【短編】美しい弟に虐げられても友達に助けられて楽しく生きる俺の話
大きな紫の瞳を持ち整った顔形はいつもの微笑みをたたえていた。耳のすぐ下まで伸ばしたサラサラなハニーブロンド髪はいつでも天使の輪が輝き、小首を傾げるとキラキラと煌めく様は美しすぎて全ての者たちを魅了している。
そんな彼は当たり前のように本日の主役となっていて、招待されたご令嬢たちは綺羅びやかな衣装と不自然なほどの匂いを撒き散らして彼を取り囲むように集っていた。
ここは伯爵家の庭園である。伯爵夫人の趣味でゴテゴテと花たちが植えられ、花たちは狭さの中でひしめき合い可哀相な状態だ。それでもキレイに剪定してあり、庭師の実力はあることがよくわかる。庭師が花に謝りながら詰め寄った花を伯爵夫人に見つからないように裏庭に移しているのを知っている。裏庭は花たちがのびのびと育ち、見ごたえのあるものとなっている。
美意識の歪んだ伯爵夫人は裏庭など知ったことではないんだろう。
俺はまるで他人のことのようにそんなことを考えていた。
「今日ってさぁ、お前の誕生日じゃなかったのかよ?」
他人事を装ってる俺に、ニヤニヤしながら遠慮もなく話しかけるのは親友のダルドだ。焦げ茶色の髪は短く切りそろえられ赤茶色の瞳は力強い。
「今更だろう?」
俺も唇を片方だけ上げて皮肉な笑い方をした。どうやらそれが似合わなかったらしく、ダルドは腹を抱えて笑っていた。
主役のはずの俺は主役のような彼より質の悪い服を着させられていた。俺は黒に近い群青の髪にくすんだ緑色の目。弟であるジウィルとは、似ても似つかないごく普通の顔つきだ。俺は父方の祖父にそっくりだ。
弟と同じ髪色を持つ女性が、ガゼボの中央に座り機嫌よく笑っているのが見える。かの人を見るのも数ヶ月ぶりである。
「今日から自由だ……」
俺は感慨深く空の彼方を見上げた。小さく息を吐いた後、また下界のアホらしい様子に目を向ける。
「だから、こんなこと何でもないさ……」
俺は心からの笑顔になれた。
ダルドが俺に拳を向けた。
『ポスン』
ダルドの拳に俺の拳を当てた。
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俺はルバナード・マリオード。伯爵家の長男として生を受けた。
記憶がハッキリとしている頃には、すでに一つ下の弟ジウィルとの差を何かにつけつけられていた。使用人の数はもちろん、服の質、食事の時間、弟と同等の物など何もなかった。
ただし、勉強や剣術などは弟の倍の家庭教師が充てられた。
「お前には田舎を統べることぐらいしかできることはないだろう! 勉強くらいしっかりやらないと、追い出すよ!」
これが母親の口癖だった。
男爵令嬢だった母親は俺だけには伯爵夫人らしからぬ口調で命令する。美しい容姿が歪むとことさら醜いということに、本人は気がついていない。鏡の前で醜い顔をするわけがないので、当たり前ではあるのだろう。想像力の乏しいこの女には一生解らぬことだろう。
俺の家庭教師の内容に反して、弟にはダンスやマナー、美術など社交的な家庭教師ばかりが充てられた。それらは全て弟と同じ色を持つ母親の采配だ。
父親は家庭に興味がない色ボケ野郎だ。領地にいることが多く、王都にいても、邸敷地内の別宅にいる妾のところに行っている。なので年に数度顔を見るだけだった。父親が王都にいない時には、妾のところには違う男が出入りしているのは、この家では公然の秘密だった。その妾も年単位でお役御免になるのだから、お互い様だろう。
ただ、俺は見た目がその父親に似ているので、父親を見かけるだけでムナクソが悪くなる。
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いつのころからだろうか?
