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ルーンブレイド  作者: さくらんぼえっくす
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 -26- -アスモデウス-



 ジークは門を抜けると先頭に立ち、そのまま奥へ奥へと走っていく。バレンチ遺跡に入ると、石畳の地面から砂地の地面に変わり、少々走りにくくなったが、皆はそのまま速度を変えずジークに付いて行った。



 背中に聞こえる戦いの喧騒が、少しずつ小さくなっていく。そして、レオナルドとティナが、以前訪れた神殿の前に、一人の男が立っているのが見えた。



 金髪の長髪に白い礼服姿で、神殿を見つめていた。皆は男に少し距離を置き止った。



「兄さん!!!!」



 ジークは叫んだ。男はそれを聞き振り返る。



「ジークか……」



 皆はその男の顔を確認し、ヨハネスに間違いないと確信する。



「ふふふ、知っていたよ。お前が裏でこいつを探して嗅ぎ回っていたのを……」



 ヨハネスは手にはめた指輪を見せる。指輪は白く輝き、奇妙な形をしていた。



「だが一歩遅かったようだ。私の勝ちだ!! ジーク!!!!」



 ヨハネスがそう言った瞬間、神殿の横の地面が激しい地鳴りを伴って盛り上がった。そのまま地面を突き破り、何か巨大な人型の物体が姿を現す。地面に手を架け、上半身を持ち上げると、そのまま段差を登るように足を架け、大地に立った。これがアスモデウスなのだと、皆は理解した。




 アスモデウスはそのまま、凄まじい耳鳴りを伴う咆哮を上げた。10メートルはあろうか、黒い炎の様な禍々しい炎を全身に纏っていた。



 ヨハネスは気が触れたかのように笑っている。皆は圧倒的なその怪物を前に、腰が抜ける程の恐怖を覚えた。今まで生きてきて、流したことの無い種類の汗が出た。




 アスモデウスは右手を天に向けると、みるみるうちに光の玉が凝縮されていった。まるで小さな太陽がそこにあるような、そんな輝きを放っていた。




 皆が凝固している中で、アスモデウスはオーランドに向けて、その玉を投げつけた。




 凄まじいスピードで放たれた玉は、周りに生えている木々を燃やしながら進み、オーランドの外壁に当たると、水の壁だったのかと疑いたくなるほど柔らかく弾け、周囲の外壁は蒸発した。そのままオーランド城にぶつかり、城の2階3階部分に激突した。激しい瓦礫の飛び散る様が、ここからも見て取れた。少し遅れて雷鳴のような炸裂音が響き、光の玉はオーランドを抜けて近海に着弾した。



 恐らく今の一撃で、城の上部に居た人間は全て息絶えたであろう。王座は3階にあり、ルイス国王の生死も危ぶまれた。




 人智を超えた力にも程があった。仮に今のを無尽蔵に放てるのであれば、人は1ヶ月も生き延びれないであろう。



 その場にいた皆は、もはや人間の終わりを悟ったのかも知れない。レオナルドに着いて来た騎士団の何名かは、すでに腰を抜かして座り込んでいる。もはや自分達に明日は無いと覚悟したのであろう。




 しかしネオの眼は真っ直ぐアスモデウスを見つめていた。



 すると突然ヨハネスが距離を詰め、ネオに斬りかかった。アスモデウスを見ていたネオは気づいていない。とっさにレオナルドが間に入り、鍔迫り合いの体制になった。激しい金属音が響いたが、ネオは見向きもしない。ただアスモデウスを見つめる。




「くっ! 一番隊隊長レオナルドか……」


 ヨハネスをレオナルドは押し返す。ネオはとうとうヨハネスを見ることもなく、愛剣を抜いた。





 そしてネオは笑った。





 ネオはこんな絶体絶命の状態であろうとも、一言も愚痴をこぼす事はない。それは、ネオの両肩にレオナルド達仲間の願い、レイモンの願い、ノアルの民の願い、それぞれの気持ちが大きくのし掛かっているからである。仮にネオに掛けられた願いを具現化するなら、ネオ自身を押し潰してしまう質量であろう。




 アスモデウスを倒すなどとはもっての他、立ち向かうことすら普通では考えられない状況である。それほどアスモデウスは絶対的であった。


 しかし死するとしても避けられない責任がネオにはあった。圧倒的な不自由である。100人居れば、100人が逃げ出す不自由である。一体どれほどの重圧がネオに掛かっているか想像も出来ない。しかし、自分が背中を見せるなどあってはならない。自分を奮い立たせる為の術、その為の笑いであると、レオナルドはそう考えていた。




 しかしその実、ネオの心の中は全く次元の違う思想が覆っていた。




 人は死を恐れる。何故なら人は他人の全てを理解出来ない、自分だけが唯一自分を理解出来る存在なのだ。この世界に暮らす無数の人々、その一人ひとりが全て、自分が主人公としてこの世界を捉えている。


 だからこそ死は恐怖の対象となりえる。自分という物語の終焉を迎えることになるからだ。それほど生と死は高い壁で遮られ、決して行き来出来ない一方通行の絶対的な物として存在している。




