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第一話 その正義は狂気

 約、四か月ぶりの投稿です。


 リアリティに欠けると思いますが、三週間お付き合いお願い致します。


 永田町にある自明党本部の幹事長室で寺岡俊哉は一息を吐いていた。

 

 明日は地元に帰らなければいけない。

 

 現在の国会では重要な法案も立て込んでいるが、今年は衆院選があるのだ。


 現内閣は支持率がお世辞にも高いとは言えない状況なので、ここで負ければ、痛手を被る以前に政権交代という事態にもなりかねない。


 そう考えると、寺岡はタバコに火をつけた。


 近年でこそ、禁煙が叫ばれているが、政治の世界での喫煙率は依然とした高い状況だ。


 野党第一党の民人党党首の緑川も衆院の執務室で吸っていたと、大騒ぎになったが、それを私がやるか?


 まぁ、党の執務室でやるならば、問題ないだろう?


 衆院や参院で喫煙をするのはいかんが?


 苦笑いを浮かべながら、外を見ると自明党本部には市民団体などが抗議デモを行う為に大挙していた。


 自明党の参院議員がマイノリティ関係の失言をしたのが、引き金になったが、寺岡はデモ隊の元に向かうわけではなかったので、警備上の不安は無かった。


 この席に座っている以上は気持ちの良いことではなかったが、とにかく今は地元に帰って、講演会でどのようなことを話すかを練習したかった。


 ここで、練習するか?


 議員宿舎に帰ってからの方が秘書に聞かれることはないが、どうする?


 そう考えながら、タバコを灰皿に押しつぶした時だった。


 若手の議員曰く、今では化石に近いであろう、ガラケーに着信が入る。


 内閣情報調査室の安藤からの電話だった。


「先生、お時間よろしいですか?」


「何だ? 簡潔に言えよ、明日、地元に帰らなきゃいけないんだから?」


 そう言いながら、二本目のタバコに手を出そうとした瞬間だった。


「ご子息がガサ入れに入るそうです」


 そうか?


 そう言えば、今日だったな?


 俊哉には二人の息子がいるが、一人は現在、自分の秘書として勤務しているが、もう一人は政治家にするにはあまりに出来が悪すぎ、そのくせ、正義感だけは強かったから、放任をしていたら、警視庁の刑事になってしまったのだ。


 よりによって、政治家の息子が刑事になるなど・・・・・・


 あのバカ息子は私が仮に汚職でもしたら、血眼になって追いかけるのではないだろうか?


 もっとも、そんなことをすれば、すぐに閑職に追いやるが?


「どうせ、年寄りを騙した挙句に金欲しさに殺したガキどもをしょぴくんだろう。しょせんは小物だよ」


「そうでしょうね?」


 電話の向こうにいる安藤は何か言いたそうにしていたが、気にせずに寺岡はタバコに手を伸ばした。


「確か、組織犯罪対策部との合同捜査だったな?」


「・・・・・・ご存じでしたか?」


「反グレが裏で絡んでいるようだが、あくまで実行犯のガキどもの討伐にウチのバカ息子が駆り出されているんだ。大したことは無いが・・・・・・それだけか?」


「・・・・・・申し訳ありません」


「いいさ、あいつの動向は把握したい。変な事になったら大変だからな? 切るぞ」


 そう言って、安藤の返答を聞く間もなく電話を切った。


 まぁ、いいさ?


 好きにチンピラでも追いかけていればいい。


 そう思った、俊哉はさらにタバコを吸い始めた。


 演説の練習は帰ってからにしよう。


 タバコの煙が幹事長室にただ漂っていた。



 寺岡明は新宿にあるアパートを遠目に見ると、そこからでも分かる汚さに驚いた。


 これで都心にあるってだけで、大層な物だろうけど、家賃が安くても、住みたくないな?


 明がそうしている中で、同僚の新宿署署員や警視庁本部の捜査一課と組織犯罪対策部暴力団対策課と薬物銃器対策課で早くもガサ入れの準備をしていたが、ここまで物音一つ立ててない。


 気配を察知されて、逃げられるのだけは避けるのか?


 今回の事件は水道業者を装った少年達が老人を羽交い絞めにして、金を強奪すると、暴れた老人をトカレフで射殺するという極めて、残虐な犯行が行われたが、防犯カメラの映像や周辺の目撃情報に老人周辺に落ちた少年達の髪の毛などが生活安全部の少年事件課のデータベースに残っていた、DNAと一致。


 これにより、捜査一課と黒社会が関与していると考えられることから、組織犯罪対策部まで出張ることになったのだが、相手はいわゆるトクリュウと呼ばれる存在で反グレと呼ばれる暴走族グループに雇われていたらしい。


 トクリュウは流動的に組織図を変える民間人の集まりだが、その背景にいる反グレはかつての非行少年達がギャング化して出来た側面から、ヤクザとも違い、かといって、もうすでに非行少年グループというにはあまりにも狂暴化しすぎたその性質から、警察内部でも曖昧な位置づけで扱われていた存在だが、警視庁の組織犯罪対策部改変により、現在では暴力団対策課が担当する事になった次第だ。


 犯罪の度合いと対する組織の性格によっては公安部までもが介入する代物だが、今回のオペレーションでは一応は刑事事件なので、自分たち、捜査一課も出張ることになったのだ。


 相手は子飼い且つトカゲの尻尾切りである、実行犯の民間人の未成年ではあるが、準暴力団に雇われているという観点から、銃器を保有している可能性も考慮して、銃器対策として組織犯罪対策部五課と捜査一課特殊犯捜査係であるSIT(Special Investigation  Team)と銃器対策部隊であるERT(Emergency Response Team)という特殊部隊も出動をする事態にもなっていた。


 まだ、行動には移していないとは言え、明は早くも物々しい感覚を覚えていた。


「神田さん、絶対に感情的にならないでくださいね?」


 隣に座る、神田令巡査部長に目を向けると、当人は黙りながら、ただ光の無い目をアパートに向けていた。


「・・・・・・分かっているよ、相手が攻撃してこなければな?」


「・・・・・・神田さん、絶対に一暴れは無しですよ」


 令はデモ鎮圧を行う第四機動隊の出身で、何故か捜査一課に引っ張られた、異色のデカだ。


 通称で鬼とまで称されるほどに気性の荒いと言われる第四機動隊出身で、麻布署勤務の後に本部勤務になるぐらい優秀だったが、そこである少年事件を担当して、被疑者、いわゆる、マル被と呼ばれる存在である少年を検挙時にタコ殴りにした事が問題視されて、ほとぼりが冷めるまでの間とは言え、新宿署の刑事課への異動が下命されたのだ。


 もっとも、一応はデカ長(刑事の役職にいる巡査部長を差す通称)を任されている令だが、世論的には同情の余地もない凶悪犯罪だったので、警視庁内やネットを始めとする民意の中においても、令は非難されるどころか、むしろ同情や尊敬の眼差しで見られるという異常な状態になったが、一応はほとぼりが冷めるまでは所轄署勤務という事だ。

 

 地域課じゃなくて、刑事課に残すのかよ・・・・・・


 しかも、ただでさえ、犯罪件数の多い新宿署で?


