、剃っていたことを思い出していた。


「もう事件は終わってましたね?」


 明が安堵を顔に表した表情でそう言う。


「まぁ、良いと言われるまではここにいるか?」


 そう言いながら、令は汗を拭う。


 鬱陶しい暑さだ・・・・・・


 今日も真夏日を超えた気温であることを知覚しながら、神田は殺伐とした現場を見渡していた。



 その後に新宿署に移送された、広瀬と警察官四人を殺した、二人のマル被だったが、終始へらへらとした様子で「黙秘しま~す!」とふざけた態度で取り調べに応対していた。


「何で、広瀬を殺した?」


「気に入らないからっす!」


「誰の指示だ」


「俺が嫌いだから、殺したの」


「お前なぁ! 俺たちは仲間殺されたから、苛立っているんだよ!」


「邪魔するほうが悪いんしょ?」


 そう言う、ピンク色の髪型をした男は終始へらへらとした様子でそう言う中で、もう一人の金髪の男に至っても同じ内容の供述をするので、取調官は終始、苛立っていた。


「バックに誰かいるんですかね?」


 取調室のマジックミラー越しで取り調べを見ていた明がそう言うと、令は部屋を出て行った。


 ただでさえ、殺人事件が起きて、戒名が出来ているのにあの女が殺されて、もう一つ余計な戒名を新宿署は抱え込むことになる。


 地獄だ。


 ウチの業務レベル的に死んでしまう。


 しかも、もしこれにマルBなり反グレなりが絡んでいれば、組織犯罪対策部までもが入り乱れての捜査が行われて、指揮命令系統は混乱し、カオスな展開になるのは目に見えていた。


 もっとも、一課の範疇だけで言えば、広瀬の事件は桑原班が追って、中嶋班は引き続き、強制性交事件を追うそうだが、桑原班は組対部ともやり合わなければいけないのだ。


 最悪だ・・・・・・


 ため息を吐きたい気分になった令だったが、気になった事があった。


 だが、タイミング的に考えても違和感しか分かない事件だ。


 亜里沙の話によれば、広瀬は村岡大臣の息子の英俊を追っていたそうだ。


 常識的に考えれば、考えた方がいいが、あまりにもタイミングが良すぎる。


 気乗りはしないが、あいつらのところに行くか?