母親のあからさまな差別に、弟は我が意を得たりと俺に虐めをするようになった。
俺とすれ違うときには必ず転び泣きわめく。俺は母親から鞭打ちされる。
弟が俺の膝に紅茶をかければマナーがなっていないと俺が鞭打ちされる。
庭にいれば、弟にドロ団子を投げつけられ、服を汚したと俺が鞭打ちされる。
俺が馬の世話をしていると、乗れもしないのに馬を強請り、その世話を俺にさせた。まあ、これは馬が俺に懐いてくれて、内緒で俺の馬にしたからいいのだけど。弟は馬の存在自体忘れているようだし。
たまのダンスレッスンでは、わざと近くで踊って足を踏んでいったり、ぶつかってきて俺を転ばせる。器用なものだ。もちろん家庭教師は何も言わずにニヤニヤしている。
幻想魔法の練習のフリで俺にコショウをぶちまけた。これはさすがに堪えた。気合が足らぬと俺が怒られた。
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俺が九歳になる頃、母親は嬉々として美しく社交が得意な弟を茶会に連れ回すようになった。それとともに、俺に尚更興味のなくなった母親。弟からの嫌がらせはなくなりはしないが、家にいない分確実に減っていた。
そのお陰で家庭教師も随分と少なくなった。いや、少なくしても気が付かれなくなった。
俺は曜日を調整して、お茶会が開かれやすい水曜日と金曜日と日曜日は、丸々空けることにした。その曜日にお茶会がない日は、図書館へ行くと嘘をついて早々に出かけた。
そして、市井へと赴いたのだ。
初めて市井に行った時には感動で震えた。初めて一人で立ち、市井の賑わいを見た俺は、自由さへの喜びに武者震いしたのだ。
しかし、屋敷の調理場で譲ってもらった古いカトラリーは、いくらにもならず、これでは何度も遊びに行くわけにはいかないと思った。
その日のうちにカトラリーを譲ってくれた料理人に相談してみると、冒険者ギルドなるものを教えてくれた。
冒険者ギルドは七歳から登録できるそうだ。魔力登録するので名前は偽名でも問題ない。俺は『バード』と名乗った。
初心者講習があり、安い授業料&後払いでFランク冒険者の依頼に関することを教えてもらえた。
俺は薬草採取の依頼からコツコツやっていった。家に戻ると、図書室へ夕食を用意してもらい、薬草や魔獣、攻撃魔法について勉強した。今までは仲の悪い弟のためにやらされていると感じていた勉強も、自分のためだと俄然面白かった。
薬草の群生や見極めを勉強していったので効率もいいし、剣術と魔術は多少自信があったから、弱い魔獣の出る薬草群生地にも行くことができた。Fランクは平民の子供の仕事であることも多いのだが、彼らは魔獣の出るところまでは行けないのだ。なるべく近所で採取できるものは平民の子供たちのために採取しないようにしていた。
剣術と魔術に自信があるのは母親のおかげというのは皮肉だが、使えるものは使うに限る。
その甲斐あって、十歳にはEランクになっていた。
市井に行くことより、冒険者としての仕事へ行くことが楽しかった。勉強の成績は下降ぎみだったが、成績が落ちたら領地経営をさせられないというだけだろうから、俺には関係なかった。
Dランク冒険者になると、いくらDランク用依頼とはいえ、薬草採取依頼をやる者は少ない。攻撃力に自信があれば魔獣退治が効率的だし、薬草の知識がないと割に合わないからだ。 十一歳でDランクになった俺は薬草についての勉強していたから、効率的に薬草採取の依頼をいくつも持つことができた。人気のない依頼を受けるのでギルドに重宝もされた。
「バードは水魔法と火魔法ができるのでしょう? ポーションを作ってみたら?」
ギルドに所属してわかったことだが、平民の半数は生活魔法と呼ばれる小さな魔法しかできないそうだ。水はコップ一杯、火は竈につけるだけ、風は少し涼しくなるだけ、土はクワで耕した方が速い。