 上層部、特に刑事部の令に対する期待値はそれだけ高いということかもしれないが、厄介者を抱え込まれた、自分たちからすれば、いい迷惑だ。


 ただでさえ、反権力を謳う市民団体や左寄りのマスコミからも令は狙われているのだ。


 自分たちまで、そんな面倒ごとに放り込まれるのはたくさんだ。


 そう言いながらも、明と令は車から降りると、SITとERTもアパートの包囲を始める。


 そして、警視庁本部捜査一課の中嶋大輔警部補がガサ状を持って、アパートの階段を駆け上がる。

 

 中嶋警部補も神田擁護派だっけ・・・・・・


 本部の検挙率ナンバーワンデカだから、本部の一課長や理事官に参事官や管理官相手でも一介の主任警察官でありながら、直言をすることの出来る、極めてレアなたたき上げの職人肌。


 そういう人だからこそ、神田みたいな何考えているか分からない粗暴な男をちゃんと叱りつけて欲しいんだけど?


 そう思う中でも、明や神田を始めとする新宿署員達と本部の一課と組対五課の捜査員たちがアパートの一室の前へと詰め寄る。


 そして、捜査員の一人が呼び鈴を鳴らす。


「警視庁! ちょっと、何で来たか分かるよねぇ?」


 捜査員の一人が優しい声でありながら、その奥にはマル被に対するサディスティックな本心を伺わせる声音を吐く。


 すると、奥からどたどたという音が聞こえる。


「銃対(ERTの隠語、かつての銃器対策部隊だった事から)に伝えろ、あいつら、悪あがきするつもりだ」


 立てこもりとかは一番避けたいな?


 明がそう心臓をバクバクとさせると、中嶋が令の肩を叩く。


「令」


「はい」


「やれ」


 その一言を聞いた、令はニヤリと笑いだす。


 明はその瞬間、悪寒が走った。


 すると、案の定、令は携帯されていた、回転式拳銃のSAKURAを取り出して、ドアノブに発砲した。


 銃弾の乾いた音がアパートに響いた。


「よし、鍵空いたぞ!」


「中嶋警部補・・・・・・」


「何だ?」


 組対の捜査員達は頭を抱える。


「・・・・・・突入」


 そう言って、捜査員達が室内になだれ込む。


 すると、年端も行かない少年達三人が、必死に外へ出ようとするが、二階からの高さは結構な物なので、飛び降りても足は骨折するだろうなと思えた。


「来るなぁぁぁぁぁぁ!」


 そう言って、少年の内の一人が拳銃をこちらに突き付ける。


 トカレフか?


 完全に黒社会が絡んでいるな?


 明は緊張感が溢れる中で冷静にそう分析するが、拳銃を構える、少年の前で捜査員たちは硬直せざるを得なかった。


 何の為にSITと銃対を合わせて二個中隊用意したんだよ?


 ERTの隊員達がアパートの階段を駆け上がる中で、少年は追い詰められた表情で銃口をこちらに向ける。


 そして、天井に向けて、銃弾を放った。


「来るなぁぁぁぁぁ!」


 捜査員達が怖気づく中で、中嶋と令はニヤリと笑いだす。


 嫌な予感しかしねぇ・・・・・・


 そうすると、令はSAKURAを取り出し、躊躇なく少年の右足を撃った。


「うげっ!」


「ゲンタイだな?」


 何事も無かったかのようにそういう中嶋に対して、捜査員達の白い目が突き刺さる。


「後で、調書に書かせてもらいますよ?」


「ご自由に? マル被逮捕が先決だろう?」


 銃を持った、少年が撃たれたことにより、戦意を喪失した残りの少年二人に手錠をかけると同時に令は撃たれた少年にも手錠をかけようとする。


「令、さすがにそいつは病院だよ、まずはさ」


 それを聞いた、令は恨めしそうな顔を浮かべていた。


 この人たちはトラブルメーカーだ・・・・・・


 明は頭が痛くなってきたのを知覚した。


 アパートの外から赤色灯の明かりが反射し、サイレンのヒステリックな音が響き始めていた。



「まぁ、気持ち的には分からなくはないよ、相手は犯罪者なんだから?」


 新宿署署長の早田に呼び出された、明と令は終始俯いていた。


 何で、俺まで怒られなきゃいけない・・・・・・


 明は令を睨みつけるが、令は光の無い目を浮かべるだけだった。


「・・・・・・神田」


「はい」


「また、騒がれるぞ? 特に反権力が格好良いと思っている奴らを中心にな?」


「はい」


「まぁ、調書では本部の中嶋辺りに煽られたとあるが・・・・・・何で、俺はお前を抱え込まなきゃいかんのだ!」


 早田が急に怒鳴り始める。


 無理もないな?


 ノンキャリアの叩き上げで、刑事畑を歩いて、捜査一課長まで経験した早田署長からすれば、出来る限り、早い段階で本部に戻りたいだろう。


 それがこんな奴のせいでおじゃんになってしまえば、元も子もない。


 そこから、早田の叱責が延々と令に向けられるが、令は無表情のままだった。


「お前は仮にもデカ長だろう! 大体、ただでさえ、捜一と組対部の連中との合同捜査だから、面倒なのにお前は余計な仕事を増やしやがって!」


「・・・・・・すいません」


 すると、署長室のドアがノックされる。


「誰だ?」


「宮本捜査一課長がお見えですが?」


「あぁ、宮本君か? 通せ」


 新宿署署長と警視庁捜査一課長の階級は同じ警視正ではあるもののだが、前者は元捜査一課長で後者はいわゆる後輩にあたる為、どちらかと言えば、早田の方が偉いと言えば、偉いのだが・・・・・・


 捜査一課長の宮本が柔道で鍛えた大きな体を揺らしながら、署長室に入る。


 この人、威圧感凄いよな?


 どちらかと言うとインテリ気質の署長が跳ね飛ばされそうだ。


 歴戦の猛者って奴ですか?


 明がそう思考していると、宮本は「神田はうちの中嶋にそそのかされたんですよ?」とだけ言った。


「挨拶も無しにいきなり、それか?」


「失礼」


「・・・・・・私もバカではないから、知っているが、上は相手が威嚇とは言え、拳銃を発砲した事実から、正当防衛で拳銃を発砲したという筋書きがあるんだろう?」


「事実ですからね?」


「・・・・・・まぁ、いいさ。神田は粗暴だが、優秀だし、俺も好きだからこそ、ここに引き入れたんだけどね?」


「でしょ?」


 オヤジ(署長の通称)までグルかよ・・・・・・


 最低なんですけど?