 何かしらの情報が得られるかもしれない。


「どこへ行くんです?」


「寺岡?」


「はい?」


「これから、俺が行く場所は悪鬼の巣窟だ。ボンボンのお前は付いてこれるか?」


 それを聞いた、明は「行けますよ! どこかは分からないけど、ボンボン呼ばわりするなら行きます!」と語気を強める。


「舐められるなよ。今回は情報収集だが、あいつらは金になると思えば、どんな惨い事でもする奴だ? 正義感なんか捨てろ」


「ちなみに・・・・・・どこですか、それ?」


「マルBだ」


 それを聞いた、明は天を仰いだ。


「本当に骨の髄までアウトローですね・・・・・・ていうか、越権行為だし、かなり咎められますよ?」


 令は無言を返事にするしかなかった。


「まぁ、良いですけど、オヤジと課長は知っているんですか?」


「今から許可は得る。ただし内容は逐次、報告するつもりだ」


「それなら、安心です」


 そう言って、明はネクタイを締めなおす。


「逃げるなら、今のうちだぞ?」


「デカはバディを組んでなんぼでしょう? 行きますよ」


 そう言って、二人は署長からマルBとの接触の許可を怒られながら、渋々且つ強引に得ると、新宿署から熱波が蔓延る、新宿の街へと出て行った。


「ここから、歌舞伎町に行く」


「嫌いなんだよな? あの街? やばい奴ばっかりじゃないですか?」


 そう言いながらも二人は汗を拭いながら、徒歩で歌舞伎町を目指していた。


 時刻は十五時ちょうど。


 その日も新宿は表面上は平然としていたように思えた。



 新宿署を出て、徒歩で歌舞伎町のエリア内にある、雑多で小規模なビルの中へと令と明の二人は入っていった。


「監視カメラ多いすね?」


「悪鬼の巣窟だからな?」


 そう言って、令が真木商事と書かれた事務所の中に入ろうとすると、組員と思われる男が「何の用?」と聞いてきた。


「おたくらのボスに神田が来たと言えば、分かる」


 令がそう言うと、組員は「そっちの坊やは?」と聞いてきた。


「新入りだ。お前らの世界には免疫が無いから、勉強がてら連れてきた」


「気に入らねぇ、面してんな?」


 そう言って、組員は明を睨み倒しながら、事務所の中へと入る。


「お前とは文化圏が違うそうだ?」


「はっきり言って、僕、カツアゲされる側ですからね?」


「これからは一人でも、ここ出入りできるようにならなきゃな?」


「嫌ですよ。大体、組対でもない、ジがこんなところに出入りなんて――」


「お前、今、何ていった?」


 そう言って、組員数人が寺岡を囲む。


「こんなところか?」


「お前、口の聞き方に気を付けねぇと、マジで沈めっぞ?」


 明は令に助けを求める、目線を投げかけるが「坊ちゃんからの脱却だよ。男になれ、寺岡」とだけ言った。


「神田さん。社長が入って良いとのことです」


「邪魔するぞ」


 そう言って、令は事務所に入ろうとするが、明はまだ絡まれていた。


「お前さぁ、仮にもサッカンなんだからさ?」


「いや、この人たち・・・・・・」


「遊んでないで、さっさと付いてこい」


 そう言われた、明は組員たちから解放されると、令の後に付いてきた。


 そして、奥にある〝社長室〟なるものへと通された。


 そこでは、葉巻を吸った、眼光の鋭い中年の男が座っていた。


「おぉう、ボン、警察辞めて、ヤクザになる為にここに来たんか?」


 葉巻の煙が揺らめき、香りまで漂う中で令は「それは転落ルートだな? 今日は首都新聞の広瀬という記者が殺された事件に関しての情報収集だ」とだけ言った。


「広瀬ってあのうっとうしい女記者やろ? 俺たちは管轄外やったらしいけど、あの女は既得権益層には嫌われていたからのぅ? 空気クラッシャーとも言われている首都新聞らしい記者とも言えるちゃあ、言えるんやけどな?」


「お前らの対立する組が絡んでいたら、どうだ?」


「組というよりもアグニとか言う、ガキどもやろう? ワシらは会長からお達しされた、それなりに守らなきゃいけないルールを守って、ここにおるけど、あいつらはそんなのお構いなしや。別のヤクザとも組んでいるようやが、そうしたら、あんたたちが潰しといてくれや。頼むわ!」


「俺たちを利用するつもりか?」


 令は冷徹にではあるが、言葉を選びながら、目の前の葉巻を吸う中年と相対していたように明には思えた。


「確か、広瀬が追っていたヤマは女子大生の不同意性交やったなぁ? 今の時代での言い方はそうやけど、実質的には強姦とも言ってもええなぁ? お痛をした、ガキどもの主犯格が政治家の息子やから、政権を追い落とす為に追いかけていたそうやのう?」


「そこまで知っているか? 報道では全て伏せられているが?」


「あんたらの会社にもワシらの協力者がいるんやで?」


 それを聞いた、明は内心では反吐の出るような感覚で聞いていたが、今はそれを表情に出すことなく、目の前のやり取りを注視していた。


「まぁ、良いさ」


「ええの? 今の警察は厳しいんやろう? 内規とか?」


「俺の知ったことではない」


 それを聞いた、真木は「クールやなぁ? 内面は超武闘派のくせしてなぁ?」と言って、高笑いを始めた。


「アグニと不同意性交事件の主犯格である村岡英俊の関係性は?」


 それを聞いた、真木は「はっ!」と鼻で笑い始めた。


「大麻パーティーと乱交パーティーにハマりまくって、その弱みを握られて、今じゃアグニの資金源と政財界の情報源や。良い具合にパシリにされているというのが事実や」


「村岡大臣はそのことを知っているみたいだな?」


「知った時には遅く、今じゃあ、親子そろって金づるやで。アグニは村岡の資金と各方面へのルートを使って、東京進出したんや。横浜の田舎っぺのくせになぁ? お上もいい加減に首切るつもりやが、どういう着陸をさせるかで頭を悩ませているらしいで?」


 横浜は十分に都会のはずだが・・・・・・


 寺岡がそう思った後にそれを聞いた、神田は「関与しているのは分かった。それと最後に一つだけ」と切り出した。


「何や?」


「伊藤と鈴木は今回の件には関与しているか?」


 それを聞いた、真木は葉巻を揺らしながら「鈴木は事実上の伊藤の配下やからな? 四十超えて、未だにお前と同年代のガキにいいように使われておる、元少年Aも哀れやが、一番悪いのは伊藤や。あいつは元々が族上がりとは言え、あんな事件を起こして、闇社会に入ったかと思えば、ルール無用で私腹を肥やしているからのぅ? お前はそいつらに地獄見せる為に警察官になったようなもんやからな?」とだけ言った。


 部屋には依然、葉巻の煙が揺らめいていた。


「その時に伊藤の同級生だった、こいつが罪を擦り付けられて、学校辞めさせられかけたんや。新人のボン」


 真木の言った一言を聞いた後に明は令を二度見してしまった。


「まぁ、伊藤の目論見は暗い一匹狼の優等生のそいつを退学させることやったんやが、乱暴された側の女の両親が何かがおかしい言うんで、揉め事を起こしたくない言う、学校の意向を無視して、警察に通報して、科学捜査の結果、そいつは無罪言うのが分かったんや。資産家の息子の伊藤は県立の底辺校抑えるのは成功したけど、警察は駄目やったちゅう話しや?」


 そう言いながら、真木は葉巻を吸い続ける。


「そして、伊藤は捜査こそされたが、女が最終的に起訴せえへんかったから、一家離散で済んだわ。乱暴された女は行方不明。そして、疑いが晴れたそこのクレイジー坊やは周囲から距離を置かれる中で高校卒業して、無事にお巡りや」


 だから、この人は少年犯罪を憎んでいるのか?