残りの半数も一つの魔法がそこそこできる程度であるという。
二つ以上の魔法をある程度できる者は少数であり、ポーション作りには水魔法と火魔法の両方ができなければならない。
貴族は得手不得手があるものの、水風火土四属性魔法をある程度できる者が多い。魔力は遺伝要素が大きいので、貴族が貴族と結婚したがるのも道理だ。
四属性がある程度できると言うと貴族とバレてしまう。料理人のアドバイスで、ギルドには水が得意で火が少しだけだと伝えてあった。
ギルドの受付のお姉さんの声かけにより、俺はポーション作りの講習を受けることになった。その時一緒だったのが、ダンだった。赤毛赤目のダンもすでにDランク冒険者であった。
それからというもの、ダンとともに依頼を受けるようになった。ダンは時間の自由がきくのだといい、俺に合わせてくれた。
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もうすぐ十二歳になるという頃、王都の隣屋敷のミッドィール侯爵家の三男の誕生日会が開かれることになり、同じ年だからと招待された。
王都に屋敷を持つ貴族たちは、子供が十二歳になると偶数年に誕生日会を開くようになり、社交界の練習が始まる。その家の者以外は同年代だけの集まりだ。十二歳から十六歳のご令嬢ご令息が招待されている。
後にわかったことだが、十二歳になる年となった俺には、今までもいくつか招待状が届いていたが、母親が『ジウィル(弟)もまだなのに生意気だ』と握りつぶしていたらしい。
だが、隣の侯爵家ともなると誤魔化せないので、初めての社交界と相成った。
そして、その日の主役がダルドで、ダルドはダンだったのだ。
主役に挨拶に行った俺は目をひん剥いた。ダンは、ギルドで会った時より暗めの髪色と目の色をしていた。
だが、ダンに目配せされ、『はじめまして』と挨拶されたことに合わせた。
会が落ち着いた頃、ダンが俺に近付いてきた。
「まさかお前がルバナード・マリオード伯爵子息だとはな」
「まさか、ダンが侯爵家のご子息とはね」
俺たちは目を合わせて笑い合った。
「お前の弟ジウィルはよく茶会に来ているから、オバケのルバナードも金髪だと思い込んでいたよ」
「オバケ?」
俺は初めて聞いた話に聞き返した。
「お前の母親が弟ばかり連れてくるから、本当に兄が存在するのか疑問の声もあったんだよ」
ダンは先程から笑いが止まらないようだ。
「オバケで結構さ。おかげで冒険者になれているのだから。お前とこうして友達になれたのも、そのおかげだろう?」
「まあ、それはあるなっ! 詳しいことは今度ゆっくり聞かせろよ。また、ギルドで、な」
ダンは拳を俺に向けた。俺もそれに答えた。ダンは主役なので他の者たちの輪に入っていった。
その後、数名のご令嬢に声をかけられたが、みな、ジウィルを紹介してほしいという内容だった。俺付きのメイドとそれへの対応を考えてきていたので、うまく躱すことができた。
ご令息の中には、気の合いそうな者もいて、水金日なら大丈夫だろうと思い、鍛錬や遠乗りの約束をした。
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冒険者は、成人―十六歳―しないと、Cランクまでしか取れない。それに、Bランクになるためには、実地ポイントだけでなく、実技試験が必要である。例え今十六歳であっても、俺たちの実力では、まだBランク合格は無理だとギルド長に判断された。なので、約束をしたご令息たちと剣術の鍛錬や魔法の鍛錬をすることにした。
俺の家より高位のダンと一緒だと言えば、母親はダメとは言えないので、曜日を気にすることなく約束ができた。
ダンの一月後に開かれた俺の誕生日会は、仲間5人だけを招待した小さいものだった。それは最初で最後の俺のための誕生日会だった。