 そう言う中でも早田は「神田、私の権限と状況が相手が犯罪者であることを鑑みて、寛大な処置で収める」とだけ言った。


「ありがとうございます」


「お前・・・・・・少年犯罪になると暴走するのはどうにかしてくれ。それ以外は優秀なんだから?」


「了解です」


「とりあえずはこれで終わりだ。後は本部の案件だから、ゆっくり休め」


「了解です」


 そう言って、令は頭を下げて、下がった。


 明もそれに続こうとしたが、早田が「寺岡は残れ」とだけ言った。


 俺かよ・・・・・・


 そう言いながら、令が署長室を去るのを眺める。


 そして、ドアが締まり、捜査一課長の宮本と署長の早田に明の三人だけが残る形となった。


「神田は、あぁ、見えて、警察学校時代の成績は優秀で何気に今までの同僚からの評判も悪くはないから、上も対応を決めあぐねている」


 早田がそう言うと、明は「はぁ・・・・・・」とだけ言った。


 まぁ、ここまで暴走した事件が少年事件だけだったのと、早田が言うように実際のところ、令の同僚や上司を含めた評価は何故か、すごぶる良いのだ。


 故に上も処分しようにも、そのような高人材を欲しがる勢力が本部内に多くいるらしい。


 スタンドプレーが厳禁な警察にあってはありえない展開だが、明には思い当たることがあった。


「サッチョウ(警察庁の隠語)の八島警備局長が神田さんをかなり高く買っているそうですね?」


「まぁ、僕はハムが嫌いだがね? あぁいう、スタンドプレーを好む一匹オオカミはハムに適性があると思うんだけど・・・・・・名前が知られているからね。いろんな方面に?」


 ちなみにハムとは公安部の警察内の隠語である。


「でしょうね、作らなくていい敵を積極的に作っていますしね?」


「苦労人だが、学歴も申し分ないしな?」


「一応はマルキ(機動隊の隠語)時代に夜間大学出ているんですよね?」


「まぁ、それはいいんだ。たまにブチぎれなければ、今頃はハムに行けただろうさ?」


 確かに変に顔が売れてなければ、隠密捜査が原則のハムにも令は行けただろうな?


 ちなみに令は今、二八歳で巡査部長で、二六歳で巡査長の自分よりも階級は上で先輩だ。


 明自身も現役で三流大学を出て、警視庁に入庁してから、初任地が犯罪多発地域にある新宿署という幸運もあり、周りや上司にも恵まれて、この年でデカになれたのだ。


 自分自身は昇進など考えていないが、令は全てにおいて異例過ぎて悩ましいというのが、警視庁全体での評価なのだ。


 一応は夜間大学卒と言え、純然たる六大学の早明大学卒なのだから、ハムに登用すればいいだろうが、そこは完全実力至上主義である警察とは言え、いや、だからこそ、生まれる妬みなどから、令の公安部への登用は中々実現はしないのだ。


 しかも、何度も言うが、一連のブチぎれ事件でマスコミ関係にも実名は出さずとも目の敵にされているのだ。


 これでは裏の世界に令を登用するのは難しい。


「神田は何度も言うが、ハム向きなんだ。非合法捜査だってやり放題だし、何よりも一匹オオカミのあいつにはぴったりだと思うんだがね?」


「同感ですね。一課で面倒起こされるよりはハムで面倒を起こされた方がいいです」


 そういう宮本も大の公安嫌いで知られているが、令の話をする時は何故か、目が笑っていた。


 ていうか、もう戻りたいんだけど?


 俺がそう思う中で、早田が「君のお兄さんから、また電話が来たよ」と告げた。


「兄ですか・・・・・・」


 一介の巡査長でありながら、署長の早田や本部の捜査一課長である宮本とこうして、自分が話を出来るのは全て、現与党幹事長である父の存在があるのだが、兄が毎回、早田に様子を伺うということだけは止めてもらいたいものだ。


「サッカン(警察官の通称)としては数年は勤務したのだから、早く辞めさせろとのことだ」


「そして、秘書にですか? 無理ですよ、兄と違って、私は良い大学に出ていないんですから」


「私に言われても困ると言っているんだがね?」


 そう言った、早田は「お兄さんは本部にまで打診しているそうだ」とだけ言った。


 当然ながら、本部にまで俺の存在は知れ渡っているか?


 いい迷惑だ。


 下手したら、本当にクビになるな?


 内心では舌打ちをしたい気分だったが、二人がいる前だったのでそれは出来なかった。


「早田署長は大変だよ、狂犬とお坊ちゃんを抱えているんだから?」


 宮本がそう言うと、早田が「神田はな?」と切り出した。


「最近、ある男と会っているそうだ」


「・・・・・・反社会勢力ですか?」


「お前は神田に対して、どういう見方をしている?」


「違うんですね?」


 早田は咳払いをすると「アークの副社長の宮澤克己という男だ」とだけ言った。


「アークって・・・・・・世界的な医療機器メーカーですよね?」


「何で、そんな経済界の重鎮があいつと会っているかは知らんが、一応は監察にも伝えた。今のところ癒着のような物はないと思われる」


「あいつ、おばあちゃん子ですよね?」


「あいつの両親が不良少年にリンチされた挙句に金を奪われたからな? 故にガキ共を鉄拳制裁したいから警視庁に入庁したらしいが、どうもなぁ・・・・・・無くなった親父さんの同僚だったらしいが、それにしても義理堅いと言えば、義理堅いがな?」


 あの人は粗暴なのに元々がお坊ちゃんなんだよな?


「さすがに君の家族のルートからは宮澤の情報は得られないだろうね?」


「神田さんはハムに高く買われているなら、上はもうその事を知っているんじゃいですか?」


 すると、早田は眉をピクリとした。


 まぁ、余計な詮索はしないけどね?


「だろうな? 私には一報は無いが」


「もし、何か動きがあれば、私にもご一報頂きたいのですが?」


 宮本がそう言うと早田は「彼を本部に戻す為か?」と聞いた。


「えぇ、私は彼に惚れこんでいる」


 そう言って、宮本は署長室を出て行った。


「デカってのは、意外と常識人の人生経験が豊富な奴じゃないと勤まらんのだよ」


 早田は扉を睨みながら、そう言う。


 世の中のイメージはどうかは知らないが、デカというのは事件が起きたら、まず人に話を聞く。


 故に話が上手く、話を聞く被害者、いわゆるガイシャと呼ばれる存在やその関係者や親族を不快にさせることなく、円滑に事件の話を聞くデカこそが重宝される。


 事実、警察学校ではテーブルマナーなどの授業がある。


 最初はこんなものが何の役に立つのかと思ったが、デカになって最初の事件で会社の社長から食事を頂きながら、話を聞く機会があったので、今となれば助かる限りだ。


「何だ、あいつはキザったらしい」


「なんか、いろいろと申し訳ありません」


 早田の歯ぎしりの音が署長室に響くようだった。


 早く、戻りたいんだけどな・・・・・・


 上司相手にそうは言えない、明はただ、早田のお小言を聞くしかなかった。



「おいおい、またかよ」


 警視庁記者クラブにある、首都新聞のオフィスは騒然となっていた。


 広瀬杏美は怪訝な表情を浮かべながら、一報を聞いていた。


「凶悪犯とは言え、未成年の少年を銃撃したらしい」


「確か、だいぶ、前に本部の刑事が未成年の被疑者をタコ殴りにした奴あったろう。それ改善されていないじゃない?」


 今回の事件は新宿の一等地に住む、高齢者が水道工事業者を装った、被疑者の少年達を家に招き入れた後に手足を縛られ、ガムテープで口を抑えられ、資産を奪われた挙句に暴れ始めた高齢者が拳銃で射殺されたという事件だった。


