Ⅲ.アプフェルクーヘン
「なにこれ、うまそうじゃん」
「アプフェルクーヘン。林檎のケーキです」
お母さんと一緒に何度か作ったし、他の材料も揃っていたから一応なんの問題もなく完成した。
テーブルに乗ったホールケーキから一切れお皿に取り分けると、彼は私の手からお皿を奪い取る。
「いただきまーす」
フォークを突き刺すと、林檎が控えめにしゃりっと音を立てた。
「うま」
短い感想を残すと、彼は黙々とケーキを口へと運び続けた。
私もこのアプフェルクーヘンが大好きだ。
酸味があって爽やかな甘さを持つ林檎と、生地の上品な甘さがマッチして、食べていると思わず笑顔になる。彼も例外ではないようで、先程よりも口角が上がっていた。
けれど最近の私はこの好物をあえて避けていた。甘くて太るし、何よりも吹き出物が出来やすくなるからだ。
動き続けるフォークを見る限り、彼は何とか満足してくれたようだ。彼の正面の椅子に座ると、改めてこのムカつく奴の顔を眺めてみる。
村の男達の持つ力強さは感じないが、端正で知性を感じさせる顔だ。隣の家のお兄ちゃんに引けを取らない、いや、寧ろそれ以上に顔の作りはいいだろう。顔の作りだけは。
そんなことを考えていたら、突然彼が手を止めて私を見た。
「そんなに物欲しそうに見るなよ、あげないからな」
「誰も欲しいなんて言ってません」
彼は悪戯っぽく、くくっと笑った。
しばらくして彼はかなりの大きさのケーキをぺろりと平らげてしまった。他のケーキより甘さ控えめと言えど、なかなかできる所業ではない。
さてはかなりの甘党だな、この男。
そして満足そうにナフキンで口を拭くと、言った。
「いーよ、願いを叶えてあげる」
しかし歓喜して立ち上がりかけた私を制止するように、彼は続けて言った。
「その代わり、収穫祭まで毎日作ってよ。アプフェルクーヘン」
かくして、ムカつく甘党魔法使いへの献身の日々が始まったのだ。