-17- -ノアル奪回(後編)-
ネオが床に設置された木製の扉を静かに開け、目だけを覗かせて中の様子を伺う。簡易的に作られた3段式のベッドが6つ、ネオも昔使用していた事もあり、懐かしい景色であった。ネオ達は運が良かったのか、今日は誰も使用していないようだ。完全に扉を開け切り、まずはネオが仮眠室に進入した。
声を上げず、ネオは下にいる皆に来いと手で合図した。次々と仮眠室に皆が入り込み、全員が侵入完了すると、部屋は少し、窮屈な状態となった。
ネオは仮眠室入り口の扉に耳をあて、大広間に繋がる通路に人が居ないかを確認していた。
通常自分達が騎士団に居た頃は、2隊が順番で夜間の警備を行う、ノアルの騎士団は全部で7隊あり、1隊に大体100名程で構成されている。そう、レオナルドとマリエルが地下町に下りた時、全員が隊長に従った訳では無かったのだ。
今此処にいるレオナルドとマリエルの部下達は、非常に稀な存在と言えた。部下の中には家族を持つ者も大勢いて、どうしても地下町に下りる決意が出来ない者や、騎士団として残り、騎士団内部から革命を起こすつもりの者もいた。様々な理由で、地下町には下りず、暫く騎士団として、不本意ながらアースガルドの言いなりとなっていたが、やがて謀反を持つ者は全て殺され、そうでない者も、本国から次々とアースガルド兵が送られてきて、その都度騎士団の面々を入れ替え、解雇されていった。解雇された者達は、ノアルを追われ、今では、唯一アースガルド帝国の息が掛かっていない、東の大陸に渡ったと言われている。
そして騎士団だけでは無く、今や城で働く者全てがアースガルド人となった。
「アースガルドは元々小国だ」
ネオは部屋にいる皆に小声で話し始めた。
「ここに配属された全ての人間が、純粋なアースガルド人ではない、恐らくヴァレンタインと側近のイアン、後は貴族の数十名だけだろう。残りの奴らは西の大陸の、元々はアースガルドと対立していた別の国の人間だと思う、今やアースガルドと志しを共にする者ならいざ知らず、そうでないなら出来ることなら斬りたくない。目標はあくまで、頭の二人だ、いいな。」
ネオはその場にいる全員の顔をみて、納得しているかどうかを確認した。ネオと目が合った者は皆頷いた。
ネオが扉を開け、いよいよ通路に出る。赤い絨毯が引かれ、そのまま扉の下を通り、大広間まで延びていた。4メートル程の高さの天井に吊るされ、ランタンの光が5メートル間隔程で配置されている。ネオがよく見た風景である。通路左を向くと、奥に三叉路があり、そこをまた左に曲がると、大広間の2階部分に出れる階段へと続く、右を向くと大広間の扉が見えた。
またネオが皆を手で合図する。そのままネオは大広間の扉に着くと、耳を当て、中の様子を探る。かなり小さい声であるが、話し声が聞こえた。声からして二人である。
ネオはレオナルドを呼び、声の主を求めた。レオナルドが耳を当て、暫くして深く頷いた。
ネオが大広間の扉を蹴り開け、そのまま躍り出た。中には二人、金の装飾が至るとこに散りばめられた、赤い服を着た老人が王座に座り、その横に、まだ20代であろうか、同じく赤い礼服のような成りの男が立っていた。
「おやおや、これは珍妙な客が来ましたな」
赤い礼服の男が喋る。レオナルドはネオに大声で伝える。
「立ってるのがイアン! 座ってるのがヴァレンタインだ!!」
大広間は広く、二人までの距離は20メートル程あった。ネオはそのまま剣を抜き、イアンめがけて走り出した。
「王、危ないですから後ろへ」
イアンはそれだけ言うと、腰の剣を抜いた。
細身の刀身であり、突くことを念頭に置いた剣に見えた。
「用があるのは初めからてめーだよ!!」
ネオはイアンに斬りかかった、イアンはその斬撃を片腕のまま防いだ。そのままネオは斬りつける箇所を変え、何度も斬りつけたが、イアンは全て片腕で防いだ。
