-19- -ギルバート・フロスト-
しかし、前触れもなく、光は雲に覆われ、またノアルは深い闇の中へと連れ出される。そのきっかけを作る男が、ノアル諸島に船を乗り付け、上陸した。
白いマントをなびかせ、女性の様に綺麗な黒髪を纏った男は、ゆっくりとノアル王国へと歩いていく、そのまま森を抜け、城下町正門を抜けると、真っ直ぐに城に向かった。
突然、大広間の中へと音も立てずにその男が入ってきた。そして男は、一直線にレイモン国王の元へと歩いていく、皆、騒ぎ立てている中で、明らかに異様な光景であった為、会話を中断し、その男を見た。そして、余りにもあり得ないその男の正体に、皆完全に固まってしまう。
「てめぇ……」
ネオの体温が上昇していた。心臓が高鳴る音が、すぐ傍のレオナルドやティナにも聞こえる程で、凄まじい緊張状態にあった。
男はレイモンの前まで歩くと、そのまま、深くお辞儀をした。
「ご無沙汰しております、レイモン様、ご無事でなによりです」
「ギルバートォォォォ!!!! てめぇ!!!!」
ネオが男が喋り終わると同時に、弾かれるように男に殴りかかった。男はネオの拳をひらりとかわした。
「待て、ネオ、私は争いに来たのではない、話し合いに来たのだ」
男は落ち着いた喋り方で、ネオを制す。そう、その男とはギルバート・フロストであった。かつて、ノアル騎士団4番隊隊長であり、ネオを凍り付けにし、そのままアースガルドへ裏切ったとされる男である。
「止すのだ! ネオ!」
レイモンがネオを制すが、ネオの怒りは収まりそうも無い、レイモンはすかさず、ネオの後ろに居たレオナルドに合図を送り、ネオを制止させる様促す。レオナルドは頷き了承し、ネオを後ろから羽交い絞めにした。
「止めろ、ネオ!! 取り合えず話しを聞こうじゃないか!!」
レオナルドはネオを取り押さえ、暴れるネオを離すまいと力を込めている。ネオは足をばたばたさせて叫び続けている。凄い力で暴れ、レオナルド一人では荷が重かった。
「ご無事でなによりだと!!!! お前が言うのかっ!!!!」
ネオは今にも爆発しそうである。ネオを離すとややこしくなると踏んだレオナルドは、
皆にも、ネオを制止するのを手伝えと叫び、周りの皆に救助を求める。すかさずティナやマリエル、そしてリックもポールも、群れとなってネオに覆いかぶさった。
レイモンはネオの気持ちが痛い程判ったが、
「ネオ! 頼む! ここは抑えてくれ。取り合えずギルバートの話を聞こうではないか」
とネオを促した。ネオは暫く、息を荒立てていたが、レイモンの願いには弱く、
「分かったよ!!」
と叫び、その場であぐらをかき、床に座り込んだ。
「ギルバート、お前の事は皆から聞いた、今はアースガルドに身を寄せているのか?」
レイモンは落ち着いて話し始める。ギルバートは暫く沈黙し、はい、そうですと答えた。
レイモンは表情を変えず続ける。
「そうか、ならばギルバート、今日ここに来たお前の目的はなんだ?」
レイモンに問われ、ギルバートも一切表情を変えずに答える。
「私に課せられた任務をそのまま発言します。ネオ・マクスウェルが生きており、ノアルがまた、アースガルドより独立したと報告を受け、制圧する任を受けて参りました」
ギルバートとレイモンは、お互いに目を逸らさず、みつめ合っていた。
周りの皆は、食事をすることも、話をすることも忘れ、ただ固まって、事の行く末を見守るしか出来なかった。
「では、ギルバートよ、またこのノアルを地獄へ落とすか?」
レイモンがそう話す。皆の目にも、レイモンの中に深い悲しみが見えた。ギルバートは、レイモンから視線を逸らさなかったが、瞬きを3回ほど、短い時間で繰り返した。ティナには、レイモンの悲しむ顔を、真っ直ぐ見れない、ギルバートの苦肉の策のように感じていた。
「いえ、先程も言いましたが、私は争いに来たのではありません」
ギルバートはついに目を閉じてしまう。
「では、何をしに来た?」
レイモンはギルバートを見据えたまま問う。