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俺は十三歳になっており、ジウィル十二歳の誕生日会が開かれることになった。招待客は同年代だけで三十人ほどになるらしい。
「ジウィルを次期マリオード伯爵として扱うわ」
予想していたので、母親のその言葉に特に驚きはなかった。ジウィルが口角の片方だけを上げて意地悪そうな笑顔を見せたが、気にもならなかった。
だが、後に続く言葉には驚愕した。
「お前は成人したら管理者として領地に籠もりなさい。領主に必要な社交はジウィルがやるから問題ないわね」
俺は恐怖と絶望を顔に出さずにいることが精一杯だった。俺は成人したら自由だと思っていたのだ。近頃の勉強の成績は確実に下降させている。それなのに、まさか飼い殺しの人生が待っているとは思っていなかった。
そのパーティーに俺は出席を許されず、部屋に監禁された。元々ジウィルを祝う気持ちなどないので、それはかえって有り難かった。
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翌日暗い顔つきだったことで、ダンに悩みの内容を喋らされた。ダンはジウィルの誕生日会に俺が出ていなかったことを気にしてくれていた。
ダンからも誕生日会での様子を聞いた。本当に『ジウィルが次期マリオード伯爵だ』と言っていたらしい。
「バード。幻術魔法の練習しろよ」
ダンの提案がよくわからなかった。
「俺の髪色は本当は焦げ茶色の髪で、目の色はもっと茶色なのは、知っているよな」
ダンはギルドでは赤みが強い髪で瞳も真っ赤だ。
「これは、幻術魔法をずっとかけ続けているのさ。微量の魔力だから体の負担はほぼない。ただ、水魔法と風魔法を使えないとできない。バードは火魔法が苦手と言いながら、ポーション作れるくらい器用だろう。なら大丈夫だと思うんだ」
俺は水風火土の順で得意だ。ダンは火土水風の順で得意だそうだ。そのダンができているのだから、俺にもできそうな気がする。
俺はダンに教えてもらいながら、自分の頭部に魔力を送るイメージをした。
「うわぁ!! 上手い上手い! 本当に器用だなぁ。俺なんて半年も練習したんだぞ」
ダンが叫んだ。俺は近くの川に自分を映した。水色の髪に黄緑色の瞳で、目も少し大きくなった気がする。目と髪が明るくなり少し母親に似た面影も見えて、嫌な気分になった。
「よし、いきなりその色だとギルドでも驚かれるから少しずつその色にしていけよ」
俺が落ち込んでいるなど思っていないダンは作戦がすでに成功しているかのように喜んでいた。
「これが何になるんだ?」
俺は訝しんで、眉を寄せた。
「十六歳になる頃には、この色が『バード』だと認識させるんだ。『黒紺髪灰緑目の冒険者』など存在しないことにするんだ」
俺はダンの提案に驚いた。そしてほのかな希望を感じた。
「ありがとう、ダンっ! やってみるよ」
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俺の十四歳の誕生日会は、ジウィルの婚約者候補を決めるための集いになった。ジウィルは俺が見たことがない王子様笑顔であった。だが俺はジウィルの下卑た笑顔も性格の悪さも知っているから、作り笑顔に騙されている少女たちを憐れに思っていた。
俺はほぼいない扱いで、早々に友人たちと俺の部屋へと引っ込んだ。俺の専属メイドと専属執事が用意してくれた料理はとても旨く、友人たちも喜んでくれた。
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俺が十五歳、ジウィルの十四歳の誕生日会が終わって数ヶ月、父親が馬車での移動中に野盗に襲われて死んだ。
俺が成人するまでは母親が伯爵代理になることになった。俺の専属執事が領地管理者として派遣された。
「わたくしがあと二年伯爵代理をやるわ。そしてジウィルの成人とともに伯爵をジウィルにするわ」
