明日羽
今度受けるドラマのオーディションは、中学生の時に事故で亡くなってしまった少年が、現世に戻ってくる話、ときいた時にはホラーなんだと思った。でも、戻ってこられた理由が、あの世のお盆ジャンボ宝くじで現世旅行に当たったから、ときいて、コメディなのか、切り替える。ただ、私が受けるのは、死んだ少年の友達の妹役だったので、あまりその辺は意識しなくてもいいらしく、普通の娘、という説明だった。…普通というのが一番困るのだけれど。
役が決まって、撮影が六月から始まった。
演じることには慣れ始めた私も、初めての連続ドラマ出演ということには緊張していた。打合せらしいこともほとんどしないまま撮影に入ってしまったし、その時点で私はまだ、もらった台本一話分の「可奈」しか知らなかった。最終回までの流れはわかっていても、可奈が“普通の娘”で話に大きくからむような役ではないことはわかっていても、最終話の可奈は第一話の可奈と全く同じではないはず。変化を出していく割合が計算できないのは不安だった。
他の出演者はみな連続ドラマの経験者だ。もっと複雑な心境の変化を演じる経験をしている。
今回だって、ドラマは八月現在の話でも、過去のシーンが途中途中に挿入されるため、その時間分を差し引いた自分を演じることになるのだ。そんなに昔のことではなくても、友達の一人が亡くなっているのだから、心境に変化はあるだろう。
差を出すには…。考え出すときりなくて、私、この世界でやっていけるのかな、と、今回は自分に求められていない演技のことでまた不安になった。
思い出のシーンでは季節も変わる。スタジオでの撮影であればよいのだけれど、“冬の屋外のシーンだから衣装はコート”のロケの日は辛かった。汗が見えてはだめなので、いつも以上にメイク直しも入る。
「真冬にタンクトップよりまし」
と共演していた水野忍が言った。
「それでプールに飛び込みだもんなぁ。湯気が立つから温水はNGだったし」
水野さんは一昨年、変身して戦うヒーローものに出演して一気に人気が出た俳優さんだ。水野さんが演じた速人は、主役のヒーローがピンチに陥った時に現れて加勢する、謎のヒーロー。変身前の速人として水野さんが出演したのは放送が始まって半年も経ってからだったのに、子供たちと一緒に視聴しているママさんたちから「歴代一位のイケメン光臨」と注目され、主役より人気が出てしまったという経歴の持ち主だ。
そして今回はお盆ジャンボが当たった幽霊、天野光一役。
「また微妙に人間からずれてる役です」
と、雑誌のインタビューで答えていたのが、妙に私の頭に残っている。
年齢は今年二十一歳。それで高校生役…死んだのが高一という設定なので、役の上では今の私より年下になる。
共演者たちの中で私にとっては一番とっつきにくかったのが彼だった。見た目が良すぎるので、勝手に、軽いのかも、と、近寄りがたいイメージをつけてしまっていた上、初顔合わせの日の彼は不機嫌そうに見えて、第一印象があまり良くなかった。
でもそれは一瞬の感情。私はすぐにしまい込む。
仕事を始めたばかりの頃は、共演する役者さん本人はどんな人でもかまわない、と思っていた。でも、仕事をするには人間関係を作るのも大事なんだと思うようになった。
いいものを作りたい。それはみんな同じ。
幸い(?)、水野さんは、第一印象とは全く違う人だということがすぐにわかった。不機嫌そうに見えたのは眠かっただけ、何が好きかと聞かれれば、眠ることと、ぼーっと景色を眺めること、なのだと、冬馬が教えてくれた。顔に似合わず地味なんだよ、と。
その端正な顔を惜しみなく崩して、水野さんは光一になる。もちろん監督さんとの打合せの結果なのだが、え、光一くんをそんなキャラにしちゃうの? と見ている私は思ってしまう。ファンのママさんたち、悲しみそうだなぁ、などと考えながらも、顔は笑ってしまう。
…ああそうか、こんなに楽しそうなのに、本当はこの世にいない人なんだと気が付いた瞬間、余計に心に来ちゃうんだ。なんで死んじゃったのかなって。なるほど。