「はい、ノアルはそのままレイモン様が治めて下さい。騎士団や国民もそのままで、今まで通りの国でいて下さい。ただ……」
「ただ、何だ?」
「ただ、アースガルドの命には従って頂きたいのです、それを伝えに来ました」
ギルバートは再び目を開け、強く言い放つ。
ネオの我慢はもう限界であった。
「なんでまたアースガルドに従わなくちゃなんねーんだよ!!!!」
ネオは皆の手の中で暴れる。レオナルドはネオを押さえ、ギルバートに問うた。
「ギルバート! お前の本当の目的は何だ?! 心までアースガルドに従っている訳ではないだろう?! 本当の事を言え!! お前はネオを殺さずにわざわざあの魔法を使っただろう? 本当にアースガルドの人間だと言うなら、ネオを後ろから刺せば良かったのだ。簡単に殺せただろう?! 私達に隠すな!! 真実を言え!!」
ネオとレオナルドは、過去に一度だけ、ギルバートのあの魔法を見ていた。
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「こ、これは、奴の子供か?!」
ネオとレオナルド、そしてギルバートの3人は、今から12年程前であろうか? ノアル東の森に現れる、凶悪なグリズリーを退治すべく、森を捜索していた。森に入った国民達が、今年だけでも20人は犠牲になっており、ノアルに恐怖をもたらしていた。
3人はそこで、老朽化した木の根元が洞窟化し、グリズリーの子供が居るのを発見したのだ。
「ひょっとして奴は、子供を守る為に……」
ギルバートがそう話していると、後ろに凄まじい殺気を感じた。
「後ろだ!! ギルバート!!」
ネオが叫ぶ。振り返ると、4、5メートルはあろうか、巨大なグリズリーが両手を広げ、強烈に威嚇している。
「くそがぁ!!!!」
ネオが斬りかかる。しかし、グリズリーの爪に防がれ、簡単に弾き飛ばされてしまった。
「待て!! ネオ!! 殺すんじゃない!!」
ギルバートが叫ぶ。
「しかしギルバート! 殺らないとこっちが危ない!!」
レオナルドも剣を抜いた。ネオとレオナルドが二人掛りで飛び掛るが、子供扱いである。ギルバートは精神を統一し、集中していた。
「下がれ!! 二人共!!」
ギルバートはそう言うと、二人と戦っていたグリズリーの背中から、飛び掛った。
その瞬間、グリズリーはあっという間に足元から凍りつき、巨大な氷の中に閉じ込められた。ギルバートは肩で息をし、明らかに疲労していた。
「ギルバート、お前」
二人は心配そうに、ギルバートを見た。
「大丈夫、殺してはいない、少し高度な魔法なんでな、あまり使い慣れていないが、成功してよかった。こいつは、時間すら凍らせる魔法でな、こうなれば、何を持っても溶かすことは出来ん、しかし、解除すればこいつは元通り生き返ることが出来る」
ギルバートは二人を見てそう話し、笑った。
「こいつはただ、子供を守りたかったんだ、こいつに罪は無いとは言わんが、私はこいつを殺したくはない、頼む! こいつの始末は私に任せてくれないか?」
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「お前はそう言って、子供のグリズリーを抱き、近くの無人島へと、氷付けの親と共に運んだ、あの時確かにお前は言った、殺したくないからあの魔法を使ったと! ネオを生かしたのにも理由があるのだろう? 答えろ! ギルバート!!」
レオナルドが激しく詰め寄る。ギルバートは辛そうな表情を見せ、自分の信念と戦っている様にも見えた。
「私の目的は、今アースガルドと志を共にすることだ。しかし、どうしてもネオを殺すことは出来なかった、ただそれだけだ」
ギルバートは悲しい表情で話す。それを見たレイモンが、優しく問いかける。
「ギルバート、いくらお前が真実を隠しても、私達には分かる。お前は心の優しい子だ、訳を話してはくれんか? 周りを見てみろ、ここはアースガルドではないぞ、ここに居るのは全てお前の家族だ、何も遠慮することは無いだろう? 話してみろ、何故アースガルドに従う」