「てめぇ……」
ネオはイアンの以外な実力に、思わず声が出た。
「賊共!! そこまでです」
イアンがそう叫ぶと、大広間にある両脇の扉から、続々と騎士団の面々が姿を現した。
100人から200人、いや300人は居ると思われる。そして、あっという間に四方八方を敵に埋め尽くされ、ネオ達は中央で固まるしか、方法は無かった。
「ふふふ、あなた方の行動を知らないとでも思っていましたか? 地下町に謀反の目ありと読んだ私は、4人程仲間を地下町に配置していたのですよ、仮眠室を空き部屋にしていたので、さぞかし進入しやすかったでしょう?」
イアンは高笑いをしている。
「さすがはイアンよ、でかしたぞ」
ヴァレンタインが後ろで喜ぶ。
すると2階の踊り場から声がした。
「確かに、進入しやすかったよ、アースガルドは冷酷非道と聞いていたんだが、以外と優しいんだな」
逆の踊り場からも声がする。
「ネオ、みんな、間に合ってよかった」
リックとポールであった。そして、その後ろにはオーランド兵を大勢従えていた。
オーランド兵の数は、大広間に居る騎士団の数より、遥かに少なかったが、吹き抜けになっている大広間を囲むように、2階通路を広がって配置され、上から見下ろす効果も助け、騎士団を威圧するには十分効果があった。
「リック!! ポール!! 来てくれたのか!!」
レオナルドが叫ぶ。
「地下町に行ったら、お前ら居ないんで、もしやと思ったらやっぱりだったよ、ネオ、お前復活してから行動起こすの早過ぎなんだよ」
リックが皮肉交じりで言った。
圧倒的人数差で、戦いにもならないと考えていた騎士団の面々は、大きく動揺していた。ネオはここしかないと判断し、大広間中に響く声で咆哮する。
「騎士団!!!! 剣を置け!!!! てめぇらも元はアースガルドに異を持ってた口だろーが!!!! 悪に屈して、言いなりになって、口惜しくねーのか!!!! てめーらの後の生活は、真のノアル国王レイモン国王が保障する!!!! 剣を持つ者は、アースガルドと見なし、斬る!!!! わかったら剣を置いてこの大広間から出ろ!!!!」
ネオはそのまま、イアンとの間に立ちふさがる騎士団に向かって歩を進めた。
「忠告したぜ」
ネオはあっという間に一番手前の騎士団を5人程斬り捨てた。そして、それがきっかけとなり、ネオの横に居た一人の男が決意する。
「わ、私には、妻と子が居る、騎士団の宿舎に住んでいる、か、家族も救ってくれるのか?」
ネオは即答する。
「ああ、そのままそこに住めばいい、子供に胸を張れる、強い親父になるんだ!!」
男はぶるぶると剣を震えて持っていたが、そのまま手を離し、金属音を上げて剣が床に落ちた。
この男を皮切りに、皆剣を捨て、大声で悲鳴のような奇声を上げ、次々と大広間から逃げていった。周りに残った騎士団は、僅か50名程であった。
「お前等!! アースガルドを裏切るのか!! 後悔することになるぞ!!」
後ろからヴァレンタインが叫び、そしてそのまま奥の王の間へと逃げ隠れていった。
その手前にいるイアンは微動だにしない。
「残りの連中はアースガルドだとよ、任せていいよな?」
ネオは後ろの皆に言った。すかさずマリエルが答える。
「もちろん、でもさ、あんた馬鹿なのに、妙に言葉に説得力あるのよね」
「馬鹿だから、だろ? 思った事をそのまま口にするから、皆の心に響くのさ」
レオナルドが言う。
「馬鹿馬鹿うるせーんだよ!! 行くぞ!!」
ネオはそう言うと、再度イアンに斬りかかった。
「リック!! ポール!! お前達はヴァレンタインを討て!! 王の間からは逃げ場など無い!!」
レオナルドはそう叫ぶと、騎士団に斬りかかる。
「了解!」
