第二話 裏口
「遺跡には必ず正面以外の出入り口があります、建設のための作業用だったり非常時の抜け道とかですね」
クォール神殿の正面入り口からほぼ反対側に位置する場所に、三人は移動していた。
およそ2時間弱、マグナは歩きながら簡単な説明を付け加える。
「でもそのほとんどは遺跡が完成すると塞がれたり、発見されないよう手が加えられています。ちょうどこの辺りかな」
マグナがロゼとセクタを案内した先は、木々が生い茂るだけの急な山の斜面であり、気を付けなければ転がり落ちてしまいそうな場所だったが、特別変わったような様相や入り口らしき形跡も見当たらなかった。
「何も無さげですね」
キョロキョロと周囲を見渡すロゼの隣で、セクタはクンクンと鼻を鳴らしていた。
「むっ?……これは!」
ロゼには分からなかったが、セクタは何かを察したらしい。
蟲笛を取り出すと、ひと吹きして使役蟲を呼び寄せた。
「徹甲蜂、暴け」
集まってきた数匹の蜂達は、セクタの命令に従い山の斜面の一点を目指して飛んでいった。
徹甲蜂は極めて高い硬度を持った外殻を備えており、音速に等しい速度で獲物を貫く。
しばらくすると草花がざわざわと音を立てながら動き出し、次第に地面が揺れ始めた。
「見つけた!」
大きな音が響いたかと思うと、ロゼには地面から巨大な岩の槍が突き出たように見えた。
その正体は岩喰蟲と呼ばれるもので、周囲の岩石に擬態をし、近づいた獲物に襲い掛かる凶暴な蟲だった。
鋼鉄に勝る鉱石の肌と環形動物特有の長い胴体、鋭い歯で覆われた円形状の口を持ち、口腔内から触手を伸ばして獲物を捕獲することもあった。
「ロゼ、手伝って!」
大木並の巨体を持つ岩喰蟲は本能的に警戒すべき敵を悟ったのか、蛇のように鎌首を持ち上げロゼとセクタに狙いを定めた。
「召霊縛獄!」
ロゼが呪文を唱えると地面から無数の黒い手が生え、岩喰蟲の体に絡み付きその自由を奪った。
「さんきゅ!」
セクタは岩喰蟲の前に駆け寄ると、両手で自らの眼を塞いだ。
「マグナさん目を閉じて!」
「あ、はい」
ロゼの言葉を受けて、マグナは反射的に眼を瞑った。
塞いだ両手をセクタが外すと、彼女の瞳は先程までとは異なり、黒い眼球と紅く灼けた瞳孔へと変わっていた。
「従え、媚びろ、敬え、捧げよ……汝は我の盟友にして下僕なり」
セクタがそう言うと、岩喰蟲はピタリと動きを止めた。
その様子に合わせたかのようにロゼは呪縛の魔法を解いた。
「さあ、おいで」
両手を広げたセクタの足元に岩喰蟲はそっと近づくと、甘えるような低い唸り声を上げた。
「大きさからするとそろそろ変態の頃合いかな」
嬉しそうにセクタは岩喰蟲の肌に触れ、優しく撫で始めた。
「あの、もういいでしょうか?」
マグナは目を瞑ったままの状態を続けていた。
ロゼが問題の無いことを告げると、彼は恐る恐る瞼を開いた。
「これはすごい!」
巨大な蟲を従えたセクタを見たマグナは驚嘆の声を上げた。
「セクタは魔力によって蟲を従える調教師なんですよ」
「てっきり僕は体内に蟲を飼っているのだとばかり思っていました」
「それは魔力を持たない人の場合だね。一番得意なのが蟲なだけで、その気になれば他の生き物も操れるぞ」
「目を瞑っていなかったら僕もそうなったんですか?」
「試してみる?」
「いや、遠慮しておきます」
遺跡の裏口を隠す手段として、最も効果的なのが自然に任せる事である。
手を加えた場合は周囲との調和がとれるまでに時間が掛かり、早い段階で発見されてしまう。
蟲などの生物を住まわせ番人代わりにしたり、結界を張るなどして人を遠ざけておく必要があった。
「この子が裏口を教えてくれるみたいだよ」
セクタがポンと岩喰蟲を叩くと、その巨体が地面へと沈んでいき、地下へと続く穴が出来た。
屈めば通れる程度の大きさの穴だったが、三人は四つん這いになって奥へと進んだ。
「入り口は埋めてくれるみたいだから他の人に見つからないと思うよ。蛍光蟲」
先頭を進むセクタが言った。
三人の頭の上には蛍光蟲が舞い降り、暗い穴を明るく照らした。
「セクタさんがいてくれて助かります」
「でしょでしょ」
マグナの誉め言葉をまんざらでもなさそうにセクタは受け止めたようだった。
「さて問題はここから先です、出来ればクルセイダー達と会わないようにしたいですね」
マグナの言葉にロゼとセクタは頷いた。
理解ある聖職者であれば警戒する必要はないのだが、時として魔族以上に卑劣で残虐なクルセイダーともなれば話は別になる。
かつて魔王の配下だった時に、ロゼとセクタはクルセイダーと戦ったことがあった。
彼らは老人や婦女子に武器を持たせるならまだしも、戦場の最前線へ送り込み囮や盾とした。
その指示を出したのがクルセイダーであることにロゼ達は気づいていなかったのだが、もしその事実を知っていたとしたら、神殿の入り口で二人はどのような行動をとったであろうか?
最悪な状況だけは何としても避けなければならない。
穴の中で微かに響くセクタの鼻歌を聞きながら、マグナは思案を巡らせていた。