プロローグ
世界の東端に位置する田舎町サイハテール。
そこは四方を未開の原生林や頂に雲を纏う山脈で囲われた秘境エンドアにおいて、数少ない冒険者ギルドが置かれた場所であり、夢を追い求める者達が集い、過去や種族に囚われることなく新たな人生への旅立ちを始める地でもあった。
夜明けと共に冒険者達はギルドへ足を運び、目的を同じくする仲間を探したり、日々の糧を得るための仕事を求めていた。
その日も宿と居酒屋を兼ねたギルドの建物内は冒険者達でごった返し、最も活気のある時間を迎えていた。
小柄なロゼとセクタは仲間になってくれそうな人を探すべく、冒険者達の波に揉まれていた。
外見こそ普通の人と変わらぬ魔術師だったが、彼女達は異形と呼ばれる職の使い手であった。
暗黒魔法の高位階熟達者である死霊使いのロゼ、数多の妖蟲を使役する蟲使いのセクタ。
本来であれば闇の眷属として世界を混沌へと貶める魔王の配下であるべき二人だが、彼女達は違った。
主や眷属に従い仕える事よりも、世界を股にかける冒険者としての日々を選んでいたのだ。
逆賊・裏切者として故郷を追われた二人は、長い放浪の果てに希望を求めてこの地へと辿り着いていた。
「あいにく魔術師は足りてるんだよね、回復魔法は出来る?」
「ごめんなさい、それはちょっと苦手で、……不死者にすることでしたら得意なんですが」
「蘇生の費用って高いんだよね。無双無敵には憧れるけど……ごめん、また今度ってことで」
「はぁ……」と溜息を尽きながら、ロゼは指折り数える。
ようやく会話にこぎつけても結局は断られてしまう、その数は優に二十件を越えていた。
意識はしないようにしていても、流石に心は折れかかっていた。
過酷な生存競争が厳しいこの地では、種族の壁というものは皆無に等しく、かつて魔に手を染めた者であっても対等な立場で扱われていた。
とは言ってもギルドに所属する冒険者の間には暗黙のルールが存在していた。
マナー違反者や悪意ある冒険者に対しては厳罰が課せられる。ここでは純粋に冒険者を志す者だけが生きる資格を得ることが出来た。
肩を落としたロゼは、居酒屋コーナーにいたセクタの元へ重い足取りで向かい、隣の席に腰を下ろした。
「あのさ、もういっそのこと洗脳させちゃえばいいんじゃね?蟲貸してやろうか?」
他人事のようにセクタは言い放つ。
「何バカなこと言ってるの、それこそマナー違反になっちゃうでしょう、追い出されたらせっかくの苦労も水の泡になるじゃない」
「だってさ、朝から始めたのにもうそろそろ昼時だよ。運が無いというよりも冒険者は私達魔族には向いていないんだよ」
「そうは思うけど、諦めたらそこで終わりじゃない?……仲間と協力して死線を乗り越えた先にある達成感が味わいたいのよ、わたしは。ここサイハテールは世界でも稀少な中立区域なんだし……というかセクタはやる気あるの?」
激高するロゼを諭すかのようにセクタは続けた。
「だってさ、二人の方が楽じゃね?無理に仲間を増やす必要ってあるのかな?」
「ここだけならいいけど、他の土地じゃ私達どう見ても狩られる側になっちゃうでしょ。まともな人がいてくれれば、それだけ世界の色んな場所に足を延ばせるようになるんだよ」
「そもそも私達ってさ、パーティーに不向きすぎるんだよねスキル的に」
「それはそうだけど……」
「真面目な話、貧弱な冒険者達とパーティー組むのってどうかと思うんだよね。結局チート扱いされた挙句にハブられちゃうことだってありそうだし」
「本当にネガティブだよね、セクタって」
「だって元魔族だもん」
両手で顔を覆い悲嘆にくれるロゼの隣で、セクタは物珍し気に冒険者達を見ていた。
意気投合した冒険者達はお互いの仕事内容を確認すると、次々と連れ立って建物の外へと出て行った。
「だいぶ人が減ってきたね」
「なんだかここ毎日同じことしてる気がするの」
二人がこの町を訪れてから、早一か月が経とうとしていた。
いつの間にか冒険者の数が減り、周りには遅い朝食を取り始めた冒険者数名が残るだけとなっていた。
「今頃気づいた?」
「セ~ク~タ~!」
「あの……すみません。冒険者の方ですよね?」
セクタに飛びかかろうとしたロゼの背後から、若い男性の声が聞こえた。
「は、はいそうですけど何か?」
反射的にロゼは立ち上がると、黒いローブ姿の男性へ向き直った。
見たところ二十代前後であろうか、ギルドの職員ではないようだった。
「ああ、良かった。この町に着くのが遅くなったから心配だったんだけど」
「もしかして、仲間をお探しですか?」
「はい、その通りです」
「おおっ!」
感極まるロゼに、セクタはぼそりと耳打ちをした。
「いきなり私らのところに来るなんておかしくね?仲間にするのは誰でもいいやって感じがするんだけど」
「誰でもいいのはこっちも同じでしょ、まずは仲良くなって知り合いになることが大事なんだから、この機会を逃すわけにいかないわ」
「まあ、そりゃそうだけど」
小声で話し始めた二人を見た男は遠慮がちに言った。
「そうですよね、急に声をかけて相手の都合も聞かずにパーティーを組んで下さい、なんて虫のいい話だし失礼ですよね。貴方達を見かけて気になったものですから。……僕はまた明日出直します、もし都合が悪くなかったらその時にでも……」
「いえ、大丈夫です!全然今からでも行けますよ」
と言った後でロゼはセクタに釘を刺す。
「ダメなら途中で断ればいいでしょ?現実問題、宿とか食費でそろそろ手持ちのお金が限界なのは知ってるわよね?」
「まあ、そういうことなら仕方ないか」
セクタから渋々同意を取り付けたロゼは、満面の笑みを浮かべて再び男のほうを振り返る。
「それでどんな依頼を?今から探されるんですか?」
「ダンジョンに行こうと思っているんですが、ダメ……でしょうか?」
「レベリングだったらちょっと勘弁かな……」
「こら、セクタ!」
「失礼、つい本音が」
「すみません、この子は口が悪くて」
セクタの失言に男は怒るような素振りを見せなかった。
「それなら心配ないと思います、目的はトレジャーハントですから」
「「お宝!!」」
ロゼとセクタは瞳を輝かせてお互いの手を取り合った。
初めて出会う若い冒険者と共にダンジョンを目指すことになった、ロゼとセクタ。
不安な胸中を隠しつつではあるものの、彼女達は記念すべき冒険の第一歩を踏み出すことになった。