 世間はその事件の残虐性から、この少年が撃たれた事には冷淡な印象だったが、広瀬には確かな怒りが芽生えていた。


 確かに残虐な事件だ。


 でも、その被疑者の少年だって、人間だろう。


 それをただ、凶悪犯という理由だけで何の躊躇もなく拳銃を撃ってしまう、この刑事とは何者なのだろうか?


 恐らく、被疑者の少年は考えうるに犯罪に手を染めなければ生きることが出来ないぐらいに困窮した弱者なのだ。


 そのような背景に思い至ることなく、ただ犯罪者という一言だけで、切り捨てる世間と警視庁という組織は何なのだろうか?


 広瀬は歯ぎしりを覚えながらも、キャップの在原の前に立った。


「キャップ」


「何だよ」


「その少年の事件を追いたいのですが?」


 それを聞いた、在原は「お前、出来んの?」と言ってきた。


「やります、やらせてください」


「相手は警視庁だから、下手な事をすると、後々の事件捜査の時に情報を与えてくれなくなる時がある。ヘマしたら、お前は外されるぞ?」


 広瀬は手を握りしめていた。


「それでも、やらせてください」


 それを聞いた、在原は数秒沈黙した。


「・・・・・・まずは少年が事件を起こした背景から入って、警視庁の姿勢を問いただす方向で行こう。」


 広瀬は在原に頭を下げていた。


「ありがとうございます」


 絶対に許せない。


 犯罪者だからと言って、切り捨てるなんて、慈悲もない連中だ。


 広瀬はこの時、警視庁に対する怒りで胸を滾らせていたのであった。



「いや~、またやらかしたみたいだね? 坊や?」


 警視庁公安部総務課に所属する、平岡亜里沙警部補は焼き肉のタン塩を焼きながら、神田令にそう言い始める。


「相手は拳銃を持って、発砲していました」


「まぁ、そりゃそうだけどさ、相手は一応は凶悪犯だから、世間も警察の対応に疑問は抱いていないよ、一部の人権擁護派は別として?」


 若干、三十一歳にして警部補の階級にある、この公安エリートは何故か、飾らない性格で自分に接触をして、こうして自分と食事をする稀有な存在だ。


 本来、公安部、通称で言うとハムはジ(刑事部の通称)などの他の部署との横の繋がりを嫌い、自分たちだけで情報を独占を狙う存在なのだが、亜里沙は何故か刑事部の自分に積極的に接触して、食事にも誘い、情報も渡してくれていた。


 何故、そうするのかはあえては聞かなかった。 


 そんな、亜里沙に令は内心ではありがたみを覚えながら、タン塩に手を伸ばした。


「平岡さん、坊やは止めてくれませんか? 飛ばされてもデカ長ですし?」


「首都新聞辺りがこの事件で徹底的に少年擁護の記事を書くらしいよ?」


 聞いていねぇよ、この人?


「困りますね? こっちは仕事でやっているのに?」


 大事な話をスルーされたがそこは一応は亜里沙に合わせざるを得ない、令だった。


「まぁ、その点では同じ反権力を標榜していても、明朝辺りは会社ぽいけど、首都新聞は本当にクレイジー極まりないよ」


 そう言う中でも、亜里沙はウーロン茶を飲み続ける。


「相変わらず、飲まないんですね?」


「あぁ、うちの仕事はまず自己管理だから、お酒管理できないと外されるし?」


「のんべぇの平岡さんには心苦しい限りですね?」


「その通り」


 そう言いながら、亜里沙はタン塩を食べ始める。


「ここ最近の政財界の動きは?」


「あんたさ? 一介の刑事さんが何でそんなことを聞くの?」


「事件の兆候があれば、早くに動きたいので?」


「何度も言うけど、私とあんたじゃあ、畑違いなんだよ。と言っても、前の総監の方針で他部所間の交流とか合同での仕事は多くなったけど、今は親睦を兼ねて飲んでいるんだから、仕事以外の話しようよ?」


 そう言いながらも、亜里沙の目線が変わった。


「宮澤とは頻繁に会っているの?」


「・・・・・・えぇ」


「監察も動いているよ、癒着の危険性は無いだろうと踏んでいるけど、一介のデカが財界の重鎮と会っているんだもの?」


 亜里沙が店員の運んできた上カルビを菜箸で焼き始める。


「あの人は俺を助けてくれた人ですから」


 令がそう言うと、亜里沙は「親代わりってこと? 会社を辞めろとまで言って?」と言い出した。


「辞めませんよ、あの人が何言っても?」


 すると、店員が冷麺を運んできた。


「肉食いましょうよ?」


「ここの冷麺は美味しいよ~」


 そう言いながらも、二人は令の当番の深夜まで焼き肉を食べ続けていた。


 そして、閉店時間が近づき始めた時だった。


 令のスマートフォンに着信が入ったのだ。


 新宿署の刑事課長の山崎だった。

 

 こんな時に臨場要請か?


「はい、神田」


〈神田、事件だ。お前は非番だが、赤石が急に腹痛くなったから、出られないか?〉


 赤石は若手の巡査だが、ここに来て、あいつの不調の尻拭いか?


 所轄署では当日の当番、この場合は赤石が夜勤になるのだが、その当番が初動捜査を行うことになる。


 つまりは、冷麺を食う暇もなく、すぐに自分は事件現場に向かわなければいけないのだ。


 せっかくの焼き肉が・・・・・・


「場所は?」


〈新宿中央公園、すぐに行けるか?〉


「行けます」


〈すまない、頼んだぞ〉


 そう言われて、電話を切られた後に令はすぐに席を立ち上がる。


「残念だねぇ? 肉はまだあるのに?」


「それが僕らの仕事でしょう?」


 そう言って、令は亜里沙を置いて、焼き肉店を出て行った。


 新宿のネオンが辺りを照らす中で、令はニンニクにまみれた吐息を漏らしながら、タクシーを拾い、すぐに臨場をした。


 デカってこういうのがあるからなぁ・・・・・・・


 タクシーの中で令はため息を吐いた。


「お客さん、焼き肉食ったのかい?」


 タクシードライバーに話しかけられるのが癪に障った。



 深夜の新宿中央公園に臨場すると、そこには多くのサッカンや警察車両が溜まっており、赤色灯の赤い光が周囲に反射していた。


 タクシーから降りて、野次馬をかき分けながら、現場へと向かう。


「くせぇ!」


「ねぇ、今の人、臭くない?」


 さっきほどまで焼き肉を食べていた、令は自身の息を確かめる。


 ミントガムぐらいは食べれば良かったかな?