二人はそのまま二階の踊り場から、内側に曲がって作られている階段を降り、皆の居る一階に降りてきた。
「巻き込まれるぞ、二人共俺から離れていろ!!」
リックとポールが、ネオの傍まで来たので、思わずネオが叫ぶ。イアンは相変わらず、片腕でネオをいなしていた。
二人はあわよくば助太刀をと考えていたが、ネオの一喝で立ち止まる。そして、二人は王の間に消えていった。
マリエルはティナを後ろに隠し、騎士団の一人と戦っていた。
「マリエル!! 大丈夫!!」
ティナが後ろから叫ぶ。
「大丈夫よ!! あんたはもう少し下がってなさい!!」
マリエルは鍔迫り合いをしながら叫ぶ。
「後ろに気を取られている場合か?! 女!!」
騎士団の男がそう叫んだ刹那、男の胸からいきなり剣先が現れた。男は事切れその場に倒れた。
「あなたは、もう少し後ろを気にした方がいいですよ」
パレットであった。
「パレット!!」
マリエルは叫ぶ。
「まだです! まだ気を抜くのは早い!」
パレットはそう言って、ティナを囲むようにマリエルと背を向けあった。
剣と剣が交わる音の中、王の間から飛び出したリックが叫ぶ。
「ネオ!!!! ヴァレンタインが何処にも居ないぞ!!」
ネオはイアンとの戦いで余裕がない。すかさずレオナルドが叫ぶ。
「隠し扉でも作っていたのかも知れん!! 逃げられては厄介だ、お前達は捜索に当たってくれ!!」
「判った!!」
城の裏手は、すぐそこが海であった。ノアル城には船を数隻止めれる港が設置されており、船を降りると、そのまま階段を上り、ノアル城に入れる仕組みになっている。
レオナルドの予想通り、隠し扉から裏手に出たヴァレンタインは、待機させている船に乗り込んで、本国へ逃げ去り、増援を送ろうと考えていた。
ヴァレンタインが階段を降りきり、船へと向かって早足で進んでいると、脇に積んである木箱の裏から、いきなり誰かが斬りかかってきた。
ヴァレンタインは元々アースガルドの貴族であり、国の運営は出来るが、戦士では無かった、腹を深く剣がえぐり、致命傷を負った。そのまま仰向けに倒れたヴァレンタインは、斬りつけた張本人を見て叫ぶ。
「お、お前は、アースガルドに恐怖して、に、逃げたのではなかったのか!!」
ヴァレンタインを見下ろし、凛として立つ、レイモン・セオドリックの姿があった。
死神に魅入られ、もはや連れ去られる寸前のヴァレンタインに背を向け、
「私は、アースガルドに恐怖したのではない。大切な家族を失うことに、恐怖していたのだ」
と、それだけ言い残し、レイモンは階段を上り、ノアル城内へと入っていった。
レイモンはそのまま階段を駆け上がると、石で出来た扉の前まで来た。おかしい、レイモンは以前と作りが違っていることに気づく。そのまま扉を開けると、自分が長年住んでいた王の間が広がっていた。本棚の裏が隠し扉になっていたのだ。
レイモンは、ノアル城内の港を、自分専用の脱出口として、ヴァレンタインが改造していたのだと気づく。
外の大広間で戦いの音が聞こえた、レイモンはそのまま入り口の扉を開け、叫ぶ。
「ヴァレンタインは討った!! アースガルドは剣を引けっ!!」
敵も味方も、突然レイモンが王の間から出てきたことに驚き、一瞬動きが止まる。
「じじい!! てめぇ!!」
ネオが叫ぶ。
「レイモン様!!」
「国王様!!」
皆が驚きと喜びの声を上げる中、突然イアンが笑い出した。
「これはこれはレイモン前国王様、ヴァレンタインが死んで、どうかしましたか?」
「てめー何が可笑しい!!」
ネオがそう言って斬りかかる。イアンは素早く後ろにかわし、
「ヴァレンタインなど、ただの使えない老人、私さえ居ればどうとでもなります。私一人で、ここにいる皆さんを皆殺しにして差し上げますよ」
そう言ってネオに斬りかかった。
「ネオ!!」
レイモンが叫ぶ。ネオは横にかわし、