父親という難関がなくなり何の憂いもなく弟を伯爵にできることになったので、母親はとても喜んでいた。
俺は成人とともに家出をするつもりなので、何の文句もなかった。いや、父親という力がなくなったことは俺にも喜ばしいことだった。
だが、喜んだ顔をするわけにもいかず、悩ましい顔を続けるのはなかなか苦痛だった。
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ある日、冒険者の先輩パーティーが昼ご飯を奢ってくれることになった。なんでも俺たちの作るポーションの質がいいらしく、そのお礼ということだった。
昼間でも薄暗い居酒屋店のカウンターには女性店員がいて、冒険者パーティーのリーダーガットさんが手慣れた様子で注文していった。
「お前たちはまだ果実水でいいな?」
「「はいっ! ごちそうさまです!」」
「おお、ガット! また、この店を紹介してくれたのか。じゃあ、肉煮込みをサービスするよ」
軽い調子でそう言って奥の厨房から顔を出した人物を見て、俺とダンは固まった。
俺たちが緊張していると思ったガットさんに肩を抱かれて、パーティーメンバーのいるテーブルに座った。
衝撃的すぎて、ご飯の味はわからなかった。
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父親が死んでから、母親は商人やお針子を呼んでは買い物をしているようで、俺と顔を合わせることはなくなった。
ジウィルはその買い物に付き合っているようだ。時々、自慢をしに俺の部屋へとやってくる。
そして、俺の成人の誕生日会が開かれることになった。もちろん、それは建前だ。招待客もほぼジウィル信望者である。俺はオマケなので、母親の執事が指示に来るだけだった。
そして、冒頭と様子となる。
ダンは俺が自由になることをずっと応援してくれていた。そんな親友がいるだけで心強い。
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俺の誕生日会も落ち着いた頃、壮年の男性が大きな声で現れた。
「おお! ルバナード! 成人おめでとう!」
外見は俺の父親そっくりなので、母親は眉間にこれでもかと皺を寄せた。ボブジード叔父さんは俺の父親の弟で、もちろん俺とも似ている。
「ボブジード様っ! ご招待はしていないはずですけど!」
母親は強気である。しかし、その声で会場内の空気は微妙になった。
「甥っ子の成人の祝いだ。呼ばれないことがおかしいだろう?
まあ、あんたと喧嘩する気はないさ。早々に退散するよ」
ボブ叔父さんの言葉に母親は少し安心したようだ。自分のいたテーブルの方へと歩いていった。
「ほう! ジウィル! 本当に男前になったなぁ」
ボブ叔父さんは、人の良さそうな笑顔でジウィルに握手を求めた。ジウィルも訝しむことなく、それに答えた。
二人が手を取り合った瞬間、ボブ叔父さんの手がほんわりと光る。それに反応してジウィルの手も光った。
それを見た母親が物凄い剣幕で走ってきた。
「何をしているのっ!!?」
母親からの突進攻撃をボブ叔父さんはヒラリと躱した。
「ほんの戯れさ」
ボブ叔父さんは右手の親指と人差し指で五センチほどの水晶を持っていた。水晶は魔力が吹き込まれた証に虹色に煌めいていた。
「それを寄越しなさいっ!」
「そうはいかないなぁ。今日のところはこれで帰るよ。
ルバナード、ジウィル、またな」
ボブ叔父さんはそう言うと颯爽と帰ってしまった。母親のかなきり声が庭園に響いていた。執事の機転で、俺の誕生日会はその時点でお開きとなった。
髪を振り乱し鬼の形相の母親は、執事に連れ添われて室内へ戻った。ジウィルはあ然としていた。
俺も少しばかり呆けていたらしい。ダンに背中を押されて部屋に戻ることになった。