「神田巡査部長。非番のところ、ご苦労様です」


 現場保存をしている、地域課の小浜巡査が敬礼をする。


「臭い? 俺?」


「焼き肉、食べていたんですか? 一人で?」


 そういう小浜は一応は民間人の前なので、無表情だが、普段だったら、笑いながらそう言うだろうなと思えた。


「まぁ、そんなもんじゃない?」


「今現在は鑑識が活動しているので、皆さんには現場に入らないように要請している次第です」


「あっ、そう」


「寺岡さんも向こうにいますし、とりあえずは――」


「現場に入れないなら仕方ないな?」


 刑事ドラマなどでは殺人現場などでデカが現場でガイシャとご対面するシーンはよくあるが、実際の現場では毛髪や指紋などの証拠を保存する名目で鑑識と現場保存の地域課に幹部クラスの警察官以外は鑑識からの許可が得られなければ、入ることは許されない。


 実際に現場で死体を見ずにそのまま捜査するデカがいるぐらいなのだ。


 現実ではそうだが、慣れてしまえばどうということはない。


 すると、明は機動捜査隊の捜査員達から何やら話を聞いて、メモを取っていた。


「ご感心だね。寺岡巡査長」


 令がそう言うと、明は「情報収集中です」とだけ言った。


「まだ、掴めていないですよね?」


 機動捜査隊のデカにそう聞くと「今、情報収拾の段階だけど、この坊やが食い気味だからさ?」とだけ言った。


「だってさ? 俺たちに動けることは無いよ」


 そう令が言うと、明は「ですけど・・・・・・」と意気消沈する。


「待つのも仕事さ。チームワークで殺人犯を追い詰めるのが俺たちのやり方」


「たった一人相手でも、百人近くでパワープレイするのが一課のやり方ですからね?」


 そう言うと、明は「はぁ・・・・・・」とため息を吐いた。


「いいかな? 俺たちは?」


 そう言って、機動捜査隊の捜査員たちはその場を去ろうとする。


「すいません、忙しいところ」


「じゃあな」


 そう言って、機動捜査隊の捜査員が去って、神田たちは周辺での聞き込みを始めた。


「令、来ていたか?」


 そこには本部から中嶋達もやって来ていた。


「早いですね?」


「なんか、凶悪臭いぜ、このヤマは?」


「鑑識の上田さんにさっそく、教えてもらったんですね?」


 令がそう言うと、中嶋はサムズアップで答えた。


「ガイシャは若い女で犯された挙句に公園の茂みの中に捨てられていたらしい」


「そりゃあ、惨い」


「今、身元照会しているけど、死因は撲殺だそうだ」


「散々、楽しんでいて、いらなくなったらぼこぼこにするんですか? 確かに惨い」


 そういう中で、中嶋は「コーヒーでも買うか?」と言い出した。


「いいですね? 暇だし」


「二人とも、それは無いでしょう」


 明がそう言う中で、令と中嶋は自販機を探しに行った。


「中嶋主任! 神田さん!」


 明が後を追う中で、令と中嶋は真夏の公園の中で自販機を探し続けていた。



 そこから深夜から早朝にかけて、新宿署に捜査本部、いわゆる戒名と呼ばれる存在が立ち上がり、本部から刑事課長に参事官、管理官に捜査一課長も足を運び、本格的に事件に対する体制が立ち上がり始めていた。


「地域課や総務課は大変だ?」


「僕らは捜査しているじゃないですか?」


「ここはデカい警察署だから、こんなのが年中だよ」


 そう言いながら、令はタバコに手を伸ばそうとする。


「神田さん、署内は禁煙です」


「こんな仕事は吸わなきゃ、やっていられないだろう?」


 そう言いながらも令は明に言われたので、タバコをすぐに閉まった。


「鑑識、遅くないですか?」


「まぁ、検察に送る為には証拠はたくさんあった方がいいからな?」


 今現在の事件捜査における、警察の役割とは刑事裁判において、検察側が十分に起訴して、勝つことの出来る、決定的な証拠の数々を足なり科学捜査なりでかき集めて、法廷での絶対的な勝利をアシストすることにある。


 昭和の頃のような無理な自白強要に基づいた、事件捜査は霞が関の警察庁から改善されるように言われている次第だ。


 シビアだな?


 それ以前にデカという仕事は決まった休みも無ければ、二四時間ぶっ通しでの勤務と上司のパワハラも覚悟しなければやっていけない仕事だが、唯一の慰めは自分達がある程度の選ばれたエリートで、今となってはあるかどうかは分からない〝正義〟とやらの為にだけ、こんなブラック極まりない仕事をしているのだ。


 それならば、多少の甘い汁を吸いたいというのが、人間の性だが、今の時代はそれこそコンプライアンスの時代で、霞が関もうるさいのだから、清廉潔癖なお巡りさんでないといけない時代だ。


 おかげでタバコ一つも吸えない。


 シビアだ。


 デカという仕事の現状とその待遇はシビアそのものだ。


 好きでやっている仕事ではあるが。


 令は許されるのであれば、唾の一つでも署内で吐きたかった。


「お前ら、寝てねぇのか?」


 中嶋が缶コーヒー二つを持って、こちらにやって来る。


「寝ようにもまだ、布団が用意されていないんですよ?」


「机で寝ればいいだろう?」


「伏せてですか・・・・・・」


 それを聞いた、明は意気消沈と言った表情を浮かべていた。


「これだから、温室育ちの坊やは?」


 中嶋がそう言うと、明は「何です?」とだけ言った。


「中嶋さん、寺岡は王子とかプリンスに温室育ちにお坊ちゃんとか言うと、キレるから、止めといた方がいいですよ」


「そう言う、神田さんも同罪だと思いますよ」


 同僚として、明の家族の背景を知っている人間からすれば、明がそのような見られ方をするのを嫌うのは留意点だ。


 ましてやこいつの兄貴に至っては本部に早く辞めさせろと年中、電話をかけてくるので、こいつとの付き合い方は巡査長の若手の後輩だと思って、舐めて、かかるとろくな目に合わないことは容易に想像できた。