「じじい!! 危ないから下がってろ!!」
と叫んだ。
騎士団とレオナルド達の戦いは、オーランド兵の加勢もあり、大方決着が付いた。後はイアンを残すのみとなっていたが、二人の剣が見えない程の速さで交差し、誰も助けに入れない状態であった。
レイモンを含む、この場の皆は、イアンが、このままネオを圧倒するなら、あながちイアンの言葉も嘘ではないと、戦慄を覚えた。
「しかし、ネオとやら、あなたは素晴らしい。私とここまでやり合えるなど、剣の腕前は大したものです」
イアンは片腕で、ネオと互角に鍔迫り合いをこなし、そう言った。
「何故皆、こういった戦いになると、マナを使わず、剣のみで戦うか、あなたはご存知ですか?」
ネオは何も返さず、ただ剣と剣のやり取りを繰り返す。
「ふふ、それはね、マナを扱うには集中せねばいけないからですよ。こんな乱戦の中で、マナを使おうとすれば、たちまち斬り捨てられるのが落ちです」
イアンはずっと、戦いながらも口を止めない。
「ああ、そうそうネオとやら、先に謝っておきます。あなたを落胆させて申し訳ないのですが、私が得意なのは剣術ではありません。マナの方が得意なのですよ!!!!」
イアンはそう言うと、ずっと後ろに組んでた左手を、しなりを利かせ、ネオ目掛けて思い切り振り切った。人の頭程ありそうな圧縮されたマナが、左手には握られており、ネオに襲い掛かった。
「ぐあっ!!!!」
イアンの左腕が宙を舞い、そのまま床に落ちると、左手のマナが大爆発を起こし、床に大きな穴を開けた。ネオは血のりの付いた剣を、床に一振りし、イアンに言った。
「謝るのはこっちの方さイアン、悪かったな、俺と互角に戦えてるなどと、希望を持たせちまって、実は10年振りに起きて、まだまだ寝起きで本調子じゃねーんだよ。今しがた、ようやく3割ほど、感が戻ってきたよ」
ネオはそれだけ言うと、イアンの首元に剣を当てた。イアンは、ネオの顔に、確実に当たると思った刹那、左の腰辺りで、斜め後ろに構えていたネオの剣が、ネオの腕毎消えたのを見た。
つまりイアンが見えない程の速さで、剣を斬り上げ左腕を斬られたのである。
腕からくる激痛と、ネオの底知れぬ強さ、イアンは敵わないと悟り、剣を落とした。
その瞬間、ノアルはネオ達の下へ戻ってきたと言っていいだろう。皆は呆然とネオを見つめ、時が止まったかの如く、なかなか喜びの心へと切り替える事が出来ないでいた。それ程の衝撃が皆の心にあった。
そんな中、一人だけ平常心に戻ったマリエルが口を開く。
「あんた、格好つけるのもいい加減にしなさいよね。今ので3割だったら、10割のあんたはただの化け物よ」
マリエルの言葉が、皆の時を動かし、一気に笑いと歓声が巻き起こった。
レイモンがネオの元へと歩み寄る。
「ネオ…… 許してくれ…… 私が…… 私が弱かったのだ、家族を失うことを恐れ、一歩も前に進めなくなっていた…… 命を懸けて戦っているのも、また同じ家族だと言うのに……」
ネオは照れくさそうに言う。
「別に、あんたは必ず立つと信じてた。そしてあんたは立った。それでいいじゃねーか、家族全員に深い愛情を持って接するあんたは、強くもあり、そして弱くもあるのさ。強い部分はそのまま、ノアルの親父として、みんなの光になればいい。そして弱い部分は、俺達が補ってやるよ、今回みてーにな。許してくれも何も、初めから怒ってなんかいねーよ」
そこでマリエル。
「何いってんの、あんたメチャクチャ怒ってたじゃない?」
また周りが大きな笑いで包まれた。マリエルはいつも一言多い、だがネオはそんなマリエルに対して、怒りを持たない。自分の隠している本心を、代わりに代弁してくれていることを知っているからだ。
そしてイアンはそのまま捕らえられ、牢獄へと入れられた。
ノアルに新しい夜明けが訪れた。