 それと同時にこの人はそのような苦労人であるが故に実力で全てを掴む生き方しか知らないから、広瀬のような弱者救済を訴える連中を嫌うのだろう。


「伊藤はその後にボンボン大学出ている。故にこいつはそれに対して、弱者救済の下で犯罪やっておるのにそれを野放しにする反権力を標榜する奴が嫌いなんや。さらに言えば、こいつの父ちゃんは東京の会社の社長やったから、地元の反権力側からも疎まれていて、学校も不登校だったから、後ろ指を刺されていた経験から――」


「言いたいことはそれだけか?」


 令はそう言って、真木を睨みつける。


「・・・・・・まぁ、言いすぎやな? 今日は帰れや。ヤクザになる気があるなら大歓迎や?」


「誰がなるかよ」


 そう言って、令は事務所を出て行った。


「邪魔したな?」


 組員にそう言うが、組員は舌打ちを返事にして、返してきた。


「神田さん・・・・・・大丈夫ですか?」


「大丈夫・・・・・・ではないな? 帰るぞ」


 そう言って、令と明は夕暮れの歌舞伎町を徒歩で歩いていた。



 村岡英樹は衆院東京四区に属する蒲田駅前で演説を行っていた。


 息子の犯した、罪が気になるが、各方面には金は払っているのだ。


 問題は無いと思いたいが、今の村岡には東京都議選に出馬する自明党の都議の応援の事で頭がいっぱいだった。


 ただでさえ、内閣の支持率が低い中で、都議選で負ければ、現内閣は終わるかもしれない。


 そうすれば、自分が掴んだ初めての大臣ポストである、総務大臣のポストは新総理、もしくは内閣改造で失うかもしれない。


 それは避けなければいけない。


 息子のスキャンダルは例の〝協力者〟に頼み込んで、抑えてもらったが、問題はとにかくは選挙に勝つことだ。


 あのバカ息子のせいで、私は危機に瀕している。


 とにかく、勝たなければ、意味が無いのだ。


 そう考える中で、都議への応援演説を村岡は始めた。


「えぇ、蒲田駅周辺の皆さま、こんにちわ。総務大臣の村岡英樹です」


 そうだ、勝てばいい。


 世の中は勝てば、官軍なのだ。


 大丈夫だ。


 あの〝協力者〟にも金は払った。


 息子の事はバレることは無い。


 しらばくれればいいのさ?


「この町山爽太都議は四年の都政において――」


 そう言い終わる瞬間に村岡は絶命することになったのであった。


 辺りが謙遜とする中で、村岡は心臓から血を吹き出し、辺りは騒然となった。


 いわゆる、狙撃による、暗殺であった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 蒲田駅が騒然となる中で、警視庁SPが必死で村岡を退避させようとしていたが、村岡はすでに息絶えていた。


 時刻は一一時三分。


 大混乱の中で、鎌田ではセミの鳴き声は聞こえなくなっていた。


10


 新宿署に戻って、すぐにデスクに戻った令と明は真木との接触の内容を早田署長に報告していた時にその時がやって来た。


「早田署長!」


 本部捜査一課長の宮本だ。


「お前は相変わらず、無礼な奴だな!」


「それどころではないです。村岡が殺されたそうです!」


 それを聞いた早田は「何! どういうことだ!」と怒鳴りだす。


「蒲田で狙撃をされたとのことです。すでに内閣には緊急招集が掛かり、本部とサッチョウでも対応を練るとのことです」


「蒲田は管轄外か・・・・・・一課は出るのか?」


「一課からは宮地班を出す予定ですが、事件が事件なのでさらに班を増やす可能性があるでしょうね? それに例の強制性交致死事件と記者殺しにも影響があるでしょうし?」


 それを聞いた、令と明はあまりの急展開に面を食らったが、すぐに早田が「お前らは部署に戻れ」とだけ言った。


「分かりました」


 そう言って、二人はデスクへと戻って行った。


「村岡が殺された・・・・・・アグニか?」


「アグニにとっては大臣閣下は重大な資金源だったんでしょう? それをみすみす殺すなんて?」


 それを聞いた、令は深いため息をした後に「鉄砲玉どもに聞きに行くか?」とだけ言った。


「どこ行くんです?」


「留置場」


「あの二人に話を聞くんですか?」


「それ以外ないだろう?」


「無駄だと、思いますよ、末端のメンバーでしょうし?」


「何もしないよりは良いと思うが?」


「それはそうですけど・・・・・・」


 そう言いながらも二人は広瀬殺しの犯人である、二人の実行犯のいる留置場へと向かっていた。


 署内では冷房が寒すぎるほどに効いていたのが令は不快だった。


 続く。

 次回、最終話、駆逐する鬼。


 来週もよろしくお願い致します。

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