「それはすまねぇな? ただなぁ?」


「何です?」


 明の反抗的な目線が中嶋に突き刺さる。


 それが上司に対する目つきかよ・・・・・・


 令はそうは思いつつも、中嶋に「寝ろって事ですか?」と聞いた。


「体力勝負だからな? 飯も食っておけよ」


 そう言って、中嶋は外へと出て行った。


「どこへ行くんです?」


「タバコだよ、令は来るか?」


「いいな? 行こうかな?」


 そう言って、明を見ると、当人は「都庁の前ですか?」と聞いてきた。


「あそこ以外に吸える場所ないだろう?」


「あそこは吸う人が多いのとマナーが悪くて、結構、有名ですよね?」


「それでも、行くから」


「ご自由に」


 そう言った、明はふらりとどこかへ消えていった。


「令、早くしろ!」


「はい」


 そう言って、令と中嶋は新宿署から都庁前へと向かって行った。


 時刻は午前四時、真夏の未明の新宿には日が昇り始めていた。


 

 それから数時間後の早朝に捜査本部の初めての会議が新宿署の大会議室で開かれる事となった。


 本部の捜査官が前方に座り、令や明達、新宿署の捜査官達は後方に座っていた。


 あくまで本部の後方支援が自分たちの仕事で発言権も認められていない。


 しかし、かつての刑事ドラマと違って、本部と所轄の捜査官の関係性はそれほど悪い物ではなく、逆に所轄の捜査官は地の利があるので、それ故に本部の捜査官とバディを組む必要性があると思われる。


「ガイシャの身元は慶明大学一年生の馬島ゆかり、一八歳。近くにあった学生証から身元が判明しました」


 ボンボン大学の女子大生が事件に巻き込まれたか?


 それにしても、学生証が近くに転がっていたか?


 容疑者はかなり、焦っていたのか?


 ということはマル被からすれば、犯した後に何らかの不都合な展開が起きて、突発的に犯行に及んだように明には思えた。


 そう思いながら、明が手帳にメモをし続ける中で、会議は進行し続けていた。


 普段は粗暴な令も黙って、メモを手帳に書き続けていた。


「死因は数人から殴打されての撲殺だと思われます、周辺の打撃痕からスニーカーで踏まれたと見るのが妥当でしょう」


 鑑識の上田がそう前方で発言をする。


「ガイシャの目撃情報は?」


 管理官の近藤が脂ぎった顔にかけた眼鏡を曇らせながら、そう言う。


「現在、SSBC(Sousa Sien Bunseki  Center  SSBC 捜査支援分析センター)の画像解析とガイシャのSNSを分析中ですが、近辺での聞き込みでも学生風の男たち数人が急いだ様子でタクシーに乗る様子が目撃されているとの証言があります」


「なるほど、そこまで分かっているか?」


 その後も本部の捜査官たちの報告が続いた後に会議は終了をした。


 そして、外での聞き込み、いわゆる地取りの班分けが行われることとなった。


 今回は本部の中嶋班が臨場して、新宿署の刑事課はそれに組み込まれることになる。

 

「本部土田、新宿署神田は敷鑑(被害者の家族や知人、友人への聞きこみの隠語)の担当」


「はい」


「はい」


 二人はそう言うと「よろしくお願いします」とだけ言って、すぐに大会議室を出て行った。


「本部木下、新宿署寺岡、ガイシャの当日の行動履歴を洗う」


 刑事警察は基本的には足で稼ぐものだからな?


 これは長丁場だ。


 時刻は朝の八時を少し、超えたぐらい。


 寝不足の感覚が頭の動きを鈍くさせているのを感じさせていた。



 現場周辺で聞き込みを続けて、新宿中を歩いた令だったが、トイレで用を足していると、すぐにスマートフォンの通話で、平岡亜里沙から着信が入ったのを確認した。


「秘匿が原則のハムが通話ですか?」


「今、歩いている?」


「絶賛、歩いてますね。ちなみに飲みの誘いなら、今日は署に泊まる予定なので出来ません」


「勤務中だからね。オシャレなバーでカクテルを飲みたい気分だったけど、作戦変更で小料理屋行こうか?」


「行くとは行っていないんですけど?」


「私が酒を飲みたい気分なんだから、察しろ」


 そう言った、亜里沙の声音を聞いて、令は何かしらを察した。


 何か、上で揉め事が起きたのだろうか?


 それに事件捜査中の段階で、亜里沙が電話をかけて、食事に誘うのも珍しい。


 普段は平時の時しか、食事しないのだ、お互いに。


「都合付けて、抜け出しますよ」


「偉い! 令ちゃんは男の鏡だ!」


「期待していいですよね? 業務上でですけど?」


「まぁ・・・・・・待っているよ」


 そう言って、亜里沙からの通話は切れたが、すぐに捜査一課長の宮本に連絡を取った。


「神田か? 何だ、俺のスマホに直接通話なんて?」


「実は、公安総務課の平岡亜里沙警部補からお食事のお誘いが来まして・・・・・・」


 それを聞いた、宮本は「捜査中に女とお食事がしたいか? 中々、お前はふざけた奴だな?」という答えが帰ってきた。


「えぇ、一介の所轄警察官が一課長に電話することも非常識ですが、さすがに捜査活動中に警察関係者と言えども・・・・・・ダメですよね?」


「平岡はあの若さで警部補で、本部でも才女として扱われているがな? お前も単純な交友関係で奴と焼き肉やらバーでカクテルを飲んでいたりしているわけではないことは知っているが、それは平時の時に奴から誘いを受けてのことだと、俺は聞いている」


 一応はハムの捜査官と接触をしていることはハム嫌いで知られる、宮本にも以前から報告はしていた。


 亜里沙との会食はただの会食で終わることもあるが、大体がタイムリーな情報のやり取りもあるので、宮本も一概には自分を叱れないという事実もあった。


「しかし、あの女がお前が捜査活動中という事を知って、お食事にお誘いか?」


「ダメですよね? 行っちゃあ?」


「・・・・・・あの女に伝えておけ。クソ忙しい時にうちの若いのを振り回して、遊ぶだけならぶっ殺す。有益な情報はよこせとな?」


「課長・・・・・・ありがとうございます」


「おう、ただし、何も収穫なかったら、あの女をぶっ殺せよ」


「多分、このクソ忙しい時にそうなったら、俺もそうしますね?」


 そう言って、令は宮本との通話を切った。


 そして、外で待っていた、土田に適当な言い訳を述べることにした。


「土田さん、すいません、ちょっと、オヤジから呼び出し食らったみたいなんですよね?」


「お前、またなんかやらかしたか?」


「もう、カンカンですね?」


 それを聞いた、土田は舌打ちと共に「行ってこい、班長には伝えるし、これから合流するから?」と言って、俺を睨みつけた。


「すいません」


「お前、しっかりしろよ・・・・・・」


 同僚からの評価は下がっただろうな?


 もっとも、そこは宮本一課長に帳尻合わせをお願いして、俺はあの女とお食事だ。


 同僚に舌打ちまでされて、ただ単にお食事会でしたとなったら・・・・・・海に沈めようかな?