雰囲気のいい現場だった。年代が近く、他の共演者の中には前にも共演したことがある、という人たちもいて、まとまるのも早かった。
参加時間が短い私は、一緒にいるうちにできてゆく共演者やスタッフとの連帯感にも乗り遅れてしまいそうな気がしていたけれど、思いがけず冬馬と話すようなったことがきっかけで、他の共演者たちとも打ち解けることができた。
一度だけだけれど、カラオケにも行った。
カラオケボックスに行くのは初めてだと言って、私はその場にいた全員を驚かせた。
「十六でカラオケデビューって、おまえどんなお嬢様だよ?」
そういえば、そんな機会がなかったな、と思う。
家族でカラオケ、なんて両親ではなかった。清桜に通っていた頃は、周囲がまじめなお嬢様。鎌倉へ移った後は受験勉強。
篠田家の人たちに心配をかけたくなくて、友達と遊びに行くこともほとんどなかったし、高校へ入ってからは、芸能界の仕事を始めてしまったことと、学校と演技の勉強であまりまとまった時間がとれなかった。というのも、私はあいかわらず鎌倉に住んでいたため、帰宅時間を考えれば、仕事の後にどこかへ、など考えられなかったからだ。
今回の撮影は後半が夏休み中にあたっていたので、私は奥沢から仕事に通っている。だから出歩いても帰り易い。そんな言い出せばきりがないほど事情があったのだが、冬馬たちは呆れきり、それから後の撮影日には、面白がって私にいろんなことを教えようとした。嘘かほんとかわからないようなことを吹き込むので、冬馬たちの同級生役の芹沢千鶴さんが、
「調教しない!」
と言っていつも彼らに怒っていた。
いつ参加しても夏休みの部活か合宿のようだった。
撮影現場にテスト勉強や夏休みの宿題などを持ち込むと、誰かがそばに来て手伝ってくれたり、教えてくれようとして逆に疑問を作ってしまい、大議論に発展してしまったりすることもあった。
勉強の延長で「誰が一番の馬鹿か」という話になり、NG出した、下らないことを言った、行動が妙だったなど、千鶴さんが勝手に主要メンバー四人に採点を下しだし、ここ数週間は毛利公義くんが一位独走中らしい。彼が一位の理由は、私が持ち込んだ宿題が全くといっていいほど解けなかったからだ。
「ねえ、なんで学年トップの秀才役なんてやってるの?」
と千鶴さんに斬られた公義くんは「役だし。オレじゃねえし」と突っ込んだ後、
「馬鹿対決に勉強を持ち込むのはフェアじゃない!」
と言い放って、またポイントを上げてしまった。
毎回撮影に参加する必要のない私は、彼らの”誰が一番馬鹿か”対決が見られないのが残念でしかたがなかった。
六月も終わる頃、私は冬馬と秋葉さんの三人で食事をした。
「芸能人が二人もいたんじゃね」
と、秋葉さんが知り合いのお店の個室を予約しておいてくれた。
憧れの秋葉さんを目の前にして、冬馬は舞い上がっていた。かっこつけたいんだか、笑いをとりたいんだかわからないテンションで、撮影所での彼を知っている私にはおかしくてしかたがなかった。
「明日羽がいてくれてよかった。二人だったらどうしていいかわかんなかったよ」
冬馬は次の撮影で合った時に私に言った。
「じゃあ、今後も二人では会えないね」
「…それもやだ」
がっくりと頭と肩を落とす冬馬を見ていたら、なんだかかわいいと思ってしまった。
撮影が始まってしばらくして、私は冬馬から「妹役なんだから、敬語やめろ」と言われ、正直戸惑った。秋葉さんとのことがなかったら、今でも言葉が閊えていた気がする。
「初めて会った時から少し時間たってたし、オレの記憶にはもしかしたら妄想入ってんのかな、ってちょっと思ってもいたんだ」
「それ、会ってみて、妄想じゃなかったってわかったってこと?」
「妄想だなんてちょっとでも疑った自分が馬鹿だった」
冬馬は本気だった。私に対しては、秋葉さんへの想いを隠さなかった。ばれているから、言うにはちょうどいい相手でもあったのだろう。呆れるほど正直だった。