 しかし今のネオは死すら恐れの対象ではなくなっていた。ネオにとって死と終わりは同義ではないのだ。ネオは確信していた。自分が命を落としても、自分の信念や理想は仲間の中で消えることは無い。自分という概念が完全に仲間の中で生き続けると解かった瞬間、ネオに恐怖は無くなった。自分の存在が生き続ける以上、それはただの死であってネオの終わりではないのである。



 今、ネオの中に芽生えているのは、ただの感謝であった。現在の自分を形成した全て、一人から仲間へと導いたレイモン、喜びや楽しみ、苦しみや悲しみ、全てを共有出来る仲間、只の一人でも出会いを欠くと、現在の自分にはならなかったであろう。



 そう、ネオの心に去来しているのは、皆の出会いに対する感謝であった。

 今の自分に至った全てに感謝して、ネオは笑ったのだ。そして一度でもアスモデウスに恐怖した自分を恥じる。




「ふんっ、何がエクスカリバーだ……」



 ネオが呟く。周りの皆は全員ヨハネスの事を言っていると思っていた。



「ルーンブレイドが使えないくらいでビビりやがって……」



 どうやら自分の事を言っていたようである。



「レオナルド、ヨハネスは任せていいか?」


「ああ! 任せておけ! しかしネオ! ルーンブレイドはもう……」


「やるだけやってみるさ」


 それだけ言うと、ネオはアスモデウスに向かって走り出した。






 レオナルドはネオのサポートをしたかったが、ヨハネスが許さない。剣先が踊るようにレオナルドの急所を正確に突いてくる。さすがにエクスカリバーの称号を持つ者であった。レオナルドはヨハネスの剣を捌くことで精一杯であった。



「ふふふ、さすがはレオナルド・バルフォア。聞きしに勝る腕前だ。私の剣をかわすか」



 ヨハネスには余裕が見られた。レオナルドは、今のやり取りで、ヨハネスが自分より強いことを自覚した。しかし、ネオが立ち向かう以上諦める訳にはいかなかった。



「どうした?! ノアル騎士団隊長!!」


 ヨハネスはじわじわと剣の速度を上げる。レオナルドは防戦一方となっていた。





「1対1だと言った覚えはありませんよ!」



 突然ヨハネスの右からパレットが現れる。素早く剣を抜き、ヨハネスの胴を薙いだ。ヨハネスはそれすら反応し、左へと弾ける。しかし、完全にかわすことは敵わず、右手から鮮血が流れた。



「ちっ、疾風のパレットか」



 すると左からまた別の剣が空気を裂く。ヨハネスは後方へと回避した。



「2対1だとも言った覚えはないけどね」


 マリエルであった。


「3番隊隊長マリエルか、ふふふ、これはこれはなんとも豪華な顔ぶれだな」



 ヨハネスはまだ余裕を見せる。しかしその後、皆は目を疑った。



「ぐはぁっ!!!!」



 突然ヨハネスの腹部から剣先が光る。後ろからジークが確固たる決意を持って、ヨハネスに剣を討ち立てていた。



「3対1だと言った覚えは無い!!」



 ジークが血のりの付いた剣を抜き去ると、ヨハネスは仰向けに崩れ落ちた。



 レオナルド、パレット、マリエル、ジーク、四方八方から囲まれてはヨハネスに勝ち目は無かった。



 しかしジークはヨハネスの強さをよく理解していた。本来は4対1程度で遅れを取るヨハネスでは無かったのだ、恐らくアスモデウスが復活したことで、ある程度の自我を取り戻したのではないか? そのお陰で自我とアスモデウスの間で葛藤がおき、ジークの剣に甘んじたのではないのか? そんな考えがジークの中に広がった。



 口から吐血するヨハネスの顔は、以前の冷たい表情が消え、優しかった兄の表情に見えた。




「ジ、ジークか……」



 ヨハネスはジークを見つめ、話し始める。



「に、兄さん!!」



 ジークはヨハネスの頭を抱え、腕を支えに上半身を起こす。



「す、すまなかった、ジーク。わ、私は、お前に謝らねばならん……」



 ヨハネスは吐血しながらジークを見つめる。



「いえっ! 謝るのは私の方です! 兄さんは私のせいでアスモデウスに!!」



「ち、違うのだジーク、確かに私はお前を助ける為に、絶対に触れてはいけないとされていた、ア、アスモデウスの壷に触れた。しかし、私がアスモデウスに乗っ取られたのは、こ、心の片隅に悪の心があったからなのだ。そこをアスモデウスに付け入られたのだ! 決してお前のせいでは無い。あ、あのままお前が壷に触れていたとしても、正義の心しか持たないお前だと、アスモデウスとて何も出来なかったであろう。わ、私は父を殺し、オーランド城を灰に、なんということを、なんということをしてしまったのだ!!」



「兄さん……」



 二人は零れ落ちる涙を拭おうともしなかった。




 レオナルド達はジーク兄弟の話を遠巻きに聞いていた。もはやヨハネスが我々に害を及ぼす存在では無くなったことは明白であった。ヨハネスとの戦いが終わり、アスモデウスが放つ凄まじい攻撃の爆音が、ようやく皆の耳に入るようになった。