ギルバートはずっと俯いていた。暫くの間沈黙が続いた。そして、心を決めたのであろうか、静かに話し始めた。
「レイモン様、もし、もし仮に、近い未来、世界を恐怖させる最悪が起こると判っていたなら、あなたならどうしますか?」
ギルバートはレイモンを見つめ、続ける。
「世界中の国々がいがみ合いや紛争、人種の差別を止め、手を取り合い、一枚岩となり立ち向かわないと、人間に未来は無いと、初めから判っていたらレイモン様、あなたならどうしますか?」
ギルバートは真っ直ぐにレイモンを見つめた。
「なんだそれは?! ふざけんじゃねーぞギルバート!! お前等アースガルドがこの世界を乱してんだろーが!!」
ネオが吼えるが、ギルバートはそのままレイモンの答えを待った。
「それが判ったから、アースガルドは世界を統一させようとしていると?」
「その通りです、レイモン様、正しくはアースガルド帝国が知っていたのではなく、私と志を共にする、私の長が、その最悪を知り、統一の為アースガルドに加担しました」
ギルバートは静かに言った。
「ギルバート!!!! それが本当だとして、なんで統一する必要があるんだよ!!!! んなもん全世界の王様集めて、みんなで協力すれば済む話だろーが!!!!」
ネオが皆に肩を持たれながら、前のめりになり、叫ぶ。
「それは綺麗事だ! ネオ!」
ずっと冷静であったギルバートが急に声を荒げた。
「ネオ、お前の言うことが、本当に実現すると思うか? 我々の言う話しを信じてくれと言って、起こるかどうかも判らない未来の為に、国が全ての兵士を貸し与えると、お前は本当に思うか? あり得ないんだよ! そんなことは。もしそんな国があったとしたら、兵士は全て出払い、国は裸同然だ。たちまち近隣の国に攻め入られ、占領されるだろう。全ての国を、世界中の全ての兵士を、同じ方向に向ける為には、その最悪が起こる前に世界を一つにするしかない! お前はアースガルドが世界を乱していると言うが、世界を護る為、仕方が無いことなのだ! 事前に協力を求めても、どの国も信じないのだから!!」
ギルバートは激しくネオに訴え掛ける。ネオはギルバートとは逆に、冷静さを戻していた。
「みんな、手を離してくれ、もう暴れたりしねーから」
ネオはそう言うと、皆は一度見つめあい、そして手を離した。
「ギルバート、100歩譲って統一しないと人間に未来は無いとしよう、じゃあ、何故アースガルドなんだ? ウルフガング皇帝は凶王だ、恐怖で支配する国だ。そんな国が世界の為に統一してる? そんな事信じられるか!!」
傍にいたマリエルもネオの意見に続いた。
「ギルバート、悪いけど私もネオと同意見だよ。アースガルドに正義があるとは思えない、なんであんた達がアースガルドを選んだのよ? 統一が目的なら他にいい国なんて沢山あるでしょう?」
二人の言葉に、ギルバートは苦悩している。
「私も、私も最初は長の意見には反対だった。アースガルドに加担するなど、あり得ないと思った」
ギルバートはゆっくりと話し出し、レイモンを見つめた。
「長がそういった力を持っていることは間違いない。彼が未来に最悪は訪れると言えば、必ず来る。それは避けようが無いのだ。世界を統一させる必要があると知り、私はその統一国にノアルのレイモン様を推薦した。レイモン様なら必ず、世界を幸せに統一すると、長を説得した」
ギルバートは拳を強く握り締めていた。今の現状が自分にとって不本意な結果であると、訴えているようであった。ネオはそんなギルバートを見て。
「なら何故それを貫かねぇ、お前の言う通り、じじいなら今みたいな世界にはなってねぇ、何故アースガルドになるんだ?」
ギルバートはネオを見つめ、答えた。
「それは長の意見に一理あったからだ。長はこう言った、
『優しき王の場合は、世界の兵が全て動かない可能性がある。規律を破っても、懲罰が軽いと判れば、人は楽な方を選ぶ。世界を統一した場合、本国から遠くなればなるほど、その命令は薄く、軽くなっていく。皆が立ち上がらねばならぬ時、優しき王では従わぬ国が出てくる。それでは世界は終わるのだ。もはや我々人間に残された道は一つ、恐怖による支配しか生き残る術は無いのだ』と。
