Ⅵ.魔法よりも
暗い部屋の中。
いつもの指定席に横になっていると、微かに木々の囁きが聞こえてきた。
静かな朝は久々だった。
「なに、寂しいの?」
俺が尋ねるとソファに止まっているズースは目を閉じて、首を傾げる。
「そっか。俺もかも……ね」
ずっと、2人で生きてきた。
ズースは俺が両親の元を離れる時に贈られたふくろう。母の作ってくれる甘くて優しい味のケーキが大好きだった幼い頃の俺は、贈られた真っ白なふくろうに『ズース』と名付けた。甘い、という意味だ。俺は唯一の両親との繋がりを、思い出と共にズースに求めた。
けれど記憶というものは脆弱なもので、今では両親の声も顔も、そして母の作ってくれたケーキの味も思い出せない。
甘くて、美味しくて、優しい味。
はっきりとした形を作ることの出来ない、言葉だけの記憶。
だからいくら魔法でケーキを作り出しても、求めた味は作り出せなかった。
俺のもとを訪ねた彼女にケーキを作らせたのは、暇つぶしだった。
どうせ求めるものは現れない。けれど同じ味ばかりの毎日はつまらない。たまには俺の身体が知らない味を感じたかった。
しかし彼女の作ったケーキは母のものと同じ味がした。
言葉だけの記憶だが、確かにこの味だと言えた。
甘くて、美味しくて、優しい味。
けれど騒がしい日々は終わりを告げて、また同じ味ばかりの退屈な毎日が始まる。
もう少しだけ夢を見ていよう。
あの笑顔の多かった時間を夢に求めて、目を瞑る。
力の抜けた身体が、意識が、ソファに沈んでいく。
「もう、ちゃんとしてよ」
懐かしい声が耳に届く。
反射的に身体を起こすと、部屋中の蝋燭に火をつける。そこには俺の求めたあの日と同じ光景が広がっていた。
優しい陽を受け、開け放たれたドアの前に立つ彼女。
首には俺のあげたチョーカーがつけていた。
いつもみたいな少し得意げな笑顔を浮かべ、手を差し出しながら彼女は言った。
「ほら、林檎出して。ケーキ作るよ」