 令はそう思いながら、新宿駅へ向かい都営大江戸線に乗り、麻布十番で降りると、そこから歩いて、路地にある、亜里沙のお気に入りの小さな小料理屋に入った。


「来たな、ボウズ」


「・・・・・・情報が得られないただの会食で終わらせるなら、課長から、あなたを殺せとのお達しが来ました」


「宮本課長も私のことを相当嫌っているねぇ? 心配しなくても、手ぶらでは返さないよ?」


 そう言った、亜里沙は「アジフライとビール」とだけ言った。


「飲むってことは相当、嫌なことがあったんですね?」


「本部は大慌てでね? あなたの担当する案件にも関係するかもよ?」


 そう言われた、令は亜里沙の隣に座ると「メンチカツとコーラで」とだけ言った。


「コーラとか、お前は子どもか?」


「勤務中ですから、すぐに会社に戻らないと?」


 一応は亜里沙のお気に入りの店とは言え、警察関係者であることは大ぴらに公言する分けにはいかない。


 とりあえず、職業を聞かれたら、公務員とか都庁職員で話を合わせることは前々から、二人の取り決めになっていた。


 すると、料理が運ばれてきたタイミングで亜里沙がUSBメモリーを差し出してきた。


「後で、拝見させていただきます」


「とりあえず、食べようよ。冷めるよ」


 そう言った、亜里沙はアジフライを食べ始めた。


 備え付けのキャベツを無視して、衣の音を響かせるその食べ方は豪快だった。


 そして、ビールも同様に飲み干す、その姿は新橋のサラリーマンも真っ青に見えた。


 警視庁の才女と呼ばれるということは要するに男社会にある意味で迎合しているとも言えるか?


 本人の話では色仕掛けを仕掛けたことはないということなので、純粋に実力のみで叩き上げてきたということはどこかしらで、したたかさや強さが無ければいけないが、この人は自らをオッサン化させることを処世術にしたか?


 昨今の時代は女性差別が問題視されているが、亜里沙のような、ある意味で家庭や結婚に子どもを持つ幸せとは無縁の独身生活を謳歌しつつのオッサン化には賛否あるだろうが、これも一つの生き方なのだろうと思いながら、令はメンチカツを頬張った。


「相変わらず、美味いすね?」


「今度はカクテルでも飲みたいが、どうかね?」


「高いですよ、俺が頼むのは?」


「私が奢る前提かよ?」


「平の職員とエリート様とじゃ、食費も違うんです」


「成り上げれよ。努力して?」


「それ、俺に言います?」


 そう言いながら、亜里沙は「カツオの刺身と――」などと次々と注文を取り付けていた。


「高いよ、今回は?」


「俺が払うんですか・・・・・・」


「それ、渡したからね?」


 そう言う中で、亜里沙はアジフライの衣を響かせる、豪快な食べ方を続けていた。


10

 

 翌日、捜査会議前に令は新宿署署長室に呼び出された。


 新宿署署長の早田だけではなく、刑事一課長の宮本に理事官の富沢と管理官の近藤に新宿署刑事課長の山崎もその場にいた。


「以上が公安総務課の平岡亜里沙警部補から渡された情報の詳細です」


 それを聞いた、幹部達、四人の顔つきは重い物だった。


「本当か・・・・・・」


「戒名は解散の可能性があるな?」


 斎藤と富沢が頭を抱える。


「容疑者の内の一人が現職の総務大臣の息子とはねぇ・・・・・・」


 それが亜里沙が伝えた事実である。


 現、自明党政権下の総務大臣である、村岡英樹の一人息子である、慶明大学三年生の英俊が今回の事件の主犯格であるという事実で、警察庁にはこの事件のもみ消しまで、村岡の秘書の方から申しつけられたという次第だそうだ。


 だから、そのしわ寄せがハムにまで来て、あの人は酒飲むぐらいに荒れていたわけだ。


「だが、まだ、先生から来ていないんだろう? もみ消せなんて?」


「息子の動向は分かりませんが、サッチョウ(警察庁の隠語)にはもう申し合わせされていると思われます。本部にはどこまで伝わっているかは分かりませんが、現職の総務大臣の息子が強制性交致死をやったとなれば、十分なスキャンダルでしょうしね? 官邸からかは分からないですが、それとなく、圧力はかかるかと?」


 令の伝えた、事実を聞いた、全員の顔が歪む。


「総監にも聞いてみるが、最悪の場合は戒名解散だな?」


「息子の取り巻きだけでも追えませんかね?」


「無理だよ、あまりにも事実を知りすぎている。息子だけを無罪にして、お友達を逮捕しても騒がれるのがオチだ」


 宮本も頭を抱える。


「捜査は続けてもいいですか?」


「戒名が解散されるまではな? しかしなぁ・・・・・・俺たちとしてもマル被の正体が分かっていながら、取り逃がすのは癪に障るからなぁ・・・・・・」


「・・・・・・総監に聞いてみるよ」


 宮本がそう言って、立ち上がる。


「一応は言っておくが、この事は他言無用だ。総監との調整が済むまでは通常通りの捜査活動をしていてくれ、いいな?」


「了解です」


「政権の閣僚のバカ息子が殺人に関与するなどとは・・・・・・けしからんな? しわ寄せが来るのは現場だというのに・・・・・・」


 それを聞きながら、令は「失礼します」と言って、署長室を出る。


 そして、デスクへと戻ると、明が駆け寄ってきた。


「相当、長い時間、怒られていたようですね?」


「あぁ、ひどいもんだ」


「昨日なんですけどね?」


 明がこちらを向く。


「兄から、事件の詳細を教えろと俺に直接、電話が来たんですよ?」


 連中は現場レベルで情報を得ようとしている。


 与党幹事長を父親に持っている、明の存在を軽視していた、自分を悔いた令だった。


「知っていても、教えないと言ったんですけど、ひょっとして、政治絡みなんですか? このヤマって?」


「・・・・・・言っている、意味が分からないんだけど?」


「まぁ、いいですよ。兄が動く時点でまずい案件だと思いますけど、何だろう、こんなに悔しいことは無いと思いますけどね?」


 明は頭を抱える。


「・・・・・・会議行くぞ?」


「教えてはくれないんですね?」


「・・・・・・意味が分からないんだけど?」


 そう言った後に二人は大会議室へと向かったが、その足取りは重いものであった。


11


 公安総務課長の倉持と係長の堂林に連れられて、平岡亜里沙は自明党本部へと向かっていた。


「私を党本部に同行させる目的は何ですか?」


 亜里沙が堂林に問いかける。


「お前は来年の人事で内調(内閣情報調査室の略語)への出向が決まっているから、政治家先生へのお披露目さ? 将来の警視庁の為にお前に政界へのパイプを作ってもらう」


 ジジイどものホステスを来年からやらなきゃいけないのか?