 ネオはアスモデウスの攻撃をかわしながら、何度も何度も斬りつけている。アスモデウスはそれを物ともせず、ネオに対して拳を振り下ろす。



 ネオの攻撃に対して、アスモデウスは全くダメージを負わないが、対してアスモデウスの攻撃が一度でも当たれば、ネオは即死である。理不尽極まりない戦いであった。



 ネオは愛用の剣を収め、ついにルーンブレイドを抜いた。



 アスモデウスに記憶というものが存在するのかは解からないが、ルーンブレイドを見たアスモデウスは、凄まじい咆哮を放ち、右手を天高く上げた。



 先ほど光の玉を放った時の倍ほどはあろうか、凄まじい高密度の熱量がアスモデウスの右手に凝縮されているのが分かる。ネオはルーンブレイドでアスモデウスの右足付近を薙いだ。しかし、遠くで見ている皆の期待は虚しく散り、剣はそのまま右足をすり抜けた。



 アスモデウスはそのまま足元にいるネオ目掛けて光の玉を放つ。



 ネオは間一髪、弾けるようにアスモデウスから離れた。光の玉が地面に激突した瞬間、凄まじい爆音と光が辺りを包む。そして大陸が震え、レオナルド達の所まで、凄まじい熱風が襲ってきた。小石や砂が悪意を持ったかのように皆の身体にぶつかり、もはや目を開けられない状態である。前傾姿勢を保っていないと、どこか遠くへ飛ばされそうである。現にネオは、木の葉が舞うようにレオナルド達の場所まで飛ばされた。




 アスモデウスの足元に、20メートル程はあろうか、地の底まで続いているかの様な大地の裂け目、峡谷の様な谷が出来上がり、バレンチを真っ二つに裂いていた。



 正にこの世界そのものを破壊する一撃であった。



「ネオ!!!!」



 レオナルド達がネオの元へと駆け寄る。ネオは直接光の玉には触れていないはずであったが、左腕が焼け焦げ、出血した血液が泡立ち、しばらくそのまま蒸発していた。



 二度と動かないとまではいかないにしても、もはやこの戦闘において、左腕は死んだも同然であった。



 アスモデウスは標的を完全にネオに定めたかの如く、出来上がった大地の裂け目をあっさり飛び越え、こちら側へと降り立った。



 奴が自分で作った谷が障害となり、こちら側へ渡る為に時間が掛かると考えていたが、あっさりと破綻する。



 皆は逃げたくとも足が動かない、今ならまだ足掻けば助かる可能性もあったかも知れないが、完全なる恐怖が、思考を止めていた。



 そんな中、ネオは立つ。そしてルーンブレイドを収め、再度愛用の剣を抜く、何故戦えるのか、皆には理解出来なかった。言葉も掛けれなかった。片腕は使えない、ルーンブレイドも使えない、しかも相手は不死の四面楚歌。その状態で立ち上がるネオの信念はどこから来るのか、正義の為、平和の為、そんな思想を超えた所にネオは存在しているようにレオナルドには感じた。




「レオナルド、後の事は頼んだぞ」




 ネオはそれだけ言うと、アスモデウスに向かって走り出す。



「ネオーー!!!!」



 レオナルドは叫ぶが、もはやネオにはアスモデウスしか映っていない。力強く大地を蹴るネオの足音だけが、まるで別世界の出来事のようにレオナルドの耳に響いた。



 アスモデウスはうなり声のような物を発し、ネオに対して拳を落とす。ネオは横に飛び、拳をかわすと、すぐさま反対に戻り、アスモデウスの腕へと跳ねた。ネオの左足がアスモデウスの前腕に着地する。その瞬間靴の底が焼け焦げ、皮の臭いが立ち込める。


 足に熱が届く前に更にジャンプし、次に右足がアスモデウスの上腕に接地した。また靴の底が蒸発する。ネオは大地に対して横向きの体勢になっていた。走り込んだ勢いがネオを引力から数秒だけ自由にしていた。そして全力で右足を蹴ると、アスモデウスの心臓部へと剣を突き立てた。



 勢いが付いていた為、深々と剣は突き刺さったが、アスモデウスは心臓など有してはいない。ただ人の姿かたちを模しているだけで、胸の部分を刺した程度では死ぬなどとは到底考えられない。



 しかしネオの狙いはそこには無かった。全体重を剣に乗せ、ネオはアスモデウスを後ろへと押した。さすがのアスモデウスも、少しよろけ、2、3歩後ろへと後ずさりをする。そして4歩目の後ずさりで、アスモデウスの左足は宙を踏み、あっという間にネオもろとも、自らが作った大地の裂け目へと落下していった。





 レオナルド達は余りの出来事に、言葉も出せない。




 そんな中で、誰かがレオナルド達の脇をすり抜け、ネオが落下した裂け目へと走り抜ける。背中からはおびただしい出血が見られた。間違いない、ギルバートであった。




 ギルバートは全く躊躇すること無く、ネオの後を追って、裂け目へと飛び降りた。




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