秋葉さんは本当に綺麗だし、あの柔らかい話し方通りいろんなことを柔らかく温かく受け止める素敵な女性だ。でも私はそんな秋葉さんを、一緒に暮らして知ったのだ。もちろん最初から綺麗で雰囲気のよい女性だとは思っていたし、男の人たちが視線を留めるのもよくわかる。けれど、冬馬のようにひと目で決めてしまうその情熱はわからなかった。ひとつだけ言えるのは、冬馬の直感は確かだということ。
他人の恋って、どうしてこんなに微笑ましく感じるのだろう。恋なんて、素敵な温かい気持ちだけじゃないってよく知っているくせに。恋をしないでいられたら、ずっと楽に笑えるってわかってるくせに。
撮影の間に、両親の三回忌法要を行った。
「三回忌って、来年じゃないんですか?」
京子おばさんに訊ねると、法要はかぞえなのよ、と教えてくれた。亡くなったところから一と数えるので、二年後が“三”になるということらしい。では去年行った法要を一周忌というのはなぜなんだろう? 一“周”だから一年後なのかな?
法要とはいっても、出席してくれるのは篠田家の人たちと秋葉さんだけ、お墓もロッカー式なので、掃除などにも時間はかからない。お寺の住職さんにお経をあげてもらい、みんなで食事をして終わった。その夜は秋葉さんも篠田家に泊まることになっていて、夕食も近くのホテルのレストランで取った。
家に戻って、それぞれお風呂だお茶だと散ってゆく中で、私は圭一さんを捕まえた。
「圭一さん、お願いがあるんです」
「何?」
「今日じゃなくていいんですけど、私を久保さんのお宅まで連れて行ってくれませんか? 外から見るだけです。お願いします」
それはずっと考えていたことだった。両親が亡くなった場所に行ってみたい。手を合わせておきたい。
行こうと思えばひとりでも行けた。住所はわかっていた。でも、なかなかその決断もできずにいた。もし圭一さんが一緒に行ってくれたら、三回忌が終わった今なら。
圭一さんは少し驚いたように私を見た後、少し黙って考え込んでいた。けれど結局はわかったと言ってくれた。
「行くなら、今から行こうか。ドライブしてこよう」
私は圭一さんに言われて、私は荷物を取りに部屋に行き、急いで玄関に戻った。
戻って見ると圭一さんは彩夏さんと立ち話をしていた。事情を説明しているのだろう。私に気づいて彩夏さんの視線が私に向けられた。
どきりとした。
ごめんなさい、つい言ってしまいそうになる。
「じゃあ、行って来るよ」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
彩夏さんに見送られて、私たちは家を出た。圭一さんが玄関を閉めると、詰りぎみだった私の呼吸も楽になる。
これって…。私は立ち止まり、ちらりと玄関を振りかえった。
「明日羽?」
「あ、はい」
私は急いで圭一さんに追いついた。
圭一さんの車の助手席に乗りこんでシートベルトを締める。
ここは彩夏さんの席。私には少し前が広すぎる感じがした。
鎌倉の細くて複雑な道を抜け、朝比奈から横浜横須賀道路に入る。エンジンをかけた時から流れ出したFMでは、投稿されたメッセージやリクエストの曲がかかっている。話される内容が恋愛話ばかりなのが恥かしくて、私は「変えてもいいですか?」と圭一さんに訊いた。
「うん。この時間なら渋滞もないだろうから」
でも、どのチャンネルも似たようなものだった。
「彩夏の、車用ウォークマンがたぶんキャビネットに入ってるよ。シガーソケットにつないでチューニング合わせれば車のスピーカーが使えるから」
私は助手席の正面にあるキャビネットを開け、アダプタがついたウォークマンを取り出した。チューニングの操作を教えてもらってつなげた後、画面をスクロールしてアルバムのリストを見ていく。洋楽が多かった。アーティスト名はきいたことがあっても、どんな歌をうたっているのかがわからない。日本のアーティストは古いものからアイドルのアルバムも入っていた。
「何がいいですか?」
圭一さんは普段どんな曲を聴くんだろう?