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次の朝、明るくなった直後、俺は野営ができる荷物と俺に与えられていた少しの貴金属と愛用の剣とナイフを持って愛馬ナルに跨り、少し肌寒い王都の町中を抜けた。
俺の名前ルバナードは俺とそっくりだという父方の祖父が付けてくれた名前だ。数少ない俺のもの。だから、冒険者バードの相棒の愛馬にはナルと名付けた。
ダンにも言わないで出ていくことには気が引ける。ダンと俺の専属メイドと専属執事と料理人には、いつか手紙を書きたいと思っている。
頬に伝うものは朝の寒さのせいだと思うことにした。
俺には初めての希望ある生活が待っているはずだ。冒険者として貯めたお金はギルドに預けてある。Cランク冒険者でも贅沢をしなければ生きていける。夢はいつかAランク冒険者だ。
王都の広場の噴水前にさしかかる。
遠目でもわかる。馬に跨った見知った顔があった。俺は鼻をすすってぐっと息を呑んでから話しかけた。
「見送りとは嬉しいなぁ」
赤毛赤目の男がニヤリと笑った。
「誰がお前の見送りなんてするかよっ!」
ダンは俺と同じような格好をしていた。俺は出るものを抑えられず、下を向いてしまった。どうやら雨が降ってきたようだ。手綱を握る俺の手がポツポツと濡れていった。
「まずは西なっ!」
ダンが器用に俺の手綱も掴み、ゆっくりと西の王都門へと馬を歩みさせた。
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ダンのお兄さんを通して、ボブ叔父さんからの手紙を受け取った。マリオード伯爵家はボブ叔父さんが継ぐことになった。
当然だ。
この国では、血縁者でなければ家督は継げないことになっている。ジウィルは父とは血縁関係はなかったことが判明した。
魔力は相手に体内へ流されると防衛反応で魔力を流し返す性質がある。そして、水晶は一番最後に流された魔力を残す。水晶の魔力を0にするには、三日三晩、聖水に入れておく必要があるそうだ。
十歳を越えれば、大抵の貴族子女は水晶に魔力を注ぐことは容易くなる。
また、魔力は多少なりとも父親方も母親方も遺伝する。
ボブ叔父さんはこれらのことを利用して、母親の前でまんまとジウィルの魔力を採取したのだ。それを調べた結果、ジウィルにはマリオード伯爵家の魔力は遺伝されていなかった。
母親は、ジウィルが三歳の頃、三歳児に行う魔力判定を不正したことを証言したそうだ。
この国の貴族子女は、三歳になった日の夜は、国に配布された魔力0の水晶を枕元に置いて寝ることになっている。一晩かけてその水晶へ魔力を吸わせる。三歳児は、魔力制御が上手くなく、水晶に魔力を注げない。だから、枕元で一晩かけて魔力を注ぐことになる。
魔力判定をするのは国家機関で、特殊な魔力であるとか、魔力が膨大すぎて制御できないことととかのために国が行っている政策である。そのような場合、国で保護対象となる場合もある。血縁者を調べるための政策ではないので、申請がなければそれは調べたりはしない。
メイドによると、俺は四歳の時、国から魔力判定のやり直しを申し付けられたと母親が言い枕元に置いたことがあったそうだ。それをジウィルの水晶だと言って提出したようだ。前年度の俺の魔力水晶など保管してあるわけはなく、不正はここまでバレなかった。
ガットさんに連れて行ってもらった居酒屋のマスターは、驚くほどジウィルにそっくりで、大きな紫色の瞳はジウィルと同じ色同じ形だった。それでも、確信はないという前提で、俺はボブ叔父さんに相談をしていたのだ。
ボブ叔父さんは俺の父親の弟だ。だが、俺の父親のようにクズじゃない。俺が十歳になるまでは、俺の家庭教師をしていてくれた。俺の父親の命令で、領地の半分の管理者をやらされることになり奥さんとともに家から出たが、その後も頻繁に手紙をくれていた。俺がこの家にいたのは、ボブ叔父さんのこともあったからだ。俺が成人前に出奔してしまうと、家庭教師であったボブ叔父さんが責められるかもしれないと思ったのだ。