 亜里沙は思わず、唾を吐きたい気分になったが、そこを耐えていると、自明党本部へと車は着いた。


「幹事長がお待ちです」


「待て・・・・・・平岡」


「はい」


「あいつ、首都新聞の記者か?」


 よく見ると、警視庁記者クラブにいる首都新聞の広瀬杏美が何故か自明党本部にいた。


 つい、先日に起きた、少年による発砲事件の確保の際に痛烈に警視庁の姿勢を批判したと同時に確保した際に少年を銃撃したことも糾弾した記事を書かれた時は令の身元まで分からないかが気になったが、そこは広報が上手く、対処してくれたのだ。


 しかし、警視庁担当が何故、政治部の管轄の領域にまで来たのかが分からなかった。


「野郎、例の総務大臣の事を嗅ぎつけてきたか?」


「恐らく、党内から誰かが漏らしたんでしょうね? でも、社会部でしょう? あの子? サンズイ(政治家の汚職の隠語)でもなければ、出張らないでしょう?」


「あいつ、遊軍(新聞社社会部内にいる特定の部署を持たない記者の総称)ではないよなぁ? しかも、あれは確実に漏らしちゃいけない話しなんだが、うちの会社からも漏らした奴がいるのか?」


 だろうな?


 どう考えても、胸糞悪い話なのだから、良心とやらに囚われて、正義の密告を行う奴もいるだろうし、単純に口が軽い奴もいるのだろう。


 もっとも、自明党サイドから密告されたとなれば、恐らくは総務大臣の村岡との権力闘争を繰り広げている、副総理兼財務大臣の飯田の派閥の動きだろうなと思えた。


 現内閣の竹柴内閣は無派閥で党内基盤が弱く、支持率も低迷しているので、統制が効かずに党内では派閥の主導権争いが勃発しているのは周知の事実だ。


「目障りだな? 潰したいぐらいだ」


「でしょうね? 私もあの子嫌いです」


 そう会話する中で党本部に入り、幹事長室へとたどり着くと、幹事長の寺岡は机に座っていた。


 若干、五三歳で与党幹事長の座に座った、剛腕か?


 その鋭い眼光を見ていると「警視庁の君らには苦労をかけるがね?」とだけ言い放った。


「・・・・・・村岡のせがれの件でね?」


「存じております」


「党としてもね、対応を決めあぐねている。総理はすぐに更迭するように言っているが、私が止めてる次第だ」


「総理がですか?」


 意外だ。


 もっとも、庇えば、支持率はさらに低迷するが、総理は飯田派の方を取ったという事なのだろうか?


「副総理の飯田があいつのことが嫌いなんだよ。選挙区が同じ福岡だしね? ここ最近は総理と飯田と交わって、話するが、更迭の意見が圧倒的だ。まぁ、私としてもあいつの罷免には賛成だがね・・・・・・世論だよ。ただでさえ、政権の支持率が低迷しているというのに?」


 それを聞いていた、倉持と堂林に自分は沈黙を貫く。


「ウチのせがれがね、新宿署で刑事やっているんだけどね? だが、事件に関しては非協力的だ? 私としても困っている」


 何が言いたいんだ?


 遠回しに?


 政治家や官僚のこのような感覚が亜里沙を苛立たせていた。


「まぁ、君らを呼び出したのは当たり前のことだが?」


 寺岡の眼光がさらにするどくなった。


「話があるんだ?」


 亜里沙にはただ嫌な予感しか、感じえなかった。


12


 令は外回りを終えて、署に戻ると着替えの服を取り替えるために千代田区の半蔵門駅近くにある警視庁官舎へと向かっていた。


 都心のど真ん中にあって、家賃も安い官舎住まいになるには抽選が必要なのだが、その点では令は恵まれているとは自分でも思えた。


 戒名が解体されるのを知りながら、外回りをするのは気が滅入るが、着替えを取りに行く為とは言え、一時的に家に帰れるのだ。


 時間が許されるならば、シャワーの一つでも浴びたい。


 そう思っていた矢先だった。


 一人の女が令の前にやってきた。


「神田令巡査部長ですね?」


 こいつ、記者だな?


 自分の名前を知っていて、攻撃的な態度に出るならば、恐らくは反体制的な報道をするメディアだろうなと思えた。


「首都新聞の広瀬杏美と申します」


 警察の事を敵視する、首都新聞か?


 面倒くさい。


 適当にいなすか?


「取材は広報を通して、やってください」


「例の少年容疑者を銃撃したのはあなたですか?」


「知りません、人違いじゃないですか?」


「では、質問を変えます、今回の女子大生の事件で容疑者が複数いるということですが――」


「お答えできません」


「私はお応えしてくれるまで、あなたを追うつもりです」


 女がそう言い出すと、令は「そうなると、厳正に対処されると思いますが?」とだけ言った。


「権力を振りかざして、逃げるおつもりですか? あなた方、警察は容疑者も同じ人間であるという事を考えはしないのでしょうか?」


「犯罪者は犯罪者ですから、いちいち、現場ではそんなの気にしていられませんよ」


 そう言って、今度こそ、令は官舎へと入ろうとした。


「最期に一つだけいいですか?」


「お応えは出来ません」


「今回の女子大生の事件はかなり大ごとになると思われますが、神田巡査部長のご見解は?」


 そこまで、掴んでいるか?


 どこの誰が、情報を漏洩させているかは知らないが、令はそのまま黙って、官舎に入り、そのまま自分の部屋に帰宅した。


 そして、カバンを放り投げると、ネクタイを一気にほどいた。


「あのクソ野郎が・・・・・・」


 令は疲れが溜まっているのもあって、、思わずそう呟いてしまった。


 すると、スマートフォンに着信が入る。


 宮澤克己からだった。


「はい、神田」


「令君、久しぶりだな? 忙しいかい?」


「食事には行けないぐらいの忙しさですね? また、俺に警察を辞めろと言うんですか?」


「気が向いたらでいいが、君のお父様の墓参りに行こうと思う。一緒に行けないかい?」


 令はそれを聞いて、宮澤の無神経さに苛立っていた。


「デカやっていたら、そんなの満足に出来ませんよ」


「・・・・・・何度も言うが、うちの会社に来なさい。少しは働き方も楽になる」


「コネ入社するよりは今、実力で掴んだ仕事の方がやりがいがありますから」


 そう言って、令は宮澤の電話を無理やりに切った。


 そうさ、俺は誰にも頼らずに実力と運だけで刑事になったんだ。


 その途中で助けてくれた人もいるが、それは警察内部での話だ。


 警察に入る前の自分の過去を思い出すのは不快だ。


 令は気が付けば、汗ばんでいることに気づいた。


「シャワーぐらいは浴びても罰は当たらないか?」


 そう言って、令は浴室へ行き、服を脱ぎ始めた。


 そして、すぐにシャワーの温水を浴び始めた。


 ため息が自然と漏れるのを感じていた。


 続く。

 次回、第二話、全ての元凶。


 来週もよろしくお願い致します。

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