私はもはや何も言えず、長が選んだアースガルド帝国に付くことを決めた」
大広間の皆が沈黙する。
皆はまだ全てを納得出来ないという面持ちである。そんな中マリエルは、皆が思う最初の疑問についてギルバートに聞いた。
「ギルバート、何よりもまず大前提にあるのが、その長という者のことよ、何故そいつは未来の出来事が分かるの? 何故最悪が訪れると予想出来るの? 世界を征服したいが為の、そいつの狂言ではない事を、まず私達に納得させてよ!」
ギルバートは言葉に詰まる。
「そ、それは……」
するとネオが、すかさずマリエルの問いに答えた。
「それは、お前や長って奴が、古代ルーン一族の末裔だから、だろ?」
皆は突然のネオの言葉に驚いた、そして同じくギルバートも驚いていた。そして、少し微笑し、ギルバートは答える。
「お前には全てお見通しか? ネオ」
「ふんっ、お前が使ったあの魔法、時間毎止めるなんて、どんなに自然マナを凝縮しても実現出来るもんじゃねーよな? ありゃ古代ルーンの封印魔法だ、だからこそ解除する場合でも同じ古代ルーン魔法でないと解けない。しかし普通人間は、古代ルーン魔法を使うと命を失う。誰でも避けれない事実だ。しかしお前は生きている。何故か? 答えは簡単だ、お前が古代ルーン一族の血を濃く受け継ぐ者だからだ。違うか? ギルバート」
周りの皆はずっと言葉を失っている。古代ルーン人など、遥か昔に滅びたとされているからだ。
「そうだ。その通りだネオ」
ギルバートはネオの言葉を肯定し、そう答えた。周りは騒然としていた。
「レオナルド、お前も分かってたんだろ? でないと俺を救出するのに古代ルーン魔法を選択した理由が、説明つかねぇ」
レオナルドは静かに頷いた。マリエルは再度ネオに対して質問する。
「ちょっと待ってよ、私の答えになっていないわ、古代ルーン一族だからって、なんで未来の出来事が分かるのよ?」
その問いに対しては、ギルバートが回答した。
ギルバートは、長や、長と志を共にする仲間が、全て古代ルーン一族の生き残りであることを告白した。そして、古代ルーン一族は遥か昔、非常に高い文明を持ち、栄えていたことや、中でも、天文学という分野の学問に優れていたことを話した。
天文学とは、空に輝く星の、距離や位置を求め、それと共に世界に起こった様々な出来事を関連付け、星の位置関係を読み取ることで、未来に起こる出来事まで予測する事が出来たと説明した。
「テンモンガク?」
ティナは聞いたことが無い言葉に、不思議そうな顔でそう言った。
「そう、天文学だ。私達の仲間が全て、未来を予測出来る訳ではないが、とりわけ長はその能力に優れているのだよ」
ギルバートはティナに対しても丁寧に受け答えした。ティナはふんふんと頷き納得した。本当に全てを理解しているかは、定かではないが。
「ギルバート、お前に一つだけ忠告しておいてやるよ」
ネオが話し始める。
「お前の言う長ってのが、未来の出来事を予測出来たとしても、必ず真実を話してるとは限らねぇ、よく覚えとけ」
ネオがギルバートをじっと見つめる、ギルバートも見つめ返すが、暫くすると根負けしたのか、視線を外した。
「……分かった、覚えておこう」
そしてギルバートは、レイモン国王に、自分の心に持っていた秘密は全て話したと言い。その終末の日は今から2年後に起こる事を伝えた。そして、南の大陸はほぼアースガルドが制圧した事も付け加えた。
残すは北のオーランドと東の大陸、それを制圧すれば、アースガルドの世界統一は実現することになる。
自分はこのまま、兵を上陸させる事無くアースガルドに戻ると伝えた。長には、ノアルは時が来れば、自分に全ての兵力を貸し与えると約束して貰えたと、だからノアルはこのままアースガルドにならずとも問題無いと伝えると、レイモンに約束した。
ギルバートはそのまま深く、レイモン国王にお辞儀をし、大広間を去っていった。