「何が入っているんだか、僕もよく知らないんだ。どこかできいて気に入ったらダウンロードしているみたいだから、結構めちゃくちゃで。ランダムにしてみたら?」
「そうですね」
そうしてウォークマンが最初に選んだ曲が「366日」だった。
「彩夏さんって、こういうのも聴くんですね」
「こういうの?」
「あー…えっと、なんていうか、いつまでも忘れられない、みたいな」
振られてしまってもあきらめられない人を思う歌。相手側からきいたら、引かれてしまうだろう、でも正直な気持ち。
「すごい歌詞だね」
しばらく曲をきいていた圭一さんがそう言った。あきれているような、苦笑いしているよな、そんな口調だった。
「でもたぶん、彩夏は曲調で選んだんだと思うよ」
「ドラマで共演している芹沢千鶴さんが、この前カラオケで歌ってたんです。それで私も画面で歌詞読んで、すごいなって」
カラオケで歌詞を知ったのは本当だった。千鶴さんだって別に深い意味もなく、この曲が好きだから選んだんだと思う。振った側からの視点なんてここに入れる必要もないのだし。
「みんなでカラオケなんて行くんだ」
「あ、はい。年が近い人が多いので、いろいろ面白いです」
自分で歌詞の話を始めておいて、話題が変わったことにホッとした。私はそのまま撮影の話をする。
こんな歌詞はわからない方が…こんな体験はしない方が幸せなのだ。物語を読むように想像しているだけでいい。
夜の高速は綺麗だった。等間隔に続く灯がどこまでも続いていて、終わりなんかないように思えて。
きっと後で思い出す。この曲をきくたびに。歌詞ではなく、この光景を見た時の終わって欲しくなかった時間を。
「…ここ?」
私は車の中からその家を見た。少しくたびれた感じはしたが、特に変わったところはない家だった。周囲の家々に調和するでなく、目立つわけでもなく、住宅街にすっぽりと納まっている。もちろん、敷地に入る門も玄関も何事もなかったように直されていた。
家は道の角にあるのでも広い道に面して建っているのでもなかった。この家に両親の車は突っ込んだ。私は窓を開け、後ろを振りかえって街灯に照らされた道を見た。加速をつけるには、なんとかなりそうな距離はあるかもしれない、真っ直ぐな道。
「明日羽」
「はい」
圭一さんに呼ばれて、私は体勢を戻した。
「どうする? どこかに車を停めてちゃんと見るか?」
私は頷いた。「お願いします」
少し住宅街を車で周った。道は狭く、他人の家の前に車を停めるわけにもいかず、圭一さんは一度大きな道に出てそのままガソリンスタンドに入り、車の洗車を頼んでしまった。
「ごめんなさい」
久保さんの家まで歩いてゆく途中で私は謝った。
「なんだかよけいなことをさせてしまって」
「安全な上に、車まで綺麗になるんだからちょうどいいよ」
住宅街に人通りはほとんどなかった。休日の夜。夕食も終わってくつろいでいる時間帯だ。
家の数だけ家族があるのだと気づくと、その多さに驚く。家があるのはこの町だけではない。もっとたくさん人が住んでいる町だってある。
私たちは再び久保さんの家が見えるところまでやって来た。あの夜は雨が降っていたけれど、この風景はお母さんも車から見ていたはずだった。数ある家の中からあの家を選んで車を飛びこませる直前に。
「…お母さん」
私は無意識のうちに呟いてしまっていた。
どんな思いでここまで来たのだろう。何もかも嫌になってしまったの? アクセルを思いきり踏む時は恐かった? それとも、これで終わるとほっとしてた?
