第八話 決意
アシュレイは恐怖を感じていた。
それは自分よりも遥かに上の実力を持った、強者と対峙した時に抱くものとは違い、どちらかと言えば、自分の経験や知識上には当てはまらない、予想を遥かに上回る、理解不能の敵を相手にしているような気分になったからだ。
「貴女、よく食べるわね」
「そふゅでふか?」
自分に向けられるその瞳は、一向に翳りを見せる様子もなければ曇ることもなく、より強く輝きを増しているようにも思えた。
「何かのコンテストとかに出たことはなくて?」
「なひでふね」
並の人間であれば、とっくに限界を越えているはずだった。
ざっと計算すれば、すでに50人分以上に相当する菓子を食べたというのに、ルシアの食欲は一向に衰えを見せる気配が無い。
自分が作ったものを素直に喜んで食べてくれるルシアに、初めのうちは好感を抱いていた。
もっとも本当の狙いは、菓子攻めにされたルシアが苦しむ様子を見るためだったのだが、逆に自分が振り回され、おちょくられているように思えてくる。
リスのように頬を限界まで膨らませたルシアを見ているうちに、アシュレイは憤りを感じ始めていた。
「残念だけど、お終いよ」
「えー!」
「だって、材料がなくなったんだもの。みんな貴女が食べちゃったから」
「!?」
その言葉を聞いたルシアは焦った。
時間を出来るだけ引き延ばすことを目的にしていたのだが、これ以上は望めそうにないからだ。
アシュレイは、ほっと息をついた。
ようやく次の計画へと進むことが出来るからだ。
ほんのお遊びのつもりが、かえって泥沼に足を突っ込んでしまった。
「アシュレイ様」
「あら、何かしら?」
声を掛けられたアシュレイは、そそくさとカーテンの向こう側へと姿を消した。
一人取り残されたルシアは、迫りくる人生最後の瞬間を想像し悲嘆にくれたが、諦める気などなかった。
この場から脱する手段が皆無だとしても、希望を捨ててはいけない。
何が起こるか分からないのが、この世の常なのだから。
「ちょっとお邪魔が入ったみたいだから、出かけて来るわね」
ひょいとカーテンの隙間からアシュレイが顔を覗かせた。
「貴女のお仲間かしら?まあいいわ、ちょうどモヤモヤしてたから気分転換して来るわね」
ルシアは絶望の中に光明を見い出した。
同胞であるクルセイダー達が自分を探しに来た、そう思ったからだ。
「その前に、ご挨拶してもらおうかしら」
アシュレイがそう言うと、台座の周りを取り囲んでいた紅いカーテンが床に落ち、隠されていた部屋全体の光景がルシアの目に飛び込んできた。
首の無い巨人の上半身が、正面の壁から生えているように見えた。
「我らが神、クォールの依り代よ。素敵でしょ、とっても」
言葉を失ったルシアを満足げに見ながら、さらにアシュレイは追い打ちをかけた。
「この後どうなるのか、ゆっくりと考えてみてね。じゃあまたね、ルシア」
アシュレイが去った後、ルシアは心に決めた。
拾い食いは二度とやめよう……と。