そんなボブ叔父さんだから、マリオード伯爵家は安心して任せられる。
魔力を調べると、ジウィルは半分は平民のためか、強い魔力は二属性しかないそうだ。そういえば、ジウィルの魔法はあまり見たことがない。二属性しかない水晶を提出したら不貞はバレていただろう。
母親曰く、若き頃、婚約者がいたにも関わらず、伯爵である父親に攫われるように結婚させられたそうだ。それなのに、俺を妊娠中に父親は浮気をし始めた。父親とそっくりの俺を嫌い、父親の血縁者でないジウィルに家督を継がせることが復讐になると考えたようだ。
俺が十六歳になってしまうと、父親が死んだら俺が家督を継ぐことになる。だからあのタイミングで父親を殺したのだと、夫殺しも認めたらしい。
母親は斬首刑に処せられた。
ジウィルは何も知らなかったようで母親の実家の男爵家へ引き取られた。
〰️
「「カンパーイっ!」」
王都から南に馬車を飛ばして一週間ほど離れた都市の居酒屋で、俺とダンは俺たちのBランク昇進を祝っていた。あれから、すでに二年たち、俺たちは十八歳になってた。
十八歳でBランク昇進は冒険者ギルドでは、早い方だ。それもこれも俺たちが貴族出身で魔法がある程度できるからであることは承知している。それだけは、両親に感謝してやってもいいかなと、最近思うようになった。両親ともに、この世にいないから思えるのかもしれない。
俺は存外冷酷なのかもしれないなと、自嘲することもある。
二人のお気に入りのツマミを注文して夢中で食べた。試験に緊張していて先程まで何も喉に通らなかったので腹ペコなのだ。
ほとんどの皿は数分で空になった。
「ダン、そろそろ王都に戻った方がいいんじゃないのか? 俺と違って家族仲は良かっただろう?」
「俺は三男だぞぉ。どこに戻るんだよ。騎士団に入るより、こっちの方が性に合ってるよ。
お前こそ、ボブさんが待っているんじゃないのか?」
「まあ、帰ってこいとは言われているよ。ボブ叔父さんの子供が四歳になるんだ。間違いなくマリオード伯爵家の魔力だったって、手紙に書いてあった。だから、マリオード伯爵家は安泰さ」
隠れる必要のなくなった俺は冒険者ギルド経由でボブ叔父さんからの手紙を受け取っている。俺の専属メイドだった乳母も専属執事も、あの料理人も、ボブ叔父さんが雇ってくれている。彼らはもういい年なので会っておきたいとは思う。俺を冒険者にしてくれた料理人の飯も久しぶりに食べたい。
ボブ叔父さんからの手紙によると、ジウィルは贅沢を止められず男爵に内緒で借金までしていたそうだ。そのため、夫を亡くした元侯爵夫人の愛人になった。つまり、売られた。普通なら喜べない話であるが、ジウィルは贅沢ができるようになり、嬉々として生活しているという。
ちなみに、その元侯爵夫人には孫がいるそうだ。ジウィルはマザコンなのかもしれない。
俺はもう隠れる必要はなくなったが、髪色は青くしている。青の俺と赤のダン、二人で『紫電』というパーティーでギルド登録したのだ。格好だけのためだが、テンションがあがるので良しとしている。
「なら、お前の従弟殿の顔でも見に行くか?」
ダンがニッと笑って、拳を出してきた。
「だな!」
俺もその拳に答える。
「その後さぁ、今度は王都の東側に行こうぜ」
「賛成! 東側は、冒険者Bランクに合った魔物が多いんだってさっ!」
「バンバンやっつけて、Aランクになるぞぉっ!」
「もちろんだっ!」
俺たちは再びカンパイして笑いあった。
俺の未来はとても明るく幸せだ。
〜 fin 〜
魔法世界に挑戦してみました。
矛盾がありましたら教えていただけますと助かります。
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