あの日から、私はずっと複雑な気持ちのままでいる。あんな風に消えてしまったから、実感がない。なんだか急に悲しくなって泣いた日もあった。
「…大丈夫か?」
「はい」
私は頷いて、しばらく声をかけずに待っていてくれた圭一さんを見上げた。とても心配そうに、どうしたらいいのか迷った顔をしている圭一さんに、私は笑顔を向けた。
「圭一さんも変だと思ってますよね。こんなところで事故なんて」
圭一さんは何も言わなかった。
「母はわざと突っ込んだんです。久保さんのお家に」
「…明日羽」
言葉を選ぼうとしている圭一さんの態度でわかった。
「圭一さん、知ってたんですね」
「明日羽はなぜ?」
「父にそういう女性がいるのは事故の前から知ってました。夜中に母が父を責めてる声で目が覚めたことがあって。でももっと細かい事情を知ったのは、二人が死んだ後です。探偵社の報告書を見つけたんです。保険証書とか通帳なんかが入っていた引出しにありました。それで…つながりました。久保さんのこと」
圭一さんは諦めたようなため息をついた。
「…気になってはいたんだ。そういうものがあるんじゃないかって」
裏切られたと、捨てていかれたと泣いてしまえるような娘ならかわいかったのに。自分でもそう思う。
「父は離婚しようとしていたらしいです。報告書には、マンションに誰もいない時に少しずつ父が自分の物を運び出していたとか、相手の女性と何日には食器、この日はカーテンやカバー類を買いに行ったなんてことまで書いてありました。あれを読んだ時の母の気持ちを考えたら本当にかわいそうで。でも馬鹿みたいとも思いました。元々母は、思い通りにならないと切れちゃって、何をするかわからないところがありましたから。いつまでも子供みたいで…自分だけが愛されたかったんだと思います。だから愛されなくなっちゃったのに、そういうの全然わからない人で」
「だから明日羽の方が、そんなにものわかりがよくなっちゃったんだな」
「それはどうかわからないですけど」
私は外から見ていたから、母がわかっただけだ。私には私自身のことはわからない。ただ私はお母さんの娘だから、気をつけていようとは思っていた。周りが見えなくなってしまうことのないように。そう決めていたのに。
私は、車が突っ込んで壊れた門を想像する。
ブレーキがきかないことってあるんだ。
我慢することは、本当の気持ちを出すよりずっと簡単だと思ってた。何もかも、自分のことも他人事のように見て逃げていればいいと思ってた。でも
「…父が付き合っていた女性、今どうしているんでしょうね。圭一さんは何か知っていますか?」
「いや、知らない。どうして?」
「圭一さんなら案外調べてるんじゃないかなぁ、って今ふっと思ったんです。好奇心とかじゃなくて、心配して」
「相手によるよ」
…相手にしてもらえただけ、私は幸運だったのだ。こうして今私が何も心配せずに暮らして行けるのは、圭一さんに見つけてもらえたおかげだから。
「圭一さん、付き合ってくれてありがとうございました。これでもう気が済みました」
私は圭一さんにお辞儀をした。
圭一さん。
私は心の中で、圭一さんに話しかける。
自分では気がついていなかったけれど、あの頃の私は弱っていました。圭一さんが助けてくれなかったら、今頃私はどうなっていたかわかりません。
「帰りましょう。皆待ってます」
「そうだな」
圭一さんは頷いて、歩き出した。ほんの少しだけ後ろを歩く私に、圭一さんは明るく、「帰りは湾岸線をドライブして帰ろうか」と言った。
「はい」
圭一さん、感謝してます。大好きです。本当に大好きです。でもあなたには…。
9月1日。学校から帰ると、京子おばさんが見たこともないくらい上機嫌で私に言った。
「彩夏さんに赤ちゃんができたんですって!」
…あなたには、ずっと彩夏さんがいました。