-6- -ミネルバの死-
ティナの母ミネルバが何故亡くなったのか
10年前の終戦後に立ち戻る章です。
レオナルドの娘ティナは、両親の愛情はあったものの、決して幸せな環境で育った子では無かった。元々産まれ付き非常に身体が弱く、病気を患いがちで、5歳の時にアースガルドとの争いにて、足に受けた弓矢による傷が原因で重い病気に掛かり、歩くことすら間々ならず寝たきりを余儀なくされていた。
城の医師により、矢尻に毒が塗ってあったことが分かり、抵抗力の弱い子供であったことが災いし、余命半年と宣告された。
レオナルドとミネルバは、どうにも出来ない口惜しさと、自分達の不甲斐無さに泣き崩れた。
自分では外に出ることが出来ないティナに対して、毎日の様に二人は部屋に訪れ、本を読んで聞かせたり、今日あった出来事を話したりして、少しでもティナに寂しい思いをさせない様にしていた。
レオナルドとミネルバは、来る日も来る日も、ティナの病気を直す方法を探した。
ある日、ノアルに訪れた旅の商人が、古代ルーン魔法について話してくれた。
それは、マナを扱う魔法とは異なり、誰でも契約すれば扱える代物だと言う事。
その中に不治の病ですら治せる不思議な魔法が存在する事。
そして、それらはルーンの遺跡に未だ残っている事。
オーランドのバレンチ遺跡がルーンの遺跡である事を教わった。
しかし、最後に、契約を行うと、人は1、2週間で必ず死亡することも教わった。
その日はいつもと違い、両親がティナの部屋に訪れなかった。昼を過ぎても誰も訪れず不安を覚えたティナは、
「お父さーん! お母さーん!」
と、半ば悲鳴のように両親を呼んだ。
すると、扉が開き、
「ティナ、どうなさいましたか?」
と、レオナルドの部下であるパレット・バーグが心配そうに部屋を覗き込んだ。
「お父さんとお母さんは?」
大粒の涙を溜めているティナに、パレットは優しく呟いた。
「お二人は今、お仕事でオーランドに出掛けてます。夜には戻ると思いますので、それまではこのパレットがお留守番してます。困った事があったらなんでも言って下さい」
そう話し、パレットは布団の乱れを直し、優しくティナの頭を撫でた。ティナは安心し、また目を閉じた。しかし、両親が二人とも居なくなることは、今までに一度も無く、何かあったのではないかと考え出すと、心の中に不安が広がった。ティナは、部屋の外にいるパレットに要らぬ心配を掛けてはならないと、悟られない様声を殺し泣いていた。
夜になり、隣の部屋がざわついていたので、いつの間にか眠っていたティナは目を覚ました。そうこうしている内に、扉が開き、ミネルバが入って来た。
「お母さん!」
両親との一日にも満たない別れであったが、幼いティナにとっては辛い時間だった。母を確認したティナは、安心し笑顔を見せた。
「ティナ、長い間家を空けてごめんね、身体の方は大丈夫?」
「うん、パレットが傍にいてくれたから大丈夫」
ミネルバには、ティナが自分に心配掛けまいと無理をして言っているのが、痛い程判っていた、目の下は赤く腫れ上がり、長い間涙を流していたことが、安易に想像出来た。
ティナは自分の病気に対して、一度たりとも愚痴を言ったことはなかった。国が敗北し、皆が奴隷のように扱われ、今が大変な時期である事や、それでも両親が全力で自分を愛してくれている事が理解出来るからだ。5歳にして、ここまで気丈な心を作らねばならなかった現実に、ミネルバは心を痛めた。
「そう、よかったわね。明日は一杯本を読んであげるから、今日はもうお休みなさい」
「はい、おやすみなさい、お母さん」
「おやすみ、ティナ」
ミネルバの笑顔には、揺ぎ無い決意に、それと同等の悲しみが含まれていたが、幼いティナには、それを汲み取ることは出来なかった。
次の朝、ティナは目覚めたと同時に、自身の身体の異変に気づいた。
いつもは頭に靄が掛かったように、常時重たく、時には痛みすら伴う程であったが、それが今は、ウソのように晴れやかであった。両手もいつもなら鉛の重石を着けているような状態で、動かすのにかなりの体力を消耗するのだが、それが全く無い。両足に至っては、全く動かなかったのに、まるで足に翼が生えたように軽く動かすことが出来た。
布団を上げ、ベットの脇を椅子代わりに座り、ティナは両手を握ったり、開いたりしていた。軽い、自身の圧倒的な変貌に戸惑うばかりであった。
すると扉が開き、ミネルバが入って来た。
「ティナ!!」
ミネルバはティナの下へ駆け寄り、思い切り抱きしめた。歓喜の涙で震えているのが、幼いティナにも伝わった。
「お母さん、病気治ったみたい。もうどこも痛くないのよ」
ティナはまだ、嬉しいというより、驚きの方が勝っているようだった。
「ティナ良く聞いて、今までのあなたは辛いことばかりだった、ろくに外も出れないし好きなことも出来ない。でもあなたは一度も文句を言わなかった、そんなあなたを見て、神様がプレゼントをしてくれたのよ。悪い病気を全て治してくれたの」
ミネルバは目に涙を溜めてそう話した。
「神様が? じゃあこれからは外でも遊べるの?」
「そうよティナ、これからは何処へだって行けるし、どんなことだって出来るのよ」
ティナは嬉しそうに目を大きく輝かせている。ミネルバは服の袖で涙を拭い、ティナの肩を持ち、真剣な表情で話し始めた。
「ティナ、よく聞きなさい。病気が治ったからといって、これからの人生全て楽しいことばかりではないわ、長い人生必ず辛いことも起きる。でもね、これだけは覚えておいて、お母さんはずっとあなたの傍にいるから、何があってもあなたを護ってる。だから辛いことにも負けては駄目、あなたは自由に、あなたの思うように生きなさい。そして、お父さんを助けてあげるのよ」
5歳のティナには、まだミネルバの言葉の真意がよく理解出来なかった。
その夜は、ティナの病気回復を祝うパーティーが開かれた。レオナルドの騎士団仲間が大勢訪れ、回復祝いのプレゼントを一人一人から貰った。マリエルとパレットは、二人で作った手作りの人形を渡した。ティナは心から喜び、心から笑った。今までの人生の中で、最高の日であった。父も母も大笑いで、宴は夜遅くまで続いた。
その3日後に、母ミネルバは森に出現したモンスターに襲われ、死亡したとの報告を受けた。